第74話 ラスティン21歳(ゲルマニア軍来る:ライデンの現状)


 兵団の本陣に戻ると、そこは正に大混乱という状態でした。ライデンの町の代官を始めとする上層部は、完全にゲルマニア側に寝返った様です。町の役人は指揮系統が空中分解してまともな手が打てず、仮の町の代表に選ばれた大工の棟梁さんは目を白黒しているだけでした。

 僕を治療に赴かせたアンセルムが、本来ならばこの場を取り仕切っていなくてはならない筈ですが、見回してもその姿は見当たりません。近くにいた兵団員に話を聞くと、ふらっと何処かへ行ったっきり戻って来ないそうです。

 これはまさか、逃げたのでしょうか? 逃げたんですね? 逃げるなよ! はっきり言ってこういう方面ではアンセルムは全く役に立つ気がしません。仕方が無いので、この場は現役代官の僕が取り仕切る事にします。


「ライデンの町の役人の方は居ますか?」


「はい、私がそうですが?」


「この町を治めていた方は、何処で仕事をされていましたか?」


「はい、代官が町の北側にある館で、政務を執り行っていました。ですが、最初のゲルマニア軍襲来の時に、館に篭ったまま姿を見せなくなり、昨日姿を晦ましているのが確認されています」


「そうですか、その館というのは、荒されたりしていましたか?」


「いいえ、正門が閉まっていて、特に荒された気配は無かったと聞いています」


「良かった、それでは、役人の皆さんに伝えて下さい。自分の担当分野に関して被害を大至急調査して、代官の館まで報告しに来る様にと!」


「はっ! あ、あの、貴方は?」


「僕は、ラスティン・ド・レーネンベルク。レーネンベルク魔法兵団の指揮官の様な者です」


 日頃から、服装には頓着しない方ですが、今は動きやすさ優先で、他の兵団員と区別が付かなかったのでしょう。


「し、失礼しました! 残っている者たちに、大至急報告にあがらせます!」


「お願いします、急いでいただきたいですが、町の住民の声もなるべく集める様にして下さい。それと、この町に一番詳しい役人の方を、直ぐに館まで寄越して下さい」


「カルヴィンさん辺りが適任だと思います。直ぐに向かわせます」


 そう言うと役人の方は、走って行ってしまいました。それと入れ替わる様に、僕の護衛を務めるガスパードやニルス達がやって来ました。彼らは、兵団の一員として、先程の戦闘に参加していました。ちなみに、カロリーヌも町の何処かで、治療を行っているはずです。(変な魔法薬とか試していないと良いのですが)


「スティン、探したんだぞ! 勝手に何処に行っていたんだ?」


「いや、ちょっと治療の手伝いをね。君達は、警戒に当たらなくてもいいのかな?」


「町の中に、敵が残っている可能性もあるし、今はお前の護衛が優先だよ」


 まあ、ゲルマニア兵が残っていれば、町の人達に酷い目に遭わされると思いますが、状況も差し迫ってはいないですし、丁度人手が欲しい所なので、あまり追及しないでおきましょう。


「この町の代官の館に行くから、護衛を頼むよ」


「任せてくれ!」



 護衛を連れて、町の大通りから北を目指しますが、僕は隣にいるガスパードに小さな声で話しかけます。


「ガスパード、さっきの戦闘は大丈夫だったか?」


「同じ事を、カロリーヌにも聞かれたよ、僕はそんなに頼りないかな?」


「頼りなかったら、僕の護衛なんて頼んでいないさ」


「そうか? それより、なんでカロリーヌが従軍しているんだ? 彼女はトライアングルでもないし、警備隊の所属でさえないじゃないか?」


「ああ、警備隊のメンバーから推薦があったんだよ。メイジとしての腕はまだまだだけど、カロリーヌの魔法薬は役に立つと言われてね」


 実は、カロリーヌを従軍させる積りはなかったのですが、彼女が僕達と一緒に来ているのに気付いたのが、ワーンベルを出発してかなり経った後だったので、一人で帰す訳にはいかず、従軍を黙認しているのです。魔法薬?の辺りは全くの事実なので問題無いと思ったのですが、ガスパードは納得行かない様です。


