第11話 目覚める森の美女 6
有馬如華は絶望の闇の中、光を求めて彷徨っていた。
まだ、諦めきれないでいたのだ。
これから始まる地獄から抜け出す手が、何かあるような気がする。ここから逃げ出すのは不可能なはずなのに。
今の状況を整理すると、鍵のかかった頑丈な鉄の檻の中にいて、その上、その檻は外側から施錠された小屋の中にあるのだ。
手品でも使わない限り、脱出は無理だろう。
しかし、何故かまだ諦められない気持ちが湧いてくる。
深い闇に時折、光がちらつくのだ。
何かを忘れている気がしてならない。
如華は先程から自分がある一点を見つめている事に気が付いた。
鍵だった。
玄関扉のすぐ横の釘に掛けられている檻の鍵だ。
檻の鍵が目に見える所にある事が、変な希望を持たせるのだろうか?
恐らく、この檻に入れられていた女達全員が同じ希望をもったに違いない。
どう足掻いても鍵に手が届くはずはないのに。
如華はハッとした。
突然、如華の脳裏にあることが浮かんだ。
不意に気が付いたのだ。
そして、運命が稲妻のように体中を走り抜け、全てを理解した。
「そうか。今までの事は、今日この時のためだったのね!!」
封印していた記憶が甦ったのだった。
如華は闇に1本の光の筋を見た。蜘蛛の糸を掴んだ様な気がした。
有馬如華は多感な子供時代をある施設の研究室で過ごしていた。
その施設は超能力を研究する施設で、全国各地から素質のある子供が集められ、世間と隔離された状態で様々な実験が行われていた。
多額の謝礼金を受け取った親は、自由に子供と会えないことに特に不満はない様子を伺わせた。
むしろ、普通じゃない子供を手放す事が出来て満足の親が多かったと言える。
つまり、施設側と親族側はウインウインの関係だったのだ。
如華もまた、そんな親を持つ子供の1人だった。
如華が能力に目覚めたのは7才の頃。
地元にサーカス団が巡業で来ていて、そこに家族で遊びに行った時だった。
ピエロに風船を貰ったのだが、はしゃいで転び、うっかり風船の紐を手放してしまう。
如華は風で空高く飛ばされていく風船を、泣きながら追いかけ、捕まえようと必死に手を伸ばした。
『戻ってきて!返ってきて!』と強く心で念じながら。
念力が覚醒した瞬間だった。
風船はビデオの巻き戻しのように手元に戻って来たのである。
それからの如華は目覚めた能力を惜しみなく日常生活で発揮させていた。
ただ物を取るのに念力を使うようになったのだ。
食卓で醤油を取る時や、棚上からおやつを取る時、少し遠くにあるティッシュペーパーを取る時等に使っていた。
学校でも能力を披露し、何度も親が呼び出される羽目になる。
最初は友達やクラスメートから羨望の眼差しでヒーロー扱いを受けていた。
如華も能力を鼻に掛け天狗に成っていった。
自分は特別で、周りとは違う存在なのだ。
勉強が出来る子や、スポーツが出来る子と同様に、一目置かれる特別な人間なんだと思い始めていた。
だがしかし、それは徐々に虐めの対象に変わっていったのだった。
奇人、変人扱いされ、仲の良かった子供達にも無視されだしたのだ。
それでも、気が強かった如華は虐めに屈することなく登校を続けていた。
自分が特別な人間だから、妬み僻みが皆をそうさせているんだと。虐めは一時的なモノで直ぐに元通りになると思って我慢していた。
しかし、虐めは日に日にエスカレートし、肉体的な暴力になっていってしまった。
そんなある日、授業中にコンパスで背中を刺され、如華はとうとうキレてしまう。
念力を使って、その相手に机をぶつけてやったのだった。
それが大きな問題となり、最終的に学校側が如華の受け入れを拒否する事に到った。
そんな如華を親兄弟までもが厄介者扱いし始め、気味が悪いと遠ざけるようになっていったのだった。
それ以来、念力を、人前で使わないようになる。
