第10話 探し屋エビチリ亭 5
蛯名千里は退屈してきていた。
助手席から目に映る景色が山ばかりで、それがもう1時間は続いていたのだ。
しかし、退屈の理由はそれだけじゃなかった。
運転席の男があまりにも大人しくなってしまっていたからだった。
倉庫型小売チェーン店での件で犬養にこっぴどく叱られ、今やただの運転手と化していたのだ。
「ねぇ、まだ着かないの?」
「まだであります。ナビに拠りますと、目的地到着まであと20分ほどかかるのであります。」
トレースで我蛭の居場所は突き止めていた。
千里が見た映像は深い森に囲まれた山小屋だった。現在の時刻は深夜の1時過ぎ。
一般的には就寝時間なので、我蛭はその小屋にいると思われる。
その小屋周辺に特徴的な物がなく、詳しい場所は現地で感知するしかなかった。
ナビによると目的地周辺には車道が無く、捜査官を小屋まで案内するために山を先導して歩く羽目になりそうだ。
お陰で千里は俄然やる気を無くしていた。
基本的に体力が必要な事が嫌いなのだ。
最悪の場合、千里は蜂谷におんぶさせるつもりでいた。
目的地は山の頂上付近にあり、くねくねと曲がり続ける登り坂がずっと続いていた。千里の乗った車の後ろにもう一台車が着いてきている。
犬養がよこしてきた優秀な刑事だ。
当初、合流後は車一台で目的地を目指す予定だったが、千里がそれを拒否したのだった。
なぜなら、その八神と名乗った刑事の事をあまり好きにはなれなかったからだ。
八神は千里の降霊術と霊視の演技を疑り深い目で見た上、何の反応も示さなかった。確かに、霊視は嘘なのだから仕方ないと言われれば仕方ないのだが、冷めた目で見られると、こっちも気分が萎えてしまう。
自分以外誰も信用しない冷徹な男、八神はそんな印象だった。
千里は苦手なタイプの人間と狭い空間にいる事のストレスが大嫌いだった。
だから直接「あなたは面白くなさそう」と断りを入れ、車2台で向かう事にさせたのだった。
ふと、山の上の方から車の近づいてくる音が聞こえてくる。
改造車か何かかと思われ、凄い音を響かせながら近づいて来ていた。
「うるさいわね。走り屋かしら?」
千里は顔をしかめた。
「そう言えば、この辺りはかつて、走り屋達の聖地として有名な峠だったと聞いたことがあります。」
「かつて?今は違うの?」
蜂谷の声は少し元気になってくる。得意の豆知識を披露するチャンスなのだ。
「ある時期から死亡事故が多発し始めたのであります。それで変な噂が立ち、人が近寄らなくなったらしいのであります。」
「変な噂?」
千里は聞き逃さなかった。退屈しのぎになりそうなネタだ。
「いくつかあったらしいのであります。事故で生還した人の話によると、運転中、勝手にシフトレバーが動いたり、ブレーキが効かなくなったりしたそうなのであります。」
「!」
千里は我蛭だと思った。
ここでも殺人を行っていたのだ。若しくは、ここで念力の力を使い熟す練習をしていたのかもしれない。
走り屋が死亡事故を起こすのはごく自然だからだ。兎に角、この件に我蛭の関わったんだとすると、俄然、この先の山奥に潜んでいるとする関連性が深まった。
「それで、その車の不可解な故障を、野生動物を轢き殺した呪いのせいだとか、ここで死んだ走り屋の亡霊のせいだとかの変な噂がたったのであります。」
そんな噂がたてば警察は余計真面目に捜査などしないだろう。その噂まで我蛭自身が流していてとすれば、頭の切れる厄介な相手だと千里は思った。
そして、殺人を少しも悪いと思っていない印象を受けた。恐らく、他人に一切関心が無く、感情移入が出来ないのだろう。
この我蛭という男は自分に有益な理由があれば、老若男女問わず簡単に人を殺せる奴なのだ。
「そう言えば、強烈なのが1つありましたであります。この峠には山男が出るとか言うのがありましたであります。」
「山男?」
「はい。世界ではビックフットやイエティ、野人とも言われているUMAの事であります。」
千里の訝しげな顔とは対象に、蜂谷の顔は活き活きとしていた。
千里は気がついた。蜂谷はオカルトオタクなのだと。今思えば何かとオカルト目線だった気がする。
「ふーん。それも人が来なくなった原因の一つなの?逆に人が来そうだけど。オタクとか。」
「UMAオタクについては分からないでありますが、ここにギャラリーとして来ていた女性がよく行方不明になっていたらしいのであります。それが、神隠しだとか人攫いに合ったとか海外の犯罪組織に拉致されたとかの噂がたって、それが発展して山男の登場となったのであります。この辺りの集落の言い伝えに山男の話しがあったのであります。その言い伝えによると、身の丈7寸の男が村の女子を嫁として深夜に攫いに来たとあったのであります。その話しが紆余曲折して広がって、山男が女性を拉致していると噂になったのであります。兎に角、いろいろ曰く付きの峠として、今は人が寄り付かなくなったのであります。」
千里は鼻の下を擦った。
その山男と我蛭は何かしら関係があるのだろうか?同一犯とは思えない。だが、同じ時期に同じ場所で起こった事件、無関係と切り捨てるには早計だと千里は思った。
「女の行方不明。何だか気になるわね。それについては警察は動かなかったの?」
