第30話 ラスティン15歳(ガリア1)
その後、僕達一行は、ロサイスの町からフネでアルビオンを離れました。風向きの関係でトリステインには戻らず、直接ガリア領の港町カレーに向かうことになりました。カレーにはローレンツ商会の支店がある為、色々便宜を図ってもらいました。
カレーの町から王都リュティスまでは馬車で数日かかりました。リュティスに着いた僕達は早速、宿をとり、ヴェルサルテイル宮殿に使者を送りました。しかし送った使者はなかなか戻って来ませんでした。夜になってから戻って来た使者によると、対応に出た大臣がロベスピエール4世陛下との謁見を許可しようとしないとの事でした。
仕方ありませんね、明日直接宮殿に出向いてその大臣とやらと交渉してみましょう、僕が考えているガリア和解プランはロベスピエール4世と直接交渉しなくては話しにならないですから。
翌朝になると僕達は早速、昨日使者に出した護衛に案内されて件の大臣の執務室までやってきましたが。
「閣下、何とか閣下のお力でロベスピエール4世陛下に謁見させていただけないでしょうか?」
大臣A(名前を聞いた気がしますが、忘れてしまいました。こんな人物は大臣Aで十分でしょう)は不機嫌そうに眉をひそめています。
「そなたもしつこいな、陛下はお忙しいと言っているだろう」
さっきからこのやり取りの繰り返しです。僕の後ろでやり取りを見ているエレオノールもさすがにあきれている様にため息をついています。そろそろ潮時ですかね。
「仕方ありません、不本意ですがこの親書は閣下にお預けします。必ずロベスピエール4世陛下に直接お渡し下さい」
「確かにお預かりしましょう」
言葉とは裏腹に、面倒そうに親書を受け取る大臣Aなのでした。本当に大丈夫でしょうか?
「ところで閣下、さすがに王子殿下にお会いすることは可能でしょうね?」
「シャルル殿下もお忙しい方だが、何とかしてみよう」
「ジョゼフ殿下にもお会いしたいのですが」
「は?」
大臣Aが不意をつかれたように間の抜けた声をあげました。
「も、もちろんだ、ジョゼフ殿下もお忙しいと聞いているが、私が何とかして見せよう」
シャルル王子ならともかく、現時点では”無能王子”であるジョゼフ王子が忙しいとは思えませんね、語るに落ちたといった所でしょうか。
「閣下のお力を頼りにしております」
僕は一応そう言って頭を下げておきます。仕方ないですね、今回は両王子の人となりを知るだけに止めておきましょう。大臣Aから、明日ジョゼフ王子を、明後日シャルル王子にそれぞれ面会出来るように取り計らってもらう約束だけして、宮殿を出ることにしました。
宮殿を出ると、今まで後ろで黙って話を聞いていたエレオノールが、
「”小物”でしたね」
と疲れた様な声で囁きかけてきました。お互い主語は無くても話は通じてしまいます。13歳の少女に”小物”と言われてしまう、大臣Aも哀れですね。
「ところで、何故ジョゼフ王子にまでお会いになるんですか?」
エレオノールの耳にも”無能王子”の噂は届いている様です。
「可笑しいかい?」
「いいえ、そんなことはありませんわ。ですがスティン兄様は、ジョゼフ王子にお会いすることを楽しみにされている様に感じたので、少し気になったのです」
エレオノールにそんなことを言われるとは思わなかったので、少し驚きましたが、改めて考えてみると、あの奇才の持ち主に会えると思うと、少しワクワクする感じがします。
「エレオノールは、本当に僕のことを良く見ていてくれるね」
そう言って優しくエレオノールの頭を撫でます。
「もう、子供扱いしないで下さい」
エレオノールは口ではこういいましたが、実際には気持ち良さそうに撫でられるままになっています。こうして見ていると、エレオノールは本当に可愛い子供の様で、彼女が僕の婚約者だなんて信じられない気がしてきます。
===
翌日、ヴェルサルテイル宮殿に赴くと、大臣Aが何とか手配してくれたのか、すんなりジョゼフ殿下と面会する事が出来ました。
僕達が、応接室と思われる部屋で待っていると、その人物がやってきます。見た目は20代前半のかなり美男子で、青い髪が特徴と言えるのですが、雰囲気全体が暗いものを纏っています。
「貴殿らが、私に会いたいと申し出た者たちか?」
