第16話 探し屋エビチリ亭 8

こんな偶然があるのだろうか。

峠を下る車の中で蛯名千里は思った。

殺人犯と拉致監禁男が兄弟で、その殺人犯を追う私と監禁被害者の如華が旧友だったのだ。

まるで、何か大きな存在が2人を再会させるために意図的に仕組まれているような気がした。

兎に角、どんな形であれ千里は如華との再会を喜んでいた。


約10年前に施設を一緒に脱走した時期以来だった。少しの間、共同生活を送った後、意見が別れ、2人は別々の生きる道を選んだのである。

千里は自分の能力を活かして生きる事を選び、如華は能力を封印して生きる事を選んだ。

その時以来の再会だったのである。


「ホント、懐かしいわ!じょかちん今何やってんの?」


「アタシ?普通にバイトしてダラダラ生きてるよ。エビチリは?警察じゃないって言ってたよね?でも、凶悪犯を追ってるんでしょ?探偵かなにか?」


「ま、探偵みたいな事してるけど、この件は特別なの。基本は迷い犬や迷い猫の探し専門の探偵。人探しは色々面倒が起こるからいつもは断ってるんだけどね。」


「ふーん。じゃあ、今も能力使って生きてんだ。」


千里は声を落とすようにジェスチャーし、小声で囁いた。


「運転手に超能力の事バレたらダメなの。霊能力者って事にしてあるんだから。」


如華は意味が分かんないと言う顔を作った。


「一般人からしたら、どっちも同じだと思うけど。」


「色々事情があるのよ。」


千里はバックミラーからの視線を感じ、キッと睨み付けた。


「蜂谷くん。良くないわね。女子の会話を盗み聞きするなんて。刑事としてどうなのかしら?その前に人として卑劣極まりない行為よ。」


「えっ、そんな。盗み聞きなどしてないであります。」


蜂谷の顔が赤くなった。


「ホントに?怪しい。何か音楽つけて、前だけ音量を上げてなさい。」


蜂谷は素直に従った。思わぬ疑いをかけられて傷付いてるようだ。


これで、話がしやすくなった。

無駄にノリの良い洋楽が少しかんに障るが、都合の悪いことは蜂谷に聞こえないだろう。


「実はね、今追っている殺人事件の犯人は超能力者なのよ。念力を使った殺人を繰り返しているの。」


「念力で殺人!?」


如華の大声に千里は慌てた。これじゃ、音楽作戦の意味が無い。


「しー!少し声を下げて。犯人が超能力者だって事を知ってるのは、私とわんちゃんだけなんだから。」


千里はチラッと蜂谷を見た。鼻歌を歌って運転している。どうやら、聞かれずに済んだようだ。


「ちょっと待てよ。わんちゃん?それってまさか、犬養心助の事?なに?アイツも関わってんの?」


千里ははっと思い出した。

如華と犬養は余り仲が良くなかったのだ。


「関わってると言うか、この件のボスはわんちゃんだから。わんちゃん今、刑事やってるの。」


「ふーん。あっそう。…別に興味ないけど。」


予想通りの返事だった。まだ、あの事を根に持っているのだ。


「話を戻すと、超能力殺人だと警察は動けないから、とりあえず普通の殺人事件として犯人を追い詰めているところなの。」


「なんか、まどろっこしいことしてんだね。」


確かにと千里は思った。国が超能力を認めてさえいれば、こんな面倒くさい事にはなっていないだろう。

犬養が心を読み、それを自供とし、一件落着。何て簡単なんだ。


「で、エビチリは何で霊能力者って事になってんの?」


正直、千里はその説明をするのがかったるかった。半ば面白半分のノリでやっていたのだから。


「それは、捜査上その方が都合が良いからよ。捜査関係者に超能力者がいるって犯人に気づかれない方が有利でしょ?犯人は自分が超能力者であることがバレていないと思ってるから。」


