第22話 探し屋エビチリ亭 11
バスルームからシャワーの音が聞こえる。
蛯名千里は迷っていた。一緒に入るかどうかを。
如華が先にシャワーを浴びているのである。
女同士だし別に良いよね?時間もないし。
そうよ!これはスケベ心からではないんだから。
仕事のためよ。早くしないとわんちゃんが迎えに来るわ。
断じて、裸が見たいとかそんなんじゃないんだから!確かに、ご無沙汰だけど。
第一、じょかちんは友達なのよ!エロとかじゃないから!
千里は服を素早く脱ぎ捨てて、鼻息荒くバスルームのドアを開けた。
「急ぐから、私も入るわよ!1人づつはいる時間がないの。」
「ああ。いいよ。」
如華は頭を洗っている最中だった。
無駄な贅肉のない背中、くびれた腰、キュッと上がった小尻。女なら、誰もが羨む後ろ姿だ。
「ほら、ボケッとしてないでシャワー使えよ。急ぐんだろ?」
千里ははっとして如華の尻から目を離した。
「ありがとう。」
良からぬ妄想をしていた千里は、シャワーの温度を低くして、火照りだした体を冷ます事にした。
如華の身体を見てすっかり興奮してしまったのだ。ダメよ、千里。友達に手を出しちゃいけないわ!それ目的で家に住まわせたと勘違いされちゃうじゃない。「わっ!エビチリ、乳でけーな!羨ましい。」
と、いきなり如華が後ろから抱きつき、千里の胸を鷲?みし揉みしごいた。女学生同士のノリみたいに、ふざけているのだ。
「あんっ。ちょっとダメよ…あっ…」
「すっげーな。指の間から肉がはみ出てくる。柔らけーな。アタシのぺったんこだからさ。羨ましいな、これ。男も喜ぶだろ?」
千里は胸を揉みほぐされ、自制が効かなくなりそうだった。如華の指が不可抗力で乳首に触れる度、股間がどんどん熱くなっていく。
「あんっ、ホントっ…もう、止めてよね。…変になっちゃう。」
「ははっ、何やらしい声出してんだよ!」
如華が面白がって強く抱き付き、揉む勢いを増してうく。
千里は如華の小さく尖った乳首を背中で感じた。
もう限界だ!
千里はシャワーのコックをひねって熱湯を浴びせた。
「熱っ!」
如華は悪戯を止めてシャワーの当たらないところに飛び退いた。
「遊びはお終い!急いでるって言ったでしょ!」
「ちっ、ノリが悪いな。ハイハイ、わかりましたよ。お先~」
如華がバスルームを出て行くのを待ち、シャワーを適温に戻した。それからまず、内腿まで流れ出たヌルヌルを洗い流す。
このままじゃ、仕事にならないわ。
千里はボディーソープをたっぷり手に取り、慣れた手つきで性感帯をもてあそび始めた。
千里は自分で性欲を処理する事にしたのだった。
10分後、すっきりした顔でバスルームを出ると、犬養が事務所のソファーに座っていた。
まずい。心を読まれると何していたかバレてしまう。
千里は寝る前に読んでいた推理小説の内容を、急いで思い出して誤魔化す事にした。
しかし、その心配は杞憂に終わる。
「はぁ?何でアタシがついてっちゃダメなんだよ!フザケルナ!テメェが起こしたんだろうが!!」
毎度ながら犬養が如華に噛み付かれ、千里どころじゃないみたいだ。
千里はホっとしたようなため息を付き、2人に近寄った。
「もう!目を離したらすぐやり合うんだから!原因は何?」
「こいつ、アタシを捜査に連れてかないってぬかすんだよ!エビチリ、何とか言ってやれよ!」
「ここでじっとしておけ。これは、お前の為でもある。」
千里は向かい合って睨み合う2人の間に割って入り、掌で2人の口を塞いだ。
「ハイハイ。いっぺんに話さない。互いの主張は分かったわ。2人とも取り敢えずソファーに座って。1人づつ、その理由を聞きましょう。さぁ、座りなさい。」
如華は舌打ちをし、テーブルに足を投げ出して座った。
「では、じょかちんから。なぜ、捜査に付いてきたいのかを。どうぞ。」
「アタシはエビチリの助手としてに決まってんだろーがよ!ここで住む限り、助手として働く約束だろ?アタシは人の施しは受けない主義なんだ。エビチリのヒモになるつもりはない。アタシはやる気満々なんだよ。働かせろ!」
千里は深く頷いた。
「うん。そうね。じょかちんの意見はもっともね。はい。では、次の方。わんちゃん、どうぞ。」
