第98話 ラスティン21歳(007な女性)

「お帰りなさいませ、ラスティン様」


 部屋で僕を待っていたのは、クロディーでした。どうやってこの部屋に入ったのか疑問ですが、別に困る物でもないので気にしない事にします。考えてみれば、クロディーもキアラ達の同窓生ですから、妙な事をもう1つの専攻にしている可能性があります。


「クロディー、さっきは何故、式典に居たんだい?」


「あれは、私も本意では無いのです。イザベラ様が駄々をこねるので、苦肉の策でした。目立たなかったと思いますが、やはり、ラスティン様には分かってしまいましたか?」


「え? まあ、知った顔がガリア王家の方々に交じっていれば、嫌でも気付くよ」


 ここは突っ込むべきなのでしょうか? クロディーは自分が長身なのを気にしていた筈ですから、止めておきましょう。正直に、ガリア王家の女性陣の誰よりも目立っていたなんて言ったら、ショックを受けてしまうかも知れませんしね。


「それにしても、王女に気に入られるなんて出世じゃないか?」


「いいえ、やっぱり、カグヤの方に良く懐いていますよ。私は、どうも小さな子供とは相性が悪いらしくて」


 それで、小柄な女性とかが好きになってしまう訳ですか。間違っているとは思いませんが、男性にも興味を持って欲しい物です。しかし、イザベラ姫が、カグラさんに懐くですか、そうすると性格が歪んだりしないんでしょうね。イザベラ姫とシャルロット姫が仲良くなったりするのでしょうか? あまり想像出来ませんね。


「そうだ、君に1つ提案を持って来たんだけど。君は僕に、何か用だったのかな?」


「はい、これを見ていただこうと思いまして」


 クロディーは女官服の中から、もぞもぞと何かを取り出しました。何かの書類の様ですが、女性の肌に触れていた物を手に取るのは、少し抵抗がありますね。しかし、クロディーに強引に手渡されました。(エレオノール、これは疚しい事じゃ無いからね?)

 まだ、少し温もりが残った書類には、僕が知りたいと思っていたことが書かれていました。以前疑問に思った、


・シャルル王子側の農村の税収の低下が大きすぎる

・ジョゼフ王子の5年目の130%という信じられない数字


の理由と、


・シャルル王子派の貴族の名前

・ジョゼフ王子派の貴族の名前


が書かれていました。


 ”シャルル王子側の農村の税収の低下が大きすぎる”については、農村に貴族達の別荘が立ち並びそれを当てにした商売を始めた人達が、別荘に実際に貴族達が住むことが無くなった為に、借金を抱えて逃亡してしまった為の様です。時代を読むのは難しい事なのですね。


 一方、ジョゼフ王子の5年目の結果は、予想外な物でした。クロディーも知らなかった様ですし、ローレンツさんは知っていたのか知らなかったのか微妙です。いや、多分ジョゼフ王子と協定を結んでいたと考えるのが自然ですが、娘婿のセザールさんの独断とも考えられます。狐と狸ですね?


 ああ、これじゃあ、分かりませんよね? ローレンツさんから僕が得ていた情報は一部間違った情報が混じっていました。具体的には、場所に関して故意に違う場所が教えられたと思えます。そして、ローレンツさんの娘婿のセザールさんが独断で行ったのは、ローレンツ商会が得た商取引の独占権を返上してしまったのです。

 これでも、説明が不足でしょうね。ジョゼフ王子が統治した4個の領地は、概ねガリアの南西に集まっていて、その中心に例の交易の町があり、4個の領地で栄えた産業が、交易の町を中心に上手く回るようになったと言う訳です。言うなれば、ジョゼフ王子はガリアの何分の一かを栄えさせたと言う事だったのです。


「君はこれを、ジョゼフ王子にも見せたのかい?」


「はい、一応便宜をはかっていただきましたから」


 これには、シャルル王子が例の鉱山の町で出した死者の数まで明記されています。ジョゼフ王子はこれを見てしまった訳ですか。あの騒ぎの原因の一部は僕にあった様です。中々笑えない話ですね。


 そして、重要なのが両王子の派閥に属する貴族達の名前と領土です。ジョゼフ王子派は、各地に散らばっていますが、シャルル王子派貴族の多くは、ガリアの北東側に領地を持っています。まあ、それ以外は、現在もロベスピエール4世派なんですが、シャルル派は少し無理をすれば貴族が集まって1つの独立国を作れそうな勢力です。これをロベスピエール4世が見逃すとは思えませんので、ご愁傷様と言っておきましょう。


「凄いじゃないか、クロディー。どうやってこの情報を手に入れたんだい?」


「勿論、私の特技を使いました」


「特技? 外交以外に専攻した学問かな?」


「確かにあれは学問でした。闇から闇に移動し秘密の書類を手に入れる、学問と言うより美学と言った方が良いのではないでしょうか?」


 それに同意を求められても困るんだけど、もしかしてスパイとかでしょうか? 外交などという物は諜報戦という側面もあるので、意外と間違っていない選択かも知れません。ですが、物陰(例えば大きな壺とかですね)に潜むクロディーを想像して、大きな、そう大きな問題を思いつきました。

 クロディーは、女性らしい体型をしていますが、その身長だけは男性並みです。うん、はみ出ますね、主に縦方向に。目立たないように振舞うのも訓練したのでしょうが、明らかに方向を間違えたとしか思えません。しっかりと、ロベスピエール4世にもばれていましたし、注意しておきましょうか?


 いいえ、僕も副王となったからには、上手く人を使いこなしたいです。何とか、話を上手く持っていけない物でしょうか?


「ラスティン様、いかがでしょうか、私の働きは?」


 何だか褒めてくださいオーラ?みたいな物まで感じますよ?


