第14話 ラスティン13歳(婚約解消)

 僕は13歳になりました。10歳の頃から始めた、元素周期表の元素を元素変換(コンバージョン)で再現する作業ですが、原子番号80の水銀まで生成できるようになりました。(何度も元素変換(コンバージョン)を重ねかけしてやっとの思いで作りました。)

 これを期に、王立魔法研究所に元素周期表とそのサンプルを提出した所、かなりの評価を受けた様で、元素の二つ名を付けられました。


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 マカカの草を利用した魔力回復方法を発見してから、1年弱が経ちました。ジュラルミン盾とチタン剣の生産量はうなぎ登りで、今では中流の貴族達の手にも渡る様になりました。そこでふと疑問に思ったことがあったので、魔法兵団長のマティアスに尋ねてみました。


「なんでメイジが剣や盾を欲しがるんだろうね?」


「何をいまさら尋ねるんですか、戦争になると平民の兵士は貴族達にとっての盾なのです。呪文を唱えている間に敵からの攻撃を防御しなくてはなりませんし、もし戦場で魔力が枯渇したら、平民の兵士に守られながら後方に下がることになります。平民の兵士たちが、強力な剣や盾で武装させることは、貴族にとって自分の命を守る事と同義なのです」


「なるほど、そういう訳があったんだね」


 平民メイジ招集計画の方も順調で、現在レーネンベルク魔法兵団には4000人近い平民メイジが所属しています。


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 魔法宝石(マジックジュエル)に関してですが、こちらは極めて順調です。


 最初に売り出しを始めた色つき水晶も含めて色々な貴族に高い価格設定にも関わらず飛ぶように売れていきます。やはり最初に母上に、社交場でアピールしてもらったのが効いたのでしょうか。今では夜会や舞踏会などには、魔法宝石(マジックジュエル)の一つでも身に着けていないと流行遅れとまで、言われる様になっているそうです。


 販売は基本的に注文生産の方式を取っています。

・どの宝石をどの大きさで使うか?

・どんなカットにするか

・どんな装飾品にするか?

・どんなデザインにするか?

等を聞き取り、宝石の部分は自分で用意します。鎖や台座や指輪の本体は、兵団の土メイジの中でもデザイン力があるものを選んで とりあえずアルミで成形(フォーム)させます。デザインを数種類用意して、注文した方に実際に見て選んで貰い、最後に実際の材料の金銀などで成形(フォーム)し宝石を組み込んでレーネンベルク製魔法宝石(マジックジュエル)を使ったアクセサリーの完成です。

 ブランド名を母上の名前からいただいて”リリア”としてみました。実際に数百~数千エキューで販売していますが、何十人も予約待ち方がみえる程の売れ行きです。


 材料となる金,銀,プラチナも、魔法兵団のトライアングルメイジたちが全力で元素変換(コンバージョン)することで、大量にとはいきませんが、かなりの量が生成可能となっています。魔力が枯渇するまで元素変換(コンバージョン)しても、”シフの涙”を使えば翌日には2/3ほど魔力が回復しているので、どんどん元素変換(コンバージョン)出来るのが強みですね。


 次はダイヤモンドでも、錬金してみましょうか?原料は炭素ですから、意外と簡単そうなんですよね。


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 それはエレオノール11歳の誕生パーティーでの出来事でした。


 僕は一応エレオノールの婚約者として、エレオノールの隣の席で食事を楽しんでいました。

 1人のメイドが甲斐甲斐しく世話をしてくれています。そのメイドが空いた皿を片付けようとテーブルに手を伸ばした時、偶然体勢を崩して僕の近くに置いてあったワイングラスを倒してしまいました。運悪くグラスは僕の方に倒れてきたので、僕の服には大きく赤ワインの染みが出来てしまいました。

 僕は落ち着いて水魔法を使って、服に染み込んだ赤ワインを近くにあったコップに搾り出しました。


「申し訳ありませんでした、ラスティン様」


 何度も頭を下げて謝るメイドさんに僕は、


「問題ありませんよ、ほら服も濡れていないですし、染みにもなっていませんから」


と優しく声をかけ、謝罪を受け入れました。普通であれば、これで決着が付くはずでした、しかし隣に座っていたエレオノールが突然怒り出し、


「スティン兄様になんて失礼を、あなたなんてこの屋敷には必要ないわ、今すぐ荷物をまとめて出て行きなさい」


と声を荒らげながら、メイドさんを頬をぶったのでした。その時僕は何とも言えない感情を感じました、一番近いのは怒りでしょうか?それとも失望でしょうか?


