第73話 ラスティン21歳(ゲルマニア軍来る:悲劇と喜劇)

「ラスティン様、ライデンの町の代表の方がおいでになりました」


 考え込んでしまった僕に対して、アンセルムが余所行きの声と表情で話しかけてきました。


「そうか、ゲルマニア軍はライデンの町に篭らなかったんだな。その代表の方というのは?」


「はい、こちらの方です」


 アンセルムが案内して来ていたのは、何処にでも居る職人の親方と言った感じの人物でした。町の代表ということで、僕の様な代官を想像していたので、気付かなかった様です。


「失礼しました、貴方が町の代表者なのですね。僕は現在、レーネンベルク魔法兵団を指揮している、ラスティン・ド・レーネンベルクです」


「あ、いえ、わた、私はただの大工の棟梁でして、代表なんてとんでもない話でさぁ」


「緊張しなくて良いですよ。いつも通り話してもらった方が、分かりやすいと思いますから、敬語も要りません」


「そりゃ助かるね。くじ引きで負けて押し付けられたものじゃ、直ぐボロが出ちまうからな」


「それで、町の様子はどうですか?」


「それでさぁ、怪我人が多いんで、何とか助けてもらえないかと思って来てみたんだよ!」


「アンセルム! 兵団をライデンの町に入れるよ。治癒系が使えるメイジは、全員治療に当たらせてくれ。その他は、町の周囲を警戒させよう」


「了解! おっさん、他に問題はないか?」


「ああ、食料が全部持っていかれたんだ。水は大丈夫だが、薬の類もほとんど盗られたよ、あいつらめ!」


 薬はメイジでとりあえず代用出来ますが、食料はさほど持って来ていません。兵団員が20日前後、活動出来る量しか無いというのが現実の所です。連れて来た兵団員が2000人程度ということもあり、補給はさほど重要視していませんでした。また、緊急出動と言う面があったので、用意が間に合わなかったとも言えます。


「ラスティン、とりあえず兵団の糧食を出そうぜ」


 アンセルムが気軽に提案してきますが、そんな簡単な事ではないことは分かっています。ゲルマニア軍の動きが確認出来ない以上、兵団の運用が正常に行えることが重要ではないでしょうか? 考えたくはありませんが、ゲルマニア軍が別の町を襲った時に、僕達が動けなければ彼らの思うがままになってしまい、ライデンの町は助かったが、他の町が壊滅したなどという事態も有り得ない訳ではありません。

 アンセルムがこんな事に気付かないはずはないのですが、彼は戦場で勝てばそれで満足といった程度の人物なのでしょうか? いいえ、ここはアンセルムに何か考えがあると思ったほうが、自然です。


「アンセルム、何か考えがあるのか?」


「いいや、無いが?」


「おい!」


「大丈夫だよ、こういう時の”会長”は、期待を裏切らないからな」


「キアラが?」


「まあ、見てろって。”会長”との付き合いは、俺の方が長いんだからな。そんなに心配なら、水メイジに交じって、治療でもしてこいよ」


 何とも心許ない話ですが、アンセルムとキアラを信じる事にしましょう。何らかの通信方法が欲しいと、この時ほど思ったことはありませんでした。僕はアンセルムに勧められた通り、怪我人の治療に参加する事にしました。ライデンの町を、しばらくうろついて事になりましたが、目ぼしい場所には、既に兵団がいて治療を開始していました。怪我人を探しながら、町のはずれまで来てしまいましたが、そこで1人の老人に声をかけられました。


「失礼じゃが、貴方は魔法兵団の方かな?」


「はい、そうです。もしかして、怪我人がいるのですか?」


「治療をお願い出来ますかな?」


「はい、案内してください」


 僕は老人に案内されて、町外れの一軒家に入りました。外見はみすぼらしいですが、中はきちんと整理されていて、意外と住みやすそうです。家の中には、二つのベッドが置かれていて、その1つに5歳位の少年が寝かされていました。ベッドに近づいて、少年の様子を確認すると、少年は意識を失っていて、呼吸は乱れていない事が分かります。気を失ってしまった原因は心配ですが、さほど重傷では無いと思えました。念のため、脈を取ってみましたが、上手く取れませんでした。不思議に思って心臓の鼓動を直接聞くと、明らかに鼓動が弱っています。

 これは、非常に危険な状態です。改めてみれば、少年の顔色は明らかに悪いですし、呼吸も浅すぎるのが分かりました。慌てて少年の身体を確認すると、左足の内側に大きくは無いですが、銃傷が確認出来ました。この傷から、かなりの出血があったんだと推測されますが、今は治療に専念すべきでしょう。

 僕は、常備している”アムリタの雫”を、強引に少年に飲ませて、治癒魔法をかけます。ですが、呪文の効果はなかなか表れませんでした。僕の診たてより、かなりの重傷なのかも知れません。兵団のスクエアの水メイジを呼んだ方が良いのでしょうか? 僕が判断を迷っている間に、何故か急に少年の容態が徐々に回復し始めました。この感じは!


