第76話 ラスティン21歳(ゲルマニア軍来る:補給部隊の到着)


 その朝の目覚めは、意外と爽快でした。心配した悪夢も見ませんでしたし、二日酔いなどもありませんでした。さっき、アンセルムが寝ている部屋を覗いてみたら、何だか寝苦しそうにしていました。あれは多分二日酔いですね。ちなみに逆隣の部屋では、護衛隊の皆が雑魚寝状態でした。そういえば、ガスパード達に片付けを終えて良いと言うのをすっかり忘れていました。これは拙いですね、急いで執務室に避難しましょう。仕事をしている振りでもしていれば、追及を逃れる事が出来るかも知れません。


 慌てて執務室に向かうと、カルヴィンさんにばったり出会ってしまいました。部外者(僕達の方が部外者と言えるかも知れません)が館の中を自由に動き回れると言うのは、問題だと思います。カルヴィンさんは何とも言いにくい表情をしながら、


「ラスティン様、少しお話がしたいのですが、今、宜しいでしょうか?」


と、丁寧な口調で尋ねて来ました。あれ? 昨日と随分印象が違いますね。


「ええ、構いませんよ。執務室へ向かう途中だったのですが、そちらで伺いましょう」


 僕達は執務室に向かいました。執務室に入り、面談用のソファーに腰を下ろすと、カルヴィンさんの話を聞く事になります。


「それで、お話と言うのは、何でしょうか?」


「その前に1つお知らせしておきますが、この部屋ですが、代官の補佐役の人間が使っていた部屋ですが宜しいのですか?」


 そう聞いて、部屋の中を見回してみましたが、特に違和感は感じられません。これより上等な部屋だと、多分、落ち着かない気がします。


「はい、問題無いですよ。実務者の使っていた部屋であれば、効率の面では優れていると思いますからね」


「効率・・・ですか?」


 カルヴィンさんは、僕の言葉を聞いて、少し呆れ顔だったりします。応接室や客間ならともかく、執務室は効率優先が当然だと思うんですけどね?


「やっぱり、貴方は変わった方の様だ」


 僕の仕事のやり方は父上を見習っている部分が多いはずなので、そんなに変わっていないと主張したくなりましたが、普通の貴族からみてレーネンベルク公爵がどう思われているか考えると、やっぱり変わっているのかも知れません。


「カルヴィンさん、もう一度お聞きしますが、お話と言うのは何なのでしょうか?」


「ああ、申し訳ありません。実は、ラスティン様に謝罪しなくてはならないと思いまして」


「謝罪ですか?」


 カルヴィンさんが謝ると言えば、昨晩の態度なのでしょうが、あの堂々とした態度が一晩で変わってしまうとは何があったのでしょうか?


「はい、実は昨晩家に帰ると、遅くなったのにも関わらず、私の叔父が私を訪ねて来ていてくれていました。同じ町に住んでいるのですが、少し変わった方なのであまり親交は無かったのです。その叔父が、こんな時間まで私を待っているのはおかしいと思い事情を聞くと、”魔法兵団の方にお礼を言いたい”ということでした」


カルヴィンさんは何だか言い難そうに、話しを続けます。


「気になって詳しく話を聴くと、その兵団の方というのはどうやら、貴方だったようなのです」


「はぁ?」


「覚えていらっしゃいませんか? 昨日の夕方、ラスティン様自身で子供の治療をして、孤児になったその子の為に金貨を置いていったという話でしたが? 叔父は、暇そうにキョロキョロしていた、若い兵団員に声をかけた積りの様でしたが、背格好や容姿を聞いて私にはピンと来ました」


 あの老人が、カルヴィンさんの叔父様だったんですね。すごい偶然ですね、ですけどこれが、カルヴィンさんの謝罪とどう繋がるのでしょうか?


