第45話 ラスティン17歳(2年目-遠足)


 ”使い魔召喚の儀式”も無事に終わり、僕達にも日常が戻って来ました。1年の頃から変わった事といえば、授業の内容が少し高度なものになった事と、授業を担当する教師の顔ぶれが、変わった事位です。(個人的には可愛い後輩が出来た事も大きな変化なんですが)

 ”使い魔召喚の儀式”の立会いをしてくれた、コルベール先生も2年から火系統の授業を担当してくれる様になった先生の1人でした。魔法研究所実験小隊は解散となり、ジャン・コルベール氏が魔法学院の教師になったのを知ってから、是非知恵を借りたいと思っていたので、無事に授業を担当してくれると知った時にはほっとしました。

 ゼロ戦の動かし方を知っていれば、レーネンベルク家として正式に応援を頼んだかも知れませんが、現実にはエンジン1つ動かせなかったので、今まだ何のアクションも取らなかった訳です。ですが、個人的な繋がりが出来れば、遠慮なく知恵を借りても構わないでしょう。そう思って、ある授業の後、コルベール先生に話しかけました。


「ミスタ・コルベール、僕に少し時間をいただけないでしょうか?」


「ええ、構いませんよ。先程の授業で分からない所でもありましたかな?」


 コルベール先生の授業は、現時点では普通で教え方も丁寧だったので、僕としては真面目に授業を受けていました。


「いいえ、ミスタ・コルベールは、”竜の羽衣”というものをご存知ですか?」


「”竜の羽衣”?いいえ、初耳ですな、何かのマジックアイテムですかな?」


「いいえ、マジックアイテムではありません。”火”の力で動く機械といったら良いのかも知れません」


「”火”の力で動く機械ですか?なかなか興味深いですな。それは動くのですかな?」


「いいえ、それが動かし方が分からないのです」


「そうですか、動かし方が分かったら、是非見せて欲しい物ですな。おっと次の授業の準備をしなくては」


 そう言って、コルベール先生は足早に、教室を出て行ってしまいました。あれ?予定と違いますね。”火”の力で動く機械と聞けば、授業そっちのけで話に乗ってくると思ったのです。興味はありそうでしたが、意外にも冷静な対応でした。個人的にワーンベルの代官代行(=マルセルさん)と知り合いなので、興味があれば今度一緒に見に行きませんか?と誘う計画だったのに空振りに終わってしまいました。

 時期が早すぎたのか、それとも、”ダングルテールの虐殺”が起こらなかった為に、コルベール先生の意識が少し変化してしまったのかも知れません。

 コルベール先生を巻き込んで、ゼロ戦の動かし方を解明するというアイデアは、少し見直す必要がある様です。こうなったら、授業を真面目に受けて、燃料の生成方法のヒントだけでも教わる事にしましょう。幸いコルベール先生は熱心な教師の様なので、生徒の僕が燃料の生成を行いたいので、知恵を借りたいといえば、喜んで知恵を貸してくれると思います。


===


 2年になり、学院の授業も本格化したのか、魔法薬の作成の授業が行われる事になりました。ここまでは別に何の問題も無かったのですが、例年ならば近くの森で採集出来るはずの薬草が、手に入らないという事になって雲行きが怪しくなって来ました。周りの生徒から視線が集まってくるのが、しっかりと感じ取れます。近くで薬草が採れなくなったというのは、多分僕のせいだと思いますが、僕は学院の使用人の皆さんの為にもここで全く表情を変えませんでした。


 ですが、ここから話の流れは思わぬ方向に向かう事になりました。近場で薬草が採れないならば、少し足を伸ばして、学院から少し離れた所で薬草の採取を行う事になったのです。学院から徒歩で半日程、移動してキャンプを張り一泊の予定で薬草の採取を行う事が発表されると、生徒の中には飛び上がって喜ぶ者も出るほど、学院の決定は好評でした。

 日頃から恵まれた生活に慣れてしまっている貴族の子弟達には、短期間の不便な生活もちょっとしたレクリエーションになるといった所なのでしょう。僕には到底理解出来ない感覚なのですが。

 薬草採集キャンプの準備はあっという間に整いました。中には持っていく荷物の事で揉めた生徒もいたようですが、一泊という事であまり多くの荷物が必要無かったというのが大きな要因なのでしょう。