「そのギャラリーに来ていた女性達は、元々素行の悪い点が目立っていたため、自らの意思で失踪したんじゃないかとの見解だったらしいのであります。」
「それはちょっとあんまりじゃない?人の外面だけみて判断するなんて。」
その時だった。
千里達の車がカーブに差し掛かった時、下ってきた車が猛スピードでドリフトしながらカーブを曲がってきたのである。
「あっ!!」
と言った瞬間にはもう遅かった。
慌てた蜂谷が対向車を避けてガードレールの方にハンドルを切ってしまったのだった。
登っていたとは言え、50㌔近く出していたので、ぶつかった衝撃でエアバッグが飛び出し、目の前が真っ白になる。
頭からエアバッグに突っ込んだ千里は意識を失ってしまった。
気が付き、まず目に飛び込んできたのは無数の輝く星だった。一つ一つが強い輝きを放っている。こんな綺麗な星空は何年ぶりだろう。
千里はアスファルトの上で仰向けに寝かされていたのだ。
星空に見とれていると視界の端に誰かが映る。
蜂谷だった。
顔中血塗れになった蜂谷が隣で鼻を抑えて座っていた。
少し離れた所で八神が立っているのが見える。
どうやら誰かに電話をしているのようだ。
千里は今の状況を確認しようと上半身を起こした。少し眩暈がしたと思うと、次に体がふらつき、焦点が合わなくなってしまった。
そして、そのすぐ後に吐き気が込み上げてきた。
酷い二日酔いの時の気分に似ている。
千里はもう一度横になり吐き気が治まるのを待った。
「気が付きましたか、蛯名さん。」
「ええ、どうなってるの?蜂谷君。」
頭だけ起こして聞いた。
「いや、僕も今さっき気が付いたばかりで。何とも言えないです。八神さんが車の中から出してくれたのだと思います。」
蜂谷の鼻からドロッとした血の塊が流れ出た。
2人の会話に気付き、八神が近づいて来る。
「蛯名さん、すぐに動かない方が良いですよ。」
千里はゆっくり起き上がった。吐き気は治まったようだ。
「あなたが、出してくれたのね?ありがとう。」
「当たり前のことをしただけなので、御礼は結構です。それより、救急車が来るまで安静にしておいた方が良いと私は思いますが。」
「私は大丈夫。蜂谷君は酷そうね。」
八神が蜂谷へ冷たい視線を送った事に千里は気がついた。エリートがダメな同僚に向ける軽蔑の目だ。
「見た目程ひどくはないと思います。鼻が折れて大量の鼻血が出ているだけです。それに血の塊が出た様なので、それももう直ぐ止まりますね。」
千里は十分酷い怪我だと思った。
他人に厳しいこの男は、自分にはどうなのだろう。自分が同じ目に遭っても同じセリフが言えるのだろうか?
「さっきの暴走車はどうなったの?」
「今頃、後発隊が峠の登り口で捕まえているはずです。私が直ぐに指示を出したので。」
八神が出来る男を気取って自信満々で応える。
「そう。よかった。詫び入れさせないと、気が済まないわ。」
千里は立ち上がり、身体を確かめた。
大丈夫。動けそうだ。
「八神くん、救急車はどれ位で来るの?」
「一番近い病院からでも早くて30分くらいはかかるでしょう。見ての通り、山奥なので。」
いちいち一言多い事に苛々したが、千里はぐっと我慢した。この手のタイプは下手に突っ込むと倍になって返ってくる。
余り、関わらないのが得策だとし、千里は蜂谷の方を見た。
「蜂谷君、どんな感じ?救急車が来るまで、ここで30分我慢できる?」
千里は少し優しく声を掛けた。
「蛯名さんの優しさ、痛み入ります!僕は大丈夫であります!何時間でも平気であります。」
蜂谷は敬礼の時の手のポーズをして、元気に見せた。
「そう?わかったわ。後発隊は近くまで来ているのよね、八神くん?だったら蜂谷君のことは取りあえず後発隊に任せて、私達は先を急ぎましょう。私達がここに留まる意味は無い。時間が惜しいわ。」
千里の切り捨て発言に蜂谷はショックを隠せずにいた。反対に八神は納得の表情だった。
この余計なロスを取り戻すために、千里は一刻も早く我蛭の居場所を特定しておきかったのだ。
千里の中で我蛭に対するイメージが徐々に出来上がりつつあった。
人の命を軽んずる邪悪の塊のような男。
そんな人間は世の中にごまんといるが、千里は同じ超能力者として、許せなかった。
なぜ、特別に与えられた能力を良いことに使わないのか。
確かに千里も、超能力で法外な金儲けをしているので、自慢が出来ない事は解っている。
だが、これでも千里は自分の能力が人のために役立っていると言う自負があったのだ。
犬養などときたら、私利私欲に一切能力を使っていなかった。だから、超能力を良いことに使うのが、当たり前だと思っていたのだ。
それが、同じ超能力者の我蛭によって汚されてしまった。これは、親類から犯罪者が出た心理に似ているのかも知れない。
だから、早く同類から出てしまった殺人鬼に首輪を付けておきたかった。これ以上、能力者としての自尊心を汚されないためにも。
千里は何があろうと必ず我蛭を捕まえる決意をした。
例え、苦手なタイプと二人きりになる時間が来ようとも。
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