第7話 目覚める森の美女 4
有馬如華は、ぐにゃりと丸められたスプーンを見て子供の頃を思い出していた。
「スプーン曲げか。懐かしい。楽しかったな、初めの頃は。」
如華は楽しかった事だけを順番に思い出そうと努めていた。そうでもしないと、気が狂いそうになるのだ。
しかし、心の底から楽しかった思い出は指で数える程しかないことを知り、逆に落ち込んでしまった。
不意に、南京錠をまさぐる音が扉の向こうから聞こえてくる。
とうとう、時が来てしまったのだ。
如華は死刑執行直前の囚人の気持ちが分かった気がした。流れに身を任せ、生きることを諦めるしかないのか。
だが如華はまだ、何か奇跡が起きることを捨てきれずにいた。
しかし、無情にも扉は普通に開け放たれた。
ところが、部屋に入ってきたのは大男とは別の男だったのだ。
如華は知らない男の登場に驚きで声を失った。
そして、次に安堵と喜びが心の奥底から込み上げて来るのを感じた。
もしかしたら助かるのでは無いかと!
「ねえ!助けて!化け物みたいな男に捕まってるの!そこに、檻の鍵があるから!お願い、早く開けて!ここから出してちょうだい!はやく!急がないと!化け物が帰ってくるわ!お願いだから!早く助けてよ!」
如華は早口でまくし立て、救助を懇願した。
その男は如華に気付き、少し驚いた様子を見せ、左脚を引き摺る歩き方で檻に近寄ってきた。
「違う!鍵よ!ほらあそこにある!鍵を取ってこなきゃ!」
男は目線が合うように、如華の前でしゃがみ込み、ゆっくりじぃっと眺めてから片方の眉毛をつり上げた。
「まったく良二の奴、趣味が悪すぎるぜ。顔中ピアスまみれのこんな男か女か分からんのでもいいとはな。ほんと恐れ入るよ。」
如華はいとも簡単に絶望の淵へと蹴り落とされてしまった。
ぬか喜びとはこの事だ。
この男は大男の仲間なのだ。
よく考えれば、この小屋に来た時点で大男の知り合いだと勘付くべきだった。
「おい!良二!どこだ?」
男はベッドに腰掛けくつろぎ始めた。
「それにしても、臭ぇ部屋だな。なぁ、パンク女。お前もそう思うだろ?」
如華は男がごく自然に話し掛けてきた事に背筋が寒くなった。
この男にとって檻に入れられた女がいる状況は、ごくありふれたシチュエーションで普通なのだろう。
何の悪意も罪悪感もまるで持ち合わせていない。
この男もまた異常者なのだ!
2人目の異常者出現に如華は完全に戦意を失ってしまった。
「にいに!」
大男が元気よく戻ってきた。
「よう。良二。元気にしてたか?」
「どおしたの?くらいときにくる、なかった。」
「ちょっとな、訳あってよ。お楽しみ中に悪いがここで少し休ませてくれないか?」
大男は全身笑顔で答えた。
「うん。にいに!いいだよ。」
どうやら2人は兄弟で、現れたのは大男の兄らしい。
兄の突然の訪問に大男は子供のように無邪気に喜んでいる。
如華は兄が居る間は、大男の関心が自分に向かないかもしれないと思った。ある意味、助かったのかもと。
兄弟は何気ない会話を楽しんでいた。
内容は男兄弟がしそうなごく有り触れた日常会話だった。否、会話と言うより兄からの一方的な話しだった。それを大男がまるで、就寝前にベッドの上で物語を読み聞かせて貰っている子供のように目を輝かせながら聞いているだけた。
兄弟は如華の存在をすっかり忘れ去っているようにみえた。 それは、飼い犬の餌や散歩などの催促時以外、余り関心を寄せない飼い主のペットに対する扱いに似ていた。
如華は今や、兄の登場に感謝し始めていた。
この和やかな時間が出来るだけ長く続くよう願った。そして、大男の兄が自分の事についての話題を振らないよう祈った。
「さて。話は変わるが、良二。」
大男の兄がふいに如華の視線を捕らえた。
如華は慌てて目をそらし、なぜが息を止めた。それはまるで、自分の存在を消し、家具の一部として見られるためかのように。
「ちょっとまじめな話しをするぞ。」
大男の兄は少し声のトーンを下げた。
「実はな、俺は仕事でしばらく海外に行くことになったんだ。」
「おしごと、かいがい?」
大男は間の抜けた顔で聞いた。
「ああ、海外ってのは別の国だ。つまり、遠い所って事だよ。」
「とおいところ。いまより?」
「そうだ。だから、今までみたいにしょっちゅう会いに来れなくなるんだ。」
大男は心が傷付いたような顔になった。
「さみしいな。」
「俺もだ。でも、少しの間さ。すぐまた会いに来れるようになるさ。」
大男は無言で頷いた。
「だから当分の食料品を買ってきた。良二が一人でも大丈夫なようにな。お前の好きな冷凍チーズパンやラザニヤもいっぱい買ってきたんだぞ。」
「ナゲットは?」
大男は上目遣いで伺うように尋ねた。
「もちろん、20キロ分買っておいたさ。俺がお前の1番の好物を忘れると思ったか?本当に凄い量だから、後で一緒に車まで取りに行こうな。」
如華は兄の弟に対する優しさに驚き、少し感動した。今までの人生でこんなに思いやりに溢れた会話を聞いたことがなかったからだ。
如華が兄弟のやりとりを興味深く見ていると、大男の兄と目が合ってしまった。
しまった!