「うん、僕が正に欲しいと思っていた情報ばかりだよ、集めるのに大変じゃなかったかい?」


「いいえ、こう言った事は、師匠から良く教わりました。依頼人、この場合はラスティンさまですが、必要とする情報を読み解く所から、入手方法までばっちりです。何と言っても、免許皆伝の腕前ですから!」


 腕前だけは免許皆伝かもしれないけど、生かせなくては意味が、そうだ!


「君は、その腕前を人に教える事は出来るかな?」


「教えるですか? 多分出来ますけど、それが?」


 良し、この手で行きましょう。丁度、僕からの提案が生かせますし、多分これが、クロディー自身の為でもあるはずです。


「クロディー、君の今の任務を解除する」


「え! ・・・、はい、分かりました」


 クロディーには、意外であり、予想できた命令だったのでしょう。クロディーがカグラさんを支える時期が終わったと言う事は、クロディー自身の報告書から読み取れた事なのですから。


「君には次の仕事に就いてもらうよ。とりあえず、君には、ガリアにいるトリステインの間諜を探し当てて欲しい」


「何故そんな面倒な事を? 副王になられたラスティン様なら、命じれば済むだけなのでは?」


「トリステインの間諜の質を知っているかい?」


「え? もしかして、そんなに酷いんですか?」


 酷いんですよ、ガリアの王位継承権争いの事をほとんど掴んでいないのですから、ガリアの将来を決める大事なイベントで、次期国王の能力を知る重要な機会だったはずなのに。


「そうなのですか? でもそんな人達を探り当ててどうするんですか?」


「勿論、君との能力の違いを見せ付けるんだよ、使えると思った人物が居れば、君の手で鍛えて欲しいんだ」


「はあ、それは構いませんが、私で良いのですか? 外交官の方々や、大使の方がどう言われるか?」


「君には、人手が集まれば、アルビオンに行ってもらう」


 クロディーの指摘を無視する形で話を進めます。


「アルビオンですか?」


「そう、そこで、マーニュという人の下で外交について学んで欲しい。そして、同時に間諜達の再教育もして終わらせてくれ。それが済んだら、間諜達を使って、モード大公について調べて欲しいんだ。出来るかい?」


「モード大公というと、アルビオンの王弟殿下でしたね」


「その任務が完了したら、君には、ガリアでトリステイン大使の副使になってもらう」


「はい、是非やらせていただきます!」


 クロディーの瞳には、理解の光が浮かびました。何故こんな面倒な事をするかといえば、クロディーに外交の実際を知ってもらうのが目的でした。公立学校の理事長ローレンツさんでも、外交官の仕事を実際に経験させる事は無理だった様なので、知識だけではなく経験を積ませるという意味が大きいです。

 ちなみに、トリステインの諜報機関の強化や、”ティファニア”の調査に関しては、今思いついた物ですが、アルビオンで行うのであれば、何とか誤魔化せると思います。(ガリアでやったら、間諜が全滅する可能性もありますからね)


===


 目を輝かせて、何かのプランを考え始めたクロディーに1つ質問を投げかけてみます。


「クロディー、キアラが僕に恋愛感情を抱いていると言うのは、本当なのかな?」


 クロディーが驚いた様に顔を上げて僕の顔を見ましたが、何かを感じたらしく苦笑を浮かべました。


「やっぱりあの子は、まだ告白していないんですね? あれを恋愛感情と呼んでいいのか分かりません。どちらかと言えば、崇拝に近い感情かも知れませんね」


「僕がキアラから、崇拝されている?」


 全然納得行かない話です。ですが、少しだけ分かるような気もします。キアラは僕に自分の望む通りの偉大な存在になって欲しかったのかも知れません。


「やっぱり、お分かりになりませんか? ラスティン様には婚約者のエレオノール様がいらっしゃったのですから、多少想いが歪んでしまっても、仕方が無いと思いますけど?」


「歪んだ想いか、何だか怖いね」


「大丈夫ですよ、キアラにも自分がどうなりたいのか、明確な想像はついていないでしょうから」


「そうか、ありがとう」


「ラスティン様が幸せになる事が、キアラの望みになると良いですね」


 僕が幸せね、副王なんかをやっている限り、どんどん不幸になっていく気がするんですが。


「そうだ、殿下にカグラから伝言を預かっています」


「聞こうか、何でも言ってくれ!」


「殿下も随分歪んでますよ?」


 同じ様に歪んでいる人間が言っても説得力無いですよね?


「いいから!」


「はい、”頂いた首飾りの宝石と同じ物を、幾つか頂けないでしょうか?”だそうです」


「魔法宝石(マジックジュエル)の事だよね?」


「そうです」


「アクセサリーにした方が良いのかな?」


「いいえ、魔法宝石(マジックジュエル)の方に用があるらしいですよ?」


「クロディー、君は何か知っているな?」


「え?っと、私とカグラだけの秘密ですよ?」


「くっ!」


 何て羨ましい! じゃなくて、何に使う積りなのでしょうか? 魔法宝石(マジックジュエル)自体は石があれば幾つでも作れるのですが、直ぐに用意しては怪しまれますからね。(ジョゼフ王子に目をを付けられても面倒ですし)

 魔法宝石(マジックジュエル)に関しては、価値が下がり気味ですが、(不思議なのですが)売り上げとしては横ばいなので、問題が無いと思います。まあ、弟のノリスがそれなりに魔法宝石(マジックジュエル)を作ってくれていると思います。ライル辺りに製法を伝授したいですね。

 トリステインに帰ったら、早速心を込めて錬金する事にしましょう。あ! どうやって石を手に入れましょうか? 気軽に石も拾いに行けないんですよね、帰りの旅の間に何とか手に入れる事にしましょうか。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る