「ふーん。あんまピンと来ないけど。ま、いいや。それよりさ、って事は心助の能力の事、警察側は知らないわけ?」


流石に鋭いなと千里は思った。昔、如華の洞察力のお陰で助かったことがあったのだ。


「そうなの。能力の事は内緒で働いてるんだって。だから、刑事のカンが半端ないって同僚に思われてるらしいのよ。笑えるでしょ?」


「確かに、面白い事、聞いちゃった。」


如華は悪意のある顔を覗かせた。


千里がしまったと思ったときにはすでに遅かった。如華が犬養の弱味を握ってしまったのだ。

千里は不味いと思い、釘を刺す事にした。


「誰にもバラしちゃダメだよ、じょかちん!特に、わんちゃんの同僚には!」


「さーあーね。」


如華がさもありげな笑顔で応える。

千里は、まさか今のを振りとして捉えらたんじゃないかと心配した。

2人の再会は阻止すべきだわ、面倒はごめんよ。

その時、千里の携帯電話が鳴った。

携帯の画面にはシェパード犬の写真が出ている。

噂をすればってヤツだ。


「わんちゃん、タイミング良すぎよ。」


「そっちは大変だったようだな。大体の話は聞いてある。やはり、弟は生きていたか。」


犬養がいつも通り自分のペースで話し出す。


「やはり?」


千里は当然の質問を返す。


「ああ、我蛭の施設時代、同部屋だった男に話を聞いて、そんな気がしていたんだ。だが、そんな化け物に成長してるとは驚きだ。」


「ねぇ、我蛭のどんな話を聞いてきたの?」


千里は今、この件に関係することなら、どんなことでも知っておきたかった。

例えば、我蛭の弟が事故の後、どうやって生きてきて、なぜあんな風になったのかなど。

知りたい事は山ほどあった。


「悪いが、それは後回しだ。合流した後で聞かせる。先にやるべき事があるんだ。先程、交通課から連絡があった。横砂港付近で我蛭の車を発見したと。」


久々の朗報だった。


「横砂港?なんか逃亡犯が使うルートとしてはメジャー過ぎる港じゃない?なんかイメージと違うわね。もっと漁船ばかりの小さい港を使うと思ってた。」


千里は密輸や密入国の逆バージョンをイメージしてたのだ。


「確かに。俺もそう思って、その手の港に多く人を送ってしまったんだ。そこで、もう一度お前に頼みたい。虱潰しに捜すには人も時間も足りない。」


「そうね。ベタな捜査するには横砂港は広すぎるわ。分かった。そのまま少し待ってて。」


 千里は写真とシャツを取り出し、トレースを始めた。脳内にドライブレコーダーの早送りの様な映像が流れだす。我蛭の足跡を辿っていった。

倉庫型小売チェーン店を過ぎ、小屋のあった山を後にし、高速道路を使い、港に辿り着いく。そこから、一隻の巨大な船に歩いて向かったのだ。

その船の豪華な内装が見えた。2㍍はありそうなシャンデリアだ。スワロフスキーだろうか。

その船の中が、今の我蛭優一の最終滞在地なのである。


「見つけたわ、わんちゃん!クルーズ客船よ!名前まで分からなかったけど、かなり豪華なやつよ。その船に乗っているのは間違いないわ!そこから先を絞り込むには現場に行かなきゃいけないわ!」


今度こそ追い詰めたと、千里は少し興奮気味に言った。


「よし!恐らく、その客船はすぐ絞り込めるだろう。後は…」


「私がそっちに行けばいいんでしょ?」


「頼む。そのまま直ぐに向かってくれ。」


千里は隣から好奇の視線を強く感じた。如華だ。


「あっでも、じょかちんどうしよう?今一緒なの。」


「そう言えば、有馬が居合わせたらしいな。怪我がなければ、一緒に連れて来ればいい。怪我もしくは来るのを拒むのなら連絡先を聞いた上で、途中の街で降ろしてやれ。」


千里は静かに電話を切った。

さて、どうするか?如華と犬養がやり合うのは目に見えている。板挟みになるのは間違いないだろう。

如華を連れて行くのは得策では無い。


「アタシも行くからね。着いたら起こして。」


如華は足を運転席の後ろに立て掛け、腰をずらし眼を瞑った。つまりそれは、本気で寝る態勢をとったのだった。

有無を言わせずついてくる気なのだ。

千里はため息をつき蜂谷に行き先変更を告げた。


「横砂港ですね!かしこまりました!」


「少し、仮眠をとるからついたら起こしてね。」


目を瞑り、この後の事を考えてげんなりした。

如華と犬養は水と油なのだ。

千里はこの先、深いため息を何度もつく羽目になるのを覚悟して、眠りについた。


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