第51話 ラスティン19歳(3年目-卒業)

 魔法学院に入学して3年と言う期間が過ぎようとしていたある日、僕の元に王城に常駐しているグレンさんから一通の手紙が届きました。ゲルマニアに動きがあれば知らせて欲しいと父上にお願いして置いたのですが、父上経由では無くグレンさんから直接僕宛に連絡が来るのは、コルネリウスの実家のブラウンシュワイク公爵家に何かあった時だけだったはずなので、嫌な予感が頭を離れませんでした。


 自室に戻って、手紙の内容を確認すると、僕は直ぐにミスタ・リューネブルク(つまりはコルネリウス)の部屋に向かいました。夜遅くなってからの訪問にコルネリウスは驚いた様子でしたが、僕の表情を見て何か悟ったのか、部屋に招きいれてくれました。互いに椅子に腰掛けると、コルネリウスが用件を聞いて来ました。


「スティン、何の用事なんだ?」


「その様子だと、何も聞いていないんだな。コルネリウス、気を落ち着けて聞いてくれ。昨日の事らしいんだけど、この国の王城にゲルマニアからの情報が届いたそうだんだ。未確認らしいんだけど、ブラウンシュワイク公爵夫妻、つまり君の御両親が病死されたとゲルマニアで発表があったらしいんだ」


「なんだと!」


 コルネリウスはかなりショックを受けた様で、椅子から立ち上がり唸るような声で、それだけ言いました。


「君の実家からの連絡は?」


「先月あったばかりだが、病気に関しては何も・・・」


 コルネリウスは心ここにあらずという感じです。僕は立ち上がったままの彼の左手を掴み、


「もし直ぐにゲルマニアに帰るつもりなら、この左手は置いていけ。命を粗末にする様な奴に左手は必要ないからな!」


と語りかけました。我ながら酷い言い方ですが、これでコルネリウスの頭は冷えた様です。


「すまん、ここで慌てても仕方が無いな」


「そうだね、最悪、罠の可能性も考えておかなくてはならないし」


「罠?」


「そう、ゲルマニアにとって、ブラウンシュワイク公爵夫妻が病死したと発表して、利点になることは少ないだろ?逆に国内の混乱を裏付ける事になりかねない。それでも敢えて発表したのは、何故かと考えるとね」


「まさか俺を誘き出す為?」


「可能性はあるだろうね、気休めかもしれないけど。これならもしかしたら、君の両親は何処かに監禁されているだけかもしれない」


「そうだな」


 コルネリウスは律儀に返答を返してきましたが、この可能性がほとんど無いことは互いに分かっているはずです。


「今、君に必要なのは情報を集める事だと思うよ。何か伝は無いのかい?」


「伝と言われてもな、本国ならともかく、この国では君達が一番親しいんだろうな。本国の友人に直接話を聞くと言うのは問題外だろうしな」


 人には知られていない秘密の友人でもいれば理想的なのでしょうが、コルネリウスの立場ではそれも難しいでしょう。公爵夫妻の病死がゲルマニアで公式に発表されたという事ですから、この件には確実に宰相マテウス・フォン・クルークが関わっているのは間違いないでしょう。彼に反感を持っている人物でも構わないですが、中央に近い人物では監視の目がある可能性も捨て切れません。 そこまで考えると、適当な人物が思いつきました、もっともゲルマニアで知っている人などほとんど居ないのですが。


「コルネリウス、情報源については宿題にしておくよ。明日にでもエルネストを含めてもう一度話し合おう。今日はもう休めよ、何だったらスリープでもかけてやろうか?」


「ああ、頼む。今晩は眠れそうもないしな」


 コルネリウスらしくもない台詞に苦笑したくなりましたが、何も言わず彼にスリープをかける事にしました。


===


 翌日の夜になり、僕達は中庭に集合しました。僕とコルネリウスとエルネストとエレオノールの4人が集まりました。コルネリウスはエレオノールに違和感を覚えた様でしたが、彼女の協力が必要という僕の主張を受け入れた形で、話し合いが始まりました。