「お初にお目にかかります、トリステイン王国レーネンベルク公爵家嫡男ラスティン・ド・レーネンベルクと申します、殿下」
「同じくトリステイン王国ラ・ヴァリエール公爵家が長女、エレオノール・アルベルティーヌ・ド・ラ・ヴァリエールと申します」
「トリステインのレーネンベルク公爵家の嫡子といえば、”ワーンベルの奇跡”殿ではないか、そんな人物が、この”無能王子”に何の用かな?」
ジョゼフ殿下は、ワーンベルの事をかなり詳しく知っている様でした。ガリアの情報収集力は油断出来ませんね。でもおかげで、ジョゼフ殿下の興味を引く事は出来た様です。ですが、ジョゼフ殿下の態度に違和感を覚えます、”狂気の天才”というイメージを想像していたのですが、これではただの暗い厭世的な態度の王子としか言えない気がします。
「”ワーンベルの奇跡”は、私だけの手柄ではありません。部下達の力があってこそ達成された物でございます。それに一国の王子殿下に面識を得たいと思う事は、それ程不自然な事ではないと存じますが」
「ふむ、そちは謙虚だな」
「”ワーンベルの奇跡”をご存知ということは、私の二つ名をご存知でしょうか?」
「確か元素だったかな?元素周期表なるものと、その元素の実物を錬金で作り出して、その名を得たと聞いたが」
「その通りでございます、ところで殿下、私が系統魔法を習い始めた当初、錬金が全く使えなかったとしたら殿下はどう思われますか?」
「なに、その話詳しく聞かせてくれるか!」
よし乗ってきましたよ。
「殿下もご存知の通り、錬金の初歩は、青銅を錬金で生成する事です。ですが私は、この青銅の錬金でつまづいてしまったのです。どんなに努力しても一向に青銅を錬金することは出来ませんでした」
エレオノールもこの話は始めて聞くのか、真剣に聞き入っています。
「6歳で系統魔法を習い始めてから、ほぼ1年間私の錬金の試みは全て徒労に終わりました。ですが、ある人物との出会いが私の錬金の才能を開花させてくれたのです。その人物は私に青銅を飛び越えて鉄の錬金をさせました。青銅が無理なのに、鉄などはもっと不可能と殿下は思われるかもしれませんが、鉄の錬金は成功したのです」
ジョゼフ殿下は、目を見開いて僕の話を聞いています。
「僕はその人物から、2つの事を学びました。1つは固定観念の危険さ、もう1つはイメージする力の大切さです。私は、この2つを魔法を使う時、何時も心の隅に置いています」
「固定観念とイメージする力か、私に足りなかったのはそれなのかも知れないな」
ジョゼフ殿下は、そう呟きました。
「ところで、ラスティン殿とエレオノール嬢は婚約しているのではないかな?」
「ご明察です、殿下。よくお分かりになりましたね」
「私にも幼い頃からの許婚が居たのだ、それで何となく分かったのだよ。ラスティン殿が良い話をしてくれたのだから、私も少し自分の話をしよう。半分、愚痴の様なものだがね」
そう言って、ジョゼフ殿下は話を始めました。
「その者の名は、アナベラ、この国のとある伯爵の娘だった。私達は、物心が付く前から婚約者だった。彼女はいつも私の傍に居てくれた。私が周りから”無能”と言われても、彼女だけは私の才能を信じていた。私は彼女の”魔法がダメなら、その他の学問で周りを見返しましょう!”という言葉だけを頼りに、様々な学問を修めた。役に立つかどうか分からない学問もあったが、彼女の励ましの言葉があれば、どんな学問を学ぶ事も苦痛では無かった。周りの者達は、無能王子が無駄な努力をしていると嘲たが、そんな事は私にはどうでも良かったさ」
ジョゼフ殿下は当時を懐かしむ様な表情でした。こうしてジョゼフ殿下は僕達にこんな話をしてくれるのでしょう?僕とエレオノールに自分達の姿をだぶらせているのでしょうか、それとも、吐き出す相手のいない気持ちを、他国の子供だということで、ある意味安心して吐き出しているのでしょうか。
「やがて私達は成長し、結婚する事になった。それからの数年は、なかなか子供には恵まれなかったが、私にとって幸せな時間だったよ。やがて2人の間に子供が出来た、私達にとって最も幸せな時間だった。だが出産時のショックでアナベラが亡くなってしまったことで、その幸せな時間もあっけなく終わりを告げた。私はアナベラが残してくれた娘のイザベラを見る事が辛い、どうしてもアナベラの事を思い出してしまう。王位などどうなっても良い、ただアナベラが戻ってきてくれるなら」