すっかり油断してしまっていた。
「おい、良二。あの雌が寂しそうに見ているぜ?」
大男の兄は卑下した笑みを見せ、如華の方を指さした。
如華はひどく後悔した。
せっかく自分の存在を忘れていた兄弟に、自ら存在を示すような視線を送ってしまっていたのだ。
「にいに。あそぶ?」
「お前の後じゃ、どの穴も緩すぎて楽しめねぇよ。」
「ぼく、まだ、あそびない。にいに、はじめ。あそぶといい。」
大男に勧められて兄は何かを思案しながら、如華の方に左脚を引き摺って近づいた。
如華は品定めする様に見下ろす男を睨み付けた。
威嚇したのだ。やめておけ、手を出すと痛い目に遭うぞと。
大男の兄はそれを悟った上で不敵な笑みを浮かべた。
「そうだな。向こう行ったら、しばらく雌を抱けそうにないしな。こんなんでも雌は雌。この手のタイプは初めてだが、まぁ、ある意味面白いかもしれねぇな。」
逆に興味を湧かしてしまったようだ。
今日は何をやっても裏目に出る。
ならばと、如華は発想を変える事にした。
こっちが値踏みしてやる!
最悪の状況にヤケになってきていた。
如華は服を脱ぐ大男の兄をじっと見つめた。
情けない身体だったらとことん馬鹿にして、やる気を殺いでやる!
しかし、如華はシャツを脱いだ大男の兄の上半身を見て驚いた。
それは、上半身が余計な脂肪の無いアスリートのような体つきだったからだけではなかった。
体中に無数の痛々しい傷跡があったからだ。
如華は兄弟の会話を思い出す。
海外に行く話の内容から、大男の兄の仕事は兵士なのではないかと考えた。しかも、正規の隊員ではなく雇われ兵士、つまり傭兵として世界各国の戦場に赴いているのだ。体中の傷は戦場で受けた傷や、拷問で受けた傷に違いない。
如華にはやる気を殺ぐ言葉が見つからなかった。
「良二、俺の車から食料品を取って来いよ。片道30分はかかるよな?」
大男の兄はウインクして見せた。大男は笑顔で親指を立てそれに応えた。
「あっ、にいに。きをつけて。それ、あばれるよ。」
「だろうな。見た目通り。それも一興。」
兄は大男が小屋を出て外側の鍵を閉めるのを待ち、檻の鍵を開けた。
「話は聞こえてただろ?出ろ。」
「断るわ!」
「お前はどう足掻いても俺に抱かれる事になる。どっちがいい?堅くて冷たい檻の中か、柔らかくて暖かいベッドの上か。お前が選べ。ベッドなら優しくしてやる。」
如華は結果的にレイプされるなら、痛みは回避したかった。近い未来、大男に全身を破壊される事になることはわかっている。だから、今はなるだけ痛みを先送りにしたい気持ちがあった。
「ホントに優しくしてくれるの?」
大男の兄は優しく微笑んだ。
「ああ、俺は良二と違って加減を知ってるからな。」
如華は恐る恐る檻から出た。
目の前に立ってみると大男の兄は大男と違い、それ程背は高くなかった。
体格はいいがこれなら不意を突けば逃げ出せるかもしれない。
しかし、その目論見は実行に移す前に潰されることになった。
突然、大男の兄は如華の髪の毛を鷲掴みにし、足払いでこかし、跪かせたのだ。
「痛っ!」
大男の兄は髪を引っ張り、如華の顔を自分に向けた。
「逃げようと思っただろ?無理だぜ?例え何かの間違いでこの俺を出し抜けたとしても。この小屋からは出られない。出口は一つで女の力じゃあの扉は破れない。」
如華は髪を掴んでいる手を解こうとし、大男の兄の手首に爪を立てた。すると、更に強い力で引っ張りあげられてしまった。
激痛が走る。髪の毛が全て引っこ抜かれたかと思った。
「そこでだ。一つお前にチャンスをやろう。口でもし俺をイカせることが出来たら、ここから逃がしてやってもいい。」
如華は思いも拠らぬ提案に目を白黒させた。
「ホントに?フェラでイカすだけでいいの?」
「ああ。だが、制限時間は15分。それまでに俺が射精したらの話だ。」
そんな簡単なことでこの地獄から抜け出せるなら、願っても無い事だと如華は思った。
「本当に逃がしてくれるの?」
「二言は無い。だが、先に言っといてやる。俺の息子は元気はあるが、かなり鈍感な奴でね。顎が外れねぇよう気をつけな。」
如華は大男の兄の捨て台詞を鼻で笑った。
ストリート時代にオーラルセックスで日銭を稼いでいた時期があった。その当時、かなり良い評判を得ており、トイレに行列が出来るほどだった。だから、如華はオーラルセックスに相当の自信があったのだ。
「15分もいるかしら?」
しかし、その確固たる自信は直ぐ揺らぐ事になる。
大男の兄のボクサーパンツを得意気にずらし、勢い良く飛び出てきたペニスを見て如華はぎょっとした。
奇形。それは、余りにも痛々しい形だったのだ。
皮膚が火傷を負ったようにただれ、分厚くなっているように見えた。更に、亀頭と陰茎体の境目が無くなっている。何かで溶かされ一つになったような感じだ。これでは、感覚が鈍いのは当たり前だった。
「どうした?早く始めないと、残りあと14分しかねぇぜ?」
大男の兄は如華の反応を見て取り、勝ち誇った顔で言った。
しかし如華は、まだ望みを捨てるつもりはなかった。やってみないと解らない。全力でやってみる価値はあると。
如華はいびつなペニスを恐る恐る握りしめ、息を深く吸い込み、口を大きく開いた。
如華の負け戦が今、まさに始まろうとしていた。
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