第96話 ラスティン21歳(結果発表)


 僕は今ガリアに向かって、馬車に揺られています。旅行自体は、王宮に閉じ込められていた日々を考えれば大歓迎なのですが、ロベスピエール4世から、”ラスティン・レーネンベルク・ド・トリステイン”を名指しで招待状が送られてきたのは、何かの嫌がらせでしょうか? 国内ではともかく外国にはお披露目前の僕に、陛下を差し置いて、”ラスティン・レーネンベルク・ド・トリステイン”に招待状を送るなんて、トリステインでの僕の立場を悪くしたいのか、トリステインに対する警告なのか判断に迷います。陛下はともかく、貴族達やマザリーニ枢機卿まで嫌な顔をされては、僕も立場がありません。


 結局、”副王”の関係国へのお披露目とと言う名目で、僕のガリア行きが許可された訳です。まあ、地道に様々な案件を片付けた事も評価されたと思いたい所です。まあ、今回の招待状に”重大な発表を行う”と書かれている時点で、王太子が正式に発表されると言う予想はつきますし、この問題では僕はある意味関係者なので、招待されるのも分かりますが、トリステイン国王宛なり王家宛なりにしても結果は変わらなかったのにと思うと、改めて怒りが湧いて来ます。

 こんな気分の時は、文字通り空を飛んで行きたいですが、飛行(フライ)で行くのも現実的では無いですし、竜籠で訪問するのは相手国を刺激する様な物と言われれば、馬車以外の移動は考えられないです。いつか飛行機が飛び回る世界になったら、正式訪問には飛行機でという習慣にしてみたいものです。


 直接にガリアに向かうのは始めてだったので、旅行自体は楽しめました。良い気分転換になったとさえ言えるでしょうね。リュティスで待ち受けているだろう、退屈な儀式や、気の重い会見などにも少しは耐えられる気分になる事が出来ました。気分転換の意味でも威厳を持たせる意味でも、旅はゆっくりと進んだので、リュティスに着いたのは”重大発表”前日でした。

 遅刻しないかハラハラしましたが、実際こういう場合、わざと遅刻する事もあるそうなので、間に合っただけで良しとしましょう。公爵家に生まれても鷹揚な態度になれなかったですし、副王になってもそれは変わりませんでした。小市民的な副王なんて、国民の皆さんがどう感じるか、考えると情けなくなってきます。


===


 ヴェルサルテイル宮殿入りは、問題なく済み、控え室として割り当てられた部屋でかなり待った後、宮殿の大広間らしき場所に案内されました。豪華な服を着て、ガリア貴族たちの間を通って歩いていくと、あの時の事を思い出してしまい、頭が重く感じてしまいます。現に僕の頭の上には略式の冠がある訳ですからね。

 ガリア貴族達の視線が痛いです。僕の様な若造が、王家の人々より後に登場した訳ですからね。あんまり大きな声で呼び出さないで欲しかったです。僕の前後に呼び出されたのは、外国の関係者ばかりだった様です。アルビオンのモード大公の姿も見受けられますし、そのほかも王家の方々が多いようです。モード大公に一礼してみましたが、こちらの顔は覚えていてくれた様でした。

 玉座を挟んで対面には、ガリア王家の関係者が居るようです。オデット様や、ジョゼットそっくりなシャルロット姫の姿も見えました。オデット様が何か言いたそうでしたが、この場では無視するしかありません。当然ですが、イザベラ姫も居る訳ですが、さすがにカグラさんの姿はありません。ただし、イザベラ姫の後ろには意外な人物が居たりします。(クロディー、君そこで何やってるの?)


「ガリア王、ロベスピエール4世陛下、御入場?」


 それと共に、僕から見て後方の扉が開き、覚えのある強い気配を感じました。ロベスピエール4世健在と言う所でしょうか? あまり喜ばしい事では無いですが。こういう場での、ロベスピエール4世を始めて見ますが、やはり風格が違いますね。普通に歩くだけで威厳を感じると言うのは、絶対に真似できないです。


「ジョゼフ王子殿下並びに、シャルル王子殿下、御入場?」


 今度は、会場の後ろの方で声が上がり、2人の王子が並んで登場しました。何故か、ジョゼフ王子は不機嫌さを隠そうともせずに、シャルル王子は自信満々に見えてしまいます。知らない人が見れば、王位継承権争いはシャルル王子の圧勝だった様に見えるのでしょうね。シャルル王子は無理して余裕を見せている可能性がありますが、ジョゼフ王子は何故不機嫌なのでしょうか?

