第95話 ラスティン21歳(お金がない! いや本気で)


 ノリスの不意打ちから、またしばらく時間が経ちました。僕自身は未だに試用期間といった感じです。


 朝起きて、朝食後に幾つかの案件を片付けて、その後朝議で、朝議の後に昨日から処理が終わった案件の内容と朝議の内容を陛下に報告、そして昼食後に新しく入ってきた案件を片付け、夕食後に潜入部隊の報告を受けて、湯浴み後、就寝という不健康的な生活を送っています。

 ほとんど外出が出来ないというのは、僕にとっては意外とストレスでした。特に、案件の処理は基本的に僕個人でやっているので、ストレスは溜まる一方です。まあ、潜入部隊の報告で少しは解消されるんですが、あまり爽快感が無いので、仕方がありません。話し相手でもいれば、気が紛れるのですがその場所はキアラの為に空けてあるので、孤独に仕事を進めて行くしかありません。(キアラは一体何をやっているんでしょうね?)


 そんな日々に涼風をもたらしてくれたのは、ローレンツさんでした。そういえば、そろそろ定期報告の時期でしたね。今年は、カグヤちゃん同盟のクロディーからの情報もあるので、ジョゼフ王子側の情報は大まかに分かっています。


「ローレンツさん、良く来てくれました」


「おやおや、殿下、そんなに歓迎してくださるとは思いませんでしたぞ」


「ローレンツさんまで、殿下は止して下さい。あまり刺激の無い生活をしているので、客人は大歓迎ですよ」


「副王というのは、忙しいのだと思っていましたが、違いましたかな?」


「僕はまだ試用期間ですからね、ボチボチといった所ですよ」


「では、私の愚痴に付き合って頂く時間は有りそうですな?」


「愚痴でも何でも構いませんよ、正直。外部の情報から隔離されている状態ですからね」


「それは、大変な状況ですな。差し詰め無人島に流された気分ですかな?」


 情報の重要さを良く知っている人には、やっぱり僕の今の気持ちが分かる様です。


「それでは、愚痴を聞いていただきましょう。キアラ君の事なんですがな」


「ああ、高等学校の卒業生の話ですか? それについては、僕の方から謝らせてもらわなくてはいけませんね。申し訳ありません」


「いえ、まあ、仕方が無いですな。折角の優秀な人材を手に入れた得意先に、謝るのは大変でしたぞ」


「僕達にとって悪いことばかりでは無いと思いますが?」


「そうですが、今年の卒業生も、ごっそり持っていかれてはですな」


 今年の卒業生?それは知らない情報ですが、キアラが何か暗躍しているんでしょうね。


「まあ、その件は彼らの自由意志ですからな、私もこれ以上は言いますまい」


「本当にすみません」


「もう1つ愚痴ですがな、最近工業品の価格が高騰気味で困っておりましてな」


「そうなのですか? ワーンベルからの出荷量は増えている筈ですが?」


 兵団員の増員で、ワーンベルの錬金隊への人員も増強されている筈なんですが、下落ならともかく、高騰気味とはどういうことでしょう?


「国内に関しては、行き渡っていると思います。他の国では不足という噂は聞いておるのですが・・・」


「商会の方でも分かりませんか」


 これは、下手をすると国レベルの問題になりそうです、心に留めておきましょう。


「後、これは商人の中での噂なのですが、どうやら各国の貨幣の質が落ちているそうですな」


「質ですか? 価値ではなく?」


「ははは、前世の知識に引きずられている様ですな。こちらの貨幣には、金銀銅それぞれが使われていましてな、貨幣自体が価値を持っておるのですよ。まあ、発行した国の信用も勿論関わって来ますがな。金貨に混ざり物が多ければ、金貨としての価値は下がるものなのです」


「ああ、質と価値は等価に近いという訳なんですね? でも各国ということは、この国でも?」


「その様ですな。ユニス君辺りなら、詳しいのではないですかな?」


 どういう影響があるか分かりませんが、経済的に混乱が見込まれるという所でしょうか? ユニスに話を聞いてみましょう!


「これも一種の愚痴ですかな? 例の人探しですがな、現在10名足らずと言った所なのです。そろそろ集めただけでは済みそうに無いですぞ?」


「それに関しては、考えがあります。でもほとんどがトリステインに居るのですか?」


「不思議ではありますまい? 誰も、ガリアやアルビオンに生まれたいとは思わないでしょうからな」


「それも、そうですね。ジェリーノさんや、ナポレオン君は例外なんでしょうね」


「そう考えられますな。私もこの国に生まれてほっとした物です」


「そういえば、ローレンツさんはこの世界で、前世の事を思い出して、どう思いましたか?」


「ああ、何時だかジェリーノが言っていた話ですな? 私の場合はチャンスだと思いましたな、かなり昔なのでおぼろげな記憶ですが」


「そうですか、あの、転生者を集めて集会を開きたいのですが、協力していただけますか?」


「何をなさるのですかな?」


「折角ですので、転生者間の交流を深めたいと思って、後、知恵を出し合ってこの世界をもっと良い物にしたくないですか?」


「ふむ、成る程。協力させていただきましょう」


 少しだけ違和感を感じました。ローレンツさんの立場なら、僕の思いついたことをもっと早く実現出来たんじゃないか?と思えました。まあ、何か考えがあるのかも知れませんが。


