第50話 ラスティン18歳(3年目-カトレアの冒険)
3年度も半ばを過ぎたある日の事、講義の間にエルネストが深刻そうな表情で相談があると話しかけて来ました。その場では話しにくそうだったので、夜に僕の部屋で話を聞く事にしました。
夜になり、魔法宝石(マジックジュエル)の生産を行っていた僕の部屋をエルネストが訪ねて来ました。その表情は昼間と同じに深刻そうでした。僕は、魔法宝石(マジックジュエル)の生産の手を緩めず、エルネストの相談を聞く事にしました。エルネストは僕の態度に不満そうでしたが、僕が真剣に生産を行っている様子をみて諦めたのか、相談事とやらを話し始めました。
「スティン、女性の心を掴むにはどうしたら良いんだろう?」
僕は、生産の手を止めて、エルネストの方に身体を向けます。エルネストは今、言ってはいけない事を言ったのですが、その自覚はない様です。
「エルネスト、君は本気でそんな事を言っているのか?」
「ああ、本気だとも。そうでなければ、わざわざ君の所に相談に来たりしないさ」
「エルネスト、君とは良い友人関係を保てると思っていたけど、それは勘違いらしい。済まないが、これ以降君とは転生者の仲間としてしか付き合わない事にさせてもらおう」
「スティン、何を言い出すんだ。話を聞いてくれよ!」
「いいや、いずれは義妹になるカトレアを悲しませる様な相談を、僕が受けるはず無いじゃないか!」
「僕が相談しているのも、そのカトレア様の事だよ!」
「はぁ?、君は”女性の心を掴むにはどうしたら良い”と僕に聞いたじゃないか。どうしてそれがカトレアと関係して来るんだ?」
「だから、その女性というのがカトレア様なんだよ!」
その時でした、ドアが急にノックされてドアの外から、
「ミスタ・マーニュ、もう少し静かにしてもらえないかな?」
と声がかけられました。どうやら隣人のガスパードからの苦情の様です。
「済まない、気を付けるよ」
そう答えると、ガスパードは満足したのか自室に戻った様です。
「エルネスト、問題を整理しようか?君はカトレアの心を掴みたくて、僕に相談に来たんだな?」
「そうだ」
エルネストは言い難そうに、答えました。どうやら、僕の早とちりだった様です。ですが僕が誤解しても仕方が無いと思います。 エレオノールが帰省したときには、カトレアがエルネストの事を嬉しそうに話してくれたと、聞かせてくれましたから、エルネストとカトレアの仲は順調に進んでいるのだとてっきり思い込んでいたのです。はっきり言えば、いつになれば婚約が発表されるんだろう、その時は入り婿になるのかな?なんて事まで真面目に考えていたのですが、事態はそれ以前で膠着している様です。
「で、君はカトレアと何処まで行ったんだ?」
「何処までって・・・」
「屋敷の近くの湖まで、ボートに乗りに行ったとか言わないでくれよ?」
「お前!何故それを!」
「いいから答えろよ。情報がなければ、相談に乗る事も出来ないぞ。キスぐらいはしたんだろうな?」
「キッ、キスなんて!」
どうやら本気の様です。
「まさか手も握っていないなんて事は無いよな?」
「馬鹿にするなよ、それ位なら」
「僕はさっきの台詞を、思いっきり馬鹿にするつもりで言ったんだけどな。小学生じゃないんだぞ?まさか前世で女性と付き合った事が無かったとか言い出さないだろうな?」
「前世は前世だろ!でも、あの頃には、カトレア様の様な女性に会った事が無かったのも確かだな」
エルネストの言い分も分からない訳ではありません。元々妖精の様な容姿のカトレアでしたが、病気が全快した事で、表情に昔の明るさが戻って、近寄りがたいとまでは言いませんが、少し臆してしまうような可憐さがにじみ出ている美少女ぶりですからね。ちなみに友人たちに言わせると、エレオノールも近寄りがたいほどの美少女だそうです。
「まあ良い、ところで君はカトレアの事をなんて呼んでいるんだ?まさか2人っきりの時もカトレア様とか呼んでいるんじゃないだろうな?」
「・・・」
これも図星の様です。恋愛経験が皆無というなら、手助けしようと思いますが、エルネストの様子を見る限り、前世では交際の経験はあるようなので、真面目に取り合う気も失せました。
「そうだな、君に忠告する事があるとすれば、様付けを止める事だな。先ずはそこからだ」
「それだけなのか?もっと他に助言とか無いのか?」
