第48話 ラスティン18歳(3年目-ミスタ・グラモンの挑戦)


 僕もとうとう3年に進級することになりました。昨年度とは違い、僕の進級に関しては、何処からも異存が出ませんでした。水のトライアングルになった(正確には明かしたですが)事と、熱心に不得意な風と火系統を学んだ事により、1年で教師の間での僕に対する評価は劣等生から優等生へと変わってしまいました。

 熱心な指導が功を奏したと自慢する勘違いした教師もいましたが、本当に熱心に指導してくれる、風のドミニク・バルザック先生と火のジャン・コルベール先生には本当にお世話になっているので、他の教師の戯言も黙認するしかないです。


 先日年度末の休暇のことを含めて、昨年度のことをおさらいしておきましょう。エレオノールの入学,課外授業での事件,カトレアの治療の件を除いても、結構な事件が起こった気がしています。


☆夏季休暇の出来事

 先ず、去年の夏の休暇の時には、エルネストと一緒に実家に帰る事にしました。オーネシアには戻る気が無いと言うエルネストを僕が強引に連れ出したと言うのが、実際の所です。もしかしたらカトレアと会えるかもしれないよ、と言ったのが最後の一押しになったかも知れません。レーネンベルク家を訪れるのは2回目のエルネストでしたが、僕の家族と家の者が歓迎してくれたので、直ぐに緊張感はほぐれた様です。

 数日して、エルネストをワーンベルに招待しようか?それとも兵団の水メイジ達に紹介して指導して貰おうか?と悩んでいると、ラ・ヴァリエール公爵家からの使いがやって来ました。そうです、オデット様がジョゼットに会う為に、去年もラ・ヴァリエール公爵家を訪ねて来たのでした。オデット様は避暑という名目でトリステインを毎年訪れる事にしたようです。一昨年の別れ際に、そんな話をしていたので、去年も一家総出(おまけにエルネストもですが)でラ・ヴァリエール公爵家を訪問する事になりました。

 去年は一昨年と異なり、特に問題が発生することもなく、オデット様はジョゼットと、エルネストはカトレアと、そして僕はエレオノールと会うことが出来て概ね皆が満足する事が出来ました。

 オデット様としては、もっとジョゼットに会いに来たいという事でしたが、ガリアのというかシャルル王子の状況がそれを許さない様です。


 それと、小さな変化ですが、レーネンベルク家に新しい執事(見習い)が増えていました。リッチモンドもかなり高齢になっているので、助手的な所から指導を始めるとの事でした。ラザールという18歳位の若者なのですが、なんとレーネンベルク公立学校の最初の卒業生だそうです。リッチモンドが何度も、学校へ足を運んで見つけて来ただけのことはあり、なかなか好印象の若者でした。(いえ、僕より1つ年上なんですけどね)


☆年度末休暇の出来事

 年度末の休暇には、僕はエルネストの他にコルネリウスも我が家に招待することにしました。コルネリウスの立場では、気軽にゲルマニアの実家に帰る訳にも行かず、長期の休暇はいつも1人で寮に篭って居たと、寂しそうに語ってくれたのは印象的でした。

 コルネリウスの事情に関しては、両親に話してあるのですが、そんな事を気にした様子も無く、両親はコルネリウスを歓迎してくれました。というより、エルネストの様な訳あり(もちろん転生者という意味です)な友人ではなく、ごく普通の友人を僕が連れてきたと喜んだ位です。コルネリウスは決して普通とは言えないと思うのですが、両親はコルネリウスの事を普通に歓迎してくれました。

 コルネリウスの方は、同じ公爵家と聞いて仰々しい歓迎を予想していたのでしょう、肩透かしをくらった様な表情でしたが、久々の家庭的な雰囲気に何時しか笑顔を浮かべるまでになってくれました。

 それと、友人のガスパードつまりガスパード・ド・コリニーが実は母上の親戚だったことも、この時始めて知ったのでした。


☆ローレンツさんの報告

 今年もローレンツさんが、公立学校の状況を教えてくれました。状況は、良くもあり悪くもありだそうです。上級学校(今更知りましたが、レーネンベルク公立高等学校という名前だそうです。そのまんまですね)では、生徒の希望で様々な人物に教師役を依頼しているそうですが、生徒が優秀過ぎて、教師役を集めるのが大変だと話してくれました。