「コルネリウス、それで宿題の回答を教えてくれるか?」


「あまり良いアイデアじゃないが、昔、屋敷に勤めていた執事に接触してみようかと思う」


「今は、ブラウンシュワイク家に関係は?」


「無いな、10年近く前に現役を離れたからな。それでも、俺を可愛がってくれた人だからな」


「そうか、ブラウンシュワイク家に異変と聞いて気になったということで、情報収集をしても問題なさそうだね。問題はその元執事にどうやって連絡を取るかかな?それは、心当たりがあるから、任せてくれ。コルネリウスはツェルプストー辺境伯と面識はあるかい?」


「ツェルプストー辺境伯? ああ、何度か会った事があるな。それほど親しいという訳ではないが」


「それは都合がいい。エレオノール、何とかツェルプストー辺境伯をトリステインに招待出来ないかな?」


「ツェルプストー辺境伯をですか?」


 エレオノールは少し考え込むようにしていましたが、不意に顔を上げて、


「そういえば、お父様が先日年代物のワインを手に入れたとおっしゃっていました。その時に、ツェルプストー辺境伯に自慢したいなどと冗談をおっしゃっていました」


と良い話を思い出してくれました。


「それは良いね、何とかラ・ヴァリエール公爵に、その話を実現する様に仕向けられないかな?」


「それは、お父様に事情を話さないままでなんですよね?」


「そうだね、今の段階でラ・ヴァリエール公爵を巻き込むことはしたくないな。エルネスト君はどう思う?」


「うーん、現時点ではラ・ヴァリエール公爵に話を通すかどうかは、微妙だね。もう少しゲルマニアの状況が分からないとね」


「じゃあ、もう少し状況が分かったら、ラ・ヴァリエール公爵に話すことも考えておこう。エレオノールこの方針で頼むよ」


 僕達の話し合いは、こうして一応方針を決定しました。コルネリウスには辛い日々が続きそうです。


===


 学院の卒業が近づき、僕達は”守護者”の活動をどうするか、方針を決めなくてはいけませんでした。下級生のメンバーもそこそこ居るのですが、何か起こった時に頼りになるかと言われると不安が残ります。そこで僕はある人物と密かに交渉することにしました。


「ミスタ・マーニュ、貴方から呼び出しを受けるなんて始めてじゃないかな?」


「そうだったかな?今晩は君に頼みがあって来てもらったんだ」


「貴方が僕に頼み?どんな事を頼まれるのか、心配になるな」


「君には簡単な事さ。”守護者”のリーダーになって欲しいんだ」


「やっぱり、あれは貴方達の仕業だったんだな。何故、僕にそんな話をするんだ?」


「君に向いていると思ったからかな? 決闘の腕も良いし、家柄も問題ない」


「僕が、下級貴族や平民の為に動くと思うのか?」


「その台詞を、ミス・ヴァリエールが聞いたらどう思うかな?」


「くっ!」


「君には悪い話じゃないと思うんだけどな? 引き受けてくれれば、僕は今後一切ミス・ヴァリエールに近づかないと、”スティン・ド・マーニュ”の名前で誓おう」


 スティン・ド・マーニュは、この学院を卒業すれば、存在しなくなるので一向に構わなかったりします。卑怯な約束ですが、今後の学院の弱者の方々の為です。目を瞑ることにします。


「そうか、そこまで言うのなら、引き受けさせてもらおう」


 こうして、”守護者”の次期リーダーが決まったのでした。”守護者”がこれから後も機能して行くかは、分かりませんができれば伝統になって欲しいと思います。


===


 そろそろ、卒業が迫って来た頃、僕は友人達にある提案をしました。それは、学院を卒業したら、レーネンベルク魔法兵団で一緒に働かないか?という物でした。ちなみにエルネストはラ・ヴァリエール公爵の後ろ盾でラ・ヴァリエール公爵領内に診療所を建てる事になっていて、この提案には乗らないです。一方、コルネリウスは、ゲルマニアの様子がはっきりするまで、レーネンベルクに留まる予定なので、身分を偽る為にも兵団への参加を承諾してくれました。


