第49話 ラスティン18歳(3年目-物質の三態)
最近はミスタ・グラモンの件もあって、夜は大抵忙しいのですが、昼間が暇という訳ではありません。ゼロ戦の燃料生成の為に、授業を熱心に聴くことも大事だからです。まあ、土や水系統の授業は身が入っていないのも事実な訳ですが。
今も、バルザック先生の講義の中で、非常に興味深い考え方を聞くことが出来たので、講義中にも関わらずそのまま校庭に出て、思いついた呪文の実験に入ります。幸運にも次は土系統、その次は水系統の授業の為、堂々と講義をサボる事が出来ます。土系統は使えない事になっているし、水もトライアングルの腕前ならば問題ないと判断されているようです。
実際、今のように、講義の途中で抜け出して、呪文の実験をするのも褒められたことではありませんが、それだけ熱心に魔法を学ぶという姿勢と受け取られ、ほとんどの教師たちに黙認されているのが現状です。事情を知っているエルネストは苦笑まじりに、その他の友人たちは呆れ顔で、僕の奇行を見守ってくれています。
僕はさっき思いついたばかりの呪文を、ゆっくり唱えていきます。
「気化(ガスファイ)!」
僕の呪文と共に、目の前にある大き目の容器の中の小さなカップの中で、水が一気に気化して膨張し、カップを砕きます。問題はここからです。しばらく待っても、大き目の容器の中にでは、気化した水蒸気が水に戻ることはありませんでした。
「よっし、成功だ!」
僕は思わずガッツポーズをとってしまいます。ほぼ1年近い苦労が報われた瞬間です。僕は念のため、色々な液体を気化(ガスファイ)してみましたが、特に問題は無いようでした。そこで、この呪文の開発のお世話になった2人の教師に、呪文の完成を知らせることにしました。彼らは、呪文の完成をまるで自分の事の様に喜んでくれました。
特にコルベール先生には、呪文の実演まで頼まれて、片付けた容器を再度持ち出してくる羽目になりました。ですが、その甲斐はあった様です。コルベール先生は、
「水蒸気の力で、容器が割れる。この力を何かに利用出来るのでは?」
と言い出して、何やら考え込んでしまいました。これで、この人の心に火がつけば良いのですが。そういえば、コルベール先生について重要な事を言い忘れていました。”ふさふさ”です、少なくとも今は。
一応の成功を見た気化(ガスファイ)ですが、僕が本当に目的としているのは、固体を液体に、つまり石炭を液化するという様な物なのです。基本的には、気化を液化に置き換えるだけなので、それ程難しい物ではないと思います。原理的には、水×火×風を土×火×水に変えれば良いだけなのですから。ただし、この実験は秘密裏にやらなくてはいけないのが問題点といえば問題点です。
結局、液化(リキッド)の完成は1月ほどかかってしまいました。この間、僕は気化(ガスファイ)の派生呪文を研究する事に時間を費やしました。それは、
風×水×水の逆液化(リバース・リキッド)
水×水×土の固化(ソリッド)
そして、
土×火×水×風の気化爆発(ブリーブ)
風×水×水×土の強化固化(スーパー・ソリッド)
でした。逆液化は何とか唱えられるのですが、効果は限定的でした。やはり掛け合わせる最初は得意系統である方が望ましい様です。問題は、気化爆発(ブリーブ)です。使うメイジを選ぶ上に、スクエアスペルにしては、それほど派手な効果が無い呪文だったりするのですが、ある少女を救う為に役立ってくれると信じたいです。(呪文に爆発の文字を入れたのもその布石だったりします)
この呪文を、エレオノールにも見せたのですが、彼女には(今の彼女にはが正確かも知れません)あまり受けが良く無かったです。ただ、エレオノールがこの呪文を知っているかどうかは、今後の展開に大きく関わってくるのには間違いありません。
