第24話 探し屋エビチリ亭 12

「流石は第3の都市といったところかしら。」


蛯名千里は、そびえ立つ3つのタワービルを見上げてつぶやいた。

都会の様子はどこも変わらない。コンクリートジャングルに雑踏と決まっている。

人海が障害物をすり抜けて流れている。

犬養が人混みのど真ん中に陣取り、心の声を取り込みまくっていた。

あんな事をしていたら、精神が参ってしまう。


「わんちゃん。手当たり次第睨んだところで、どうにもならないでしょ?」


結局、犬養は声の主を見つけ出すことは出来なかった。

千里は犬養の話について気にはなったが、その案件に対しての捜査は、新幹線を降りた時点で無理があると思った。それにまだ、偶然である可能性も捨てきれていない状況でもある。

それより、元の捜査に集中して貰わないと。

安藤美玖を見つけ出し、事情聴取をすることに。


「あっ!」


千里が声をもらすと同時に、如華の膝蹴りが犬養の尻に食い込んだ。


「なにやってんだよ!サッサと行くぞ!」


不意打ちを食らってうずくまる犬養。


「きっ貴様・・・。暴行罪で逮捕されたいのか!」


情けない格好で凄む犬養に如華が物申す。


「相変わらず、頭かてーな!敵だろーが味方だろーが、今はどっちでもいいだろ?探す手間が省けて儲けものってならねーのかよ?若しくは何か?テメェは風俗嬢のハシゴしたかったってワケかよ?このドスケベが!」


風俗嬢と分かり、ネットで調べてみると、ビクニなる女性が所属する店舗が直ぐに判明していたのだ。その情報が無ければ、まず、千里のダウジングでビル内の風俗店から1つに絞り、その後、客として潜入し、一人一人確かめなければいけなかったのである。管轄外の上、令状もない勝手な捜査なのだ。


「・・・。」


犬養からはぐうの音も出ない様だ。

千里は如華の意見に賛成だった。

確かに怪しいが、敵だとしても油断さえしなければ、対処できるだろうと思うからだ。

兎に角、今は一刻も早く安藤美玖に会って話を聞くのが先決なのだから。


「さ、早く風俗へ行くわよ。」


千里は盛りのついたオスのような言葉を口に出したことに笑わずにいられなかった。


風俗ビルは駅から歩いて10分ほどの所にあった。

ファッションヘルス『ラブヒーリング』。

安藤美玖がビクニとして在籍している風俗店だ。


潜入は勿論犬養で、女2人は非常階段の踊り場にて待機する事に決めた。

店内での会話の内容が2人に伝わるよう、隠しマイクをつけての潜入になった。

マイクの感度を確かめる。


「わんちゃん。仕事だって事忘れないでね。」


『当たり前だ。言われるまでもない。』


「オッケー。バッチリ聞こえるわ。」


犬養が時計を確かめ、溜息をついた。予約の時間がくる。


「行ってくる。」


と、非常階段の扉に手をかけた犬養に、如華が声をかける。


「なんか、顔がニヤついてねぇか?」


「それは、お前の方だ。」


如華の発言は、この潜入に対し犬養が嫌々だとわかってての事で、笑いが押さえきれないのだった。


「ちゃんと、実況しろよ!」


勢いよく扉が閉められ、女2人は見つめ合って吹き出した。


千里は笑い涙を手で拭いながら、ふと思った。


「わんちゃんって、こういう所プライベートで来ないのかしら?」


「さあな。」


如華が素っ気なく応える。


「彼女とかいそうにないし。性欲はどうやって処理してるんだろう?」


「うぇ。心助の性生活なんか興味ねぇよ!1人でシコシコやってんじゃねぇか?」


千里は想像出来なかった。あの堅物がオナニーなど似合わなすぎる。どんな顔でやるって言うのだ。

千里は犬養とは付き合い長いのに、お互いにプライベートの事は余り知らない事に気付いた。踏み込んだ話はしたことがない。仕事や私生活も薄っぺらい会話しかしてきていない。互いに超能力と言う大きな共通点があるので、他の人達より友情や親近感を感じているのに怠けて、友情を深めることをしてこなかったのだ。趣味や好きな物すら何も出てこない。

実は、彼女の一人や二人、いるのかも知れない。

見た目は良い方なので、モテない事ははないハズだ。あの性格が好きな人も世の中にはいるだろう。


この事件が片付いたら飲みにでも誘って、色々話をしてみようと千里は思った。


『いらっしゃいませ。』


突如、イヤホンに声が響いた。犬養の潜入が始まったのだ。


『ビクニを予約していた者だが。』


いつも通りの堅い口調が聞こえてくる。


『はい。えーっと、ビクニちゃんを御予約のー・・・えーっ、たっ丹生聡朗様ですね。間違いないでしょうか?』


千里は目を丸くした。たんしょうそうろう?

となりからケタケタ笑う声が聞こえる。そう言えば如華がはりきって予約をしていたのを思い出した。


『・・そうだ。丹生だ。間違いない。』


『お待ちしておりました、丹生様。60分コースで間違いないでしょうか?』


『ああ。』


『指名料と合わせて12000円になります。』


ガサゴソとサイフを漁る音が聞こえてくる。


『では、ビクニちゃんを呼びますので、少しそこの椅子にお掛けになってお待ちくださいませ。』


女2人は踊り場で腹を抱えて笑っていた。


「短小だ。間違いない。だってよぉ!なんの自慢だよ?」


『お前ら、遊びすぎだ!』


小声の小言が聞こえてくる。

千里は息を切らしながら心の中で謝った。


『ピリリ、ピリリ、ピリリ、ピリリ』


その時、イアホンの向こうから電話の鳴る音が聞こえてきた。

犬養の携帯のようだ。


『俺だ。ああ。どうした?』


『なんだと!?弟を退院させてしまっただと!貴様ら一体何をやってるんだ!』


『くっ、とにかく移送後の留置所を兄とは別の場所にしろ。別の棟の何処かに隔離しておけ!いいな!弟が移送されてきた事は絶対、兄には知られるなよ!わかったか!!』


非常階段の扉が開く。犬養だ。


「聞いての通りだ。弟が留置所に移送されてしまう。兄は弟がきたら脱走するつもりなのだ。有事に備え、お前達は一足先に帰ってくれ。俺は話を聞き出し次第、直ぐ戻る。」


「ええ。わかったわ。」


事態の急変に皆、真剣な顔つきになる。絶対逃がしてなるものかと。正義の連帯感が生まれた。


「次の新幹線は15分後にあるぜ。エビチリ、急ぐぞ!」


いつの間にか調べたのか、如華が千里の袖を引っ張って言った。


「たんしょうさま!どちらに?たんしょうそうろう様!」


遠くで店員の声がする。


「じゃあ、わんちゃん。また後で!」


「ああ。頼んだぞ。」


「しっかりやれよ!短小早漏野郎!」


如華の悪口に、任せろと言った表情の犬養。

千里の目には嫌い合っている中に仲間意識が少し芽生えた様に映った。


「たんしょうさま!たんしょうそうろう様ー!」


千里は階段を駆け下りながら思った。

あの店員は面白がって叫んでるに違いないと。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る