「そういえば、定例のガリアの状況はまだお聞き出来ないのでしょうか?」


「ああ、すみませんな。ですが、事情は彼女から聞いているのではないですかな?」


「はい、ですが、シャルル王子サイドはさすがに」


「まあ、クロディー君でも難しいでしょうな」


 ローレンツさんの話をいつも通りまとめると、以下のようになります。ちなみに、課題になったのは、”交易で栄えている町”でしたね。


・ジョゼフ陣営

 こちらは予想通り、ジョゼフ王子は町に対しては何もしなかったそうです。正確には、微妙に税率などを変えたそうですが、大勢に影響するほどでは無かった様です。ジョゼフ王子はどちらかと言うと、町に続く街道の整備に力を入れたそうです。同時に街道の警備を行う部隊を組織して、商人の保護を行ったそうです。まあ、順当過ぎて面白くないですが、ローレンツさんも普通の反応でした。(普通過ぎて、違和感を感じた程でした)


・シャルル陣営

 こちらは、思い切った冒険に出た様です。エルワン商会という、ガリアでも指折りの商会に商取引の独占権を与えたそうです。何だか真似をしただけと言う気もしますね。結果として、エルワン商会の勢力はかなり増えたそうですが、当然その他の商人達は締め出された形になります。これはどんな結果をもたらすのでしょうか?


 そして、一番重要なのは、両王子が次の任地を指定される訳ではなく、ガリアの王都リュティスに呼び戻される事になったと言うことでしょう。これで、王位継承権争いは決着が付くという事になる訳です。僕もローレンツさんも、ジョゼフ陣営の圧勝を予想しました。まあ、隠された意図を知らなければ、シャルル王子の圧勝なのでしょうが、どういう騒ぎになるか楽しみですね。


 まあ、他国の事だと高を括っていた僕には、残念な結果が待っている事を、その時の僕は気付いていませんでした。ローレンツさんには、ゲルマニア関係の情報や、風石採掘場所発表が行われた等、幾つか重要な情報を聞かせてもらえました。


===


 ローレンツさんから貴重な情報を得た翌日、僕は朝からユニスに連絡をとって、執務室まで来てもらいました。


「ユニス、昨日なんだけど、ローレンツさんから貨幣の質が落ちているって話を聞いたんだけど、本当なのかい?」


「理事長先生からですか? そうですか、・・・」


 ユニスは少し考え込んでしまいましたが、決心したらしく話を続けました。


「もう少し、調査が進んでから報告したかったのですが、貨幣の話は事実です。分かっているのは、我が国の金銀銅を産出する鉱山での採掘が思い通りに行かなくなったという事と、他国が我が国の貨幣をかき集めているらしいという事です」


「何が起こっていると思う?」


「現状では、情報不足で何とも申し上げられませんが、何処かの国が、トリステイン経済的に混乱させようとしているのではないかと予想できます。そこで、1つ提案したいことがあります。これは殿下に対してではなく、ラスティン様にです」


「良く分からないな?」


「魔法兵団に対しての要請と言い換えましょうか?」


 意味が分からないですね、今の話と兵団への要請がどう繋がるのでしょうか? あ!成る程、そう言うことですか!


「錬金隊の出番と言う訳だね? 魔法宝石(マジックジュエル)のアクセサリをデザインした事がある君ならではの提案だね。あの貴金属の供給元は秘密のはずなんだけど」


「ふふふ、そうですね」


「まあいいさ、でも良いのかな? この国どころか、色々な所に影響が出そうだけど」


「このままでは、敵の思うままですよ? こちらが主導権を握らなければ、挽回は難しいのではないでしょうか?」


 敵と言う言葉が、僕を刺激します。まさかゲルマニアが、マテウス・フォン・クルークなら思いつきそうな話です。


「分かった、兵団には僕の方から依頼を出しておくよ。何処に向かわせる?」


「お知りになりたいですか?」


「これは、機密事項なんだな?」


「ええ、詳細をすべて知っているのは、国王陛下と王妃殿下、そして財務省のトップだけです」


「そう言う話なら、僕は知らないでおこうかな。兵団員が到着したら、ユニスに一任するよ」


「随分と潔いのですね?」


 調子に乗ってガンガン金とかを作ったら、この世界の経済がどうなるか考えたくないですからね。


「昔から、金勘定は苦手だし、世界の経済を支配しようなんて思わないしね。それより、錬金隊から団員を引き抜く数の方が問題かな?」


「ああ、工業品の高騰の話ですか、そちらも頭痛の種ですね」


「まあ、とりあえず、スクエア,トライアングル,ライン,ドットのメイジを各10人程選抜するよ」


「40人ですか?」


「そんなに少ない数じゃないけど? まあ、足りなかったら補充も考えるよ。貨幣自体の鋳造まで必要だったら、もう少し増やした方が良いかもな」


 実行する気はありませんが、ワーンベルの工場街で、全力で金銀銅を作ったら冗談ではなく1日で金銀の山が出来ますからね。アクセサリの材料の安価な入手方法として考えたケイ素-銅-銀-金(プラチナ)の様な順番に元素番号が大きい物を作っていく方法は、こんな所でも役に立ってくれます。今なら結構な純度の金でも錬金出来る筈ですし、純度自体は大した問題ではありませんからね。


「そこは、今の人員が使えますから」


「そうだね。そうだ、ユニス!」


「何でしょうか?」


「新しい貨幣を作ってみないか? もちろん、君がデザインを決めて良いから」


 ユニスの目がキラリンと言う感じで輝きました。


「お任せ下さい!」


 ユニスらしくもなく、声が上擦っています。彼女もストレスを溜め込んでいるのでしょうか? 意外と良い思いつきだったのかも知れません。プラチナ,金,銀,銅の貨幣を作る方針を決めて、細かな話はユニスに一任する事にしました。

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