 5?6人で1班が構成され、2班を1人の教師が面倒をみる、そして目的地は担当の教師が決定するという事になったので、僕はエルネストを含む比較的仲の良い生徒達と班を組みました。僕達ともう1班は、学院から北の村を目指しました。村の近くにある空き地で野営する事になるそうですが、その為の設備などは村にある物を使わせてもらえるという説明だったので、僕達は比較的軽装で済んだので、村まではハイキングの様な気分でした。


 朝に学院を出て、昼過ぎには、目的の村に到着する事が出来ました。村に到着すると、空き地には既にテントが張られていて、僕達を受け入れる準備は整っている様子でした。僕達は村に入らずそのままテントに向かい、荷物を置いた後、早速薬草採集に入りました。僕とエルネストは村に入らなくて済んだ事に、安堵しました。何故なら、この村は僕達が身分を偽って、治療活動をしたことがある村だったからでした。

 僕達の班は、近くにある森を目指す事にしました。以前にも入ったことがある森で薬草が豊富なのは確認済みだったので、深く考えず指示された森を目指しました。そこにあんな事件が待っているとも知らずに。


 折角なので、ここで僕の仲間達を紹介しておきたいと思います。


===


ガスパード・ド・コリニー

 男爵家の3男。優しく、努力家の風ラインメイジ

 メイドのコラリーさんを心配して声をかけてくれたのが彼です


アルマント・フォン・リューネブルク

 子爵家の次男。行動口調も乱暴な、土ラインメイジ

 僕達の学年では唯一の留学生(名前が示す通りゲルマニアからです)


セレナ・ド・ブランブル

 男爵家の3女。武器マニアの火ドットメイジ

 何故か魔法を使うところをほとんど見ない女生徒、いつも武器を磨いています


カロリーヌ・ド・オーリック

 子爵家の次女。魔法薬に興味深々な女の子。水のラインメイジ

 僕が作る魔法薬を喜んで買っていきます。どうやら研究の為らしいです


===


 僕達が、森で薬草の採取を始めると、しばらくして雨が降り始めてしまいました。雨が本降りになる前に、偶然雨を凌げそうな洞窟を発見できたのは僥倖といっても良いでしょう。しかし、それが本当に僥倖と呼べるかについては、僕は懐疑的でした。これは勘などではなく経験からの物でした。

 人里から離れた森にある洞窟で、入り口はそこそこ広いとなると、嫌でも凶暴な亜人の住処になっているという事が想像出来てしまいます。これは実経験でもあり、何枚もの報告書を読んだ結果からの擬似経験からくる警告だったのかも知れません。


「みんな、ここは危険だ、直ぐに外に出よう!」


「どうしたんだい、ミスタ・マーニュ?そんな藪から棒に」


 ミスタ・コリニーが突然の僕の言葉に、こんな反応を示してきました。まあ、当然の反応かも知れません。


「ミスタ・マーニュがそう言うならここは危険なんだ。ここを離れよう!」


 僕の事をよく知っているエルネストがすかさず賛成票を投じてくれましたが、これは逆にミスタ・リューネブルクの反発を買う結果になってしまいました。


「何が危険か知らないが、危険があることが分かっているなら、こちらからその危険を排除に向かえばいいじゃないか?俺達はメイジなんだからそれ位の力はあるぜ!」


 ミスタ・リューネブルクに乗せられたのかミスタ・コリニーまで洞窟内の探索に賛成してしまいました。残る2人の女生徒は、どちらの意見にも賛成も反対もしませんでした。そんな彼女達の選択に腹を立てて、ミスタ・リューネブルクとミスタ・コリニーは自分たちだけでも洞窟の探索を行うと強硬に主張し始めました。


「もういい!俺達だけで行こうぜ、ミスタ・コリニー」


「そうだね、君達には後で僕達の武勇伝を聞かせてあげるよ」


 僕は仕方なく、エルネストにミス・ブランブルとミス・オーリックの事を任せて、ミスタ・リューネブルクたちに同行することにしました。


「エルネスト、何かあったら2人を連れて外に出てくれ」


「ああ、任せろ。君こそ気を付けてな」


 エルネストとそれだけ話して、僕は急いで先行している2人を追いかけます。念のため、使い魔のキュベレーにも念話で連絡をとり、何か起こったらサポートを頼むことも忘れません。暗い洞窟の中を、ライトの明かりだけを頼りに進んでいくと、直ぐにミスタ・リューネブルクとミスタ・コリニーに追いつく事が出来ました。