僕は、この辺りの呪文をまとめて、”物質の三態と魔法の関係”として発表する予定です。卒業発表の題材としては、なかなか優れた内容だと思うのですが、エルネストという強力過ぎるライバルがいるので、その影に隠れてしまう気がしてしまうのは残念です。ですが、王立魔法研究所には、スティン・ド・マーニュの名前で届け出る予定です。学院を卒業してしまえば、存在しなくなってしまう仮想の人物への手向けです。
===
最近僕と友人たちは、とある活動を始めました。僕達は、”守護者”を名乗っていますが、当然と言うと友人達には不本意かもしれませんが、その対象は学院で働く平民の皆さんと、下級貴族の子弟が、”守護”の対象になります。
始めは、今年の新入生の中に侯爵家の嫡子が居て、その生徒を懲らしめる為に活動を始めたのですが、その侯爵家の嫡子にちょっとお仕置きをして、助け出した某男爵家の次男が僕達に感謝して、何か恩返しをしたいと言い出した事で、”守護者”の活動は本格的な物になりました。
”守護者”の活動は、はっきり言って地味な物です。メンバーの誰かが、平民や下級貴族が虐げられている場面を見かけるか出くわすかした時に始めて活動が開始されます。メンバーを守るために、仕方が無い事ですが、かなり受身の組織になってしまいます。
先ずは、問題のある生徒が1人になる時を見つけて、その人物のこっそりスリープをかけて、なにもせず1枚のカードを残します。想像力のある生徒なら、”お前のことを見ているぞ!”と書かれたカードを見ただけで、態度がかなり改善されます。
ですが、信じられない事に、態度を全く改めない生徒もいるのです。そんな生徒には、堂々?とフルフェイスのマスクを装着して他の生徒の前で決闘を挑みます。もちろんその時には、その生徒の行った行為について語るのも忘れません。大抵の生徒は、決闘と自分の振る舞いを指摘された事で、態度を改めることを約束してくれるのですが、それでも態度を改めない生徒がいます。
そんな生徒には、夜に本気の決闘を挑みます。その時は、容赦無用です。決闘自体は、メンバーの誰かが実行する訳ですが、他のメンバーがアリバイ証明をするので、まず身元がばれる心配はありません。決闘を行うメンバーは、可能な限り対象になる生徒と実力が近いメンバーが行う事になります。それだけだと、決闘に負けてします可能性があるので、僕が指導を行う事にします。不本意ですが、ミスタ・グラモンのおかげで決闘に関しては、右に出る者はいないですからね。
僕の指導のおかげか、”守護者”は無敗で、”守護者”に決闘を挑まれて、無事で済んだ者は居ないという噂が生徒達の間に広まりました。ここまで来ると、教師達にも話が伝わって、問題になるはずだったのですが、エレオノールの、
「弱者を迫害して喜ぶような者は、貴族に値しませんわ。私は”守護者”を支持します!」
という一言で、問題視されなくなってしまいました。実はエレオノールにも”守護者”の活動は秘密にしていたので、この発言は非常に助かりました。まあ、彼女の事ですから、僕が”守護者”の一員と知っての発言だったのかも知れません。賢明な婚約者を持つと幸せですね。
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”守護者”の活動も軌道に乗り、僕の周りでは、理想的なとまでは行きませんが、許容出来る学生生活が実現し始めたある日、レーネンベルクから、一通の手紙が届きました。本来僕の元に、レーネンベルク家からの手紙が届くことはあってはならないのですが、それでもこの手紙が届いたというのは、この手紙がそれだけ重要な物だと言う事です。
講義の間に受け取った手紙の内容を確認すると、僕は次の講義の教師に、
「家族が大変な事になっているので、一時帰省します」
とだけ告げて、直ぐに馬を借りて、トリスタニアに向かいました。トリスタニアに入ると王城に向かい、門番にスティン・ド・マーニュの名前でレーネンベルク家の家臣グレンさんに面会を求めます。グレンさんは僕の名前を聞いて直ぐに城門まで迎えに来てくれました。グレンさんは僕をあの部屋に案内してくれました。その移動の間におおよその事情は説明したので、グレンさんは時間を無駄にせず、直ぐに竜籠の手配を済ませてくれました。