「テティス、君なのか?」


「はい、良く分かりましたね」


「治療に手を貸してくれたんだろ、さすがに気付くよ。危険な状態だったんだ、助かったよ」


「どういたしまして、この少年が貴方の患者なのですか? あら?」


「どうした、何か問題があるのかい?」


「いいえ、何でもありません」


 はっ! またやってしまいました。緊急時なので仕方がないですが、老人の視線が痛いです。ここは強引に話をずらす事にしましょう。


「この子の、容態は持ち直しました。この子の名前は?」


「ライルといいます」


「そうですか、ライル君はかなり出血した様です。できれば、精のつく食べ物を食べさせてあげて下さい」


 ですが、老人は戸惑った様な表情でした。


「失礼ですが、貴方はライル君の祖父では無いのですか?」


「滅相も無い、ワシはそこの家に住んでいる者ですじゃ」


 老人は、窓から少し離れた所に見える家を指差しながら、答えました。


「それでは、ライル君のご家族は?」


「母親がおったのですが・・・」


老人の話によると、


・ライル君は、ベルという母親と二人暮らしだった

・ベルさんは、夫と死に別れて、この町に来た

・ベルさんは、この町でライル君を出産した

・ライル君は、メイジである


という事でした。ベルさんという女性は、しっかりとした方だった様ですが、何か思い出したくない過去を抱えていたというのが、老人の意見でした。死に別れたと言う辺りが、詳しく話したくない理由だったのでしょうね。


 そして、今日の出来事も同時に教えてもらえました。


・3日程前に、ゲルマニア軍が突然やってきて、町にある倉庫から食料を根こそぎ奪っていった

 (これ自体は、盗賊団が跋扈(ばっこ)するモーランド侯爵領では、珍しい事では無かった)

・ゲルマニア軍が今日戻って来て、今度は一般の民家からも食料を強奪し始めた

・非常時の蓄えまで奪われては生死に関わると言う事で、ライデンの町の人々も抵抗した

・町のあちこちで争いが起きて、最後には、ゲルマニア軍が銃兵まで繰り出してきた

・ライル君母子が運悪く銃兵に出会ってしまった

・咄嗟に杖を構えてしまったライル君に、ゲルマニア軍が発砲

・ライル君を庇ったベルさんが銃弾を全身に受けて即死

 (老人は、目を逸らしたくても、逸らすことが出来なかったと涙ながらに話してくれまいした)

・ゲルマニア軍が急に町の外へ移動

・老人が血だらけのライル君をこの家に運び、血を拭い服を着替えさせた

 (ベルさんの血で、ライル君の出血が隠される結果になったのでしょう)

・ベルさんの遺体は、町外れの墓地に埋葬

 (とても人目に晒せる状態では、無かったそうです)


 一度、戦争が起これば、何処でも起こりうる事ですが、やはり胸が痛みます。ベルさんが命がけで守ったライル君の生命が、救えただけでもよしとするしかないでしょう。


「それで、ライル君の身内に心当たりはありませんか?」


「さっきも言ったと思うが、ベルという女性はあまり過去を語らなかったからのう」


「あの、図々しいお願いですが、しばらく、ライル君の面倒をみてもらえないでしょうか?」


「家も年寄り夫婦だけだから構わないのじゃが・・・」


「そんなに長いことではありません、ライル君がメイジというなら、兵団の方で引き取りたいと思います」


「そうじゃな、この子にはこの町で暮らすことが幸せとは思えんからな」


 僕は老人に幾ばくかのお金を渡して、ライル君の世話をお願いしました。僕がライル君の治療をする事になったのも、何かの縁でしょうからライル君に出来るだけのことをしてあげたいと思います。とりあえず、ベルさんのお墓の場所を聞いて、冥福を祈っておくことにしましょうか。


 僕は今は人気の無い墓地に向かいました、ここも直ぐに他の犠牲者を葬る為に騒がしくなるんでしょうね。ベルさんのお墓は、埋められたばかりということもあって、直ぐに見つかりました。