 両王子が、ロベスピエール4世の前で片膝をついて頭を下げます。


「両名とも、長く王都を離れての任務ご苦労であった。そちらの働きに感謝しよう、多くの者が知っておると思うが、今回の任務はそなた達の王としての器量と能力を見せて貰う事が目的であった。試すような真似をした事をここで詫びておこう」


「そのお言葉だけで、この数年の苦労が報われる思いでございます!」


 ロベスピエール4世の言葉に、シャルル王子が素早く返事を返しました。貴族受けしそうな返事ですが、言う方は兎も角聞く方は、どう感じるでしょうね? ジョゼフ王子の沈黙も気になる所です。


「そうか、感謝するぞ。 では、皆も待っておるだろうから、早速、我が王子達の功績を披露する事としよう」


 ロベスピエール4世の合図で、広間の側面に架かっていた布が外されました。かなり上等な布地だったので、部屋の装飾の一部だと思っていたので、少し驚きました。妙な所にお金をかけるものですね。布の下からは、これまた立派なボードが現れました。


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 こんな感じで小さな布が張られている感じです。両側の壁にあるので、



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こんな感じになります。6行×6列が2面と表現すれば分かりやすいでしょうか?左のボードが左側に立っているジョゼフ王子で、右のボードがシャルル王子なのでしょう。そして、この5年間の成績(含む合計)が書かれていると言う訳ですね。こう言う物をこちらで見るのは始めてですね。統治を任された土地の収穫高や税収を直接比較するのは難しい筈ですが、どう表示するのでしょうか?


 そう思っていると、直ぐに縦一列の布が浮き上がって、取り去られました。


Joseph             Charles

102 ??? ??? ??? ??? ????  181 ??? ??? ??? ??? ????

121 ??? ??? ??? ??? ????  315 ??? ??? ??? ??? ????

105 ??? ??? ??? ??? ????  135 ??? ??? ??? ??? ????

101 ??? ??? ??? ??? ????  050 ??? ??? ??? ??? ????

130 ??? ??? ??? ??? ????  098 ??? ??? ??? ??? ????

559 ??? ??? ??? ??? ????  779 ??? ??? ??? ??? ????


 その結果を見て、多分、シャルル王子陣営と思われる前方の貴族から、抑えた様な歓声が上がりました。数字を見る限り単純に、税収額の増減を前年比か例年比で比較したのでしょう。増減比を足した結果が一番下ですかね? 増減率を足すのはあまり正しくない評価方法だと思いますが、同意を得るのは難しいでしょうね。

 表自体は、あまり分かりやすいとは言えませんので、単純に数字が大きいので貴族達は反応したのでしょう。559:779ですか、この時点では、予想通りシャルル王子陣営圧勝ですね。表の右側が楽しみです。

 シャルル王子側の50%減っていうのが目立ちます、ここまで酷いということは、やっぱり鉱山の町の結果なんでしょうね。関係ない鉱夫に犠牲が出ていてこの数字では、亡くなった方も浮かばれませんよね?

 そんな感傷に浸っている間に、布が次々と剥ぎ取られて行きます。最終的には、


Joseph Charles

102 112 131 103 150 0598  181 122 081 051 066 0501 農村

121 140 159 163 000 0583  315 055 042 029 000 0441 山村

105 112 133 000 000 0350  135 130 128 000 000 0393 港町(漁村)

101 105 000 000 000 0206  050 000 000 000 000 0050 鉱山の町

130 000 000 000 000 0130  098 000 000 000 000 0098 交易の町

559 469 423 266 150 1867  779 307 251 080 066 1483 合計


という結果でした。経過年数から対象になった場所も分かります。分かりにくいので、少し表を変えてみましょうか?


