第28話 ラスティン15歳(ワーンベルの奇跡、あるいはトリステイン版産業革命)

 魔法宝石(マジックジュエル)”リリア”の売れ行きは、まだまだ好調です。低価格な水晶(クォーツ)系では満足出来なくなって中価格の鋼玉(コランダム)系を購入したり、ドレスの色に合わせて違った色の魔法宝石(マジックジュエル)を購入したりする貴族が結構な数いるようで、順調な売れ行きです。レーネンベルク公立学校に回せる資金も潤沢と言っていいでしょう。

 裏では、ローレンツ商会による債権の集約が行われていますが、今の所問題にはなっていないようです。エドモンさんの話では、その辺りはローレンツさんがしっかり管理している様で、王国から問題視される様な事もないそうです。


 ここからは伝聞になってしまいますが、国外での魔法宝石(マジックジュエル)の売れ行きも出だしは好調とのことでした。エドモンさんによると、ガリア,アルビオン,ゲルマニアで貴族向けに売り込みを図ったそうですが、手応えは十分だったそうです。いずれ大量に魔法宝石(マジックジュエル)の生産依頼が舞い込んで来るのでしょうね。

 魔法宝石(マジックジュエル)本体の生産を一手に引き受けている僕としてはワーンベルの復興にばかり手をかけている訳にも行かず、忙しい毎日を送っています。

 ただ、ローレンツさんから紹介された、アクセサリのデザイナーの腕は確かで、魔法宝石(マジックジュエル)のアクセサリを作っている土メイジ達もそのデッサンを見て刺激を受けた様です。今までどうしても魔法宝石(マジックジュエル)本体に負けていた、アクセサリの部分も見違える様に洗練され、今では魔法宝石(マジックジュエル)無しでも売れるんじゃないかと思えるほどです。これは思わぬ副産物といえるでしょう。


 しかし、僕が作れる魔法宝石(マジックジュエル)も限界があります。もう1人位作れる人間がいると大分楽になるんですが。


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 ローレンツさんとの契約に基づいて、ローレンツ商会から各国情報が僕に提供され始めました。最低限でもガリア,アルビオン,ゲルマニア,ロマリアの現状について知りたかったので、ローレンツ商会からの情報はありがたい物でした。


 ガリアは、ロベスピエール4世の治世で、二人の王子、ジョゼフとシャルルの2人が後継者争いをしているようです。ジョゼフは”無能王子”として劣勢の様です。この辺りは物語(歴史)通りですね。シャルルに娘が生まれたのかは現在情報待ちです。


 アルビオンは、ジェームズ1世の治世で政治的には安定している様です。ウェールズ王子も誕生している様子です。しかし、モード大公に関してはあまり情報が漏れてこないようです。エルフの愛人がいるという噂位は聞くことが出来ました。ティファニアが生まれているかどうかは現状では不明といった所です。


 ゲルマニアでは、政争の真っ最中の様です。物語(歴史)通り、アルブレヒト3世が皇帝の座に着くかどうかは不確定ですが、ゲルマニアのことはしばらく静観していて問題無さそうです。


 ロマリアに関しては、聖エイジス31世が現在教皇の座にいるそうです。ヴィットーリオやチェザーレという人物は少なくとも政治の表舞台には顔を出していないようです。ローレンツさんの話によると、ロマリアには既に物語(歴史)介入が行われている様なので、あまり心配する必要は無いかもしれません。


 とにかく、ガリア,アルビオン,ゲルマニア,ロマリアに関しては、今後も細かく情報を送ってくれる様に、ローレンツ商会には依頼をしておきましょう。


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 さて、ワーンベルの町がどうなっているかお話しておきましょう。ワーンベルの町は以前の繁栄を取り戻しています。いえ、これは正確ではありませんね。以前以上に繁栄しています。

 まず、魔法兵団が作り出す、鉄鋼製品やアルミ製品を求めて、昔の様に商人がワーンベルを頻繁に訪れる様になりました。商人達が戻ってくれば、それに合わせて、彼らを目当てにした露天等が当然のように復活しました。閉店に追い込まれた宿屋も景気の回復を敏感に感じ取ったのか、次々と再開されていきました。

 ここまでなら以前の繁栄ですが、魔法兵団増員に伴い作り出す鉄鋼製品やアルミ製品の供給量はどんどん増えて行きました。これに伴って、一時期は価格が高騰していた、鉄鋼製品の価格もどんどん下がっていきました。


 ここに目をつけたのが、トリステイン国外と取引のある、ローレンツ商会の様な大手の商人でした。ワーンベル産の鉄鋼製品やアルミ製品が盛んに、外国へ輸出される様になりました。

このような状態になると、国外の商人たちも黙っていませんでした。ガリア,アルビオンをはじめ遠くロマリアからも商人が、ワーンベル産の鉄鋼製品やアルミ製品を仕入れにやってきました。

 一方のゲルマニアでは、トリステインからの工業品にかなりの関税をかけたようです。どうやら自国の工業を保護する意図がある様です。まだ政治的には安定に程遠い国にしては素早い対応だったと思います。


