第9話 目覚める森の美女 5
有馬如華は檻の中で余韻に浸っていた。
大男の兄との勝負に負けた後、快楽に没頭してしまったのである。もはや逃れる事の出来なくなってしまった、苦痛のみの未来を忘れるがために。
大男の兄はセックスが上手だった。
激しさと優しさを併せ持っており、約1時間の行為の間で如華は5回も絶頂に達してしまったのだ。
お陰で身体はくたくたで、直ぐにでも眠りにつきたがったが、心が警戒を解かせなかった。
大男の兄は裸のままベッドで寝息を立てていた。
如華は傷だらけの背中を見つめながら、事が済んだ後に言った男の言葉を思い出していた。
「先に俺に会ってりゃ良かったな。ま、しかしこれも運命だ。」
どう言う意味だったのだろう。
先に出会っていれば何か変わったのだろうか?自分の女になっていれば大男の玩具にならず済んだって事なのだろうか?
ともかく、如華は大男の兄が自分の事を気に入ったのだと理解する事にした。
大男の兄の方にも何かしっくり来るモノがあったのかも知れない。
如華は身体が1つになった時、何か得体の知れない満足感に襲われたのだ。パズルのピースがピッタリあったときの感覚に近かった。
今までの相手とはこんな事を感じることが無かったのだ。
如華は大男の兄に惹かれ始めていた。
極限状態が感覚をおかしくさせたのだろうか?それとも、本当の気持ちなのだろうか?
兎に角、如華は大男の兄から目が離せなくなっていたのは事実だった。
もし、本当に出会うのが逆だったらどうなっていたのだろう。その前にどこで出会うというのか?
如華は妄想を膨らませた。
不良女と傭兵が出会うとしたら酒場しかないわね。酔っぱらいに絡まれたアタシをたまたまそこで酒を飲んでいた傭兵が助けるの。あっと言う間に酔っ払い5人を叩きのめしてしまうのよ。
それがきっかけで2人は恋に落ちる。
しかし、順調に見えた恋愛は傭兵の隠し事で終わりを告げる事になるの。傭兵は化け物と化した弟を隠していた。
でも、アタシは既に傭兵から離れられない身体になっていたの。傭兵との恋を成就させるためには化け物を受け容れるしかなかった。
それから、不良女と傭兵と化け物の奇妙な同棲生活が始まるの。アタシの役割は化け物が攫ってきた女の世話。
最悪のシナリオ。どのみちハッピーエンドなんてあり得ないじゃない。
如華の妄想はソファーから転げ落ちた大男によって打ち切られた。
その音で大男の兄が飛び起きた。
「何事だ?」
「にいに、ごめん。」
床に転げ落ちた大男を見て兄は手をさしのべた。
「いや、俺の方だ。お前のベッドを横取りしてたんだな。すっかり寝入っていたよ。」
時間は夜中の1時を少し回っていた。
「もうこんな時間か。そろそろ出発しないといけねぇな。」
「え?にいに、もういく?」
「ああ、朝一番の船に乗らなくちゃいけないんだ。」
大男の兄は服を着ながら言った。
大男は本当に寂しそうな目で兄を見つめた。
「仕事が終われば直ぐ帰ってくるさ。土産をたくさん買って帰ってくるからよ。な。」
兄は大男の肩をポンと叩いた。
大男は涙ぐんで下を向いた。
「良二。男が直ぐ泣くな。いつも言ってるだろ?男が泣いて良い時は復讐を果たした時だけだと。」
如華は2人の深い信頼関係の裏に何か暗い影があるのを感じとった。
「うん。にいに。」
「さぁ。涙をふけ。もちろん、車までついて来てくれるんだろ?」
そうして、兄弟愛を見せびらかした2人は小屋を出て行った。
大男の兄は如華に声はもちろん、視線さえ投げるかける事なく消え去った。
それどころか、起きてから一度も目を合わせようとしなかったのだ。
如華は多少なりと、通じ合っていると思っていた事が恥ずかしくなった。
当たり前だ。あの兄弟にとって他人はただの物でしかないのだ。
化け物兄弟に何を期待していたのだろう。異常な状況に混乱し、まともな思考が出来なくなっていたに違いない。
その時だった。急に玄関扉が勢いよく開き、誰かが飛び込んできた。
大男の兄だった。
大男の兄は如華から視線を外さず真っ直ぐ檻に近づいた。
如華もまた、淡い期待を抱き、大男の兄の目を見つめ返していた。
「忘れ物だ。」
大男の兄は檻越しに如華を抱き寄せた。そして、鉄格子の隙間から如華に口吻をした。
如華は本能でそれに応えた。
数分間、舌の交わる音が小屋を支配した。
「お願い、アタシをアンタの女にして。アンタとずっと一緒に居たいの。」
如華は火照った顔で、心のままをささやいた。
自分から男にこんな事を言ったのは生まれて始めてだった。まともな恋愛とは無縁の人生をずっと送って来たのだ。
如華は今、初めて恋心をぶつけたのだった。
しかし、それは大男の兄の心を閉じさせる結果になってしまった。
いきなり、大男の兄に肩を突き飛ばされて、如華は尻餅をついた。
「この阿婆擦れが。そうやって、調子良いことぬかして俺を騙すつもりだな!」
大男の兄は鬼の形相になっていた。
如華はこの変わり様について行けず、何も言葉が出なかった。
「良二の玩具になって、とっととくたばりやがれ!」
大男の兄は扉を荒々しく閉めて出て行ってしまった。
どこで、何が、彼を怒らせるきっかけになったのか、如華には訳が分からなかった。
キスの時点ではあの男の心を掴んでいたハズだった。互いの気持ちが通じ合ったと思い、意を決してあのセリフをだしたのだ。
助かりたい一心で言ったんじゃなかったのに。
嘘をついたと思われた事に、如華は傷ついていた。いとも簡単に恋心を打ち砕かれてしまったのだ。
如華は本当に何も理解できず放心状態になっていた。
ただ一つ、如華がはっきりと分かった事と言えば、大男の兄がもう2度と戻って来ない事だけだった。
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