第12話 探し屋エビチリ亭 6
蛯名千里は闇の中で彷徨っていた。
車を降りて山の中へ入っていたのだ。
光が手元のライトのみで、まさに一寸先は闇状態だった。
千里のペンジュラム・ダウジングがなければこんな山奥にある、あの小屋を見つけるのは到底不可能に違いない。
千里は大まかな場所の特定にはトレースを使い、現地での細かい探索にはダウジングを使っていた。水晶の振り子を使って捜索対象の足跡を辿るのだ。
「蛯名さん。本当にこっちで合っているんですか?迷ってませんか?」
「間違いないわよ。全く、疑り深いわね!」
千里は八神の失礼な質問攻めに気分を害していた。
二人きりになってから、ずっと尋問のように話し掛けてくるのだ。
「ホントに霊能力者なのですか?」
「どうやって、幽霊と対話するんですか?」
「幽霊が何故、犯人の居場所を知ってるんですか?」
これの何倍も質問されていた。
実際、千里は霊能力者ではないので、企業秘密とうそぶいて何とか質問をかわしていた。
それが、八神の疑りセンサーに引っかったのたろう。それで、嘘をついている、暴いてやる、と質問攻めを仕掛けてきていたのだ。
千里は本気で八神の事を鬱陶しく思っていた。一刻も早く小屋を見つけ、八神からおさらばしたかった。
そして、2度と関わらないでいいように、この件から八神を外して貰うつもりでいた。
使えない奴でも変なストレスが無い分、蜂谷の方が遥かにマシだったのだ。
「蛯名さん。」
「今度は何よ!黙ってついて来れないの!」
限界が近かった。名前を口にされるだけで苛ついてしまう。
「こっちに来て下さい。車があります。」
巨大な倒木を乗り越えて、八神の指さす方を見下ろすと、谷間のような場所に白いセダンがあった。
千里達が辿ってきた直ぐ隣に、地図に無い道があったのだ。
道と言ってもアスファルトやコンクリートで舗装されたものではなく、素人が作ったような荒い地道だ。土地が一段低くなっているので、生い茂った木がまるでトンネルの様な形を成している。
「我蛭の車ですか?」
霊能力者なら何でも知ってて当然とでも思っているのだろうか?八神は当たり前のように聞いてきた。
「それはあなた達警察の仕事でしょ?」
「ま、そうなんですけど。蛯名さんに聞いた方が早いかと思いまして。」
千里は八神を無視し、車の中を覗いた。
車内は酷い有様だった。
ボロボロの成人雑誌やお菓子のゴミだらけで、座席のシートは破れさがしていた。
こんな車に我蛭が乗っているのだろうか?
キチンと整理されていた我蛭の部屋からは想像できない。
我蛭の車である可能性は低い。
では、いったい誰のものだろう?仲間がいると言うのか?
だとしたら、つまり、トレースで見たあの小屋はその仲間の家であり、そこに匿って貰っているという事なのか。
しかし、千里は自説に納得できないでいた。
我蛭に友達や仲間がいるというイメージが湧かないからだ。
千里は我蛭の事を、常に孤独の中に身を置き、誰も信じず、人を寄せ付けないタイプだと思っていた。
「盗難車両でした。届出は5年前に出されています。」
八神は電話を切りながら言った。
「5年前に盗んだままの状態で、この辺りに来たときだけ使用しているのなら、まだ納得できるわね。ギリだけど。」
腑に落ちないが、この説なら我蛭の車として話しを進めることができる。
「兎に角、小屋へ急ぎましょう。」
15分後、千里はダウジングで山小屋を発見した。周囲に生えた木がまるで小屋を隠すように生い茂っている。これでは、例え空からの捜索でも小屋は見つからないだろう。
小屋には一切の窓が無く、入り口からかすかに光が漏れている程度で、中の様子は全く窺えず、我蛭を目視できない。
だが、ダウジングは、我蛭が小屋なの中にいると示していた。
しかし、ダウジングにも欠点があり、確実とは言えなかった。着ていた衣服や体液などの残留物にも反応してしまうのだ。
そこで、千里は再びトレースを使い、二重の確認を行った。
トレースでの最終滞在地も未だこの場所だった。
移動中でない限り、我蛭はこの小屋の中にいる。
2人はいったん、小屋と距離をとる事にした。
八神はここで待機する事にし、千里は応援を迎えに車道まで戻る事にした。
千里は八神と別行動する事になり、ようやく一息つけた。
戻る途中、電波の入る場所を見つけ、千里は犬養に電話を掛けた。
「もしもし、わんちゃん?私よ。」
「ああ、どうだ?追い詰めたか?」
「ええ、我蛭が潜伏してると思われる小屋は見つけたわ。窓が無くて居るかどうかは分からないけど。恐らく中にいるはずよ。今は応援を待ってるとこ。」
千里は何処か座れるところが無いか、懐中電灯で地面を照らした。
「そうか。良くやってくれた蛯名。後は俺達に任せて休んでくれ。」
「ええ。応援部隊を小屋へ送り届けたら、そうさせて貰うわ。なんか、人疲れしちゃった。」
千里はちょうど良い切り株に腰を掛けた。
「そっちの進展は?施設で何か掴めたの?」
「まあな。職員は平気で嘘をつく連中ばかりだったが、我蛭について根こそぎ口を割らせたよ。」
「わんちゃんに嘘は逆効果だもんね。」
