第13話 目覚める森の美女 7
有馬如華は息を殺して待っていた。
大男が小屋に帰ってくるのを。
チャンスは一度きり、失敗は許されない。
如華は隙間から入り口の様子を伺った。
まだのようだ。
大男が現れることを、こんなに待ち遠しく思うとは考えもしなかった。
少し興奮気味になり呼吸が荒くなる。落ち着け。
如華ははやる気持ちを静める様に心の中で呟いた。
暫くして、玄関の方で音がする。
外の鍵を開ける音だ。大男が帰って来たのだ。
如華は更に呼吸の回数を減らした。
玄関の扉が開き、大男が姿を現す。
床をずって歩く音が室内に響いた。
大男は真っ直ぐ檻に向かっていく。まず、獲物の様子を窺うのだろう。
ところが、急に踵を返し、ドタドタと早足で玄関に戻っていった。そして、慌てて鍵を掴み、檻に駆け寄った。
檻の中から如華の姿が消えていたのだ。
檻の中にはうす汚れた厚手の毛布が存在するだけだった。
しかし、よく見るとその毛布は不自然に盛り上がっていた。まるで、人が潜って寝ているように見える。
「おーい!ねんねか?」
大男は少し落ち着いた様子で、その毛布に向かって声を投げつけた。
しかし、その毛布からは何の反応も無かった。
大男はじっとその膨らみを観察した。
「かくれんぼ?よーし。ぼくおにね。いーち。にー。さーん…」
8まで数えた時、大男は呼吸で毛布が上下していない事に気がづいた。
大男は不思議に思い、鉄格子の間から手を伸ばし毛布を引っ張ろうとした。
ところが、どう足掻いても毛布まであと10㎝、手の長さが足りなかった。
そこで大男は檻の鍵を開けて中に入る事にした。
鍵を回し、鉄の扉を押し上げた。そして、膝と胸が引っ付くまで屈んで、体を檻の中に入れた。
身体が半分位、檻の中に入った所でやっと毛布に手が届く。大男に笑みがこぼれた。隠れんぼのクライマックスなのだ。
脅かそうと大男が毛布を引っ張った、ちょうどその時だった。
大男の尻の方でドンッと音がした。何かがぶつかったのだ。
その勢いで、大男はバランスを崩し、檻の中に頭から転がりこんでしまった。
顔面から毛布に突っ込み、毛布の中身が露わになる。
毛布の中の正体は如華ではなく、丸められた掛け布団だったのだ。
大男がのそっと上半身を起こした時、ガシャンと檻の扉が閉まる音が聞こえた。
その音に反応して、大男が振り向くと檻の鍵を閉めている如華がいた。
「あーうー!」
「死ぬまで中に入ってな!」
如華は鍵を振り回しながら、勝ち誇った顔で言い放った。
如華は念力で取った鍵を使って檻から出て、毛布をセットし、鍵を元の位置に戻し、ベッドの下に隠れて大男が帰ってくるのをじっと待っていたのだ。そして、思惑通りの行動をした大男の尻を力一杯蹴りあげ、檻の中へ押し込んだのだった。
「鍵は元あった場所に戻しといてやるよ!無くさないようにな!」
「うううー」
大男は鉄格子を掴み檻を揺さぶった。
「無駄無駄。熊を入れる檻なんだろ?幾らテメェの馬鹿力でもそれは壊れないさ。」
如華はビクともしない檻を見て安心し、思考を巡らせた。
この後、どうするか。
こんな化け物を野放しには出来ない。
如華の考え得る選択肢は3つあった。
①警察に通報し逮捕させる
②このまま檻の中で餓死させる。
③犠牲になった女達の恨みを晴らす。つまり、直接手を下すのだ。
大男の罪に対して、警察に任すのでは生温い。
かと言って、自分の手を汚すのは、幾らむかついていても流石に抵抗がある。ならば、選択肢は一つしか無い。
餓死させる時間はあった。
大男は世間から孤立しているし、唯一の知り合いである兄は海外に行き、暫く帰って来ないのだ。
「さようなら化け物さん。ちゃんとくたばっとけよ。2ヶ月後、テメェの骸を見学しに来てやるからな。」
「うううううう。」
如華は唸って睨む大男を尻目に大声で笑い、出口に向かった。
気分爽快だった。
絶体絶命からの大逆転なのだ。
如華は初めて念力の能力に自信を持った。
つまり、自分を認める事ができたのだ。
檻の鍵を壁の釘に引っ掛け、隣の玄関の鍵を取る。念の為、小屋に鍵を掛けておく為に。
「ううう、嗚呼嗚呼嗚呼ぁ!!」
大男の唸り声が叫び声に変わる。
「好きなだけ吠えてろ。ノドが潰れるまでな。誰にも気付かれやしないさ。女達の苦しみをじっくり味わえ。」
如華は扉のノブに手を掛けた。この先に自由が待っている。ぶっ飛んだ一日がやっと終わるのだ。
ノブを回した時、大男の叫び声の中に、何か金属の折れる様な鈍い音が混ざって聞こえた気がした。
如華の手が止まる。
嫌な予感が全身を駆け巡った。
恐る恐る振り向くと、鉄格子をこじ開けている大男が目に飛び込んできた。
白眼を剥き、歯を剥き出し、顔が紅潮していた。全身に血管を浮き立たせ、力んでいるその姿は、まるで鬼そのものだった。
如華は驚きの余り、身体が凍りついた。
「嗚呼嗚呼嗚呼ー!!」
鉄格子の接続面が鈍い音をたてながら次々と外れていく。
あと少しで大男の体が通る幅になるところだ。
如華は我に返り、慌てて小屋を飛び出した。
そんな馬鹿な!
