諸国漫遊編

第29話 ラスティン15歳(アルビオン)

 僕がワーンベルの代官になってから、もう1年数ヶ月が経とうとしています。最近はワーンベルの統治にも慣れてきた様で、余程の問題が発生しない限りマルセルさんの手を煩わせる事もなくなりました。魔法兵団による工業品の生産も完全に軌道に乗った様で、特に問題になる様なことも見当たりません。

 そこでローレンツ商会から各国情報が僕に提供される様になってからずっと考えていたアイデアを実行に移す事にしました。それはハルケギニア各国をこの目で見てみたいという物です。そしてもし可能であれば、物語(歴史)に介入したいと考えています。最悪でも各王家に伝を作る事が出来れば上出来とすることにしましょう、何といっても外交なんてしたことがないですからね。


 先ずは父上に願いして、各王家に対しての親書を手に入れることにしました。意外と簡単に親書は手に入りました。用件を”ワーンベル産の工業品に対する関税の撤廃もしくは低減”としたことが大きかったかもしれません、一大臣などではこの問題を扱うのは難しいですからね。

 首尾よく親書を手に入れた僕は、早速ワーンベルの細々とした用件を全て、マルセルさんに一任して旅に出る準備を始めました。予定では、アルビオン→ガリア→ロマリア→ゲルマニアの各国を巡る予定です、可能ならばエルフの里も訪ねたいと思っています。そうだ、ロマリアに行くなら、ローレンツさんに連絡を入れておかなくてはいけませんね。

 とりあえずは、アルビオンへ渡るフネの手配と、ロンディニウムへの使者の手配ですね、いきなり訪ねても怪しい人物でしかありませんからね。全ての手配を終えると、僕はこっそりとラ・ロシェールの町へと向かうのでした。そして、ラ・ロシェールの町に着くと思わぬ人物が待ち構えていました。


「ところで、エレオノール、なぜ君がこんな所にいるんだい?」


「スティン兄様が、慣れない外遊をなさるとお聞きしましたから、少しでもお手伝いができればと思ってお待ちしておりました」


 あれ、今回の旅行は限られた人にしか話していないはずなんですけどね、おかしいですね?


「ねえ、エレオノール、どこで僕が外遊するなんて話を聞いたんだい?」


「情報源(ソース)は秘密ですわ」


 優しく聞き出そうとしてみましたが、教えてくれそうもありません、仕方ないですね。


「君は今回の旅行を外遊って言ったけど、僕にとっては僕が代官をやっているワーンベルの将来を決める大事な外交なんだよ、わかるかい?」


 エレオノールはじっと僕のことを見つめています。僕は畳み掛けるように、


「もしかすると危険な目に会うかもしれないんだよ?」


「そんな危険な場所にスティン兄様をお一人だけで行かせる訳にはまいりません!」


「いや、ちゃんと護衛は連れていくよ?」


「それでも謁見の時はお一人でしょう?私がご一緒できれば、二人で対応できます!」


 どうしたんでしょうね?まだ子供でも普段は冷静な方のエレオノールがこんなに熱くなるなんて?


「エレオノール、もしかして、僕について何か心配事があるのかい?」


「スティン兄様が先日カトレアの治療の為に我が家に来られて時の事を覚えていらっしゃいますか?」


 ああ、オノレの事件の少し後でしたね、すこしやつれていたかもしれませんね。


「あの時は少し体調を崩していたんだよ」


「嘘です、あの時以降スティン兄様はどこか変わられてしまいました。相変わらず私達には優しくしてくださいましたが、どこか辛そうでした。私が知らない所でスティン兄様が苦しんでいらっしゃるなんて、我慢できません!少しでもスティン兄様の苦しみを和らげて差し上げたいのです」


「エレオノール」


 僕はそれだけしか言えませんでした。色々な感情が僕の中を駆け巡ります、ただ僕のエレオノールに対する愛情は確かなものですし、エレオノールから向けられる純粋な好意も僕の心を暖かくしてくれました。


「エレオノール、ありがとう。君の好意に甘えさせてもらうよ」


「え!本当にいいんですか?」


 自分で言っておいて、信じられない様にエレオノールが聞き返してしました。


「大切な女性の好意には、甘える事に決めたんだよ」


 大切な女性という所で、真っ赤になってしまったエレオノールですが、何とか納得してくれた様です。

 それから、僕とエレオノールと護衛の皆さんでフネに乗り込みました。アルビオンへは大きな荷物があるのでそれも積み込みます。

 今回利用するフネは、最近完成したばかりの超々ジュラルミン製のフネです。今回は船主のローレンツさんの好意でチャーター便です、気分がいいですね。

 準備が整うと、早速、風石の魔力が発動され、ゆっくりとフネが桟橋から離れて行きます。フライの呪文で空を飛ぶ事に慣れている僕たちメイジにとっても、これほど大きな物体が宙に浮かぶのを見るのは、なかなか壮観です。

 フネが始めての僕とエレオノールはだんだん小さくなっていくラ・ロシェールの町をいつまでも眺めていました。


===


「あれが、アルビオンか?」


「すごいですね、スティン兄様!」


 僕とエレオノールは揃って、フネから身を乗り出して眼前に広がる信じられない景色に見入ってしまいました。話には聞いていましたが、これでだけ大きな陸地が空中に浮いているのを見るのは現実離れしていますね。


 フネの旅は意外と快適なものでした、天候にも恵まれ、風にも助けられて、予定以上に早くロサイスの町に着くことが出来ました。ここからは、馬車でロンディニウムを目指し、そこで宿をとってハヴィランド宮殿への使者を改めて送ることにします。

 送った使者はすぐに帰って来ました。ジェームズ1世陛下が直接面会してくださるそうです。直接お会いできる事はありがたいですが、少し危機感が無さ過ぎる気がします、こんな土地に住んでいるから、外敵の心配をしなくて良いと考えているんでしょうか?(考えてみれば、僕は未だにわが国の国王陛下にお会いした事がないんですよね。先年、生まれたという、アンリエッタ殿下にもお目にかかっていないです。これも社交界を避けているせいですかね?)