 ローレンツさんからは、ガリアの情報も得る事が出来ました。去年は山村が舞台だったという事でしたが、どういう展開になったかと言うと、


・ジョゼフ陣営

 去年と同じ様に、平民の土,水メイジを役人として、積極的に採用したということです。どうやら、ジョゼフ王子は、平民メイジを役人として雇い入れ、その力を活用する方針の様です。役人とすることで、人件費をそのまま国に請求する積もりなのかも知れません。資金力では圧倒的に不利なジョゼフ王子としては苦肉の策なのでしょう。

 しかし問題は、今回が山村が舞台だということです。山で金でもとれれば、何の問題も無いのでしょうが、そんな所をロベスピエール4世が舞台に選ぶとは思えません。多分何の変哲も無い、ただの山村なのでしょう。そんな山村に、ジョゼフ王子はメイジ達の力で何をする積もりなのでしょうか?ローレンツさんが焦らしながら教えてくれたのは、僕の想像通りであり、それ以上でした。

 ジョゼフ王子はメイジ達に木の成長を促進させる事を命じたのです。これは僕も考えた案なのですが、この方法で育てた木材は、年輪が出ず木材としての価値が出ない事が判明して、早々と諦めてしまった苦い思い出があります。ですが、ジョゼフ王子はその出来損ないの木材を材料にして、製紙業を始めたそうなのです。これには僕もあっと言わされました。紙には苦労させられる事が多かっただけに、この試みは僕もとても興味があります。早速ガリアに人をやって調査させる事にしました。

 ジョゼフ王子が出来たのはここまでだったそうです。やはり1年経つと、次の領地に移動になったそうです。


・シャルル陣営

 シャルル王子はと言うより、取り巻きの貴族達は、前回の事に懲りたのか直接私財を投入する事は避けたそうです。かわりに、大量に樵(きこり)達を雇って、領地となった山々の伐採を始めました。正に、濫伐という言葉そのものだったそうです。確かに一時的な税収は増えた様ですが、木材の価格も下落してガリアの経済が変なことになったとローレンツさんも愚痴っていました。

 領民達の願いで、一応植林なども行われた様ですが、どれだけ効果が出るか懐疑的です。1年経ち、次の領地に移動になると、貴族達は自分達の先見の明を誇ったそうです。もう少し先まで見えれば良いのに、と言うのは第三者の立場での僕の意見です。


 ローレンツさんによると、ジョゼフ王子は父王の意図をはっきりと理解したそうです。娘婿のセザールという人は、余程ジョゼフ王子と相性が良いようですね。貴族側にもそろそろ、ロベスピエール4世の意図に気付き始める人物が出ても良さそうです。その貴族がどう動くかで、領地経営争いの行方が大きく変わる事だけは予想出来ます。


 ちなみに、今年の舞台は港町だそうです。どちらかと言うと、漁村に近いそうですが、今年はどんな事になるのでしょう?レーネンベルク領は海に面していないので、残念ですが今年の争いはあまり参考になりそうも無いですね。


===


 昨年度の出来事といえば以上ですが、これ以外に今年度まで引きずっている出来事もあります。ゼロ戦の燃料生成方法に関する物と、もう1つ、僕の目の前にある”夕食後、中庭にて待つ”とだけ書かれた手紙に関する物です。

 この手紙は、先程メイドのコラリーさんが、いつもの物ですと苦笑混じりに届けてくれた物です。そう言えば最初に”彼”からの手紙を届けてくれたのも、コラリーさんだった事を思い出します。”彼”とは出会い方が違えば、友人になれたかも知れないと思うと少し残念です。今でもケンカ友達というのが友人の範疇に入るのなら、立派な友人と言えるかも知れませんが。

 そう”彼”から最初の手紙を受け取ったのは、去年の季節が秋から冬に変わる頃でした。僕は夕食を終え、自室で、魔法宝石(マジックジュエル)の生産を行っていました。友人達が部屋にやって来そうな事態も起こっていなかったので、油断をしていましたが、部屋のドアがノックされて直ぐに机に布をかけて、落ち着いた声で、