   Joseph Charles

   1st 2nd 3rd 4th 5th total 1st 2nd 3rd 4th 5th total

農村 102 112 131 103 150 0598  181 122 081 051 066 0501

山村 100 121 140 159 163 0683  100 315 055 042 029 0541

港町 100 100 105 112 133 0550  100 100 135 130 128 0593

鉱山 100 100 100 101 105 0506  100 100 100 050 000 0350

交易 100 100 100 100 130 0530  100 100 100 100 098 0498

合計 502 533 576 575 681 2867  581 737 471 373 321 2483


 頭の中でグラフ化してみましたが、傾向として右肩上がりと右肩下がりなのが対照的です。


 もう少し分析してみましょうか? 最後の行を、5で割って平均化して、両王子の成績を直接比べると。


       1st   2nd  3rd  4th  5th

ジョゼフ王子 100.4 106.6 115.2 115.0 136.2

シャルル王子 116.2 147.4 094.2 074.6 064.2


 何と言うか、シャルル王子の方は、集計結果の間違いを疑いたくなりますし、一発屋の芸人の売り上げ?の様に見えますね。ああ、つい先日見た前世の記憶の夢で、こんな形のグラフを見ましたね。大学の最初の実験で、教授の助手に再測定を命じられたのが思い出されます。


 最後の、1867:1483が判明すると、広間は静寂で包まれてしまいました。正確には、僕の席からは、貴族の列の後方で喜びの声を抑えている下級貴族が見えていたりします。どうやら、ジョゼフ王子陣営の貴族らしいです。(その数は意外と多かったりします)


 表からは、ジョゼフ王子の圧勝が見て取れます、予想では結構な大差でジョゼフ王子が勝利すると思っていたので、シャルル王子は善戦したのかも知れません。


 気になるのは、


1.農村の4年目でガクリと税収が減っている

2.シャルル王子側の同じく農村の税収の低下が大きすぎる

3.ジョゼフ王子の5年目の130%という信じられない数字

4.何故、もう1年か2年経過を見なかったのか


でしょうか?


 それにしても、場所別でシャルル王子がジョゼフ王子に勝っているのは、港町(漁村)だけだと言うのが皮肉な結果です。確か、ここは対応に困った貴族達が、中古船を払い下げした場所だったはずです。1の農村の4年目は、どちらも明らかに税収減なので、全国的に不作だったのでしょうね。

 2?4は、機会があれば誰かに聞いてみたい物です。4に関しては、正解はロベスピエール4世だけが知っていそうですが、聞き出すのは無理でしょうね。


 僕は視線を、運命の2枚のボードから、主役の2人の王子に移しました。シャルル王子は、結果を見て呆然という感じですが、勝者であるはずのジョゼフ王子は俯いたままでした。


「結果は見ての通りだ。私の後継者は、ジョゼフとする。異議あるものは居らぬな?」


 ロベスピエール4世が宣言するように声を上げました。いや、沢山居ると思いますよ。特に列の前の方にね。ガリアもこれから大変そうですね。


「ジョゼフを王太子に、シャルルにオルレアン領を与え大公とする。勝負は終わった、両名ともこの争いは忘れ、ガリアに尽くしてくれ!」


 その言葉に、我に返ったシャルル王子が、少しだけ歪んで見える笑顔を見せて、ジョゼフ王子に握手を求めるように手を差し出しました。


「兄上、参りました。私は喜んで、貴方の臣下として」


 物語(歴史)とは違う展開でしたが、結果は変わらなかった訳ですね。(オルレアン領と言ったロベスピエール4世が、僕に意識を向けた事が少し問題ですが)

 僕が一瞬、皮肉な事を考えた時、物語(歴史)とは全く違う事態が起こりました。それまで俯いたままだったジョゼフ王子が、不意に顔を上げ、仔細構わずシャルル王子を殴り倒してしまったのです。こんな展開は誰も予想していなかったらしく、広間は静寂に包まれました。


「シャルル! お前は、この下らない争いで、何故死者など出した!」


 堪えていたものを吐き出す様な、ジョゼフ王子の声だけが広間に響きました。僕はこの言葉を聞いて、凄く嬉しく感じました。そして、わずかですが、ロベスピエール4世も微笑んだ気がしました。


「・・・たぞ」


 ジョゼフ王子が、多分、シャルル王子だけに聞こえる声で何か言いましたが、僕には聞き取ることが出来ませんでした。

 そこからは、広間は大混乱でした。僕も危険を避けるために引きずられる様に広間を後にして、先程の控え室に押し込まれる形になりました。僕の目には、怒りに震えるジョゼフ王子と、殴られた頬を押さえたシャルル王子の姿だけが印象に残りました。

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