何故、この能力が自分だけにあるのか、何のために自分に備わった能力なのか、こんな事になるなら念力なんか要らなかったと、毎日狭い部屋で自分を呪って過ごしていた。
それから暫く経って、父親がどこからか調べてきた超能力研究施設に如華を厄介払いする事になる。
施設では自分に似た能力を持つ子供ばかりで、孤独を感じずに済んだ。
本当の仲間を見つけた気がした。
しかし、何のために与えられた能力なのかの疑問は解決しなかった。
施設内では実験の時以外は概ね自由で、仲間と好きなことをして遊べたし、子守役のスタッフは子供達に優しくて親切だった。
実験は今ある能力の向上と別の能力の開発を主として行われていた。実験自体には特に嫌な事はなく、ストレス無しで過ごせた。
ただ一つ不愉快な事は、入浴時間以外は24時間体制で頭に脳波を調べる為の機具が、常に取り付けられている事だった。
それが最初は何かと邪魔で、何度か勝手に外し、研究スタッフにこっぴどく叱られた。
だがそれもその内、気にならなくなり、この施設の生活にも慣れ、如華なりに楽しい月日が流れる。
相変わらず家族の誰も面会に来なかったが、寂しいなんて一度も思わなかった。
施設内で本当に信頼できる仲間ができ、如華は施設での生活に満足していたのだった。
しかし、如華が施設に入って2年が過ぎた頃、事態が一変する事が起こる。
施設のトップが入れ替わったのだ。
今までの施設長は穏和な性格で、事をゆっくり進めるタイプだったのに対し、新しい施設長は数字と結果を求める経営者型タイプだったのである。
新しい施設長はまず、無駄を一切なくす事から始めだした。
子守スタッフを全員解雇し、遊戯室を潰し、子供部屋を全て個室に変え、館の全てに監視カメラを付けた。
それから、実験時間と昼休みの庭園解放時間以外は、子供達を部屋に軟禁するようになったのだ。
家族との面会は全面的に禁止になり、もし、面会を強要しようものなら、謝礼金を返還するように求める手を打った。
最初に交わした契約の書類には、施設側からの意向は全て受け容れなければならない旨が書き記されており、親類側はそれに従わざるを得ない状況だった。
そして、子供達は名前を奪われ、代わりに番号を振り当てられた。如華は168号と呼ばれる事になる。スタッフは子供達を数字で呼び、子供達からスタッフへ声をかけることが許されなくなった。
研究スタッフも総入れ替えとなり、死んだ目つきの白衣スタッフになる。その白衣スタッフ達は皆、動物実験を行う様に子供達を無感情に扱った。
施設の暗い生活が始まったのだ。
一日8時間の強制的な実験と、食後に飲まされる得体の知れないクスリのせいで、健康的だった子供のほとんどが、日に日に痩せ細り、顔色がどんどん青白くなっていった。
そんな日々の中、如華は子供の数が段々減っていっている事に気が付く。
同じ年齢の1番仲が良かった子が見当たらなくなったのだ。スタッフにしつこく尋ねると、親元に帰ったとの素っ気ない返答があった。
如華はそんなはずは無いと怪しんだ。何故なら、その子の親は既に他界していたのだから。
その事を突っ込むと、今度はその子は最初から居ない事にされてしまったのだ。
そこで如華は、心を読むことが出来る子供に協力をして貰い事実を探る事にした。
その結果、如華と仲の良かったその子供は、実験の過労により衰弱死してしまっていた。その後、施設長の指示により、その事実が外部に漏れないよう不運な事故として処理し、遺族には少額の見舞金を渡すことで真相を闇に葬っている事が判明したのだった。
しかも、同じケースが6件起こっていることも分かってしまう。
ここの子供達は死ぬまで実験され、その事を家族に知られる事無くこの世を去るシステムになっていた。いつの間にか、人間モルモットと化していたのだ。
その事知った如華は、もうここには居られないと仲間を誘い、脱走の計画を練る。
