第16話 ラスティン13歳(決闘のその後に)
「ここは、僕の部屋?」
僕は目を覚ましましたが、記憶が混乱しています。確か公爵夫人と決闘をして、追い込まれた僕は最後に相打ち覚悟で特攻をかけた所までは覚えているのですが、そこから一切記憶がありません。
きっと公爵夫人の何らかの魔法で昏倒させられたのでしょう、相打ち覚悟で特攻でも敵わないなんて、そこまでスクエアメイジとの実力に差があるのでしょうか?いえ、烈風カリンの実力なのでしょう。
一太刀も浴びせられなかったのは悔しいですが、全力を出し切ったので悔いはありません。
決闘には完敗しましたが、僕はエレオノールとの婚約解消を撤回しなかったのですから勝負には勝ったという所でしょう。
そんなことを考えていると、リッチモンドが静かに部屋に入ってきました。
「ラスティン様、御加減はいかがですか?」
「特に問題は無いよ、母上が治癒魔法をかけて下さったのかな?ところで僕はどれ位気を失っていたんだろう?」
「もう翌朝でございますよ」
「カリーヌ様はもうお帰りになったんだろうね」
「はい、詳しい話は旦那様からお聞き下さい」
そういうと、リッチモンドは部屋を出て行きました。そして暫くすると、父上が部屋にやってきました。
「ラスティン、傷はもういいのか?痛む所とかないか?」
「はい、もう何ともありません」
「半日も気を失っていたのだから、念のため今日一日はゆっくり休みなさい」
「はい、そうします。ところで父上?」
「ん、ラ・ヴァリエール公爵夫人の事かな?」
「はい、どういう結論になったのでしょう?両家のしこりとかになっていませんか?」
父上は苦笑しながら、
「それを心配するなら、決闘など止めて欲しかったぞ。公爵夫人の方なら、問題解決だよ、婚約解消に同意してくれたよ、よく頑張ったな! だがお前はラ・ヴァリエール家には一年間出入禁止だそうだ」
「それ位で許してもらえるなら、上々です」
そう言いながら、僕は一抹の未練を感じているのでした。
===
父上のお見舞いから暫くして、今度は母上が僕の部屋を訪ねてきました。
「ラスティン、傷の具合はどう?」
「はい、もう何ともありません、治療魔法をかけてくださったのは母上ですよね?治療ありがとうございました」
「あまり無茶をしてはいけませんよ」
「はい、反省しています、もう決闘はこりごりです」
「カリーヌがあなたのことを褒めていましたよ、”魔法の腕はまだまだだけど、その勝負度胸だけは認めてもいい”ですって。人の子供を気絶させておいてこの台詞、彼女らしいわね、全く」
「ははは」
僕は笑うしかありませんでした。
「でも、珍しいことにカリーヌは貴方のことを気に入ったみたいよ、”エレオノールがだめなら、カトレアを嫁に”なんて言っていたわ。彼女にはラスティンが、”何故”エレオノールと婚約を解消したのか理解できていないみたいね」
そう言って母上は嘆息します。
「その割には、母上はカリーヌ様を応援なさっていましたね?」
こう言って僕がジト目で睨むと、
「当たり前じゃない、女の子を泣かす男なんて存在価値はないわ!カリーヌを応援するのは当たり前じゃない?」
と、笑顔でカウンターが返ってきました。ですが、突然母上は真顔になってこう聞いてきました。
「ラスティン、貴方、本当はエレオノールのことどう思っているの?」
「えっ!」
僕は痛いところをつかれました。エレオノールとの関係は僕の中でも整理しきれていない問題だったからです。(そう、エレオノールは”記憶”に残っている彼女ではない筈、でも・・・)
「彼女のことは、可愛いし、利発だし、僕のことをお兄様なんて呼んで懐いてくれてとても愛おしく思っていました。ですが使用人に暴力を振るったり、暴言を吐いたりするのは甘受できません」(そう、この世界では当たり前だったとしても、そして、物語の中の彼女がそうだったとしてもだよ!)