犬養は溜息をついてから口を開いた。
「俺達はこれから我蛭の過去の犯罪を洗い出す捜査を行う。今のお前に耐えられるのか?我蛭の深い闇を覗くことになるんだぞ。そこには、お前の知りたくないことも出てくるだろう。それでも、冷静でいられるのか?」
千里は犬養の優しさに少し目が潤んだ。
それは、心の深い部分を心配した犬養らしい優しさだった。
千里は如華の顔を見てみた。
如華は押し黙ってテーブルの一点を見つめていた。
「私はわんちゃんの意見に1票を投じるわ。今回はじょかちん、お留守番してて。いいよね?」
「…いやだ。行くって言ったら行くから。」
如華は聞き分けなく叱られた子供のようにボソッと呟いた。
「分からん奴だな。これ以上、この件に関わるな。」
「アタシは挽回したいんだ!悪人に惚れた汚名を拭いたいんだよ!この件に真っ向から立ち向かって、解決に一役買いたい!でないと、前に進めない気がする!お願い。アタシを捜査に連れてって!」
どうしたものかと、千里は思案にふけった。互いの意見は両方とも理に適っている。気持ちもわかる。困った事になったと千里は気分が滅入った。八方美人で優柔不断な性格が余計なストレスを増やすのだ。
こうなったら最後の手段しかないわね。
千里は民主主義の奥の手を使う事にした。
「分かりました。では、ジャンケンで決めましょう。勝った方の意見を取ります!」
犬養の車は繁華街を南に下っている途中の信号に引っかかっていた。そこは三差路になっているせいで信号待ちの時間が長く、犬養の苛立ちが指でハンドルをコツコツを叩く回数分加算されていった。
目的地は我蛭の施設の同部屋だった男が潜む雑居ビルだと千里は聞いていた。事情聴取の為、任意出頭を求める電話を何度となくかけたが、一向に出なかったらしい。それで、こちら側から出向くことになったのだ。
ナビはここから後10分ほどでつく距離だと示している。
犬養は信号が青になっても中々進まない前の車に、クラクションを長めに鳴らした。
千里はミラー越しに犬養の顔色を伺った。余り機嫌が良くない顔つきだった。それとは対象的に、後部座席の助手席側に座っている如華は晴れやかな顔をしていた。
ジャンケン勝負は断然、犬養有利に見えた。
何故なら、心が読めるからだ。
そこでまず、超能力使用がOKかどうかの議論から始まった。
論点は、犬養が心を読んだか読んでないか誰が判断するのか?だった。
その結果、如華が心理戦に持ち込めば犬養の超能力は役に立たないと豪語し、使用可能となった。
如華の許可が出て、この勝負は始める前から結果の決まった出来レースの様相に見えた。
だがしかし、結果は如華の勝ち。
如華はパーを出すと宣言した上でパーを出し、心を読んで確認した犬養は、何故かグーを出したのだった。犬養は驚きを隠せないで居た。その後、犬養は何かに気づいたようで、面白くない顔を見せていた。
千里は何故犬養が負けたのか不思議だった。
「ねえ、じょかちん。さっきのジャンケン、何故勝てたの?」
「内緒。この先、エビチリとジャンケンする時、不利になるじゃん。」
如華は得意気に応えた。それに対し、運転席から鼻を鳴らす音がした。
「何かご不満でも?わんちゃん?」
如華は勝ち誇り、嫌みたっぷりに話し掛けた。
「黙れ。あんな勝負は認めん。」
「はっ!出た!負け犬の遠吠え!」
どんなカラクリなのか気になったが、これ以上、犬養の機嫌が悪くなっては面倒だと思い、千里は話題を変えることにした。
「ねぇ、わんちゃん。今から会う男って?」
「虻川周三。愛行園で我蛭と同部屋だった男だ。今は闇金でヤクザ紛いなことをしている。通称ガマグチ。口角から頬骨まで裂かれた傷跡がその由来だ。口が軽い男で、お仕置きとして我蛭にナイフで裂かれたらしい。それ以来、心底我蛭を恐れている。」
千里は口を切り裂く所を想像してぞっとした。
やる方の気が知れない。我蛭と言う男はやはり、まともな精神ではないのだ。
「その虻川が少女失踪、否、少女殺害の証拠を持ってるらしい。恐らく、凶器だろう。」
「それに、その娘に繋がる身に着けていた物があるかもって事ね。」
「その通りだ。」
3人が乗った車は、廃墟寸前にも見える鉄筋コンクリート4階建てのビルの前で止まった。