計画については、仲間と顔を合わせることの出来る庭園解放時間にこっそりと打ち合わせをした。
その計画の中で如華は、食後のクスリは飲まずに、舌の裏に隠し、トイレに流す事を提案した。
あのクスリを飲むと脳がボーっとするので、脱走時のリスクを減らすため、頭はハッキリさせておくべきだと。
計画実行は深夜、炎を発生させることの出来るパイロキネシスの仲間が施設内で火事を起こす。
如華が建物の出入り口の鍵を警備室から念力で奪う。
テレパスの仲間が大人の動きを見張り、皆に逃げ出す合図を送る。
子供が考えた、至って簡単な穴だらけの計画だった。
だが、施設からの脱走は無事成功する。
如華13才の夏の事だった。
街までは皆で逃げ、そこで各々別れることになった。
家族や親類の元に戻る者がほとんどだった中、如華には家に帰る気がなかった。
何人か同じ境遇の仲間が居たので、互いに協力して都会に紛れて生きる事になる。
しかし、それもそんなに長くは続かなかった。
超能力を使って生きようとする者と、2度と使わないと決めた者で意見が食い違い、仲間割れが始まる。
如華は2度と使わない側だった。
如華にとって超能力はどんな環境に置いても、災いの元でしかないと思い知ったのだから。
結局、皆バラバラに散って自分の生き方をする事を選び、如華は再び独りとなる。
しかし、寂しいとは思わなかった。
世界の何処かには分かり合える仲間が必ずいる事を知ったからだ。
施設での仲間との交流が如華を強く成長させていたのだった。
如華は生き方を変える決意をする。誰も自分の事を知らない場所で、新しく始めるのだと。
その日、如華は超能力を自らの意思で封印した。
如華は今ハッキリと思い出していた。
ストリート生活の苛酷さと10年の歳月で、すっかり忘れてしまっていた子供時代の記憶を。
そして今、ハッキリと理解していた。
子供時代に経験してきた全ては、今この時のためのもので、何のために念力の能力が自分に備わったのかを。
つまり、『何時使うの?今でしょ?』だったのだ!
如華は少し緊張し、鉄格子の間から檻の鍵に向かって右手を伸ばした。
10年ぶりに念力を使うのだ。
やり方を思い出しながら、掌を開き、左手で右手首を握った。
そして、心の中で鍵が動くように念じた。
『動け、動け、動け。』
しかし、鍵はピクリともしない。
如華は焦った。
あまりにも使っていなさすぎて、能力が枯渇したのかもしれない。
早くしないと、大男が戻ってくる。
もう一度試してみる。
だが、結果は同じだった。
何がいけないのか?昔と同じようにやっているはずなのだ。
何所が違うのか?
如華は最初の時を回想する。
確か、飛んでいってしまった風船に対し、泣きながら一心に叫んだのだ。
あの時は全身全霊で念じていた。心の奥底から。
つまり、感情の高ぶりと集中力がいるのだ。
如華は一度深呼吸をして気を静めた。
それから、鍵以外の事を全て頭から追い出す。
眉間の部分で念じ、そして、怒りを爆発させた。
「動け!動け!動け!動け!動きやがれコノヤロー!!!」
眉間の奥が異常に熱く感じたと同時に、鍵が驚いた猫のようにビクッと動きだす。
そして、何かを待ちきれないように小刻みに震えだした。
カチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャ、ガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャッ!!
「浮け!」
次の瞬間、鍵が空中に浮遊した。
熱かった眉間が今度は風穴が開いたようにスッキリしている。
如華の能力が深い眠りから目覚めた時だった。
念力を使う如華の目は活き活きと輝いていた。
そこには一切の闇はなく、明るい未来だけが見えている様だった。
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