第8話 探し屋エビチリ亭 4

蛯名千里は車の後部座席で降霊術を施していた。


「きえぇぇぇ!」


座席を左右に移動したあと、髪の毛を振り乱し奇声をあげて反り返って見せる。

バックミラーに映る蜂谷の好奇の視線が千里を悪のりさせているのだ。


犬養は別々になる前、千里に指示を出していた。


「俺達には2つのアドバンテージがある。我蛭が自分の能力を知られてないと思っている事。そして、我蛭が俺達の能力を知らない事。これは俺達にはかなり有利な状況だと言える。このアドバンテージを活かすため、誰にも露見してはいけない。だから、蜂谷にお前の能力は霊視だと言ってある。殺された人間の霊と交信し、犯人を捜すことが出来ると。」


千里は息を荒げぐったりし、虚ろな目つきをつくった。


「ハァハァ、出ました。ハァハァ、我蛭の足跡が。ハァハァ、ここから北に30分。ハァハァ、巨大な商業施設が見える、ハァハァ、スーパーマーケットかホームセンターのような店よ。ハァハァ。」


蜂谷が地図を開き確認している間も千里は悪ふざけを続行していた。


「凄い!ありました!北に20キロ程行った場所に会員制の倉庫型小売チェーン店が!ここに間違いありませんよ!」


興奮した様子で蜂谷が振り向くと、千里は白目をむいてひきつけを起こしていた。


「うわ!」


蜂谷は驚いてのけぞり、クラクションを鳴らしてしまった。そして、その音に驚いて飛び上がり、天井で頭をぶつけてしまう。


「痛っ!」


千里は笑いを抑えきれず、吹き出してしまった。


「え?え?何?」


「キャハハハハハハ!あなた可愛すぎ!」


「な、何なんです?まさか今、悪霊か何かが取り憑いているんですか?」


千里は前髪から片目だけを覗かせて蜂谷を睨みつけた。


「次はお前に取り憑いてやる!」


「ひぃぃ!勘弁してぇ!」


夜の住宅街に再びクラクションが鳴り響いた。

千里はそろそろ移動しないと警察呼ばれるかも、と思いながらも悪戯を辞める気にはならなかった。



  20分後、千里の乗った車は200台は収容できそうな、だだっ広い駐車場にいた。

トレースで見えた倉庫型小売チェーンストアに到着したのだ。


「でっか!何これ?こんなの日本にあったんだ!」


千里は車を降りるやいなや、人目もはばからず叫んでいた。


「知らないんですか蛯名さん?この店、テレビで取り上げられたりしてて結構有名ですよ。基を辿ればアメリカのチェーン店なのだそうです。最近じゃ日本の在来大型スーパーなどが提携して地方でフェアを開催し、全国的に知名度が上がってるんですよ。」


「ふーん。随分詳しいわね。別に興味ないけどぉ。」


千里は豆知識を得意気に披露する蜂谷に少し苛ついて応えた。


「ま、とりあえず、中に入ってみよっか。」


蜂谷が千里を手で制する。それから人差し指を左右に振り出した。


「残念ながら、蛯名さん。この店は会員制で、会員証がなければ中に入れないんですよ。」


「あなた、誰なの?回し者?何様目線で説明してんのよ!あなたは国家権力の一員でしょ?何とかなさい!」


千里は調子に乗った子供を叱るような口調で命令した。

蜂谷はしゅんとして、尻尾を下げて退散する犬のように小さくなって店へと入っていった。


 10分後、蜂谷は何かを掲げ、笑顔で手を振りながら戻ってきた。


「蛯名さん。会員証作ってきました!これで中に入れますよ。実は僕ちょうど会員に成りたいと思ってたんです。だから、この機会にと思って。」


「へー。こんな短時間で簡単に会員になれるんだ。すごーい。」


千里は呆れ顔で棒読みした。


「そうなんです。入会申込書に必要事項を記入の上、身分証明書を提示し、年会費5000円を払うだけでした。蛯名さんも作ってみてはどうですか?」


返す言葉が見つからなかった。ここまでとは思っていなかったのだ。

恐らく犬養もこんなにヒドイ奴とは思ってなかったんだろう。

そもそも、こんなのでよく警察官になれたものだ。きっと、親が権力者なのだろう。それだ。それで納得がいく。


蜂谷の事はほって置いて、兎に角、捜査を始めようと千里は決めた。しかし、折角だから蜂谷の作り立てホヤホヤの会員証を使って店内に入る事にした。



 店内は天井が高く広々としていて、それに負けない圧巻の品揃えだった。価格もさながらサイズか半端なく大きく、初めて来た千里はまるで巨人の世界に迷い込んだ気分になった。


