千客万来編

第52話 ラスティン19歳(辺境伯来る)


 3年の学生生活を終えて、晴れて自由の身?になって、レーネンベルク領に戻って来た訳ですが、明日にはマリロットの町で、レーネンベルク魔法兵団に入団する事になった友人達と待ち合わせをしているので、ワーンベルへはまだ向かう事が出来ません。一緒にレーネンベルクに来た、コルネリウスは早々に客間に篭ってしまいました。

 家族と挨拶を済ませて、マリロットの町をぶらぶらしていると、久々に知り合いの町の住人達が、口々に”立派になられましたな”とか、”背が伸びたんじゃないのかい?”とか言うので、気になって久々に身長を測ってみる事にしました。すると何と、181サントになっていました。やった?♪、180サントを超えるのは無理だと思っていたので本当に、本当に、嬉しかったです。

 失礼しました、あまりの嬉しさに少し自分を見失った様です。ちなみに僕が身長を測っているのを眺めていた弟のノリスですが、既に身長は185サントを超えていたりします。いつもは僕のコンプレックスを刺激してくる弟の身長でしたが、不思議と今は気になりません。

 明日は、僕とコルネリウスは、他の友人達に自分達の素性を明かす事になりますが、彼らがどんな顔をするか、楽しみだったり不安だったりします。


===


 翌日になり、僕は少し早いですがコルネリウスを連れて、魔法兵団本部の建物前に向かう事にしました。待ち合わせの場所には、セレナとカロリーヌが来ていて所在無げに、僕達に到着を待っていました。


「セレナ、カロリーヌ、待たせちゃったかな?」


「宿でじっとしているのも、勿体無かったから早く来ちゃったんだから気にしないで。所で本当にここがレーネンベルク魔法兵団の本部なの?」


 セレナが不安そうに(不審そうにかな?)尋ねてきました。コルネリウスやカロリーヌも同じ様な表情です。ですが、ここは立派にレーネンベルク魔法兵団の本部だったりします。本部の建物は、商店街の一角にあり、内部の広さはそこそこですが、外観はお世辞にも立派とは言えない物です。彼らは魔法兵団の本部と聞いて、郊外にある立派な建物がどんと建っていることを想像した様です。 彼らのイメージにはレーネンベルク魔法学園がぴったりなのかも知れません。

 裏話ですが、魔法学園に資金をつぎ込みすぎたせいで、兵団の本部に回す資金が足りなくなり、我が家の金庫番セルジュから最低限にするようにきつく言われたのが、この本部の始まりだったりします。当時から兵団の活動がほとんど領外が対象になっていた為、本部の機能がさほど重要でなかった事も要因に挙げられるでしょう。

 兵団の経営が安定してきた頃には、本部の外観の利点がよくわかってきたので、あえてそのままにしてあります。何度か本部移設の案が上がるのですが、土地の問題や、兵団の相当数がワーンベルに移動することになってしまったこともあり、魔法兵団の本部は冴えない外見のままだったりするのです。


 しばらくして、ガスパードがやってきた事もあって、僕たちはそのまま兵団の本部へ向かう事になりました。兵団本部に入ると、さすがに皆が僕の顔を知っているので、会う度に団員の皆が僕に軽く会釈をして来ます。その様子を友人たちは不審そうにあるいは興味深そうに眺めているのでした。その視線も、僕達が団長室と書かれた部屋の前にアポなしで到着してしまった事で最高潮に達してしまいました。

 僕はその友人達の視線に耐えながら、団長室のドアを開きます。そこには当然ですが、魔法兵団長のマティアスが待ち受けていました。


「ラスティン様、お待ちしていましたよ。こちらがお話にあったご学友の皆さんですね、相談室1を開けておきましたのでそちらでお話下さい。話が済みましたら、遠慮なく私に声をかけて下さい」


 マティアスはそう言うと、僕達を相談室1に通してくれました。この辺りになると友人達の視線は一応の落ち着きを見せているのですが、相談室1に入って人目が無くなった途端、いろいろ追及されることは避けられませんでした。僕とコルネリウスが自身の素性を明らかにすると、友人たちは交互に僕達の不実を責め立てるかと思いきや、呆れ顔ながら僕達の本当の姿を受け入れてくれました。僕達は友人の有り難味を良く知ることが出来たんだと思います。