 洞窟を更に進んでいくと、一見行き止まりと思える場所に辿り着きました。


「何だもう行き止まりじゃないか。ミスタ・マーニュも取り越し苦労だったな」


 そういって、ミスタ・リューネブルクが行き止まりに見える場所を少し覗き込むと、


「オグル鬼だ!」


と、悲鳴に近い声をあげました。急にオグル鬼を見つけ余程驚いたのでしょう。ミスタ・リューネブルクとミスタ・コリニーは杖を取り出し、呪文の詠唱に入ってしまいました。僕は慌てて、ミスタ・コリニーの杖を取り上げて呪文の詠唱を妨害しました。しかし、洞窟が狭くなっていて、ミスタ・リューネブルクには直接手を出す事が出来ません。そんな事をしているうちに、ミスタ・リューネブルクの詠唱が終わりに近づいてしまいました。ミスタ・リューネブルクの唱えている呪文を知って、僕は、


「ミスタ・リューネブルク、止めるんだ!」


と大声をあげましたが、混乱しているミスタ・リューネブルクの耳には入らず、呪文が完成してしまいました。それは何の変哲も無い土のドットクラスの呪文でした。ですが、現状では、その呪文は最悪の選択でした。


「みんな、逃げるんだ!」


 僕は声をあげて、呆然としている、ミスタ・コリニーの手を掴むと、後ろを振り返らず。出口に向かって駆け出しました。ミスタ・リューネブルクがついて来ているか確認している暇もありません。上からは、土砂が降り始めてしまっています。


「キュベレー!」


 恥も外聞も無くキュベレーに助けを求める声をあげると、降って来る土砂が心持ち減った気がしましたが、どうやら土の精霊にも洞窟全体を支える事は難しい様です。僕は、迫ってくる死のあぎとを真後ろに感じながら、必死の短距離走を続けました。僕達が洞窟から外へ出たとほぼ同時に洞窟は脆くも崩れ落ちてしまいました。異変を知って一足先に洞窟から離れていた、エルネスト達が心配そうに駆け寄ってくるのが確認出来ました。


「ミスタ・リューネブルクは?」


エルネストの問いかけに慌てて周囲を見渡しましたが、ミスタ・リューネブルクの姿は見当たりませんでした。こうなると当然、洞窟が崩れるのに巻き込まれたと考えるしかありません。もっとしっかりと状況を説明して、腕ずくでも無謀な探索を止めさせておけば良かったという後悔が今更のように僕に襲い掛かってきます。

 自己嫌悪の沼にはまり込みそうな僕の頭の中に、


『彼はここにいますぅ』


というキュベレーの声が届きました。どうやらキュベレーが、何とかミスタ・リューネブルクを助けてくれた様です。


『ミスタ・リューネブルクは無事なんだね?』


『気を失っているけどぉ、息はしていますぅ。でも酷い怪我がぁ』


 怪我という言葉を聞いて、急いでキュベレー達の場所を分析(アナライズ)で確認します。思ったより出口に近く、後3?4メイルという所にいることが確認出来ました。


「みんな手を貸してくれ、ミスタ・リューネブルクは直ぐそこに埋まっているみたいなんだ!」


 みんなは僕が急に声をあげたのに驚いた様でしたが、ミスタ・リューネブルクを助け出す事に手を貸してくれました。たった数メイルでも、崩れたばかりの洞窟跡を掘り返すのは、大変な作業でした。穴を掘り、その周囲を固定化で強化する事を何回も繰り返すと、やっとミスタ・リューネブルクが生き埋めになっている空間まで辿り着くことが出来ました。

 慎重にミスタ・リューネブルクの身体を穴から外に運び出しましたが、キュベレーの言う酷い怪我がどんなものか直ぐに分かりました。ミスタ・リューネブルクの左腕が、二の腕の真ん中辺りで、無残に切断されているのです。女生徒たちは、それを見て悲鳴をあげて慌てて目を背けました。

 僕は万が一の可能性に賭けて、穴をもう少し掘り進めました。ですが、発見できたのは原型を留めていない、ミスタ・リューネブルクの左腕の残骸だけでした。この状態では、さすがのエルネストでも、ミスタ・リューネブルクの腕を再生する事は不可能だと思われます。

 僕は、左腕の残骸をエルネストに渡すと、そのまま近くの岩に近付き、ワーンベルの時の要領で、簡単な避難小屋を建てる事にしました。まだ夜になったばかりですし、雨も止みそうにないので、このままでは全員の身体がまいってしまうという判断からでした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る