「もう1つ助言するなら、カトレアも13歳だったかな?の1人の少女だと言う事かな。臆するのも分かるけど、そんな態度じゃカトレアに失礼だと思わないか?」
「・・・、そうだな、そうかもしれない。君がエレオノール様と付き合い始めた時は、どんな感じだったんだ?」
「付き合い始めたというか、いきなり婚約だったからな。そうだ、オーネシアの紋章は・・・」
そう聞こうと思って、エルネストが実家を嫌っていたのを思い出しました。
「いや、君が好きな物はなんだい?」
「もちろん、カトレア様だよ!」
「それをカトレアに直接言ってみるんだな。じゃなくて、好きな花とか、セレナみたいに剣が好きとかだよ」
「好きな花か?ボイナの花かな?」
ボイナの花というのは、前世ではプリムラに似ている花だったと思います。ハルケギニアでは結構人気のある花です。僕はそれを聞くと、机に向かって作業を始めます。
「おい、もう終わりなのか?」
「黙って、少し待っていろよ」
そういうと、エルネストは黙って、ソファーに腰を降ろしました。そのまましばらく時間が過ぎて、大体イメージ通りの物が出来上がりました。
「こんな感じでどうだ?」
「それは指輪か?」
「ああ、僕がエレオノールと婚約した時にプレゼントしたのが指輪だったんだ」
「そうなのか、助かる。今度カトレア様に会った時に、渡してみるよ」
そう言って指輪に手を伸ばして来ますが、僕は指輪を渡しませんでした。
「何だよ、嫌がらせするなよ!」
「物が指輪なんだぞ、君はカトレアの指のサイズを知っているのかな?君が錬金を得意ならこのまま渡しても良いんだけど」
「・・・」
「今度、エレオノールに聞いておいてやるよ。それで良いだろう?」
「そうしてくれ! いや、そうして下さい。明日にはエレオノールに会いたいと伝えておくから。今日は邪魔したな」
エルネストはそう言って、僕の部屋を出て行ってしまいました。エルネストの新たな一面を見ることが出来て、面白い夜でした。
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翌日の晩、エルネストが張り切ったおかげで、僕はエレオノールといつも通り2人っきりで中庭にいました。
「スティン兄様、急な呼び出しでしたが、どうなさったのですか? 私の方からもお話したいことがあったので丁度良かったですが」
「エレオノール、済まないね。少し聞きたいことがあってね。カトレアの指輪のサイズを知っていたら教えて欲しいんだ」
「まあ、それではとうとうエルネスト様は、カトレアに結婚を申し込むんですね!」
そうだよね、君もそう思うよね。現実はもっともーっと前の段階なんだけどね。とりあえずエレオノールから、指輪のサイズを(もちろん左手の薬指です。エルネストの奴、これを無事にカトレアの指にはめる事が出来るんでしょうか?)聞き出して、こちらの用件は終わりました。
「それで、君の方の話って言うのは?」
「それが、お父様から、カトレアが誘拐されたと連絡がありまして」
「えっ!」
思わず声が出てしまいましたが、エレオノールの落ち着き払った態度から、事態はそれ程深刻な物で無いことが分かります。考えてみれば、ラ・ヴァリエール公爵の屋敷からカトレアを誘拐するなんて、王城からアンリエッタ王女を、そしてレーネンベルクの屋敷からジョゼットを誘拐する事と同じ位、困難な事だと思われます。
エレオノールの話では、カトレアは3日程前に少し町に出かけて来ると言ったまま、1人のメイドと御者だけを連れて出かけたまま、行方不明だというのです。公爵はこのメイドと御者が共犯でカトレアを誘拐したと考えて、大規模な捜査を行おうとして、公爵夫人に強引に止められたそうです。強引にという辺りで何が起こったか興味がわきましたが、とりあえずその点は無視しておくことにします。
「それで、メイドと御者というのは?」
「御者には触れられていなかったんですが、メイドの方は・・・」
エレオノールは少し口篭りましたが、思い切ってその名を口にします。
「実は、ミレーユなんです。でもカトレアやミレーユが何故こんな事をしたのか、私には・・・」
それを聞いただけで、大体の事情が掴めた気がしました。エレオノールが本気で心配していないはずです。カトレアがミレーユさんにエルネストの事を相談して、ミレーユさんが暴走してしまったのでしょう。分からないのは、何故この時期に、エルネストとカトレアが行動を起こしたか位でしょうか?
