第3話 ラスティン5歳(コモンマジック)

 杖契約の翌日、今始めて入ることを許された書庫にいます。書庫の鍵はリッチモンドも持っていたのでそれを借りてきました。

 今まではリッチモンドに頼んで運んできて貰っていた色々な本が読めるかと思うとわくわくします。前世で本好きだったのが影響しているかも知れませんね。


 まず書庫に入って気付いたのは蔵書がそれほど多くないってことかな全部で300冊位ですね。この時代、本は貴重品だったんでしょうから300冊は多いかも知れません。


 とりあえず一通りの本の背表紙に目を通してみたけれど、

・土系統魔法

・水系統魔法

・領地の治め方

・帝王学

・宮廷作法

・鉱石

・畜産

・子供の教育用

に関しての本がほとんどで、かなり内容が偏っていることが分かりました。


 コモンマジックについての本は3冊で今日からしばらくはこの3冊を使って勉強をします。


 1冊目は、「暮らしに役立つコモンマジック」という題で、ライト、レビテーション、ブースト(身体強化)といった生活を便利にしてくれる魔法が書かれているようです。

 2冊目は、「コモンマジックの夜明け」という題で、ディテクト・マジック、ロック、アンロック、フライ、フィックス(固定化)といったいかにも魔法らしい呪文が書かれているようです。

 そして3冊目は、「使い魔とコモンマジック」という題でサモン・サーヴァント、コントラクト・サーヴァントの2種類の呪文だけで後は、使い魔と主人の関係、刻まれるルーンの種類などが書かれているらしいです。


 まずは「暮らしに役立つコモンマジック」から覚えて行きましょう。この本は題名通り、どんな場面でどんなコモンマジックが役に立つか実例を示した上で、スペルが記されています。

 暗い洞窟に入る時には杖の先にライトの呪文をかけたり、高い所で作業する場合はレビテーションの呪文、重い荷物を運んだり非常時の近接戦闘用にブーストの呪文をといった感じです。

 呪文自体も魔法語(ルーン)ではなく、一般的な口語(コモン)の呪文ですし、呪文自体も短いので簡単に暗記が出来そうです。用意してあった紙にスペルを順番に写して行きます。


 次は「コモンマジックの夜明け」ですね、この本は呪文一つ一つに関して、どんな効果がありどんな活用方法があるか詳しく書かれています。

 例えばディテクト・マジックであれば、物にかかっている魔術の種類を判別したり、他人の唱えている呪文の種類やランクが分かるらしいです、便利ですね。

 ロックの呪文は普通に唱えれば単に扉などに鍵がかかり、アンロックの呪文で解錠が可能とあると書かれています。ロックの呪文をアレンジすることで自分にしか開けられない様にすることも出来るらしいです。

 フライの呪文は文字通り空を飛ぶ呪文です、必要とする魔力が、高度と速度と体重に比例するというのは興味深いです。

 そしてフィックスの呪文は文字通り物質の状態を固定する呪文で耐熱性、対衝撃性、対腐食性、対酸性などに大きな効果を発揮すると書かれています。

 これらの呪文も紙に順番に写して行きます。


 まだ時間があるようですね、「使い魔とコモンマジック」もざっと目を通しておきましょう。この本には2種類の呪文しか書かれていませんが、使い魔の使役に関してはかなり詳しく書かれています。

 召喚される生物は多くがこの世界に生息するモンスターなどで、メイジの魔法の属性を連想させる生物が召喚される事が多いらしいです。まれに亜人や、精霊などが使い魔になることもあるそうです。

使い魔と主人の間には強固な信頼関係が結ばれることが多く、契約を結ぶと使い魔の体にルーンが刻まれ特殊な能力を得ることも知られているらしいです。

 僕にはどんな使い魔が召喚できるんだろう今から楽しみです!


「ラスティン様、お食事の用意が整いました。」


 おっと!もう昼食の時間だ、昼からは写した呪文を暗記してみましょう、でもまずは腹ごしらえですね。


===


 昼食も食べ終わったので、早速コモンスペルの暗記から始めましょう。暗記の基本は音読ですよね。前世の受験勉強もこれで乗り切りましたから。何度も何度も繰り返して書き写したコモンマジックのスペルを声に出して読み上げていきます。

 ただ大声で読み上げるだけでは芸がないので、早口言葉っぽく段々早口で読み上げていくことにします。のどが痛くなるくらい音読をしていると、リッチモンドが冷えた紅茶をもって来てくれました。


「魔法の練習はまだとお聞きしておりますが、ずいぶんと熱心に呪文の練習をなさっていらっしゃいますね?」


 紅茶でのどを潤しているとリッチモンドがそんなことを聞いてきました。


「うん、呪文を唱えるだけでは魔法が使えないことは分かっているけど、呪文を唱えるのに苦労するようじゃまともに魔法は使えないと思うからね」


 そう言うとリッチモンドは思い出すように、


「旦那様も小さい頃は同じように呪文の練習をなさっていましたね、もっとも旦那様の場合は家庭教師の先生に叱られながらでしたが」


と笑いながら父上の昔話を聞かせてくれました、どんな家庭教師が来てくれるのか楽しみです。


 それから3日ほどはコモンマジックの呪文の練習をして過ごしました。

 3日目の夕食の時、家庭教師が決まったと教えてくれました、なんでも父上がコモンマジックを教わった先生でかなり優秀な方らしいです。超実践主義と言うのがよくわからなかったけど、やっと明日から本格的な魔法の練習が出来るかと思うと興奮して今夜は眠れないかもしれません。


 翌日の朝、家庭教師の先生が屋敷を訪ねてきました。リッチモンドによると名前をマクスウェル・ド・ノワールといい、男爵家の前当主だったそうです。現在60歳過ぎとかなり高齢ですが、無理を言って家庭教師を引き受けてもらったそうです。もともと祖父の家臣だった方で魔術教育の腕だけで爵位を与えられたとのことです、これは期待してもいいですよね?