僕がそこまで言うと、母上は僕が喋るのを遮って、
「建前はいいわ!これだけ答えなさい。貴方は、今でもエレオノールことが好きなの?それとも嫌いになってしまったの?」
と僕の目をじっと見詰めながら、直球で問い詰めてきました。
「僕は・・・」
「”僕は”なに?」
母上はどんどん僕を追い詰めて来ます。僕は追い詰められて、仕方なく白状します。
「僕にとってエレオノールは、初恋の女の子です、そして今でも好きです!」
「そう」
とだけ、母上は微笑みながら言いました。それから、思い出すように次のように語ってくれました。
「わたしがレーネンベルクに嫁いできてからもう14年にもなるわね。最初にテオドラにプロポーズされた時は驚いたわ、”貴方の心は、レーネンベルクに相応しい”なんて言うんだもの。当時の私には何人もの貴族の若者たちから、求愛されていたけれど、それは”容姿”と”家柄”が目当ての陸でもない方々だったわ、それに対してテオドラはきちんと、”私”自身を見てくれているのが分かったの。それからは怒涛のようだったわ、歳が離れているのも、後妻になるのも一切気にならなかった、すぐに婚約して、1月も経たずに結婚までたどり着いたわ。実家のお兄様や友人達は、もう少し考えてからにした方がいいって言っていたけど、止まらなかったわ。そして今でもその決断を後悔していないわ」
そう言って、母上は僕の頭を撫でます。
「この家に来たときは驚いたわ、予想していた公爵家のイメージとは全然違っていた、屋敷は実家の伯爵家と同じ程度の大きさで、使用人は少なかったですからね。でも、よく観察してみると、屋敷自体は重厚な作りで、品のいい調度品が整っていて、使用人はほとんどがメイジだったのよね。そして、使用人たちとレーネンベルク家の人たちには確かに絆といえるものがあった。一般の貴族なら、呆れてしまう所だったのでしょうけど、私には居心地のいいお屋敷だったわ。テオドラの言った、”貴方の心は、レーネンベルクに相応しい”という言葉の意味がよく分かったわ」
母上はそこで一度言葉を止めると、改めて僕を見詰めてこう言ってくれた。
「エレオノールの心が、”レーネンベルクに相応しい”かどうかは私にも分からないわ。でもね、あの子はまだ10歳、貴方さえその気になれば”レーネンベルクに相応しい”心をもった女性に育て上げることが出来るんじゃない?」
僕の記憶からに”光源氏”という言葉が思い出されました。
「しかし、育て上げるといっても、僕は1年間ラ・ヴァリエール家に出入禁止ですし」
「では手紙をお書きなさい。変に堅苦しくなくていいですから、自分の気持ちをそのまま文章にするのです。それなら難しくないでしょう?それにいざとなったら私が直接ラ・ヴァリエール家へ乗り込んで、”レーネンベルクに相応しい”とはどういうことか教えて来てあげるわ!」
母上はそう言って少女のように笑いました。その笑い声は、それまでもやもやしていた僕の心の霧を、一気に晴らしてくれました。
「はい、分かりました、母上!心を込めて手紙を書くことにします。そして、もしエレオノールの心が、レーネンベルクに相応しくならなかったら、きっぱりと諦めることにします。なさけない息子で申し訳ありませんが、よろしくお願いします」
「任せなさい、将来の義娘の為でもあるんですからね!」
僕は母上にそっと頭を下げるのでした。
===
「ところで母上、決闘の時、カリーヌ様の事を心配なさってましたよね、もしかして体調が悪かったのでしょうか?」
「ああ!あれね、実を言うとカリーヌは妊娠中なの」
爆弾発言きました!僕は妊婦さん相手にこてんぱんにされたみたいです。もともと戦闘には自信がありませんが、落ち込みますね。でも、フライとかでゴーレムから逃げなかった理由が分かりました、こちらは、飛び上がったら軌道を読んで石散弾(ストーン・ショット)で撃墜する予定でしたから、きっと高い所から落ちた時の衝撃を危ぶんでいたんでしょうね。
「そういえば、カリーヌが謝っていたわよ、”身の危険を感じてつい本気で魔法を使ってしまってごめんなさい”だそうよ。貴方は身体強化を使っていたんでしょ、それでなければ、骨の2,3本は持っていかれてたわよ」
僕は苦笑するしかありませんでした。これからはなるべくラ・ヴァリエール公爵夫人は怒らせないようにしましょう。
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