「わー!蛯名さん見て下さい、この冷凍ピザ!こんな大きさどーやってオーブンに入れろって言うんですかね?ハハハ。」


蜂谷は初めてテーマパークに訪れた子供のようにはしゃぎだした。

それと同時に何かが切れる音がした。それは、千里の堪忍袋の緒だった。

次の瞬間、高く積み上げられた缶詰めの山に蜂谷が頭を突っ込んでいた。

千里がドロップキックをお見舞いしたのだった。


 千里と蜂谷は腕を組んだ警備員に睨まれ、パイプ椅子の上で小さくなっていた。


「確認がとれました。」


倉庫型小売チェーン店の店長が事務所に戻って来た。


「あなた方の上司との話し合いの結果、協力できることは協力することに成りました。条件はお互いマスコミには公開しないことです。」


千里は犬養が上手く丸め込んだのだなと思った。

つい先程までこの店長は、営業妨害だ、マスコミに警察の失態を流してやるなどと怒鳴り散らしていたのだ。

恐らく、連続殺人犯が会員であった事を突いたのだろう。殺人鬼でも簡単に会員になれる店と言うイメージは店側にとってかなりのダメージになるのは必至だ。


「大変お騒がせし、申し訳ありませんでした。では、早速協力して貰えますか?」


 千里はまず、店内の捜索を始めた。

我蛭の写真を配り、監視カメラと警備員で店内を隈無く捜索する指示を出した。


千里の能力は移動中の対象者を捕らえられないのだ。トレースするには対象者が半径10メートル以内の場所に最低でも30分の滞在が必要だった。

この能力とは別に細かい捜索用にダウジングを使うのだが、今回は人海戦術が適当と判断した。



 店内が広すぎたせいで、我蛭がいないと分かるまで20分もかかってしまった。

その間に我蛭の会員登録情報を開示させ、買い物情報を提示させた。

すると、18時48分にレジを通った事が判明した。今から約1時間半前の事だ。その時の監視カメラ映像をパソコンに出して貰い本人確認をした。

間違いなく写真の人物だった。

ここに居ないと判ると長居は無用。

買い物レシート情報のコピーを貰い、我蛭の買い物中の監視カメラ映像を全て、あとで来る警官に提供するよう促し、千里達は店を後にした。



 レシートのコピーを見ながら千里は犬養に電話をかけた。


「私よわんちゃん。さっきは助かった、サンキューね。」


「どうだ?進展はあったか?」


「ええ、次で捕らえる事ができるわ!」


「自信ありげだな。」


千里は得意気な顔を作った。


「我蛭の買い物レシートを手に入れたの。何買ってたと思う?大量の食料品よ。」


「つまり、どこかに籠城するつもりか。」


「私はそう読むわ。留まっていてくれたらこっちのものよ!」


「そうだな。よし、すぐに応援を送る。合流して捜索に当たってくれ。」


「オッケー。ところで、そっちはどう?何か分かった?」


少し間があった。何か思案中なのだ。


「犯罪については、まだ何も出て来ない。だが、育ちは分かった。母子家庭で育ち2つ違いの弟が一人いた様だ。」


「いた?」


「ああ、母親と弟はすでに他界している。自動車事故で亡くなったらしい。」


「自動車事故!何か関係がありそうね。」


千里は我蛭の念力殺人を思い浮かべた。


「その件はまだ詳しく調べていないから今は何とも言えない。経歴によるとこの親子は震災被害者だった。住む家が無くなり兄弟は一時的に児童養護施設に入っていたそうだ。震災当時、我蛭は12才だった。その3年後、迎えに来た母親が交通事故を起こし、湖に車ごと転落してしまったんだ。そして、母親と弟、同乗していた母親の男の3人がその事故で亡くなった。だが、一つ気になることがある。」


「気になること?」


「ああ、母親と男の遺体は見つかったが、弟の遺体は見つからなかったらしい。湖のどこかにあると思われ、くまなく捜査を続けていたのだが、半年後に打ち切り、書類上は事故死として処理されたんだ。」


「ふーん、生きてる可能性がある訳ね。」


「ああ、もしかしたら、車に乗っていなかった可能性もある。乗っていたと証言したのは我蛭だからな。」


「でも、生きていたとしても、謎が残るわ。なぜ、我蛭が嘘をついたのか。その後、生きているのか?生きていたとしてどうやって生活していたのか?」


「その通りだ。生き残った我蛭は一人で再び施設に戻り、18才までそこで過ごしたらしいからな。謎は残るが、少し気になるんだ。」


「ま、何にしても我蛭は結構な経歴の持ち主ね。施設育ちか。私達と似てるわね。」


千里は目を細めて言った。


「俺は今、我蛭のいた養護施設に向かっているところだ。そこで、何か掴める気がする。経歴に載せていない何かが。」


「確かに、施設は闇が深いものね。世間に出ない秘密が必ずあるはずだわ。」


2人は経験した同じ暗い過去を思い出していた。


「また、何か掴めたら随時連絡する。それから蛯名、少し蜂谷にかわってくれないか。」


千里は犬養からだと言って蜂谷に電話を渡した。

蜂谷は恐る恐る電話口に耳をあてた。


「この大馬鹿野郎!!店への損害はお前の給料から差し引くからな!」


電話の外まで漏れてきた叫び声に、千里はほくそ笑んだ。

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