「どなたですか?」


と扉越しに、問いかける事が出来たのは、日頃の訓練の賜物です。


「コラリーです。ミスタ・マーニュ、少し宜しいでしょうか?」


 声からして、コラリーさんで間違いない様です。僕はそっと扉を開けて、素早く廊下に出ます。


「済みません、今、調合中なので埃が入らないようにしたいので」


「そうですか、出直した方が宜しいでしょうか?」


「いいえ、しばらく冷ますだけなので構いませんよ」


「そうですか、実はミスタ・マーニュに手紙を預かっているのです。こちらになります」


 コラリーさんが、一通の手紙を差し出します。受け取って封を切り素早く内容を確認すると、


「これは、どなたからの手紙か分かりますか?」


「やっぱり、差出人は書かれていなかったのですね。私もある生徒の方から預かっただけですので。多分その生徒の方は、差出人をご存知でしょうが、教えてはくれそうにありませんでした」


「そうですか、わざわざ届けてもらってありがとうございました」


「いいえ、調合の方頑張って下さい。それでは失礼します」


 コラリーさんが帰って行ったのを確認して、僕も部屋に戻ります。そこで改めて、手紙を開き内容を確認します。


”とある女性の名誉について話がある。明日の夕食後、中庭の池のほとりで待つ”


と要件だけが書かれています。”とある女性の名誉”と言われると思いつくのは、エレオノールだけです。もしかしたら、僕達に逢瀬が誰かに見掛けられたのかも知れません。厄介な事になりそうな予感がします。対策を十分練らないといけないのに、相手の情報が全く無いと言うのでは話になりません。

 時間もないので、翌日にエルネストに力を貸してくれる様に依頼して、手紙の差出人と対面することにしました。事がエレオノールに関してなので、慎重かつ秘密裏に対処しなくてはならない為の人選です。僕はわざとゆっくり食事をして、それが終わると他の友人の部屋に顔を出すなどして少し時間を潰した後に、中庭に向かいました。

問題の池の近くに近付くと、淡いライトの光が零れているのが確認出来ました。どうやら、闇討ちの類ではない様です。こうなると 本当に、僕とエレオノールの関係を知っている人物と考えて良いようです。僕がゆっくり明かりに近付いて行くと、僕より少し幼い感じの男子生徒がいることが分かりました。どうやら下級生、つまりはエレオノールと同級生の様です。ここまで近付くとさすがに、相手にも僕の姿が確認出来た様です。


「ミスタ・マーニュですか?」


「ああ、君は?」


「僕は、デニス・ド・グラモン!ミスタ・マーニュ、今日は貴方に要求があってここに来てもらったんです」


「要求ね。で、その要求というのは?」


「分かっているでしょう?ミス・ヴァリエールについてです」


「ミス・ヴァリエール?君の同級生だったかな?」


「白々しい! 僕は貴方が、この中庭でミス・ヴァリエールといかがわしい行為に及んでいるのを見てしまったんだ」


「いかがわしいって、抱きしめてキスしただけじゃないか。あ!」


「語るに落ちたな、ミスタ・マーニュ!」


「あの方にはな、ラスティン・ド・レーネンベルクという立派な婚約者が居るんだ。お前の様な少し顔が良いだけの男にエレオノール様と付き合う権利はないのだ!」


 一瞬ペースを思いっきり乱されてしまいましたが、ミスタ・グラモンが僕の名前を出したことで、少し冷静になることが出来ました。何やら話し続けているミスタ・グラモンの話を要約すると、僕(ラスティン・ド・レーネンベルク)という婚約者のある女性(エレオノール)が、僕(スティン・ド・マーニュ)と付き合っているのが気に入らないらしいです。(何かややこしい表現になっていますが)