 余談になりますが、相談室と言うのは魔法兵団に相談に来た人が通される、この本部でもかなり高級な設備を誇っている部屋です。相談に来た依頼者が、本部の外観を見て絶望しかけるも、通された相談室の設備に、自分が意外と厚遇されているのではないかという感想を抱く程度には、充実した設備です。この設備が友人達にも何らかの影響を与えたのでしょう。


 ちなみに、マティアスを交えての話し合いでは、友人達が全員、魔法学園で再教育を受ける事になり、大いに不満の声が上がったのを述べて置きます。最初は他人事だと思っていた、コルネリウスも自分が再教育の対象になっている事を知ると、不満の声をあげました。ですが、魔法学院と魔法学園では要求される魔法の知識と技術に差があるのでこれは仕方が無い事なのです。

 マティアスが嬉しそうに、実践でビシバシ扱きますからね、といったのに、ガスパードがおかしな反応をしたのは何故でしょうか?


===


 友人達のことをマティアスに任せた後、僕はワーンベルに戻ろうと思ったのですが、とある事情でまだ実家に留まっています。毎晩の様に、何故か我が家を訪ねて愚痴をこぼしていく友人達のあしらいに慣れた頃、その人物はレーネンベルクを訪ねて来ました。


「ラスティン殿、お招きに応じてここまでやってきましたぞ。私にはさぞかし面白いものを見せていただけるのでしょうな?」


 そんな事を不機嫌そうに告げたのは、ゲルマニアのツェルプストー辺境伯だったりします。(ラ・ヴァリエール公爵は一体どうやってここまでツェルプストー辺境伯を不機嫌にすることが出来たのでしょう?)


「きっと辺境伯のご期待に沿えると思いますよ」


「そうですか、それは期待させていただきましょう」


 そう言いながら、余裕の表情だったツェルプストー辺境伯でしたが、屋敷でコルネリウスに会った時の表情は見物でした。


「貴方は!」


 そう言って、ツェルプストー辺境伯はその動きを忘れてしまった様に体の動きを止めてしまいました。


「ツェルプストー辺境伯、いつぞやの父主催の園遊会以来だな。貴公をここまで呼び出したのは、俺の意思だ。貴公の知る限りで構わないから、ブラウンシュワイク公爵家について教えてくれないか?」


 辺境伯は沈痛な面持ちで、ブラウンシュワイク公爵家の現在の状態を語ってくれました。それは想像以上に最悪の物でした。


「すると貴公は、既にブラウンシュワイク家はゲルマニアに存在しないと言うのか?」


「そうですな、ブラウンシュワイク公爵ご夫妻は、公式に発表があった通り、お亡くなりになっています。それは私がご遺体をこの目で確認した事で間違いありません。ただし、公式発表にあった病死に関してはゲルマニアの貴族の中でもそのまま信じる者は居ませんでしたな。毒殺と言う噂が信憑性を持って流れたほどでした」


 辺境伯の話では、ブラウンシュワイク本家の家臣などは全て解雇され路頭に迷い、分家筋はブラウンシュワイクの名を名乗る事を禁じられ改名させられたそうです。随分と徹底していますね。


「姉上は!そうだ、姉上はどうなったのだ?」


「フリーデル様は、ブロイッヒ家に嫁がれました」


「そうか、それなら安心だな」


「コルネリウス様はどうなさるお積りですか? あの宰相閣下に、反旗を翻す心算ならば、我が家としても全面的に協力させていただきますが?」


「辺境伯!その言葉は有り難いと思う。だが現状では、奴に表立って逆らうのは得策とは言えないだろう。父が毒殺の危険性を考えなかったとは思えない。このままでは奴に逆らうものが全て毒殺される危険性があるだろう。貴公には辛いだろうが、今は奴に従った振りをしていてくれ。いずれ奴の悪行が暴かれる時が来ると信じたい」