元々その建物は観光案内の施設だったらしい。
最上階は楕円形で宙に浮いた様に見える造りになっており、周囲に溶け込めず良く目立っていた。
各階には今も昔の看板が残っており、お土産や軽食喫茶等の風化した文字がうっすらと見える。
窓には内側からテープが米の字を描くように貼り付けられていた。まるで昭和にタイムスリップした様に感じられる。
1階はいかにも客が寄り付かなさそうなリサイクルショップになっていた。借金の差押えで手に入れた物品を売り捌いているのだろう。
千里には全てが粗大ゴミに見えた。こんな物を買う人がいるのだろうか。しかも、一つ一つしっかりした値段がつけられている。
一般的にもリサイクルショップって値段が高いイメージだけど、ここは法外ね。と千里は思った。
はなから商売する気が無いような値段なのだ。
「高っ!これ、マジで売る気あんのかよ!」
如華が日本刀のレプリカを見て毒を吐いた。それから、ブツブツと文句を言いながらも、興味深そうに店内を練り歩いた。意外と楽しんでいる様だ。
「ナニ、サガシテル?」
奥から肌の浅黒い女が片言の日本語を話しながら出て来た。
店員みたいな口の利き方だが、見た目が胡散臭すぎて3人とも疑いの目を投げ掛けた。
その片言女の姿はと言うと、嘘みたいな金髪に肌の色に合わない真っ白な化粧を施し 真っ赤なルージュをひき、どう見ても下着姿にしか見えない格好で、右手に缶ビール左手にタバコをもっての登場だったのだ。
片言女は犬養に歩み寄っていった。
「ね、色男。何、探してる?オンナ2人、ハベラせて、社長さん。このベッド、どう?サイズはキング。3Pするにはもってこいよ。これ、たったの100万えん。どうする?社長さん。」
犬養は氷柱のような視線を突き刺し、話を遮った。
「虻川を呼んでくれ。警視庁の犬養が来たと伝えろ。少し、聞きたいことがあるとな。」
金髪の女の表情がかたくなった。警察と聞いてつい身構える側の人間なのだ。
「ダンナさん今、留守してる。また、今度ね。」
「この建物のどこに居る?」
「だから、いない、言ってる。」
「4階だな?4階のどこだ?」
片言女の顔色が変わった。
「何アナタ!変よ!頭おかしい!」
「ほう、隠し部屋があるのか。」
「知らない!ワカラナイ!」
千里は、2人のやり取りを面白がって眺めていた。隠しても無駄なのに。
犬養はだんだんと顔色の悪くなっていく片言女に背を向け、千里の方へ歩み寄った。
「階段の無い5階目があるようだ。今はそこに隠れているらしい。どうやら、何かに怯えているようだ。」
「何かトラブルかしら?ま、闇金やってて平穏な生活が送れるわけ無いわね。」
「今も慌ててるだろうよ。俺達が来てるの隠しカメラで確認してるはずだからな。」
片言女は顔色が真っ青になって唖然としていた。
「カメラはどこにある?」
片言女から片言が一切出なくなった。
「あれか。」
犬養はぬいぐるみの山に向かって歩き出した。慌てて先を遮る片言女をベッドに押し倒し、ウサギのぬいぐるみを手に取った。
「いるのは調べがついてある。2分以内に降りてこい。さもないと、貸金業法違反、出資法違反でしょっ引くぞ!」
千里は思わず吹き出した。
ウサギのぬいぐるみに怒鳴る犬養が、余りにも滑稽だったからだ。
虻川の顔は想像以上に人を怯えさせるものだった。
切り裂かれた口の縫い目が荒く、くっきりと傷跡が残っている。
千里は余りの痛々しさに思わず目をそらした。
虻川の第一印象で萎縮しない人間は警察か同類、あとは如華くらいだろう。
「ははっ!ジョーカーじゃん!顔白く塗って口紅しろよ!」
千里達は2階の応接室に通され、そこで任意の事情聴取を行う事になった。
如華はリサイクルショップのSMグッズ売り場が気に入ったらしく、2階へは上がって来なかった。
中古の革張りソファーがガラスのテーブルを中心に3面を取り囲んでいる。
千里は真ん中に陣取り、犬養と虻川が向かい合わせる形で腰を掛けた。
少し緊張した雰囲気の中、犬養が口を開いた。
「今日、聞きたいのは主に安藤美玖に関する事だ。」
「えっ?何だって?誰だと?」
千里が見る限り、虻川は動揺を隠せないでいた。
恐らく、我蛭について聞かれるとでも思っていたのだろう。
