第75話 ラスティン21歳(ゲルマニア軍来る:アンセルムの昔語り)


「ラスティン、いい部屋を見つけたじゃないか?」


「アンセルム、お前な!」


「おっと、お小言は無しだぜ。俺にそういう仕事をさせたら、色々な所に迷惑がかかるぞ!」


 アンセルムは全く自慢にならない事を、胸を張って言い切りました。しかし、足手まといならともかく、色々な所で迷惑になると言うのも怖い話です。


「まあ、そういうことにしておくよ。それより今まで何してたんだ?」


「ああ、ゲルマニアの忘れ物を、処分したりかな?」


「忘れ物?」


「いろいろ有ったぜ。死体とか、火薬とか、銃とか、馬とか、怪我人とか」


「そうか、死体はちゃんと埋葬してくれたか?」


「ああ、3000体ほどあったが、土メイジが深く埋めてくれたよ。ついでに、火薬もな」


「銃は、どうしたんだ?」


「さあ、火薬が無ければ、ただの鉄くずだしな。念のために、錬金で別のものに変えたほうがいいかもな」


「それが、いいか・・・。後は馬と怪我人か」


「ああ、馬も怪我をしてるぜ。直ぐには使い物にならないな。怪我がひどいのは、食用に回した方がいいかもな。怪我人の方は、とりあえず捕虜だが、さっさと始末しちまうか?」


「尋問は済んだのか?」


「ああ、大体は聞き出せたと思うぜ。兵団にかなりびびったのか面白いほど簡単に喋ってくれたよ」


 捕虜ですか、気が重いですね。ライデンの人々に引き渡せば、簡単に話は済むでしょうが、彼らにそんな事をして欲しく無いと言うのが、正直な気持ちです。何か捕虜達を上手く利用する手は無いものでしょうか?


「捕虜に関しては、少し考えさせてくれ、なるべく早く結論を出すよ。それより尋問の結果を教えてくれるか?」


アンセルムが聞かせてくれた話は、


1.正規兵は帝都で訓練されて、時期も人数もバラバラにブルーデス伯爵領に移動した

2.歩兵の主体は、ブルーデス伯爵領の平民で、強制的に徴兵された

3.モーランド侯爵領に侵攻してからは、ライデンを経由しただけで、直接レーネンベルクに侵攻した

4.ワーンベル直前で休憩しているところを、強襲されて大砲隊と食料そして指揮官まで失った

5.副官の指揮で、何とかライデンまで移動して、体勢を立て直していた


という物でした。その後は僕も知っている内容でした。兵団に敗れはしましたが、副官が指揮していたとは信じられない用兵だったと正直感心しました。


「その副官というのは?」


「さあ、名前は誰も知らなかったね。ラスティンが生き埋めにした指揮官というのは、ゲルマニアの貴族だったらしいがな」


「その副官は、要注意だと思わないか?」


「そうだな、戦略はイマイチだが、戦術に関しては、少し注意が要るんだろうな」


 アンセルムの評価は辛口ですね。まあ、その副官が被害を無視して、ワーンベルを急襲していれば、僕らもただでは済まなかったでしょうから、分からない話ではありません。


「堅い話はここまでにしておこうぜ、飲むか?」


 アンセルムはそう言うと、隠し持っていたワインのビンをテーブルの上に置きました。ビンのラベルが少し焦げている所を見ると、どうやらこれもゲルマニア軍の忘れ物の様です。まあ持ち主を探すのは無理そうなので、貰ってしまう事に異存はないのですが、アンセルムが酒を飲むなんて始めて知った気がします。


「アンセルムは、お酒が好きなのか?」


「いいや、あんまり飲まないな。強くもないしな」


「まあいいや、付き合うことにするよ」


 僕もアルコールに強くないので、2人して酔いつぶれる事にならなければ、良いのですが。グラスを調達してきて、何とかコルクを抜くと、サシで飲み交わす事になりました。ちなみに、アンセルムは一杯空けた時点で耳まで赤くなってしまいました。(強くないどころか、弱いぞアンセルム)

 僕が公立学校の話を聞きたいと言ったら、アンセルムは魔法学院の話を聞かせてくれたら話してやると言ったので、こちらから話すことにしました。かいつまんで、学院での3年間の話をすると、アンセルムは真剣に聞き入っていました。(教育に関することなので、興味があったんでしょうか?)

 僕の話が終わると、アンセルムが話を始めましたが、それはどちらかと言うと身の上話でした。


「俺の両親は、元々同じ傭兵団の一員だったんだ。結構有名なペアだったらしいんだ、俺も小さい頃から傭兵団の一員みたいに育てられたよ。残念だが、戦士としての才能は全く無かったんだが、戦法なんかを考えるのは好きで、将来は有望だと言われた事もあるんだぜ」


アンセルムは何か思い出すような、表情を浮かべています。


「だがな、それも長く続かなかったんだ。丁度、俺に妹が生まれた翌年だったかな? 傭兵団の拠点が討伐したばかりの盗賊団の襲撃にあってな、俺も妹も何とか逃げ延びたんだが、妹が目に酷い怪我を負わされてな、失明してしまったんだ。両親はそれにショックを受けて、傭兵稼業を辞めちまったんだ。自分たちがどんなに酷い怪我をしても、全く頓着しなかった親父たちにしては、見事な引き際だったよ」