「コルネリウス様、では貴方が立つ時には、ツェルプストーを始め多くのゲルマニア貴族が貴方の下へ駆けつける様に説得する事にいたしましょう!」


 そう告げて、ツェルプストー辺境伯はレーネンベルクを去っていきました。去り際に、コルネリウスと握手を交わすと、その手を僕にも向けて来ました。


「今は、外国に居た方がコルネリウス様にとって安全だろう。その日が来るまで頼んだぞ」


 僕は返事の変わりに、辺境伯の手を力を込めて握り返しました。


===


 おっと、忘れる所でした。今年もローレンツさんが律儀に色々な事を報告しに来てくれました。

 公立学校については、ほぼ思い通りの運営が出来る様になったそうです。教育内容は、今のトリステインというより貴族社会を打破とまでは行きませんが、もっと優れた政治制度を模索する事を視野に入れているそうなので、かなり危険な教育をしていると笑っていました。僕も笑ってそれを受け入れてしまう訳ですが、自分の今の身分を否定しかねない教育を行うのに、出資するなんて我ながらどうかしていると思います。

 既にローレンツさんのお気に入りになっている、特に優秀とされる何人かの上級学校の生徒も今年には卒業という事で、卒業したらラスティン殿の下で使ってやって下さいと言われましたが、ローレンツさんから見ても優秀という生徒が僕に使いこなせるか不安だったりします。


 加えて今年は、ローレンツさんから、ゲルマニアの現状を聞くことが出来ました。理由は簡単で、コルネリウスの家に、昔勤めていた執事という人物に、ローレンツさんから連絡を取ってもらったからです。ですがこちらは大した収穫を得る事が出来ませんでした。ツェルプストー辺境伯から聞いたことを確認出来た程度でした。ですが、離散してしまった家臣達の情報は、コルネリウスにとっては大きなものだったのかも知れません。


 そして忘れてはいけないのが、ガリアの継承権争いの状況です。今年の舞台が漁村だということは話したと思いますが、去年は両陣営とも何とか成功を収めたらしいです。大きな動きはそれ以外の所で起こったそうです。


・ジョゼフ陣営

 ジョゼフ王子は、今回はメイジの力を使わなかったそうです。ローレンツさんの話によるとロマリア等で盛んな漁法を取り入れることで、漁獲量を増やす事を目指したとの事です。さすがに、相手が海となると簡単には行かないというのが、実際の所でしょう。

 そう思ったのもつかの間で、ローレンツさんの口から”養殖”という言葉が出たのには驚きました。ローレンツさんが助言でもしたのかと思いましたが、どうやら、昔子供達に話した事が、娘さん→娘婿のセザールさん→ジョゼフ王子と伝わったとの事でした。


・シャルル陣営

 例によって、貴族連合がその財力に物を言わせて、港町に介入したそうです。彼らは自分が所有している船を気前良く漁民達に下げ渡したそうです。貴族が使うような船を、漁民が受け取ってもどうにもならないかと思いましたが、そこは漁民の皆さんの逞しさで、別の方法でその船を使う事にしたそうです。

 彼らは、漁業の傍ら、貴族の船を使った観光業に手を出したのです。中古とはいえ、貴族が使っていた船ですから、呼び物としては申し分なかったようで、観光業でかなり村は栄えたそうです。


 そして問題の、その他の所で起こった事ですが、ほとんど孤立無援だったジョゼフ王子の下に、バルドー子爵という人物が協力を申し出たのです。この人物は、ロベスピエール4世の意図をジョゼフ王子の前で披露した上に、ジョゼフ王子の勝利を予言して、更に勝ち馬に乗らない手は無いとまで言ってしまったらしいのです。ジョゼフ王子はこれを聞いて、バルドー子爵のことを気に入ったらしく、そのまま陣営に受け入れたそうです。

 傍から見れば、子爵が1人ジョゼフ王子に付いただけですが、これを見て他の貴族達がどう動くか興味をそそられますね。


 ちなみに今年の舞台は、鉱山の町になるそうです。もしかすると、ガリアから、ワーンベル鉱山を見学に来たりするかもしれませんね。

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