「まあ、兵団員は優秀ですから、僕の出番はほとんど無かったと言うのが実状でした」


「いいえ、そんな事は重要ではありません。上に立つものが、きちんと現場に出て、現状を知ると言うのが重要な事なのです。その点では、逃げ出した代官などは・・・」


 大体話が見えて来た気がします。カルヴィンさんは前の代官が、町の人たちの事を考えない統治方針を進めたので、代官と職に不信感を持っていたのでしょう。そこに誰とも知らない人間からの、代官の館へ来いという命令を受けて、あんな態度をとってしまったと言う事なのでしょう。ちょっと短絡的な気もしますが、逆にこの町にそれだけ思い入れがあるという事なのでしょうね。


「分かりました。カルヴィンさんの謝罪は受け入れます、僕の方も、もう少し穏当に話を進めれば良かったと反省しています。僕もカルヴィンさんに謝罪させていただきます。僕の謝罪を受け入れていただけますか?」


「はい、もちろんです」


「ありがとうございます。早速ですが、配給について相談したいのですが?」


 こうして、運よくカルヴィンさんの協力を得て、今日の配給の物資や配給を行う場所の選定にに入りました。場所に関しては、話していても埒が明かないと感じたので、カルヴィンさんに直接案内してもらう事にしました。数箇所候補地を案内してもらって、カルヴィンさんの提案通りで問題ないと感じた頃、通りかかった町の入り口付近が騒がしい事に気付きました。


 僕達が近付いて行くと、そこには人集りが出来ていて、何か揉め事が起こっている気配がします。キュベレーの報告で、ゲルマニア軍が国境まで撤退したことは分かっているので、物騒な話では無いと思うのですが? 僕は慌てて駆けつけようとしましたが、その前にカルヴィンさんがキレました。


「きさまら?、何をやっとるか!」


 その大声に反応して、騒ぎを起していた人達が、一斉にこちらを向きました。(こういう時って、声の大きい人って得ですよね?)

 声の主に気付いた町の人達が決まり悪そうに、その場を離れて行きます。カルヴィンさんがその中の一人に話しかけます。


「そうか、お前がこの騒ぎの首謀者か、”旦那”さんにはきちんと報告しておくからな!」


 それを聞いた青年が、慌てて駆け去って行きました。今の一幕を見ると、カルヴィンさんがこの町の代表として出て来てくれれば、昨日の様な混乱は無かったのではないかとさえ思えて来ます。カルヴィンさんの立場としてはそれが出来なかったのかも知れませんが、町の代表として立って欲しかったと思います。

 町の人々が去ると、そこに残されたのは、意外な人物でした。居てほしいと思う人物ではあるのですが、何故今ここに居るのかが謎です。その人物が、僕に声をかけて来ました。


「ラスティン様、助かりましたよ。いきなりの手荒い歓迎で、どうしようかと困っていたんです」


「マリユス、何でお前がここに居るんだ?」


「え? 助けが要るという使者を送って来たのは、ラスティン様の方でしょう? 僕じゃ拙かったですか?」


「いや、結果的に、マリユスの方が良いんだけど。幾らなんでも、来るのが早すぎるだろう?」


「ああ、僕達はキアラに言われて、領境の村に待機していたんですよ」


「僕達? キアラが? あの村に?」


 マリユスの後ろには、荷馬車や牛車が列をなしています。そこには、多分食料が満載されているのでしょうね。補給部隊を護衛するための兵団員も多数見受けられます。マリユスによると、彼らは僕達が出陣した後に召集されたそうです。

 マリユスに指揮された、補給部隊は周囲を警戒しながら、例のゲルマニア軍に襲われた領境の村を目指したそうです。僕達が去った後なのでしょうが、マリユスはあの村に物資を集積する拠点を設けて、ワーンベルから物資を何回も運んだそうです。(ゲルマニア軍の別働隊を警戒して、馬で小刻みに物資を運ぶのは面倒だったのでしょう)

