第15話 ラスティン13歳(決闘)

 婚約解消が決まってから、1,2日の間にレーネンベルク家とラ・ヴァリエール家の間を何往復も使者が行きかうことになりました。やはりラ・ヴァリエール家では婚約解消は晴天の霹靂だったのでしょう。

 しかし、3日目になるとラ・ヴァリエール家からの使者がぱったり来なくなりました。やっと納得してくれたのかと思った矢先、その女性は文字通り風と共にレーネンベルク家を襲来しました。


===


 その時僕は、自室の机の前でエレオノールに送る謝罪の為の手紙に悪戦苦闘していました。すると突然ノックも無しに執事のリッチモンドが部屋に転がり込むように入って来て、ラ・ヴァリエール公爵夫人カリーヌ様がおいでになられて、僕に会いたがっていると慌てながら教えてくれました。

 それと、今回は母上も敵だという謎の忠告も付いていました、何でしょうね?


 直接乗り込んで来るなんて、間違いなく婚約解消を撤回させる気なんでしょうね。僕は仕方なくカリーヌ様の居る応接間に向かいました。


「ラスティンです」


と言ってドアをノックすると、すぐに父上から入るように言われました。失礼しますといって一歩応接間に入ると、そこは戦場の様な空気に包まれていました。(いえ、実際は戦場に行った事などないのですが)

 情勢をみるとカリーヌ様と母上が、一方的に父上を攻め立てているようです。どうやら僕は父上側の援軍らしいのですが、何故母上まで攻撃に参加しているのでしょうか?とりあえず、探りを入れてみましょう。


「ラ・ヴァリエール公爵夫人、僕に何か御用とお聞きしましたが、どのような御用でしょうか?」


「今日はラ・ヴァリエール公爵夫人としてではなく、1人の娘の母としてこちらに参りました。カリーヌとお呼び下さいラスティン殿」


 なるほど、貴族の体面としては、口約束の婚約の解消に謝罪としてかなりのお金を渡したので、文句の付け様が無かった訳ですね。


「そうですかそれではカリーヌ様、今日はどの様なご用件でしょう?」


「白々しいですねラスティン殿、エレオノールとの婚約解消のことです!」


「でしょうね、それではカリーヌ様はどうなさりたいのですか?」


「婚約の解消を撤回してもらいましょうか!」


 ついに我慢できなくなったのか、公爵夫人は立ち上がって叫びました。


「何故ですか、僕は自分なりにエレオノールの事を考えて婚約の解消を選択しました。理由も無く選択を覆せるはずが無いでしょう」


「娘が泣いているのを黙って見ていられる母親などいません、それだけで理由は十分です。どうしても撤回できないというなら、力ずくでも撤回させて見せます!」


 この言葉を聞いた僕は、今までの冷静な態度を忘れ、思わずカッとなってしまいました。この女性がもっと優しい女性だったなら、エレオノールももっと優しい性格になったんだろうと思うと我慢が出来ませんでした。(ほとんど八つ当たりですね、何故僕はこんな事を言ってるんだろう?)


「いいでしょう受けて立ちます、でも力ずくでは僕は自分の考えを変えられませんよ」


すると、父上と母上が慌てた様に僕達を止めに入りました。


「ラスティン、相手はあの”烈風カリン”だぞ、お前では経験も力も不足だ、大怪我をするぞ止めておけ!」


「カリーヌ、貴方今がどんな時か分かっているの?もしものことがあったら大変だわ止しなさい!」


 母上、息子が大怪我するかも知れないのに相手の心配するんですね(泣)。


「公爵殿、ちゃんと手加減をするから心配はご無用に。リリア、私が貴方の息子に遅れを取ると思いますか?」


 公爵夫人はそう言って、両親を黙らせてしまいました。どうやら完全に逃げ道は塞がれた様です、こうなったらやるしかありませんね。


「場所は屋敷の外の裏手にある空き地でどうですか?」


「それでいいのですか?野外では風メイジの私にかなり有利ですよ?」


 それは確かです。


”水メイジと水辺で戦うな!”