ジョゼフ殿下は疲れきってしまった様に、椅子に力なく座り込んでしまいました。
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僕は暗い気分になりました。確かに愛する女性に先立たれ絶望している所に、望まぬ王位を無条件で与えられ、競争相手からは笑顔で祝福などされたら、僕も狂気の行動をとってしまうかもしれません。
そんな事を考えていると、エレオノールが急に立ち上がって、殿下に話しかけました。
「殿下、私はアナベラ様のことを存知あげませんが、私がアナベラ様の様な立場なったとしたら、殿下にはこう伝えたいのではないかと思います」
エレオノールは深呼吸するとがらりと口調を変えて、語りだしました。
「あなた、これ以上、私が死んだことを悲しまないで下さい。そしてそれ以上自分を責めないで、これは運命だったのです。私はあの子を”イザベラ”を生むことが出来て幸せです。二人の愛の結晶なのですから、その愛の結晶を否定するなんて、私達の愛を否定するような物ではないですか?」
エレオノールが語る言葉は、ジョゼフ殿下にある種の衝撃を与えているようです。
「私はあなたが国の統治方法を学んだり、様々な技術書を一生懸命読んでいる姿を見ている事が大好きでした。”無能王子”と呼ばれながら、努力を怠らなかったあなたの見守ることが出来たのは、何事にも平凡だった私にとって誇れる数少ない物です。私がこの誇りを持ち続けることが出来るかはこれからのあなたの行動にかかっています。どうかあなたの才能を私達の祖国ガリアの為に役立て下さい」
これは、本当にエレオノールが話しているんだろうか?という疑問が僕の中に生まれていました。
「そして悲しいけれどもう私はあなたを支えることが出来ません、あなたは意外に寂しがり屋ですから、あなたを支えてくれる新しい女性を見つけて下さい。あなたの幸せをブリミルの御許でいつまでも祈っていますから」
エレオノールはここまで話し終わると口を閉じました。ジョゼフ殿下は驚愕の表情でエレオノールを見ています。エレオノールの話した内容が彼女の創作なのか分かりませんが、少なくともジョゼフ殿下の心には響いたようです。
僕はジョゼフ殿下に更に揺さぶりをかけてみます。
「殿下、いいえジョゼフ王子、今のままのあなたであれば、ガリアの王位は継げないでしょう。そうなればどこかの直轄地に大公として封ぜられる事でしょう。僕もやがてレーネンベルク公爵に付く事になります。そうなったら僕はあなたに挑戦状を叩きつけます。どちらが領地をより繁栄させることが出来るか勝負しましょう!」
先程まで、椅子に座ったままほとんど動かなかった、ジョゼフ殿下が僕の言葉に急に身動ぎしました。
「私に勝負を挑むだと、15歳の子供が。ふはははは!」
ジョゼフ王子は我慢が出来ないという風に、笑い出しました。
「よかろう、そなたからの挑戦状を楽しみにしておこう、今日は有意義な会見であった。また、ガリアに来ることがあれば、私の所に顔を出すがよい」
ジョゼフ殿下は笑い終わると、それだけ言って部屋を出ていってしまいました。僕の急な発言に息を止めて成り行きを見守っていたエレオノールが声をかけてきました。
「スティン兄様、急にあんなことをおっしゃるから、心臓が止まってしまうかと思いましたわ」
「エレオノールこそ、あんなに演技が上手いとは知らなかったよ」
「いえ、あれは別に演技という訳ではありません。なぜか口から勝手に言葉が自然に出てきたんです。もしかすると本当にアナベラ様が私の体を使ってお話になったのかもしれませんよ?」
「そうだね、この世界には魔法があって、精霊も居るくらいなんだから、幽霊くらいいてもおかしくないかもね」
僕はそう言うと、隣に座っているエレオノールの手を握りしめました。
「君が付いてきてくれて本当に良かった、僕の挑戦だけだったら、きっと殿下は笑ってくれなかっただろうからね。本当にありがとう」
エレオノールは何も言わず、ただ僕の手を握り返してくれました。
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