「ちなみに、アルマントは同意してくれたよ」


 僕がそう告げると、ガスパードが、


「そういう事なら、僕も入団させてもらおうかな」


と言ってくれました。多分、母上辺りからこっそり話を聞いていたのか、あまり不安そうではありませんでした。

 セレナとカロリーヌは互いに顔を見合わせながら、悩んでいる様です。悩んでいると言う事は、彼女達にも自分たちの未来がそれ程明るくないことは分かっている様です。2人とも、実家の爵位を継げる事もないでしょうし、かといって実家の家臣の一員として、兄弟に仕えるのも向いていると思えません。

 こういう言い方は失礼かもしれませんが、2人とも容姿は同級生の中でも5本の指には入ると思うので、玉の輿という事も考えられたはずなのです。ただ、趣味というか嗜好の為に、少し浮いていしまっていたのが事実なので、具体的な交際相手がいなかったのです。

 彼女たちは、少し考えさせて欲しいというので、その場での答えは求めませんでした。ただし、兵団員の平均年収を耳打ちすることは忘れませんでした。2人ともその金額を聞いて驚いていた様なので、これは脈ありなのかも知れません。


 2人が、入団する事を打診してきたのは、それから2週間ほどしてからでした。期間からみて実家に相談の手紙を書いて返信を受け取っているはずなので、2人には退路が残されていなかったのでしょう。後で知ったのですが、2人共に実家で縁談が用意されていたそうです。相手がどんな人物かは教えてくれませんでしたが、少なくとも2人のお気に召さなかったのは確かの様です。


===


 卒業まで後数日という所で、公開卒業発表が学院で大々的に行われました。発表を行うのは大方の予想通りエルネスト・ド・オーネシアでした。発表自体はさほど重大な行事ではないのですが、エルネストの晴れ舞台ということで、カトレアを始めとした、ラ・ヴァリエール公爵家の面々が発表を聞きに来ていました。

 実は、エルネストの”治療時における精霊と魔法の相関”と、僕の”物質の三態と魔法の関係”は教師の間でも支持が真っ二つに分かれたそうなのです。バルザック先生やコルベール先生は僕の発表を強く推してくれたのですが、現時点での実績という面で、エルネストの発表が選ばれる事になりました。

 悔しくないと言ったら嘘になりますが、実績がないというのは事実なので、仕方が無いと思うことにします。僕にもキュベレーという精霊の使い魔がいるのですから、エルネストの発表を聞くことが無駄になることは無いはずです。

 余談になりますが、公開卒業発表者は王立魔法研究所に研究者として、招聘されることが慣例になっているのですが、エルネストはこれを断ったそうです。彼は研究者である前に、医師でありたいと苦笑しながら話してくれました。この話は僕にも回って来たのですが、さすがに受ける訳にはいかないのですが、受けない為の言い訳を考えるのも大変でした。


===


 そして数日が経ち、僕達が卒業する日がやって来ました。今思い返してみても、この3年間は色々な事がありました。思い出されるのは何故かあまり良い思い出は少ないのですが、それでもエルネストを始めとする5人の友人達を得る事が出来て、それも帳消しになる程でした。

 ですが、学院で感じた最も重要なことは、平民と貴族の身分の違いという現実的な物でした。以前、学院長も言っていた様に、この学院で働く平民の皆さんは、普通からは考えられない程の高給取りなのですが、それでも隷従する人達であることには変わりありません。この点を少しでも改善する為に、”守護者”を組織した訳ですが、これでも完全とは言いがたいです。今のところいいアイデアがある訳では無いのですが、いつかはこの身分制度を少しでも良い方向に変えて行きたいと思います。


 おっと柄にも無く感傷的になってしまいましたね。明日からとは言いませんが、4日後からは以前のワーンベル代官としての仕事が僕の事をまっているはずです。多くの人たちに生活がかかっている仕事です、気を抜かないように注意しましょう。

 そう思いながらも、3年間過ごしてきた魔法学院の建物を、まぶたに焼き付ける様に見上げることを止める事は出来ませんでした。

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