千里は鋭い質問と指摘を繰り出す犬養の姿を想像した。施設の職員はたじたじだったに違いない。
「まず分かったのは、我蛭兄弟はどうやら母親から虐待を受けていたらしいと言うことだ。体中に痛々しい傷跡があり、それが原因で弟の方には知的障害の疑いもあったそうだ。施設での我蛭は誰にも心を開かず、弟を馬鹿にする輩とよく揉め事を起こしていたらしい。」
「へー、意外。弟想いだったんだ。」
千里の中で作りあげている我蛭の人物像に、人間性が少し足された。
「しかし、ある事件を境に施設での兄弟には敵が居なくなった。」
「ある事件?」
「ああ、兄弟を虐めていた施設のリーダー格の少年が刺殺されたんだ。犯行時、目撃者はいたが犯人は誰かわからなかったという謎の事件だ。」
千里は思わず目が点になった。
「何?どういうこと?犯行時、目撃者がいたって事は、誰かがリーダーを刺し殺す所を見た訳でしょ?意味わかんない。」
「当然の疑問だな。だが、違うんだ。目撃者の証言によると、どこからかナイフが飛んできて、リーダーの心臓につき刺ささったらしいのだ。」
千里は瞬きを失った。感付かざるをおえない。
「当時、リーダーは一人、部屋で昼寝をしていた。部屋のドアは開かれており、偶然通りがかった少女が目撃者だった。そしてその時、窓の外には我蛭の姿があったそうだ。」
「念力ね!念力を使ってナイフを飛ばし、刺し殺したのね。だからか!だからなのね!」
目撃者がいて犯人が解らない理由が分かった。
「だろうな。だが、この件は事故として処理されたんだ。最初は目撃者と我蛭のどちらか一方が犯人ではないかと疑われていたが、目撃者の少女は当時10才でナイフに指紋は無く、流石に殺害は無理だと判断された。少女にめぼしい動機もなかったしな。」
そりゃそうだろうと千里は思った。
「次に我蛭の方だが、動機はあったが、部屋の窓には内側から鍵が掛かっていたんだ。だから、結局我蛭も容疑から外された。それで、大人達の見解ではナイフが飛んで突き刺さったと言う少女の証言は何かの見間違いか虚言で、リーダー格の少年は自ら転んで、運悪くナイフが胸に刺さって死んだという事になったんだ。ナイフはリーダー自身のモノだったからな。しかし、施設の子供達の間では、本当は我蛭がやったんじゃないかとの噂が立ち、それ以来、兄弟に対するイジメはなくなったらしい。」
「まんまとって感じね。それが、最初の殺人かしら?」
「かもしれない。いずれにせよ我蛭の念力殺人で間違いないだろう。」
千里は立ち上がり、急いで山を下りだした。
道の方角に車のライトが見えた気がしたのだ。
「目撃者のその少女が手がかりになりそうね。その少女は今現在どこにいるか分かってるの?」
「それが、その少女は14才の時に施設を脱走し、そのまま行方不明になってしまったらしい。そして、現在もその状況は変わっていない。」
千里は背筋が寒くなった。何かの陰謀めいたものを感じとったのだ。
「もしかしたらそれって、我蛭が関わっているんじゃない?」
「その可能性は高い。当時、我蛭は17才でまだ施設に居たからな。何かの理由で消されたか、自ら消えたか。」
千里の目の色が変わる。
「って事は私の出番ね。ねぇ、わんちゃん今どこ?こっちで私の役目が終わったら、合流して少女を捜すわよ!」
新たな展開に千里はやる気をだしていた。
我蛭を法的に追い詰める事が出来るかも知れない。
「ああ、頼む。だが今、俺は施設で我蛭と同部屋だった男の元に向かっている。職員によると2人は仲が良かったらしい。当時の話しを聞きに行くつもりだ。その男は今、裏社会でヤクザ紛いなことをして生きているらしい。もしかしたら、今も何か連絡を取り合ってるかもしれない。」
「わかった。じゃあ、こっちが片づき次第、私がそっちに行くわね。住所をメールしておいてよ。」
我蛭に仲の良い友人?
千里は違和感を感じながら電話を切った。
利用していた人間の一人と言うのならしっくり来るのに、と千里は思った。
道路に出ると応援部隊がちょうど到着したところだった。応援部隊は千里の乗ってきた車の後ろに停車した。
車を降りた4人の中に見覚えのある顔があった。蜂谷だ。
蜂谷は折れた鼻を固定するため、顔にぐるぐると包帯を巻いていた。
「蜂谷君、ここに来て大丈夫なの?」
「はい、応急処置で血は止まったので。大丈夫であります。」
千里は怪我人が来て足手纏いにならないのかと質問したつもりだったが、聞き流す事にした。
「ところで、暴走車は捕まえたの?」
「それが、逃げられてしまったみたいであります。だれど、ナンバーは分かってありますので、後は交通課に任せておりますであります。捕まるのも時間の問題でありますよ。」
千里は無能な警察に苛ついた。
たかが、走り屋一匹を満足に逮捕できないのだ。
これでは我蛭を再び逃がしてしまうかもしれない。ここには犬養が居ないのだから。
こいつらだけに任せていられない。逮捕するまで私がきちんと見届けないと。
本当に世話の焼ける奴らだ。
と、小屋への案内役として森の中を歩きながら千里は思った。
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