「誰だよ、カロリーヌを推薦したって奴は!」


「ところで、君とカロリーヌの仲は何処まで進展しているんだい?」


「え、おま、なに、」


強制的に話題を変える為に、意地悪な質問をしてみましたが、ガスパードは面白いほど動揺してくれました。


「まあ、結婚が決まったら、なるべく早く教えてくれよ。友人としてもレーネンベルクの次期当主としても、相応しい贈り物を考えなくちゃいけないからな」


「ラスティン様、レーネンベルクらしいというと、あまり期待は出来ませんな?」


 いつの間にか、聞き耳を立てていた護衛の1人が、面白そうに指摘してきました。まあ、レーネンベルクらしいといえば、質素とか、実用的とかになりますね。護衛の皆と一緒になって、ガスパードをからかいながら、道を進んで行きます。

 そして町並みを抜けると、それは僕の目に飛び込んで来ました。それは正しく城門と呼べる物でした。2メイルを超える城壁?と3メイルを超える城門?が僕達の行く手を阻みます。しかし、町を囲む防壁は粗末な物なのに、館を囲む城壁だけ立派にしてどうするつもりだったのでしょうか? 土メイジの手にかかれば、この倍の城壁でもほとんど役に立たないと思うんですけどね。


 先程の役人さんの行った通り、正門はしっかりとロックで施錠されていました。辛うじて、通用口は開いていたので、そこを通って館に向かいます。館の外観はワーンベルの代官の屋敷と似た作りになっていました。トリステインと言う国は、基本的に山が少ないので、平地に町が出来れば、そこを治める代官の屋敷や館も構造的に似てくるものなのでしょうか?

 館に入ると、明らかにこの館が、ワーンベルの代官の屋敷と同様の思想で作られた事が分かりました。しかも、調度品まで似ている感じがしましたが、これは持ち運べそうな価値のあるものがすべて持ち去られているのが原因だと思います。明らかに絵画が飾ってあった壁や、壷が置いてあったと思われる棚などが見受けられます。もしかしたら、ワーンベルの代官の屋敷が殺風景過ぎるのでないかという考えが頭を過りますが、気にする事も無いですね。

 護衛の人達に、館の整理と清掃を頼むと、僕は例の正門に向かいます。門には内側から、閂がかけられてその上にロックの呪文がかけられているなんて、随分と厳重な警戒をしていたようです。門や城壁を調べると、それほど古いものでないことが分かりました。とりあえず、ロックだけは解除しておきましょう。使われていたロックの呪文はオリジナルの様です、ディテクト・マジックで解析をしてみましたが、あまり見ない様式でした。

 何とか解呪に成功しましたが、その時にかかっていたロックの呪文が、以前一度だけコルネリウスが見せてくれたロックの呪文に似ているのに気付きました。この町の上層部に、ゲルマニアの関係者が居たことは確実ですね。代官自身がゲルマニア人だという可能性も高いかも知れません。そうすると、この立派な城壁は、町の人達から身を守ったり、町の人達からの目を逃れて何らかの工作をする為の物だということもありうるでしょう。


 とりあえず、門にかかっていたロックを解除して、その場を離れることにします。掃除の方は、進んでいるでしょうか? 開門は1人では無理そうなので、後にしましょう。(決して掃除が面倒で逃げて来た訳ではありませんよ?)

 再び館に入ると、内部がかなり片付いていました。慌てて、館から逃げ出したのが分かる状態だったのが、何とか見れる状態にはなっています。代官の執務室だったと思われる部屋と、会議室として使えそうな食堂を中心に、掃除をしてもらったのでこの2部屋は直ぐにでも使える状態になっています。


「ラスティン様、カルヴィンという方がいらっしゃいましたが?」


「ああ、執務室の方に通して下さい。僕も直ぐに行きますから」


 僕が、執務室に入って椅子に座ると、もう一方のドアがノックされました。僕の返事を待って、1人の壮年の男性が、執務室に入って来ましたが、その人物の表情を見て、なんか苦手そうな人だなと思いました。真面目で頑固で融通が利かないという第一印象です。