レーネンベルク家の家臣の要請という事で、竜籠は直ぐに手配され、僕はそのままレーネンベルクの屋敷に向かって飛び立ちました。自分の選択が最も適切だと信じていますが、それでも心がじりじりと苛まれるのは避けることが出来ませんでした。竜籠の御者に無理をいって、屋敷の目の前に降りてもらいましたが、お礼もそこそこで、屋敷に駆け込みます。そんな僕を執事見習いのラザールが出迎えてくれました。彼の緊張した表情で最悪の事態には陥っていないことが分かりました。
「ラスティン様、客間へお急ぎ下さい」
僕は客間と聞いて違和感を覚えましたが、その言葉に従って客間へと向かいました。
「リッチモンド!」
そう声をあげて、居間に駆け込むと、そこには屋敷の者がほとんど集まっていました。そして、そこにはベッドが運び込まれていて、その上ではリッチモンドが力なく、横たわっています。
「母上!何故治療をしていないのですか?」
そうつい大声を出してしまったのですが、その声で意識が戻ったのか、リッチモンドが薄く目を開け苦しそうに、
「若様、これは私がお願いした事なのです。多分これは寿命という奴なのでしょう、ブリミルのお導きに従うまでで御座います」
僕は、改めて母上に視線を送りましたが、俯き加減に首が振られるのを見て、リッチモンドが本当にもう長くないんだと実感する事になりました。人は死ぬという当たり前の事実が、それでも僕に心に重く伸し掛かって来ます。リッチモンドが再び気を失うように眠りにつくと、僕は客間を出て応接間に移動しました。
無理なというか無茶な行程だったのは自覚しているので、少し身体を休める為にソファーに横になります。そんな僕の所へ、とある老婦人がやって来ました。
「貴女は確か、リッチモンドの」
「はい、妻で御座います。この度は夫の為にここまでして頂いて、ありがとうございます」
「本来ならば、ご自宅でゆっくりしてもらうのが普通だと思うのですが、多分父上でしょう。こんな所で落ち着かないと思いますが」
「いいえ、夫にとっては、この屋敷こそが一番落ち着ける場所なのでしょう。なにせ家にいるより、こちらの屋敷にいる時間の方が長い人ですからね」
そこで1度会話が止まってしまったのですが、リッチモンドの奥さんが意を決したように、
「先程も公爵様にお話したのですが、主人はこの所、後悔の言葉をよく口にする様になりました。恥ずかしながら息子に関することなのですが」
リッチモンドに息子さんが居るのは聞いていましたが、1度も見かけた事がありませんでした。
「主人はあの子に、自分の後を継いでこの屋敷で働いて欲しかった様です。こんな歳になるまで、次代の執事を決めなかったのは、あの子に何とか帰ってきて欲しいと考えていたからでしょう。あの人も、自分が長くないと知っていたのでしょう。最近になって後継者を決めたようですが、もっと早くこうすれば良かったとしきりに嘆いておりました」
「そうなのですか、それで息子さんには?」
「それが、あの子は傭兵の真似事をしておりまして、国中を飛び回っているのです。心当たりには、知らせを入れたのですが、知らせが届いているのかいないのか」
息子さんの話はあまりしたく無さそうだったので、この話はここまでになりました。リッチモンドの奥さんは一礼すると、応接間を出て行きました。多分リッチモンドに付き添うのでしょう。
そして、リッチモンドがそっと息を引き取ったのは、翌日の早朝でした。1度意識を取り戻して、少し会話をすることは出来たのですが、
「若様のお子様をこの手に抱いてみたかった」
と言われてもどうしようもありませんでした。そういえば、リッチモンドが僕のことを若様と呼ぶのを聞いたのは久しぶりだった気がします。いつか僕に子供が出来たら、彼の墓前を訪ねたいと思います。
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