 出入りする商人が飛躍的に増えた為、ワーンベルの町で収容することが困難になってきました。そこで僕は、ワーンベルの町の拡張を行うことにしました。今回は、工場街や住宅街や分校の様に兵団を使って短期間で建設を行うことはせず、大工の皆さんの手で普通に建築を行うことにしました。

 兵団員の魔力は可能な限り工業品を作るのに使用したかったのと、偏りがちなワーンベルの経済発展をより多くの人に実感してもらいたかったからです。ただ、新たな町を囲む城壁に関してだけは、魔法兵団を使って数日で建設してしまいました。(大工の皆さんを亜人や獣の被害に晒すわけにはいかないですからね)

 数ヶ月もすると、拡張した土地にもそこそこ建物が建つようになりました。以降こちらが新市街と呼ばれることになりました。新市街の発展と共に、ワーンベルの住民数はどんどん増えていきました。遠くの村から引っ越してきた住民もいるほどです。

 もともと1万人程だった住民数が、魔法兵団とその家族の移住、商人達が戻ってきたことの影響、新市街の建築などの影響で4万人程までに増加しました。そしてその増加は現在もまだ続いています。

この増えた住民をうまく工業品の生産に使えないものですかね?


 ところで最近噂を聞いたのですが、古くからのワーンベルの住人たちはこの町の再興を評して、”ワーンベルの奇跡”と呼んでいるそうです。


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 ワーンベルの町の様子を紹介したなら、レーネンベルク魔法兵団の活躍も紹介しなくてはなりませんね。

 工場街が稼動し始めた当初は、600人程の魔法兵団員で鉄鋼製品やアルミ製品の生産を始めましたが、第二陣,第三陣と団員が増えて行くに従い、工業品の生産量は飛躍的に増加していきました。

 しかし問題が無かった訳ではありません。まず問題になったのが、工場の広さでした。広めの工場用の建物を2棟も用意したのですが、3000人近い団員が入るとさすがに狭く感じてしましました。どうやら見積もりを誤ったようです。しかし今更、もう1棟建てるという訳にも行かないです。

 そこで僕がとったのは交代制でした、早朝から昼間で働く班と、昼から夜まで働く班に分けたのです。こうすることで、団員たちの作業場所が確保出来ました。重い材料などを運ぶ為のゴーレムも動かし易くなりました。


 ところで、兵団員たちが錬金で工業品を作り出すには、


1.原料となるFe2SiO4(ファヤライト)を多く含んだ鉱石を倉庫から工場へ運ぶ。

2.分解(デコンポーズ)で鉱石から、鉄を取り出す。

3.鉄を取り出した残りから抽出(イクストラクト)で、高純度の酸化ケイ素を

  取り出す。

4.取り出した酸化ケイ素を元素変換(コンバージョン)で、鉄やアルミに変換

  する。

5.変換した鉄やアルミに抽出(イクストラクト)を更にかけて、純度を高める。

6.純度を高めた鉄やアルミや1.で取り出した鉄を成形(フォーム)して製品

  へと加工する。


の手順を踏んでいます。これを見ているとどうも効率が良くない気がしてなりません。せっかく工場に集まっているのにこれでは、工房で小規模に生産していた時と変わりません。

 そこで僕は、ジュラルミン盾とチタン剣を作るときに使った完全に分業制をより進んだ形で、採用することにしました。

 まず行ったのは、工員としてワーンベルの町に平民を雇うことでした。そして、工程に合わせて団員を配置して、この間を雇った工員で結ぶ、つまり生成されたものを運んでもらうのです。こうする事で、錬金の効率も、生産量もかなり向上しました。

 しかしこの方法は意外と団員たちに不評でした、どうも行き来する工員たちのせいで気が散るというのです。気が散るというのはメイジにとって、魔法の効率が落ちるのと同義ですから、これは放置しておけません。

 それに対して、僕が思いついたのは前世の工場でも使われていた、ベルトコンベアを採用するという案でした。動力にはゴーレムを使おうかとも思いましたが、折角雇った工員の皆さんを首にするのも気が引けたので、工員の皆さんの手でベルトコンベアを動かす事にしました。

 この方法は、兵団員にも工員にも好評でした。兵団員にとっては、動かないで材料が静かに運ばれてきますし、工員にとってもただ取っ手を回しているだけで良いので、腰に負担がかからないということらしいです。


 ベルトコンベア方式を導入したことで、工場は本当に前世でみた工場そのものという感じになりました。生産量が増えた事も付け加えておかなくてはなりませんね。

 こうして、正に工場と言える施設が完成した事を、僕は個人的に”トリステイン版産業革命”と呼んでいます。


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 産業革命という言葉を使って別に思いついたのが、軽工業の発達でした。紡績機や自動織機といった物も、ゴーレムの技術を使用すれば、意外と簡単に出来そうな気がします。1人のメイジが複数のゴーレムを動かすことは訳無いですし、動きが単純ですからゴーレム自体を作る事もそれほど難しくありません。

 レーネンベルク織りに応用できれば、織物の生産量を高める事ができるかもしれません。早速父上に報告して、レーネンベルク織りの盛んな地域に団員を派遣する事にしましょう。

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