第46話 ラスティン17歳(2年目-光明)
小屋に入って一息つくと、こんな事になるなら、自分の力を隠さず避難小屋でも何でも作ってしまえば良かったという後悔がまたしても僕を苛みます。そんな僕に、ミスタ・コリニーが話しかけてきました。
「済まない、ミスタ・マーニュ!僕が君の提案をもっと真剣に聞いていれば、こんな事にはならなかったのに」
ミスタ・コリニーも僕と同じ様に後悔の念に苛まれていると知ると、不思議と僕の中の後悔の念も少しは治まった気がします。それが一時の錯覚だったとしても、救いであることも確かでした。
「ミスタ・コリニー、これからは僕達が、ミスタ・リューネブルクの左手の替わりになって、彼を支えて行こう!」
「そうだね、今更僕達に出来るのはそれ位だね」
そう誓い合った僕達の会話に、エルネストが割り込んで来ました。
「感動的な決心を固めている所に悪いけど、僕達にはまだやることが残っている。君達にも手を貸して欲しい」
そう言った、エルネストの口調は、穏やかと言えたかも知れませんが、その表情が口調を裏切っています。その表情には強い意志が感じられました。僕が簡単に諦めてしまった事を、エルネストは諦めていなかった様です。
「エルネスト、僕は何をすれば良い?」
「スティン、君には大仕事が待っているよ、こんな小屋を作る事に比べたら小さい事だけど、大きな仕事がね!」
エルネストの口調は冗談めかしてしますが、その表情は何故か僕に挑戦を挑む様に見えてしまいました。そう、エルネストからは、”君の力の限界を試させてもらうよ!”という強い意志が感じられました。何故、エルネストがこんなにも挑発的なのか、エルネストが僕に要求して来た事で、その理由が分かりました。
「スティン、君にはこのミスタ・リューネブルクの腕を出来る限り元の状態に戻して欲しい。出来るかい?」
エルネストは僕が渡した、ミスタ・リューネブルクの腕を僕に託して来ました。つまらない後悔に始終した僕に、やる気を起させる為に、エルネストは挑発的な態度をとったという事の様です。逆に言えば、エルネストはそれだけ僕に期待してくれているという事です。親友の期待を裏切る訳には行きません、さっきまで感じていた無力感が嘘のように消えているのが感じられますが、それも今の僕にとっては些事に過ぎません。
「だけど、僕は君ほど人体について詳しくない。見本でもあれば・・・」
そこまで言って、僕は見本が目の前にある事に気付きました。単純な事です、左腕は僕にも付いているのですから、長さや太さについては、ミスタ・リューネブルクにまだ残されている右腕を参考にすれば良いだけの事です。人の肉体を成形(フォーム)でいじくるなんて始めての経験でしたが、不思議にその時は不可能と感じませんでした。
ですが、ぼくはここで、1度わざと気分を変えてみることにしました。僕は、魔法宝石(マジックジュエル)本体だけではなく、魔法宝石(マジックジュエル)を使ったアクセサリーを何個も作っているので、その経験からの行動です。気分が乗っている時に作ったアクセサリーは順調に出来上がるのですが、出来上がったアクセサリーは意外と気に入らない物が出来てしまっているのです。その失敗を踏まえ、同じ様なアクセサリーを作ると、今度は肩の力が抜けたのか思い通りのアクセサリーが出来たりする事が多いのです。
「ミスタ・コリニー,ミス・ブランブル、君達に頼みたい事がある。君達には交代で、この小屋の周りの警戒に当たって欲しい。でも無理はするなよ。ここまで来たんだから、僕達6人は全員無事な姿で学院に帰り着きたいからな」
「分かった、任せろ!」
そう意気込んで答えた、ミスタ・コリニーを僕は、問答無用でスリープの呪文で眠らせます。
「交代でっていっただろう?君が先に休む番だ。ミス・ブランブル、警戒を任せるよ。何かあったら大声をあげるんだ。分かったね?」
「ええ、任せて。ミスタ・マーニュ」
ミス・ブランブルは、意気込んで小屋の外に出て行きました。その時ミス・オーリックが、
「私は何をしたら良いのかしら?」
と控えめに聞いて来ました。
「ミス・オーリックは、水系統魔法が得意だったね。君にはエルネストの助手をやってもらうから、今は身体を休めていてくれるかい?」
「ええ、分かったわ」
そう言って、ミス・オーリックは、その場に座り込んで、楽な姿勢を取りました。エルネストの方に目をやると、彼はミスタ・リューネブルクの横に座り込んで、容態の急変に備えながら、身体を休めているのが確認出来ました。僕はそんな親友の様子にこんな時だというのに、笑いがこみ上げてくるのを感じました。その笑いをぐっと堪えて、僕は自分がすべき作業に入りました。
作業、そう、それは正しく作業という言葉がぴったりな工程でした。僕はその時、自分を義手を作る技師と定義して、無心で作業を続けました。そう、血液を見ることが苦手という自覚はあるので、極力人の手ではなく、義手を作る特殊な材料と思い込む事にしました。(精神衛生上よろしくないです)