 少し考え事をしているうちに、ミスタ・グラモンの話はいつのまにか、エレオノールに対する賛辞に変わっていました。ミスタ・グラモンにとって、エレオノールはどうやら憧れの女性そのものだそうです。聞いている僕が恥ずかしくなる様な、台詞を喋り続けています。どうやら自分の世界に入り込むと抜け出せない性格の様です。憧れの女性が、僕の様な名も知らない男に、誘惑されているのを見ていられないというのが、彼をこの様な行為に駆り立てたのでしょう。実に愛すべき人間じゃないですか。


 そこまで考えを進めて、改めてミスタ・グラモンの話に耳を傾けると、どういう経緯なのか、話が自画自賛になっています。この話はさすがに聞くに堪えない物でした。僕が不用意に、”こんな奴、穴を掘って埋めて、上からふたをしてやる!”と考えてしまうと、目の前で思った通りの事が起こってしまいました。


『ラスティン、これでいいですかぁ?』


と得意そうな、キュベレーの声が頭に響きます。そうです、キュベレーには僕の考えが直接伝わるので、時々油断をしていると、こんな事が起こってしまうのです。


『キュベレー、何か頼みごとをする時は、名前を呼んでから頼むって言っただろ?』


『そうでしたかぁ?』


『そうだよ、気を付けてくれよ』


 僕はキュベレーとの会話を早々に打ち切ると、生き埋めのミスタ・グラモンを発掘にかかります。彼を何とか発掘して、引き上げた所でエルネストが異変に気付いて近付いてきました。


「スティン、やってしまったのかい?」


「いや、単なる事故だ!」


「まあいい。これは、ミスタ・グラモンじゃないか」


「やっぱり、ギーシュの兄なのか?」


「グラモン家の長男だよ。陸軍の将軍・グラモン伯爵の御曹司だよ」


「そうか、まだ将軍なんだな。それより今は、ミスタ・グラモンだ。落ちたとき頭を打ったかもしれない、診てくれるか?」


 特に異常の見られなかった、ミスタ・グラモンを部屋まで運び、その日はの話は終わりました。


===


 翌日、エレオノールにこのことを話すと、


「まあ、あの手紙はミスタ・グラモンからだったのですね」


と意外な反応が返ってきました。


「手紙?」


「はい、2日前でしょうか。差出人不明の手紙が私の部屋に届きまして、そこにはスティン兄様と会うのを止めろ!なんて、有得ない事が書かれていたので、無視していたんです」


なるほど、ミスタ・グラモンはエレオノールにも手紙を出していたんですね。それにしても有得ないと言い切るエレオノールには、少し参ってしまいますね。


「もちろん、兄様は、ミスタ・グラモンの言う事など聞かないのでしょう?」


「そうだね。でも少し困った事態なのは確かなんだよ?」


 そう言うと、エレオノールがじとーと僕の顔を見詰めて来ました。


「分かった、何とかしてみるよ」


 そう答えましたが、解決方法は思いつきませんでした。仕方が無いので、ミスタ・グラモンの出方を見る事にしました。ミスタ・グラモンからは3日後に前回と同じ方法で呼び出しを受けました。

 今回も指定された中庭の池のほとりに行くと、やっぱりミスタ・グラモンが待ち構えていました。前回と少し違ったのは、


「良く来たな、ミスタ・マーニュ!前回はお前の汚い手口で不覚をとったが、今日はそういう訳にはいかないぞ。僕が勝ったら、ミス・ヴァリエールと会うことは止めてもらう。さあ、杖を構えろ!」


といきなり好戦的な口調で喋り始めた事でした。これは好都合です。ミスタ・グラモンに勝てば、エレオノールに堂々と会うことが出来る訳です。その日、僕は張り切って、ミスタ・グラモンを叩きのめしました。ですが、ミスタ・グラモンからの呼び出しはこれで終わりではなかったのです。


 彼はたった2週間後、再度僕を呼び出して、決闘を挑んで来ました。それから何度も何度も、叩きのめす度に少しずつ魔法の腕を上げながら、ミスタ・グラモンからの挑戦は今でも続いています。何時しか僕も彼と手合わせする事を楽しみにする様になっていました。2歳も歳下の彼に負ける積もりはありませんが、卒業まで水系統魔法だけで彼の挑戦を退ける事が出来るか、実は少し不安を感じている僕だったりします。

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