こんな事態になってしまっては、エルネストのプライド云々言っている場合ではないので、エレオノールに2人の関係の実際を話すことにしました。話を進めるに従って、エレオノールの顔はだんだん呆れ顔に変化して行きました。
「エルネスト様ったら、お父様にはあんな事をおっしゃったのに!」
女の子に男の純情を説明するのは、とてもとても難しい事なので、僕は賢明にも沈黙を守りました。(エルネスト、済まない)
「でも大体、事情が分かりました。あの子はこの学院にきっと来ます。もう1年が経とうとしているのですから、焦っているのですね」
どうやらエレオノールには、この時期に2人が行動を起した理由が分かった様です。1年というのがキーワードなんでしょう、はて1年?
しばらく考えて、僕にも理由が分かりました。そろそろカトレアの治療が終わって1年です。経過観察ももう終わりになり、そうすると2人の接点が無くなってしまう可能性があるという訳の様です。僕たちは学院内でカトレアを見つけた時の対応だけを決めて、各々部屋に戻る事になりました。
===
そして翌日、朝食を終えて、講義の準備の為に自室に戻る際に、僕は早速ミレーユさんを発見してしまいました。いつもはおろしている髪を、ポニーテイルの様にまとめて伊達眼鏡をかけて、何処からか調達した学院のメイド服を着て、変装していましたが、僕は誤魔化せません。
「そこのメイドさん!そう貴女です。少し手伝ってもらいたい事があるので、部屋まで来てくれますか?」
始めは知らん振りをしようとしたミレーユさんでしたが、周囲に別のメイドが居ないのを確認して諦めたのか、素直に僕の部屋へとついて来てくれました。
「ラスティン様、どうして分かったのですか?エレオノール様にも見つからない自信があったのに」
エレオノールに見つからなかったかどうかは分かりませんが、僕の中では学院のメイドの皆さんの顔と名前は完全に一致しているので、メイドの格好をしている時点で選択に失敗していると言えるかも知れません。逆に生徒の名前の方が怪しかったりします。
「ラスティンと言う名前は隠しているので、スティンと呼んで下さい。それで、カトレアは何処に隠れているんですか?」
「それは言えません。エルネストの部屋が何処なのか教えていただけないでしょうか?」
さすがはミレーユさん、カトレアにかなりのめり込んでいる様です。僕はミレーユさんを何とか言い包めて下準備をした後、カトレアの隠れ場所に案内してもらう事に成功しました。カトレアは学院でも滅多に人が来ることのない、用具小屋に隠れていました。こっそり、小屋の中に入り、カトレアに声をかけます。
「カトレア、居るのかい?」
「え!スティンお兄様、どうして?」
「エルネストにも、エレオノールにも話を聞いたから、どうしてこんな事をしたのかとか聞くつもりはないよ。ただね、君がエルネストの事をどう思っているか、聞きたくてここに来たんだ」
「私が、エルネスト様のことをどう思っているかですか?」
本当のことを言うと、僕やエレオノールにとっては、こんな事を聞く意味は無いのですが、ここははっきりとカトレア自身の口から思いを語ってもらう必要があるのです。
「そうですね、あの方は私に生きていく希望を与えてくれた方です」
「カトレア、さっき僕は言ったよね?エルネストにも、エレオノールにも話を聞いたって、建前を聞きたい訳じゃ無いんだ。エルネストを1人の男性として見た時どう思うか、正直に話してくれないか?話しにくいのは分かっているけど、悪いようにはしないから」
「はい・・・、分かりました!あの方は私にとって特別な人です。私の事を、1人の女性として見てくれる、大事な方です。スティンお兄様と姉様の関係を見ていると、少し物足りないと感じる事もありますが、それは私を大事にしてくれていることの裏返しだと思いますし。そして何より、あんな風にお父様に意見出来る方はあの方だけなのではないでしょうか?」
あれ?あの時はカトレアは眠っていたと思ったのですけど、いや、今はそんな事を考えている時ではありませんでした。
「カトレア、勇気を出して言ってくれてありがとう!」
僕はそう言いながら、後ろ手に小屋のドアを開けます。そこには今の話を外で聞いていたエルネストが立っているはずです。カトレアはエルネストの姿を見て、驚きながら真っ赤にあるという器用な事をしています。僕はミレーユさんを引きずる様に小屋を出ます。変わりにエルネストが小屋に入って行きますが、僕はそのエルネストの肩を思いっきり叩きました。これで気合が入ると良いのですけど。
後は2人に任せて問題ないと思います。ミレーユさんが心配そうにドアに張り付いていますが、僕の仕事はここまでだと思います。エルネストが首尾よくさっき渡した指輪をカトレアの指に嵌めることが出来るかが問題ですが、そこまでは面倒見切れません。近く、ラ・ヴァリエール公爵から、カトレアとエルネストの婚約が発表されると信じたいと思います。
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