 僕はエレオノールを無視して、そのメイドさんの手を引いてパーティー会場を出ると、近くの空いている部屋に連れていきました。


「君、大丈夫でしたか?」


 僕が声をかけると、ぶたれたことに驚いて放心していたメイドさんは我に返って、


「ラスティン様、私の事は心配なさらず、エレオノールの所へお戻り下さい」


「いいえ、今はダメです。それより怪我とかはしていませんか?頬が赤いですね、治癒魔法をかけますから動かないでください」


 僕がメイドさんに簡単な水魔法をかけると、頬の腫れはすぐに治まったようです。


「もう大丈夫のようですね、もしまだ何かあるようでしたら、レーネンベルクの屋敷まで訪ねてきてください、この指輪を見せれば面会できるように手配しておきますから」


 そう言ってレーネンベルク家の紋章入りの指輪を彼女に渡します。


「ありがとうございます」


「そういえば、名前を聞いていませんでしたね」


「ミレーユと申します」


「ではミレーユさん僕はこのまま帰りますので、父上か母上に伝言をお願いします」


「え!パーティーはよろしいのですか?」


「ええ、今のままエレオノールに会ったら何を言ってしまうか分かりませんから」


 それだけ言って、僕はラ・ヴァリエール家の屋敷を出ました。それから厩舎へ行き、馬を一頭借りてそのままレーネンベルクの屋敷まで夜道をひた走ったのでした。

 夜半に屋敷に帰り着くと、門番に馬を預けそのまま自分の部屋に戻り、ベッドに仰向けになりました。

 部屋の外からは、急な帰宅に驚いた、リッチモンドが声をかけてきましたが、何でもないと返事をして、そのままベッドに横たわっています。


 あれから何時間も経ったのに心が波立つ感じが治まりません。自分が何に怒って何に失望したか、その正体も掴めないままです。

 僕も、もう理想を振りかざすだけの、子供ではありません。他所の貴族の屋敷では、使用人が失敗をしただけで鞭打ちを行うような貴族がいるということも分かっていますし、ひどい失敗をすれば解雇になることがあることも頭では理解出来ています。その理解に感情が付いてきていない自覚があります。


 起こった事件をもう一度振り返ってみましょう。

 パーティーで給仕をやっていたメイドさん(ミレーユさん)がミスをして、ワイングラスを倒してしまい、その中身が僕の服を汚してしまいました。それに対する僕の対応は、水魔法で染み込んだワインを搾り出して、汚れを落とし、お咎めなしという風に話をもって行こうとしました。

 ですが、エレオノールが急に怒り出し、メイドさんを叩いて、首にすると言い放ったのでした。


 改めて考えても、これほど僕が動揺する要素があるとは思えません。

 いや、自分に嘘をつくのは止めましょう、”メイドさんを叩いて、首にすると言い放った”のがエレオノールだったから、ここまで心が乱れているのでしょう。他の誰か、例えばラ・ヴァリエール公爵夫人が同じことをしたとしてもここまで動揺はしなかったでしょう。もう一つ心当たりがありますが、それは今の”僕”には関係が無い筈です。


 こう考えてみると、僕はエレオノールのことが本当に好きだったんだということに始めて気付かされました。


「僕の初恋は、気付いた時には終わってしまったんだな」


 僕は声に出して、その事実を噛み締めます。今夜は眠れそうにありません、今後のことを考えておきましょう。


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 翌日父上が屋敷に戻って来ると、僕は早速父上に会いに行き、


「エレオノールとの婚約を解消したいのですが、婚約は正式な物だったのですか?」


と切り出した。突然の申し出に父上は驚いた様子で暫く黙っていましたが、


「いや、婚約と言ってもラ・ヴァリエール公爵との口約束の様なものだ、お前もエレオノール嬢も名誉が傷付いたりはしないな。しかしどうしたんだ急に、お前はエレオノール嬢を気に入っていたんだと思っていたが?」


 僕は昨日あったことを残らず父上に話しました。


「そうか、しかしそれくらいのことは貴族の家なら何処でも起こる事だぞ、我が家が特殊と言っていいくらいだ」


「それは分かっています、でも僕はこの屋敷の人たちを家族と思っています。もしエレオノールが嫁いできて、彼らを虐げるような事になったらと考えると、とても婚約を維持することは出来ません」


「ふむ、そんな考え方ではお前に嫁いでくる貴族の女性は居ないかもしれないぞ」


「そのときは優しい平民メイジの女性を、何処かの貴族の養女にでもしていただいて、お嫁さんとして迎え入れることにしますよ」


「そこまで考えていたか、決心は固いんだな?」


「はい、父上!」


「いいだろう、ラ・ヴァリエール公爵には、私の方から婚約破棄と謝罪の手紙を書くことにしよう。ラスティンお前は、エレオノール嬢に謝罪の手紙を書くんだぞ、多分一番傷付くのはエレオノール嬢なのだからな」


「はい」


 僕はそう言って、父上の書斎を出ます。エレオノールに対する謝罪の手紙か、何て書けばいいんだろう?


 僕はエレオノールに対する謝罪の手紙の内容を考えながら部屋に戻りました。その時、父上も僕も大事な事を見落としていることに気付いていませんでした。

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