”火メイジとは水辺で戦え!”

”土メイジとは土の上では戦うな!”

”風メイジとは閉鎖された空間で戦え!”


というのが、僕の家庭教師たちが声を合わせて、教えてくれたことです。


「空き地なんですから土はむき出しです、土メイジの僕にとっても有利な場所ですよ」


「結構です、そう思うなら、その場所に案内しなさい」


 僕達は屋敷を出て、裏の空き地に向かいます。


 その間に僕は必死で作戦を考えます。魔法兵団の人たちと模擬戦という形で少しは戦闘を経験している僕ですが、本気の決闘などという物はやったことがありません。勝機があるとすれば、公爵夫人が手を抜いてくれるということ、そして格下のトライアングルメイジであり13歳の少年だと思って油断している所でしょうか?


 丁度作戦を考え終わった頃に、決闘場所となる空き地に到着しました。


 まずは勝利条件の確認から行きましょうか。


「先ずは勝利条件の確認をさせていただきます、カリーヌ様が戦闘不能になるか、僕が負けを認める事が勝利条件という事でかまいませんか?」


「13歳の少年相手に、私が戦闘不能になる事などありえないわ、ハンデをあげましょう私に一撃でも入れることが出来ればラスティン殿の勝ちで構わないわ!」


「そうですか、ありがとうございます。あとは致死性のある呪文は使用しないと言うことでかまいませんね?」


「ええ、構わないわ、公爵との約束もありますからね、それより早く決闘を始めましょう」


 公爵夫人はやる気まんまんの様です。


 僕と公爵夫人は互いに杖を打ち合せ次に距離をとります。(これが決闘の作法だそうです)

 父上の「はじめ」の声で決闘が開始されます。僕はまず、定番のゴーレム作成の呪文を詠唱します。公爵夫人は何もしません、どうやら僕の出方を見るようです。すぐに僕の呪文が完成し、2メイル程の土ゴーレムが作成され、公爵夫人に攻撃を仕掛けます。

 僕は間を置かず、次のゴーレム作成の呪文を詠唱します。公爵夫人はブレードの呪文を唱えたようです、その刃で土ゴーレムを即座に真っ二つにします。

 その間に、僕は2体目の土ゴーレムを完成させます。このゴーレムも1体目同様に、公爵夫人に攻撃を仕掛けます。

 公爵夫人は即座に2体目の土ゴーレムに攻撃を仕掛けようとしますが、かなりの速度で回復した1体目の土ゴーレムに攻撃され、咄嗟に防御します。


「くっ!味な真似を」


 公爵夫人は不満そうに呟きました。そう、僕が作った土ゴーレムはただの土ゴーレムではなく、回復に特化した物なのです。そして、2メイルと小型にしたのは機動力を高める為です。

 ゴーレムに背後を取られないように、移動しながら刃を振るう公爵夫人ですが、ぼくはその間に3体目の土ゴーレムを完成させていました。

 単純に考えれば、戦力比は3:1になったはずです、しかし僕は手を緩めません。今度は中距離支援用の石ゴーレムを作成します、これは地面の中から適当な大きさの石を吸い上げ、目標に向かって投げつけるという下半身が地面から直接生えている様な至極、単純なゴーレムです。(ある意味固定砲台ですね)

 普通のメイジであれば、ここで降参なのでしょうが、公爵夫人は易々とゴーレム達の攻撃を躱し続けます。

 僕はここまで手を打って、やっと守備の魔法を唱えます。


「石城砦(シェルター)」


 すると僕の周りを石の壁が覆います。(呼吸と周りの状況を確認する為、細いスリットが入っています)