「そうか」


「まあ、それ自体は親父達の考えだから、構わなかったんだが、問題は妹の目の治療だった。外傷は知り合いのメイジに頼んで治してもらったんだが、目が見える様にはならなかった。そこで一部で聖女と、と噂されている、レーネンベルク公爵夫人を頼ろうと思って、レーネンベルクに来たんだ」


 母上が聖女ですか? 実像を知っているとちょっと納得行きませんが、あの時の父上を治療している姿を思い出すと、何となくそう呼ばれるのも分かる気がします。


「少し待つことなったんだが、妹はちゃんと公爵夫人の治療を受けられたんだぜ。完治という訳には行かなかったが、ぼんやりとは見えるまでに回復することは出来たんだ」


 それを聞いて、良かったなと言いたくなりましたが、何故かその言葉を言えませんでした。さっきから、アンセルムが”妹”と言う時の表情がそれを許さなかったと言えるかも知れません。


「その頃は俺も、公立学校に入学していてな、妹にその話をすると、”私も学校に行く?”なんて良く言っていたよ。だがな、変に視力が戻ったのが徒になっちまったんだよ。両親も公爵夫人に何回か治療してもらった事で、かなり視力が回復したのを知って油断しちまったんだろうな」


 アンセルムが辛そうな声を出します。彼のこんな声を聞くのは始めてかも知れません。この話の展開は、最悪の結果を想像させますが、これを聞かないということは、アンセルムの上司としては有り得ないことなのでしょうね。僕は黙ったまま話の続きを聞く事にします。


「俺が丁度”高等学校”への進学を決めた次の日だった。妹が、馬車に轢かれて、本当に簡単に死んじまったのはな。馬車の御者を恨んでいないと言えば嘘になるが、本気で恨むにはその人は誠実過ぎる人でな。馬車の前に飛び出しちまったのも、妹の不注意だと分かっているから、一層やりきれなくてな」


 アンセルムは”妹”の名前を呼ばない理由が分かった気がします。


「そんな訳で、高等学校に進んでからしばらくは、無気力に過ごしていたんだよ。そんな時さ、キアラが俺に、”あなたは何を目指して、高等学校に進んだんですか?”なんて言って来たのは。俺はその時、怒りに任せて、全てをぶちまけちまったんだが、キアラの奴は全く怯まなかったよ。それどころか、俺を蔑んだ様な目で見てな、”妹さんは今のあなたを見て満足すような子だったんですか?”なんて言いやがった」


 アンセルムは、何故か笑いそうな表情になっています。悔しがったりしている様な否定的な感情は見られない気がします。


「俺はその時、あいつに何も言い返せなかった。俺はキアラを見返す積りで、軍事関係を本気で学び始めたよ、俺にはそれしか取り柄が無かったからな。だけど奴は、そんな俺を見て何と言ったと思う?」


「さあ、キアラの性格だと、”頑張ったね♪”とかは、絶対に言わないだろうね」


「アイツはな、”随分と逃げるのが得意なお兄さんで、妹さんも喜んでいるでしょうね!”なんて言いやがったんだ。でもな、そんな事は俺も分かっていたんだ、それでキアラに”お前が俺の立場だったら、どんな事をしたんだよ!”と問い詰めたらな、少しだけ考えて、”私なら妹さんの様に、学校に通えない様な子の為に教育を学んでみるわ”と答えたよ。正直負けたと思ったね」


「そうなのか、ところで、アンセルムとキアラが軍を率いて戦ったら、どっちが勝つんだ?」


「ラスティンも嫌な事を聞くな。正直に言えば、俺の方が分が悪いだろうよ」


 アンセルムの今日の指揮は見事な物でした、軍を率いた事があるという話もまんざら嘘では無いと思わせる戦いの流れの読み方だったんだと思いますが、キアラがあれ程の指揮を取れるのでしょうか?


「まあ、完全に五分の条件で実戦をやれば、負けないと思うがね。強がりじゃないぞ? ただな、五分の条件に持って行くのは至難のわざなんだよな。お互い手の内を知っているから、普通に戦えばそれが不利になる訳だ」


 ふむ、こうしてアンセルム君は教育に興味を持って、キアラに頭が上がらなくなったと言う訳なんですね。アンセルムの過去と、キアラの関係を知ることが出来て、良かったと思いました。今ふと思いましたが、アンセルムはキアラに好意を持っているんじゃないでしょうか? でも、アンセルム自身は自覚していないでしょうし、何となくですが、最初から諦めている気がします。

 こう言う機会ですから、口を滑らすかもかも知れません、是非聴いて見ましょう! と思って、アンセルムを見ると、テーブルにうつ伏せになって眠り始めていました。失敗です、これでは聞き出す所か、アンセルムを何処かで寝かせる役目が僕に回って来た事になった訳です。


 僕はアンセルムをレビテーションで浮かせたまま運び、近くの部屋のベッドに寝かせる事にしました。僕自身も、今日はこの隣の部屋で休む事にします。少し埃っぽいベッドに横になってから気付きましたが、アンセルムが強くも無いお酒を飲んだのは、弔い酒の意味があったのかも知れません。敵とは言え、多くの人間を殺すこと(そしてそれ以上にそれを命じる事)は、やはり精神的に辛いものがあるのは確かです。


 明日になれば、軽くて口の悪いいつものアンセルムに戻ってくれていると良いのですけれど。

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