 日暮れまで、その作業を続けて、明日に備えて居た所で、僕からの使者が街道を警戒していた兵団員と出会ってマリユスにも事情が分かったそうです。今日は早朝から、補給部隊を総動員して、このライデンの町に到着した途端にあの騒ぎだったそうです。

 領境のあの村から、この町ならば牛車でもそれ程時間がかからないのは納得出来る話ですが、キアラの指示には脱帽させられます。僕達に補給が必要なのは、分かるのですが、時間短縮の為にあの村を利用して、そこにマリユスまで、配置するのは出来すぎだと思えます。アンセルムがあそこまで、キアラを評価している理由が分かる気がします。(この時はただ感心しただけだったのですが、後で甘かったことに気付かされる結果になるとは思っても見ませんでした)


===


 早すぎる補給部隊の到着で、状況は一気に改善されました。とりあえず、補給物資は、町にある倉庫に貯蔵する事にしましたが、カルヴィンさんから聞きだす事に成功したこの町の人口15,000人をかなりの日数支える事が出来ると思います。今日明日は予定通り配給を行い、その後1週間程度の食料を支給した後は、通常の状態に戻しても問題ないようです。

 今回のゲルマニア軍の進入は何とか追い返せたと思いますし、モーランド侯爵も多分ゲルマニアに向かった事でしょう。(この国に残っていても、碌な事にはならないでしょうからね)

 領主が去って、空白地となったこの地が次にどんな領主が支配する事になるかは不明ですが、ゲルマニアの再侵攻が考えられる以上、下手な貴族に治めさせる訳には行きません。トリステイン王国(この国の王)のフィリップ4世陛下も頭が痛い所なのでしょうね。


 ちなみの僕がこんな事をのんびり考えていられるのには、訳があります。元モーランド侯爵領全体を見渡すと、被害があったのはワーンベルに向かう最短ルートに当たる町や村だけだった事が、派遣した調査隊の報告で分かりました。ただし状況は予断を許しません、1度ブルーデス伯爵領に退却したゲルマニアの軍が再編され、近日中に再侵攻の可能性も考えられます。

 テティスとキュベレーのコンビでの偵察はかなり有効で、ブルーデス伯爵領の状況はほとんど分かっている状態なので、ある意味のんびりと、ライデンの町の復興に注力出来るというのが正しい表現なのかも知れません。兵団員達も、町の人達にお世話になりながら、ちょっとした休暇を楽しんでいる感じです。


 一番忙しいのは、マリユスとカルヴィンさんの2人かも知れません。持ち込まれる町の建物の修理の依頼から元モーランド侯爵領の他の町や村との連絡、そして領外の商人達への取引を持ちかける使者を送ったりと、休む暇が無いといった感じです。

 逆に一番暇なのが、アンセルムなのでしょう。兵団員を呼び出しては、何か戦術を練っていた様ですが、今は何をするでもなく、この館でのんびりしています。ちなみに二番目に暇なのは僕かも知れません。有能な、マリユスとカルヴィンさんコンビのおかげで、ほとんど書類に代官代理のサインをするだけの存在だったりします。

 時々、町の様子を見に出かけて、ついでにライル君の様子を見るのが関の山です。ライル君は最初は僕の事を警戒していた様でしたが、僕が命の恩人だという事を知ったのか、お礼を言ってくれました。母であるベルさんの最後も聞いたはずなのですが、表面上は悲しみを見せないのは立派だと思います。5歳だという割には大人びた印象でしたが、魔法を教えると喜んでくれる様は、本当は子供だという事を知らせてくれます。

 ライル君は、町に居る平民メイジに魔法を教わっているそうですが、あまり良い教わり方はしていない様子です。僕が教えた2,3のコモンマジックを覚える様子から、メイジとしてのかなりの素質を持っているんじゃないかと、思わせてくれます。一段落ついたら、魔法学園への入学を勧めてみる積りでいます。


 ですが、その束の間の平穏も、一人の使者の到着で終わりを告げる事になりました。

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