「始めましてラスティン殿、私がコモンマジックを教える家庭教師役のマックスウェル・ド・ノワールともうします。先生もしくは師匠とお呼び下さい。」


「始めましてマクスウェル先生、ラスティン・ド・レーネンベルクです、僕には殿も敬語も不要です。魔法を教わる立場なんですから」


 僕の返事を聞くと先生は少し驚いた様子でしたが、気を取り直してこう言いました。


「分かったラスティン、厳しい修行になるが挫けずに修行に励むんじゃぞ!」


「はい、先生!」(授業ではなくて修行なんですね、そこはかとなく不安が)


「では授業を始めよう、コモンマジックの基礎といえば、ライトの呪文だが、呪文は知っているかな?」


「はい、”闇を照らす光よ、ライト”ですね」


「ふむ、呪文は覚えているんだな、では地下室に移動しよう」


というと先生は、サッサと応接室を出て行ってしまった、僕も訳も分からないまま慌てて後を追いました。


 地下室に着くと先生はランプに火を付けました、真っ暗な中でランプの近くだけが照らし出されます。先生は僕の前に立つと、


「早速ライトを唱えてみなさい」


といった。僕はニルヴァーナを構えて呪文を唱えます。


「”闇を照らす光よ、ライト”」


 案の定というか、やっぱり何も起きませんでした。先生は僕をじっと見ながら、短く「もう一度」と言いました。


「”闇を照らす光よ、ライト”」


 もう一度唱えてみますが、やっぱりなにも起こりません。(落ち込みますね)


「魔力の放出が見られないの、ラスティン、君は魔力を感じたことはあるかな?」


「両親が魔法を使うのは見たことはありますが、魔力を感じるというのはよく分かりません」


 そう素直に答えると、


「目を閉じてごらん、そして額に神経を集中するんじゃ」


言われた通り、目を閉じて額に神経を集中していると暖かな光?見たいな物が額から頭の中へ入ってくる感じがしました。


「何か光の様なものを感じました、今のが魔力なんですね?」


 目を開けると、先生の手が僕の額に伸ばされていました。その手を降ろしながら先生はこういいました。


「今の感じを忘れないうちに、もう一度目を閉じて自分の中にある魔力を感じるんじゃ」


 もう一度目を閉じて、頭の中にあの暖かな光がを探してみます。するとそれは意外とすぐに見つかりました、今まで気付かなかったのが不思議な位です。


「先生、分かりました、これが僕の魔力なんですね」


「よろしい、ではその魔力を外に放出してごらん、杖を通して外へ押し出す感じじゃ」


言われた通り、魔力をニルヴァーナに向けて動かしてみます。細い糸のような魔力がニルヴァーナに向かって伸びていくのが何となく分かります。

魔力の糸がニルヴァーナと繋がった瞬間先生が、


「”闇を照らす光よ、ライト”」


と呪文を唱え、それに引きずられるように僕も


「”闇を照らす光よ、ライト”」


と呪文を唱えていました。すると魔力がすぅっとニルヴァーナから放出されるのが感じられました。


「目を開けてごらん」と先生がいったので、目を開けると、


 目の前に光の玉が淡い光を発しながら浮かんでいました。これが僕の始めての魔法、だんだん喜びが体に満ちてくる気がします。


「やった!」と飛び上がって喜んでいると、先生は微笑みながら、


「おめでとうラスティン!今君はメイジとしての第一歩を踏み出したんじゃよ」


と言ってくれました。僕はメイジになったんだ、その実感を噛み締めていると光の玉はだんだんと暗くなって行き、やがて消えて無くなってしまった。


「ライトの呪文は込められた魔力が多いほど、明るく長時間光らせることができる、慣れてくれば、明るさを落として長時間光らせたり、逆に短時間で眩しいほど光らせることも出来る、訓練を怠るなよ!」


と先生は言いながら、なにやらニッコリ(ニヤリ?)と笑いました。すると突然地下室を照らしていたランプの光が消えてしまいました。

 次の瞬間肩に軽い衝撃を受け僕は床に転がってしまいました。何が何だか分からない状態がしばらく続き、心臓がドキドキしています。混乱しつつも手探りで辺りを探っていると、先生が冷静な声でこう言ってきました。


「ラスティン、君にはこの暗闇から脱出する手段があるはずだ、なぜライトを唱えないんじゃ?」


言われてみればそうでした、なぜ気付かなかったんだろ?僕は恥ずかしくなりました。


「”闇を照らす光よ、ライト”」


 慌てて呪文を唱えますが、さっきうまく行った呪文が今度はうまく発動しません。


「”闇を照らす光よ、ライト”」


 もう一度唱えても、結果は同じでした。


「落ち着け、そして成功した時の事を思い出すんじゃ!」


 そうだ、冷静になって、さっきの魔力の流れを思い出すんだ。よし!


「”闇を照らす光よ、ライト”」


 今度こそうまくライトがうまく行きました。周囲が明るくなると先生は僕を見つめながらこう言いました。


「これほど簡単にメイジは魔法が使えなくなる、どれだけ呪文を覚えても、どんなにランクが上がっても心を鍛えていないメイジは使い物にならないと言うことを覚えておきなさい。今日の授業はこれまで、次の授業までライトの反復練習を続けるように!」


 心を鍛えるか、僕はこの先生の言葉を、一生忘れないと思います。こうしてコモンマジックの授業の1日目は終了したのでした。

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