「お呼びということなので、参りました。カルヴィンと申します」


「忙しい所を呼び出したりして、済みません。隣のレーネンベルクで代官をやっている、ラスティン・ド・レーネンベルクです。早速なのですが、この町を一刻も早く正常な状態に戻したいと思うので、カルヴィンの力を貸していただけないでしょうか?」


「お断りします! 忙しいのでこれで失礼します」


 呆気にとられる僕を取り残して、カルヴィンさんはさっさと部屋から出て行ってしまいました。あれ??僕は何かカルヴィンさんの気に障る様なことをしたのでしょうか? 忙しいと言うのは、嘘ではないのでしょうが、態々僕の所まで来て、言う必要も無いと思います。何だか、理不尽な当て付けをされた気分です。


「ラスティン様、この町の役人の方々が、何名か、いらしていますが?」


 ニルスがドアから少し顔を出して、報告してくれました。ニルスもあまりに短かったカルヴィンさんとの会談を不審に思っている様子です。いえ、今はそんな事に拘っている場合では無いはずです。僕は続々とやってくる役人方々から、ヒアリングを行って行きます。


1.負傷者の治療,死者の埋葬

2.食料の配給

3.建物の補修

4.行商人の呼び込み


 問題点をまとめると、大まかに上記の4項目でした。1と2は早急に対応を考えなくてはいけません。3については、兵団の土メイジを借り出せば対応出来ると思います。4については、何故か多くの役人がこんな時にも関わらず、要望が多いと教えてくれました。モーランド侯爵領では、領内だけの商取引が推奨されていたそうです。領外との取引にはかなりの税金がかけられると言った徹底ぶりだったそうです。さらに力ずくと言う訳では無いですが、領民が他領に移動することも禁止されていた様です。

 レーネンベルクの隣に、こんな事をしている領主がいるとは思いませんでした。情報の統制が目的だったのでしょうが、正直今まで良く領土の統治が出来たものだと感心します。モーランド侯爵領が、農産物の生産に適した土地でなかったら、反乱でも起こっていたのではないでしょうか?

 おっと、現実逃避をしている場合では無いですね。役人の皆さんも懸命に説明してくれるのですが、僕はこの町に関してあまりにも無知な為、必要以上に時間がかかってしまうのは避けられません。僕自身の事務処理能力は、精々人並みと言った所なので、その日は遅くまでかかって、食料の配給の手配を済ませるだけで終わってしまいました。


 この町の役人達が帰って行った後、1人になると、もう少し問題点を考えてみました。思いついたのは、


1.兵団員の宿舎の手配

2.補給路の確保

3.ゲルマニア兵の負傷者や死者の処理,捕虜の尋問

4.代官人事


の4点でした。


 1については、なるべく早めに何とかしたい所です。警備隊の経験者が多いので、直ぐには支障が出るとは思いませんが、兵団の能力を十分に発揮する為には、やはり十分な休養も必要だと思います。

 2については、アンセルムの言い分を信じない訳ではありませんが、直ぐにでもワーンベルへの使者を出すことにします。十分な補給が整わなければ、戦闘を行うなんて自殺行為に近いと思います。

 3に関しては、先程のライデンの役人からの報告を受けている時に気付きました。敵兵とは言え死人を放置しておくのは、気が進みませんし、疫病の心配も出てきます。負傷者や捕虜の対応も考えておかなくてはいけません。

 4に関しては、ワーンベルからマルセルさん親子のどちらかを呼び寄せたいと思います。理想的には、マリユスを呼び寄せて、カルヴィンさんと組ませて、マリユスの経験値をアップさせることが出来れば最高なのですが、あのカルヴィンさんの様子では少し難しいでしょう。次点で、マルセルさんを呼び寄せる事にしましょう。


 2と4を絡めて、キアラ宛に手紙を書き、護衛から2名を選んで使者として送り出しました。ここまで済ませて、一息ついた所で、裏切り者のアンセルムが執務室に姿を現します。


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