「ベルさん、貴方の息子さんは僕が責任をもって育てるので、安心してください」


 知らない人の墓に語りかけるのは、少し変な気分でしたが、後をついて来たテティスはただ僕を見守っているだけでした。


「テティス、状況を説明してくれるかな?」


「いいですよ、ですが、先に仕事を済ませておきましょう。マスター(エルネスト)からの伝言です。”ラ・ヴァリエール公爵領方面からのゲルマニア軍の侵攻は完全に押さえた”、確かに伝えましたよ」


「そうか、それは朗報だね。君の知っている限りで構わないから、あちらで何が起こったか教えてくれるかい?」


「又聞きになってしまう部分がありますが、構わないですか?」


 テティスの語ってくれた内容を、またまた、まとめると、


1.三日前に、ツェルプストー辺境伯から、ラ・ヴァリエール公爵宛てに、宣戦布告の使者が送られて来た

2.二日前に、ラ・ヴァリエール公爵領で、戦いの準備が何とか整った頃に、ツェルプストー辺境伯の軍が国境に現れる

3.ツェルプストー辺境伯とラ・ヴァリエール公爵の舌戦が開始される

4.辺境伯の情報?で、密かにラ・ヴァリエール公爵領を通り抜けて、レーネンベルクへと向かっているゲルマニア軍の部隊があることが判明する?同時に、モーランド侯爵領への侵攻も明かされる

5.ラ・ヴァリエール公爵の軍の一部が、侵攻していたゲルマニア軍の部隊を後方から急襲

6.侵攻していたゲルマニア軍の部隊が全滅?

7.ラ・ヴァリエール公爵軍とツェルプストー辺境伯軍が、にらみ合いの状態に入る


という事でした。4と6が良く分からなかったので、詳しく説明を頼むと、テティスが、解説してくれました。


===


「良く逃げ出さずにいたな、ラ・ヴァリエール公爵!」


「何を言う、ツェルプストー辺境伯! 突然戦闘を仕掛けるとは、墜ちたものだな。今日こそは、先祖からの因縁を断ち切ってくれるわ!」


「弱い犬ほどよく吠えるとは、よく言った物だな。皇帝陛下の命により、我が軍がそちらの領土を通り抜けて、レーネンベルクへ向かっているのも気付かずに良くそんな大言が吐けるものだな?」


「なに! 卑怯な」


「我が軍の動きはこれだけではないぞ、既にモーランド侯爵領にも我が軍が侵攻している。どうだ公爵、そちらに勝ち目はないぞ、今のうちに降伏の算段でもしておくんだな、わっーはっはっ」


===


 4に関しては、テティスが演劇風に教えてくれました。キュベレーと違って、テティスはやっぱりかなり人間くさいです。

 なるほど、ツェルプストー辺境伯としても苦肉の策だったのでしょうね。レーネンベルクには、コルネリウスがいますし、ゲルマニア軍の部隊が既に侵攻を開始していては、変な使者を送る訳にはいかなかったのでしょう。


 そして、6について、更にテティスに尋ねると、


「風が”バーン”と起こって、兵士が”ビューン”と飛びましたよ?」


という、解説になっていない、解説をしてくれました。


「テティス、もう少し詳しく話してくれないか?」


「コレガセイイッパイデスヨ、ワタシハナニモミテイマセンヨ」


と明らかに様子がおかしくなりました。何が起こったか想像がつきましたから、それ以上追求することは止めにしました。


 しかし、これで別方面からレーネンベルクが襲われる可能性は無くなったと見て良いでしょう。僕達にとってこれほどの朗報はありません。テティスが、ここまで情報を知っているということは、エルネストがテティスを使って情報収集をしていたという事なのでしょう。


「テティス、エルネストからこれからの指示を受けているかい?」


「ナニモウケテイナイデスヨ?」


 まだ、少し壊れている様です。上手くいくか分かりませんが、キュベレーに念話を送る要領で、テティスに話しかけてみます。


『大丈夫かい?』


「あ!大丈夫です」


『何ですか、ラスティン?』


 おや、慣れない事だったので、キュベレーにも伝わってしまった様です。ちょっと念話が混線?している感じです。


『あれ? テティスが来ているのですか?』


『分かるのかい?』


「はい、キュベレーはあちらの方向にいますね?」


「テティス、キュベレーの所へ行って、一緒にゲルマニア軍を監視してくれるかな?」


『キュベレー、念話が届かない距離になったら、監視はテティスに任せて、君は伝令役をやってくれ』


『「分かりました」』


 むぅ、これはかなり混乱します。僕は早々にテティスを送り出すと、キュベレーとの念話を切る事にしました。僕は改めて、ベルさんの墓に一礼すると、兵団の本陣へ向かいました。

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