あれは人間じゃ無い!
正真正銘の化け物だ!
外は真っ暗な森が広がっていて、全く思うように走れない。木にぶつかりながらも、どこへともなく走った。
兎に角、遠くへ逃げなくては!今度こそ捕まったら終わりだ。
「ゴオオオオオオ!!!」
後ろで人間とは思えない雄叫びか聞こえる。
化け物が野に放たれたのだ!
木の枝が次々に顔をはたいてくるが、いちいち避ける余裕は無い。
木の幹で足を取られ、何度も転んだ。
全身擦り傷まみれになりながらも、如華は一歩でも前へと進み続けた。
しかし、大男がどんどん近づいてくる気配がする。
山を駆けるスピードがまるで違うのだろう。
そして、この暗闇で正確に如華のあとを追ってこられる夜目。
如華は逃げ切れないのを背中で感じた。
このままだと捕まるのは時間の問題だ。
「だったら、闘るしか無い!」
大体、逃げるのはハナから性に合っていないのだ。
相手は正に怪力の申し子と言えるが、こっちだってただのか弱い女の子じゃない。
念力があるのだ!
子供の時、施設では30キロのバーベルを浮かせる実験を成功させていた。
闘ってやる!
如華は走るのを止め、素早く茂みに身を隠した。
不意を突けば勝てる!
さぁ、念力を使うため、息を整えるんだ。
ちょうど直ぐ近くに直径50㎝程の岩が転がっていた。20キロ位はあるだろう。
如華はその岩に目を付けた。
コイツで頭をかち割ってやるんだ!
如華は念力に集中した。
ドタドタと走る足音が近づいて来る。
大男は如華を見失った所で足を止め、闇を見渡し、耳を澄ました。
気配はするが、詳しい場所までは、どこか分からない様子だ。
「ゴオオオオオオ!」
大男は獣のように吼えた。
これは、野生動物を狩る時の方法だった。
大声で脅かし、隠れた獲物が飛び出してくるのを待つのだ。
それを、如華に試したのだろう。
しかし、何の反応も無かった。
一方、如華からは大男が丸見えだった。
2メートル程離れた茂みから狙いを定めていた。
後はタイミングだ。
如華は絶好のタイミングを待っていた。
この一撃で仕留めないと、2度目のチャンスはないだろう。
如華はそのタイミングを計るため、もう一度、岩の場所を確認した。
あと、数歩。
大男があの大きな杉の木の下に来た時が勝負だ。
「!?」
如華は普通に驚いた。
さっきまで直ぐそこにいたはずの大男がいなくなってしまったのだ。
一瞬、目を離しただけなのに消え去っていた。
幾ら茂みからの視界が狭いとは言え、あの巨体を見失うなんて!
如華は焦った。
まさか、大男がこんなにも素早く動けるとは!
何処へ行ったんだ?もしかして、別の場所へ探しに行ってしまったのだろうか?
如華は早まらず、同じ場所で身を隠したまま、周囲に注意を払い続けた。
まだ、近くに居るかもしれない。
茂みから見える範囲に集中し、耳を澄ました。
しかし、幾ら待っても動きがなかった。落ち葉を踏む音さえも聞こえてこないのだ。
そこで、如華は意を決して周囲を確認してみることにした。
物音を立てないように、10秒単位で身体を動かした。水辺のワニのようにゆっくりと茂みから目の位置まで顔を出す。
辺りは静寂だけだった。
見渡す限り大男の姿は確認できない。
「みーつけた。」
大男が真後ろの大きな木の陰から出てきたのだった。
してやられた!
大男は逆に隠れて如華が出て来るのを待っていたのだ。
つまり、我慢比べで負けたのだった。
如華から歯ぎしりの音がこぼれる。
脱兎のごとく茂みから飛び出したが、如華は簡単に捕まってしまった。
抵抗むなしく、大男に首根っこを片手で掴まれ、そのまま吊し上げられてしまった。
のどが閉まり息が出来なくなる。
首を絞める大男の手に思い切り爪を立てる。
しかし、大男は顔色1つ変えなかった。
「かーえーろー。」
何度も顔面に膝蹴りを喰らわせる。
だが、徐々にその力も抜けていき、顔を撫でる程度になってしまった。
如華は気を失いそうになるのを必死でこらえた。
あと一歩。
大男があと一歩さがるのを待っていたのだ。
だが、もう耐えられそうに無い。
目がかすみ、口から涎が溢れ出してきた。
大男に爪を立てていた手から完全に力が抜け、だらりとぶら下がってしまった。
その時だった。
眩しい光が大男と如華の2人を照らし出した。
「動くな!警察だ!手を上げろ!」
大男は光に驚いて一歩後ろにさがった。
如華は朦朧とする意識の中、それを見逃さなかった。
次の瞬間、鈍い音が闇夜に響く。
大男の頭に20㌔の岩が落ちた音だった。
如華は20㌔の岩を念力で高い木の枝分かれ部分に載せ、いつでも落とせるようにセットしていた。
それを今、脳天目掛けて落下させたのだった。
大男は頭から血を吹き出しながら地面へ崩れ落ちた。
如華はそれをしっかり見届けたあと、気を失った。
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