 念のため、石の壁にさらに固定化の呪文をかけます、これで防御は完璧です。


 ここまでやってやっと僕は直接、公爵夫人に魔法で攻撃を仕掛けます。


「石礫(ストーン・バレット)」


僕は長距離から、狙撃する様に呪文を放ちます。これで戦力比は5:1です。


しかし、公爵夫人は体術とシールドの呪文を巧みに使い分け、僕の攻撃を躱し続けます。


「石散弾(ストーン・ショット)」


 僕は石礫(ストーン・バレット)の上位呪文を使って面で攻撃を仕掛けてみます。しかし公爵夫人はこの攻撃も、土ゴーレムを盾にすることで回避します。くっ!完全に嵌めたはずなのに!こうなったら奥の手しかありませんね、僕はこっそり詠唱を開始します。


「ラスティン殿、ここまでですか?」


攻撃の手が緩まったのに気付いた公爵夫人はそう声をかけてきましたが、僕は返事ができません。


「そうですか、返事もできませんか、ではこちらから行きますよ!」


 そう言うと公爵夫人は、呪文の詠唱に入りました。大きいのが来る、急がなきゃ。


「カッタートルネード!」


 公爵夫人の呪文が完成したようです。辺りを凄まじい風が吹き荒れます。僕が視界を取り戻すと、3体いた土ゴーレムの姿はもう見えません。それどころか固定砲台の石ゴーレムまで無残な姿を晒しています。流石に、石城砦(シェルター)は無傷のようです。


公爵夫人は、ゆっくりと石城砦(シェルター)に向かって歩いていきます。僕はそれに対して慌てたように、石礫(ストーン・バレット)と石散弾(ストーン・ショット)をでたらめに連射しますが、当然の様に公爵夫人かすりもしません。

公爵夫人は、改めてブレードの呪文を唱え刃を構成して、石城砦(シェルター)に切りかかりますが、流石にブレード程度では傷もつきません。


 僕は公爵夫人の至近距離から石礫(ストーン・バレット)を放ちますが、公爵夫人は即座に石城砦(シェルター)から距離をとります、そして呪文の詠唱を開始しました。

 また大きな魔法が来る、僕は慌てて石礫(ストーン・バレット)を連射しますが、公爵夫人は軽いステップでこれを躱します。そして呪文が完成してしまいます。


「カッタートルネード!」


 これには強化した石城砦(シェルター)もひとたまりもありませんでした。地面ごと竜巻に吸い上げられる様に、空中へと放り出されます。


 僕は急いで身体強化の呪文を唱え終え、次いで岩破裂(ストーンブラスト)の呪文を詠唱します。そして僕は、公爵夫人の呪文の余波が収まるのを見計らって、岩破裂(ストーンブラスト)の呪文を発動させます。自分が潜んでいる石ゴーレムの残骸を起動点に指定して。


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 仕掛けはこうです、まず公爵夫人が土ゴーレムと戦っている際に少しずつ穴掘りの呪文で、少しずつ石城砦(シェルター)の地面から、石ゴーレムの足元に向けてトンネルを掘りました。

 次に公爵夫人の最初のカッタートルネードの際に素早く、トンネルを通って石ゴーレムの足元まで移動しました。石ゴーレムの足元は地面と一体で、石城砦(シェルター)同様に見つかりにくく細いスリットを入れて視界は確保しておきました。

 後は、まるで自分が石城砦(シェルター)の中にいるように石礫(ストーン・バレット)を放っておきました、できるだけ公爵夫人を石ゴーレムの残骸に近づける様に。


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 岩破裂(ストーンブラスト)の衝撃に乗って、僕は一直線に公爵夫人に向かって行きます。

 飛んでくる土砂は僕に向かっても牙をむきますが、その痛みに耐えて、一撃でも入れて見せます!シールド系の呪文では土砂は防げても、僕の体当たりは防げないでしょう。


 そして公爵夫人へ衝突する寸前、


「エアハンマー」


という一言の呪文が僕の意識を刈り取りました。

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