「安藤美玖、14才の時、児童養護施設愛行園を脱走し、そのまま行方不明となったとされている女だ。当然、知っているよな?」
「ああ。懐かしい、名前だ。もう、10年以上も前の話だぜ。だが、今さら何で美玖の事なんかを。」
虻川は必死で平静を装っているように見えた。
「安藤美玖の失踪が、ある事件の鍵を握っている。失踪した理由に心当たりはないか?」
「それは、俺が知りたい。」
間髪を入れず返事が返ってきた。本心なのだろう。
「当時、貴様と安藤美玖は交際していたとの話だが、それは本当か?」
「ああ、事実だ。俺のはじめての女だったよ。」
「失踪当時、変わった様子はなかったか?」
「いつも通りだった。元々イカれた女だったからな。別に気になることはなかったさ。」
「安藤美玖が失踪した当日、貴様はどこに居たんだ?情報によると明け方まで施設にいなかったとなっている。」
虻川は何かためらっている様に見えた。そして、心の傷にふれられた様なもの悲しい顔付きに変わった。
「あの日の夜は街へ行ってたんだ。施設を抜け出して美玖と映画を観る予定だった。俺はデート代を稼ぐ為ひと足先に出発し、時間と場所を決めて落ち合う事になっていた。」
「デート代を稼ぐって?」
「そりゃまあ。いわゆるカツアゲだよ。」
千里の問いに虻川は当然と言うようにウインクして見せた。虻川のウインクに千里は背筋が寒くなった。
「3人ほどシメて遊ぶ金が貯まったから、約束の場所に向かったんだ。約束の時間まで5分程しかなかったから急いで走ったのを覚えている。けど、結局無駄骨だったよ。待てど暮らせど、美玖は来なかったのさ。俺はまた、美玖の気まぐれだと諦めた。ちょくちょくあったんだよ、急に気が変わる事が。気分を台無しにされて、俺は直ぐ施設に戻る気になれなかった。するとアホそうな女が1人、暇そうにしていたのがたまたま目に入ったんだ。むしゃくしゃしてたし、金もあったからナンパしたんだよ。その後は、まぁ、朝までコースってヤツさ。」
こんな男にナンパされてついて行く女がいるとは。これが世の中の不思議と言う奴ね。人間社会は本当に上手いことなっていると千里は感心した。
「それから朝帰りして、こっそり部屋に戻って大人しくしていた。若干浮気に気が引けてたんだと思う。で、昼になっても美玖が現れないから気になって探しに行った。そこで美玖が居ないことに気づいたんだ。しかも、最初に気づいたのが俺だった。それ位、施設の管理がゆるいって事さ。」
「貴様は何故、安藤美玖が消えたと思う?失踪について思い当たる節はないのか?」
虻川は少し考えてから答えた。
「ないな。施設が嫌で出て行ったんだろ?」
「ヤケにアッサリしてるわね。付き合っていたんでしょ?何か悩みとか、言動とか、失踪に至る心当たりはないの?」
「だからよ、知らねぇって。付き合ってたつっても、数回やっただけで、なんかいつも心あらずな感じだったしよ。それに、俺より我蛭さんに興味持ってたみたいだったしな。」
「我蛭に興味をもっていただと?」
「ああ。今思えばな。何かと、我蛭さんの事聞かれたからな。部屋で居るときはどうだとか。」
我蛭に関心を寄せていた少女が失踪した。
我蛭が殺し、遺体を隠したのは間違いなさそうだ。
千里は犬養と目を合わせ互いの意見が一致した事を感じ取った。
「そう言えば、我蛭から何か箱の様なモノを預かってないか?木で出来た箱だ。」
「箱?ああ、そう言えば。そんな物を預かった気がする。そうだ。確か、我蛭さんが施設を出るときだった。必ず取りに来るから無くすなよって。このビルに引っ越してきた時、どっかで見たな。」
千里はゾッとした。
まさか、この殺伐としたビル全体を探さなきゃ行けない訳じゃないでしょうね?
「持ってきてくれ。それが捜査の鍵になる。」
「今すぐかよ?」
「そうだ。今すぐにだ。」
虻川は露骨に嫌な顔を見せ、階段から下に向かって何かを叫んだ。
言葉はピリピノ語だったのではっきりとは分からなかったが、店番の女に探すのを手伝えとかそんな事を言ったのだろうと千里は思った。
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