砕けた骨を組み直し、千切れた筋肉を接合し、絶たれた血管を繋ぐ、そして破れた皮膚を縫い合わす、時々分析(アナライズ)で腕の構成を確認するのも忘れてはいけません。いつの間にか、時間感覚が無くなっていましたが、大体の”左腕”の修復が何とか終わりました。
次は後回しにしていた毛細血管などの再生に入ろうかと思ったのですが、修復中の”左腕”を再度分析(アナライズ)で見ると、その必要が無い事が分かりました。後回しにしたはずの、毛細血管が何故か再生し始めているのです。一瞬エルネストが何かしたのかと考えましたが、いくら集中していたとしても、他人の魔法が行使されればさすがに気付くはずです。もしかすると、エルネストが、使い魔の”テティス”に何か命じたのかもしれません。薄っすらとですが、何か懐かしい?気配を感じた気がするので、あれが精霊の力なのかもしれません。
僕は、一通りの修復を終えたので、エルネストに声をかけます。
「エルネスト、出来るだけの事はやったよ。”テティス”も手を貸してくれたみたいだから、納得の行く仕上がりだよ」
「有難う、スティン!ここからは僕の仕事だな」
そう言って、僕から修復の終わった左腕を受け取ります。僕はこの時になってやっと周囲の様子を確認出来ました。警戒に出ていた、ミス・ブランブルが小屋の片隅で丸くなって眠っているのを見ると、今はミスタ・コリニーが警戒を行っているのでしょう。気を失っていた、ミスタ・リューネブルクもいつの間にか目を覚まし、僕の行った作業を見ていた様です。自分の左腕が無くなっているのに気付いたはずなのに、騒ぎを起さなかったのには感心します。痛みや出血の方は、エルネストが何かしているのでしょう。
エルネストがそのミスタ・リューネブルクに話しかけています。
「ミスタ・リューネブルク、今から君の左腕の接合に入る。神経や血管を繋ぐから、かなりの痛みがあると思う。繊細な手術になると思うから身動き出来ないように、君には、パラライズとスリープをかけさせてもらう」
「ああ、分かった好きなようにしてくれ」
「エルネスト、ミスタ・リューネブルクにこれを」
そう言って、僕は”アムリタの雫”をそっとミスタ・リューネブルクに飲ませます。(何かあった時の為に常備している、魔法薬が役に立ちました)
エルネストはミスタ・リューネブルクが、”アムリタの雫”を飲み終わったのを確認して、彼にパラライズとスリープをかけました。
そこからの処置は、僕が一仕事終えた開放感から、目を離していた為、伝聞になってしまいますが、ミス・オーリックによると、夢に出て来そうだったそうです。ミス・オーリックの言葉をそのまま借りると、
”ミスタ・オーネシアが呪文を唱え始めると、ミスタ・リューネブルクの腕の両方から血管とかが、相手を探すようにうねうねと動き出してね。ミスタ・オーネシアが腕を近づけていったら、勝手にくっ付いてしまったの”
という事でした。確かにそんなうねうねは見たくは無いですね。そこからはミス・オーリックも、エルネストに指示されるまま、治癒魔法を使い続けたそうで、しばらくすると、ミス・オーリックは魔力の枯渇で、魔法が使えなくなってしまったそうです。そうなると、エルネストは、疲労からうとうとし始めていた僕を文字通り叩き起して、助手をさせたのでした。
診察(イグザミネーション)を使って、エルネストが細胞が弱ったところや、血管が上手く通っていない所を指示して、僕がそこに部分的に治癒魔法をかけるという事が、何度も何度も繰り返されました。このペースでは、ミス・オーリックの魔力が早々と枯渇してしまうのも頷けます。(ちなみに診察(イグザミネーション)はエルネストのオリジナルスペルで、僕の分析(アナライズ)を見た彼が、たった3日で開発した物です。これだから天才って言うのには付いて行けないのです。CTやMRIも目じゃないそうですが、門外漢の僕にはその凄さがよくわかりませんでした)
「良し、もう良いだろう!」
という言葉を聞いた頃には、またしても時間感覚が喪失していました。多少覚束なくなった足で、急造の小屋の窓を開けると、外はもう朝になっていました。今回の事で、幾つの呪文を使ったのか覚えていません。魔力の枯渇で魔法が使えなくなった事が無い僕でも、ここまで魔法を使うとさすがに魔力が底を突いている感覚を覚えます。
「スティン、お疲れ様」
「エルネスト、君もな。ここまで魔力を酷使したのは、始めてかもしれないよ」
「僕もだ、でも良い経験になったよ。自信も付いたしね」
「それは良かったけど、今は少し眠りたいな」
「それは言えてるな、寝ているミスタ・コリニーとミス・オーリックを起して先生への伝言を頼んで、ミス・ブランブルには、引き続き警戒をしてもらって、僕達は少し眠る事にしようか?」
「そうだな、その前にこれを飲んでおけよ、”シフの涙”だ」
エルネストは”シフの涙”をしげしげと眺めた後、一気に飲み込みました。僕も、”シフの涙”を飲み、後の事を友人達に託して、固い床の上で横になりました。