 僕は早速、ハヴィランド宮殿からの使いの方の指示に従って、宮殿を訪ねる事にしました。しばらく控え室で待たされましたが、謁見の間に通されてジェームズ1世陛下にお会いする事が出来ました。


「お初にお目にかかります、トリステイン王国レーネンベルク公爵家嫡男ラスティン・ド・レーネンベルクと申します」


「同じくトリステイン王国ラ・ヴァリエール公爵家が長女、エレオノール・アルベルティーヌ・ド・ラ・ヴァリエールと申します、どうかお見知りおきを」


「ふむ、若いのにしっかりしているな、苦しゅうない面をあげよ」


「はっ」「はい」


「それほど緊張する必要はないぞ、トリステイン王国といえばわが国と兄弟の様なものだからな」


 その言葉を聞いて、僕は緊張していた体中の筋肉を緩めました。隣でエレオノールも緊張を解いた様です。


「して、ラスティン君と言ったかな?わが国がトリステインから輸入している工業品の関税について話があるという事だったが、詳しく聞かせてくれるかな?」


 僕はまだ少し緊張しながら、2国間の工業品に対する関税を撤廃する事を提案してみました。ジェームズ1世陛下は淡々とした様子で、僕の提案を聞いています。


「ふむ、我が国では鉱物を掘る事が出来ぬから、工業品に関しては輸入に頼りきっておる。関税は最低限しかかけておらぬが、それを撤廃せよと言うのだな?」


「畏れながら、その通りでございます」


「では、トリステインとしてはその見返りに、何を我が国にもたらしてくれるのかな?」


 ほら来た、兄弟とか言っておきながら、これですからね。でも国王の姿勢としては正しいのでしょうね。


「アルビオンといえば、優れた毛織物を生産していると聞き及んでおります。実は我がレーネンベルクでも織物を生産しておりまして、そこで開発された技術を提供させて頂こうと思っております」


「ほう、新しい技術とな、見せてくれるか?」


 僕は控え室の外で組み立てさせておいた、紡績機と力織機を謁見の間へ運びこませます。


「こちらがその技術になります、早速お見せしましょう」


 僕は、機械を運び込んで来た魔法兵団員に合図を出します。団員が機械に魔力を注ぎ込むと、機械が独りでに動き出し、羊毛から毛糸を、毛糸を織物に仕上げて行きます。


「ゴーレムを制御する技術を利用して動く、紡績機と力織機でございます。いかがでしょうか?」


「ほほう、なかなか面白いものじゃな」


 ジェームズ1世陛下は熱心に、機械の動きを見詰めています。どうやら興味を持っていただけた様子です。その後、幾つかの質問がされましたが、最終的には紡績機と力織機の現物を置いていく事と、機械に詳しい団員を何名か派遣することで、合意を得る事が出来ました。


「有意義な会見であった、客間を用意させるので今宵は泊まっていくがよい。ささやかだが晩餐の用意もさせるゆえ、それまで宮殿内を散策でもしているが良かろう」


「ははっ、お心遣い感謝いたします」


 会見も終わり、しばらく宮殿の庭を散策していると、晩餐の用意が整ったという事で食堂に通されました。そこには既に、王妃様と王子様がいらっしゃいました。(この子がプリンス・オブ・ウェールズですか、4?5歳位かな、なかなか可愛い子供です、将来は美男子に育つんでしょうね。物語通りであれば我が国のアンリエッタ王女と恋仲になるんでしたね)

 王妃様に、魔法宝石(マジックジュエル)のアクセサリーをお送りすると大変喜ばれました。そしてさりげなく、話をモード大公に移して行きます。


「あやつは、なんでも妾が妊娠したとかで大公領に篭っていてな、困ったものだ」


あれ?妾がエルフなのを責められて、処刑されるはずだったんですが、反感とか感じられませんね。


「失礼ですが、その愛妾の方はエルフだとお聞きしましたが、本当でしょうか?」


「そんな事が噂になっているのか、今では昔ほどエルフに反感を持つものは少ないが、王家の者が妾に現を抜かす様では示しがつかぬからな」


 エルフである事に反感が無い!これは重要な情報ですね。


「そこまで言われると興味が湧きますね、モード大公とその愛妾の方にお会いしたいのですが構わないでしょうか?」


「ラスティン君の様な若者でも、美しい女性には興味があるらしいな、よかろう!あれには使者を出しておくから明日にでも訪ねてみるがよい」


「感謝いたします!」


 何故か、さっきからエレオノールの視線が痛いんですけど、誤解だからね!後でちゃんと誤解を解いておかなくてはなりませんね。


 翌日、勧められた通りモード大公を訪ねてみましたが、妊娠中で体調を崩しているということで、エルフの妾の方(シャジャルとい名前らしいです)とは面会出来ませんでした。お腹の子供がティファニアなのでしょう。ティファニアに似て巨乳なのか興味があったのですが、エルフといえば華奢というイメージがありますからね。まあ、事態が急変でもしないかぎりモード大公とシャジャルさんが処刑されることは無さそうですから、モード大公と面識が出来ただけでも良しとしましょう。


 こうして最初の訪問国アルビオンでの目的は無事、果たされたのでした。ローレンツさんが言っていた、物語(歴史)に干渉したという事実は思ったより大規模に行われている事が分かったというのも収穫ですね。

 次の目的地はこの旅の本命ともいえるガリア王国です、気を引き締めて行きましょう。

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