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その後、ミスタ・コリニーとミス・オーリックが村まで行って、教師を呼んできてくれたそうです。ミスタ・リューネブルクが大怪我をしたと聞いて慌てて駆けつけたそうですが、ミスタ・リューネブルクの無事?な姿をみてほっとしたと言う事です。ミスタ・コリニーとミス・オーリックのいたずらとまで疑われる始末でしたが、崩れ落ちた洞窟を見た教師は話を信じてくれたそうです。多分エルネストが何とかしてくれたのだと判断したのでしょう。
昼近くになって目を覚ました、僕をエルネストは、ミスタ・コリニーとミス・オーリックが運んで来た食事でお腹を膨らませると、他の生徒と一緒にそのまま学院に戻る事にしました。ミスタ・リューネブルクは、しばらく村で休養をとる事になりました。
学院に戻ると、僕達は学院長から直接呼出しを受けて、今回の事故の事を口外しない様にしつこいほど念を押されました。今回の課外授業は生徒達からは概ね好評だったそうなので、来年以降中止というのも残念な気がして、学院長の提案を受け入れる事にしました。もちろん1班に1人の教師を付けて、安全面に関しては徹底してもらえる様に要求する事は忘れませんでしたが。
学院長から今回の事を口外することを禁じられたので、仲間達も僕の素性について詮索しにくい状況になったのには、ほっとしています。彼らのことを信頼していない訳ではありませんが、秘密を知っている人間は少ない方が良いですからね。
そんな事を思った数日後、僕は自分から仲間の1人に素性を明かす事になってしまいました。仕方が無かった事ではありましたが。
「ミスタ・マーニュ,ミスタ・オーネシア、こんな所に呼び出してすまないな」
「左腕の事で世話になった君達だけには、本当の俺の素性について話しておこうと思ってね」
ミスタ・リューネブルクはそこで芝居がかった様子で、
「僕の本当の名前は、コルネリウス・フォン・ブラウンシュワイク!そして、父の名は、ウィリバルト・ゲオルグ・オットー・フォン・ブラウンシュワイク、ゲルマニアのブラウンシュワイク公爵家の当主だ」
と打ち明けて来たのでした。僕とエルネストは互いに顔を見合わせる事になりました。僕達の反応が気に入らなかったのか、ミスタ・リューネブルク(いえ、コルネリウス・フォン・ブラウンシュワイクでしたね)は、話を続けて行きます。
「公爵家の者が、わざわざ子爵家の家名を名乗って、トリステインまで来たのには理由がある。それを聞いてもらおう。今ゲルマニアでは、大規模な政変が起こっている。その元凶は宰相の立場にある、マテウス・フォン・クルークだ」
ミスタ・ブラウンシュワイクは、そこで悔しそうに1度言葉を切りました。
「奴は、宰相の身分を利用して、皇位継承権の低い自分の息子を強引に皇帝の座につけようとしている。謀略や暗殺、手段は問わないのが奴のやり方だ。皇位継承順位1位の、グスタフ殿下まで毒殺されたことで危機感を覚えたおやじ殿が俺を、この学院に偽名を使って送り込んだ理由さ」
ミスタ・ブラウンシュワイクの告白は、最初は喜劇的でしたが、話が進むにつれて、笑い事では無くなって行きました。ツェルプストー辺境伯が僕達に詳しい事情を話してくれなかったのはこのせいだった様です。確かに他国の人間においそれとは話すことが出来ない事情です。
余談になりますが、僕の素性を聞いてミスタ・ブラウンシュワイクがあごを外しそうになったり、エルネストが”この3人の中なら、僕が一番公爵家の息子らしいよな”と言って笑いあったのも、今では良い思い出話です。
コルネリウスとは、名前で呼び合う仲になったのですが、肝心のマテウス・フォン・クルークの息子の名前が分かりませんでした。コルネリウスによるとその息子は、魔法の天才だそうです。13,4歳で土のスクエアというのには確かに驚かされました。
そうそう、天才といえば、エルネストも負けていないと思います。エルネストは僕が渡した、”シフの涙”に興味を持ったらしく、製法を僕から聞きだすと、僕に協力させて、”サラスヴァティーの慈雨”という魔法薬を作り出してしまったのです。論理的には、水の秘薬を作り出す工程,材料と、”シフの涙”を作成する工程,材料を混ぜた様な物ですが、複雑な作成方法に応じた効果が出る事が確認出来ました。
なんと、”サラスヴァティーの慈雨”を服用してしばらくは、魔力がほとんど消費しないのです。これが量産出来た日には、メイジの常識が覆ると思ったのですが、エルネストは作っただけで満足したのか量産には完全に見向きもしませんでした。実際に、量産するには僕とスクエアクラスのメイジが協力する必要があるので、”シフの涙”以上に量産に向かないというのも確かなので、僕もそれ程力を入れることはしませんでした。
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