第4話 探し屋エビチリ亭 2
「コーヒーでいいか?」
「カプチーノを頂戴。」
蛯名千里は初めて来た街のカフェにいた。
事務所から犬養の車でわざわざ30分もかけてやって来たカフェだったが、どこにでもあるフランチャイズチェーンストアだった。
二人は歩道沿いのテラス席に座っていた。
「わんちゃんってゲイなの?」
「いきなりなんだ?」
「だって、わたしのナイスバディーな裸を見てリアクションがあれじゃ、疑われて当然よ!」
事務所に迎えに来た犬養を裸で待ち構えたのだったが、軽く一瞥して犬養の口から放たれた言葉がこれだった。
「そのまま外に出るつもりか?公然わいせつ罪になるぞ。」
千里は悪ふざけでからかうつもりが、逆に恥をかかされ気分を害していた。何とか犬養にも恥をかかせて立場を対等にしたかったのだ。
「お待たせいたしました。ホットコーヒーとカプチーノになります。」
「ねぇ、ウェイトレスさん。この人結構男前でしょ?髪型も服装もビシッと決まってるし。でもね、残念だけどゲイなのよ。がっつり。ゴリゴリの!」
犬養はため息をつき、荒々しく千里に口づけをした。
ウェイトレスは顔を赤くして、混乱した様子でいそいそと退散した。
「もういいだろ?十分恥はかいたぞ。」
「そうね。許してあげる。それにしてもわんちゃん、キスが上手ね。アタシがレズビアンじゃなかったら落とされてたわ。」
「そうか。では、仕事の話に入るぞ。」
仕事柄、犬養は自分のペースに持って行くのが得意なのだ。
黒いブリーフケースから書類の入った封筒を取り出し、千里の目の前に置いた。
「その書類を見てくれ。ここ3ヶ月で起きた事故の物だ。」
「事故?捜査第一課の刑事さんが何故?」
「それは今から順を追って話していく。鉄道警察隊の知り合いがこの事故に何らかの異変を感じ俺に相談してきたんだ。」
「鉄道警察隊?電車の事故?」
「そうだ。兎に角、書類を見てくれ。」
千里は言われたとおり書類に目を通した。
その書類は電車と車の衝突事故の物だった。お釈迦になった自動車の写真がその事故の凄まじさを物語っている。
車の運転ミスで遮断機を押し上げ、線路内に入り事故に遭ったようだ。3ヶ月で3件同じようなケースの事故があったとされている。
「ふーん。よく分からないけど、事故件数のペースとしてはどうなの?多いの?」
「数で言えばあり得ないことは無い。気になるのは事故現場の場所だ。」
犬養は封筒から地図を出しテーブルの上に広げた。
「×印が事故の起きた場所を示してある。この3件は半径10キロ圏内で起きている。」
犬養はさらに地図を広げた。
「範囲を広げると、この1年で、山手線で6件、中央線で6件の計12件、50キロ圏内で似たような事故が起きていたことが分かった。異変に気づいた知り合いが調べたんだが。」
「なるほどね。」
「そう、全国的に考えると気になる数字では無いが、絞られた地域で考えるとこの数字は異常なのだ。」
千里はカプチーノをすすり、泡で口髭をつくった。
「そこで何か見つけたと言うわけだね、ホームズ君?」
「その通り。これだ。」
犬養は写真を十数枚取り出し、テーブルに並べた。
そこには事故車のシフトレンジが写ってあった。
「12件中確認できた物は7件だが、その全ての車両はシフトをパーキングに入れていた。」
「誤って線路内に侵入したなら、確かにそれは変ね。焦った行動をとったとしても。」
「そう。7人が全て同じ間違いを犯したとは考えにくい。」
千里は下唇を親指でなぞった。考えを巡らす時の癖だ。千里はこの件がどう犬養に繋がるかを考え始めた。
「ははぁん、次は自殺を疑ったのね。」
「ああ。」
犬養がコーヒーを一口すすった。
ポーカーフェイスが一瞬ゆがむ。
コーヒーが冷めて不味かったのだろうと千里は思った。チェーンストアの安いコーヒーなら尚更だ。
犬養は咳払いをし、話を続けた。
「鉄道警察の知り合いはその線で生活安全課の同僚と協力して、個人個人を慎重に洗っていったんだ。自殺の動機がないかどうかを。」
「でも、理由が見つからなかった。」
「そうなんだ。多少の悩み事はあったとしても自殺に至る程の動機は現時点で見つかっていない。」
「そこでやっとアナタの出番って訳ね。でも、他殺説はかなり無理があるように見えるけど?」
「確かに。俺もこの件を相談された時点で他殺は無いと思った。彼らが立てた殺人の仮説は突飛すぎていて、俺は偶然が重なった事故が1番しっくり来ると思ったよ。」
千里は2杯目のカプチーノに口を付け、泡の上にかかってあるシナモンパウダーの香りを愉しみながら言った。
「どんな仮説?」
「車を遠隔操作し、事故に見せ掛けた連続殺人だ。」
千里は思わず吹き出した。カプチーノの泡が飛び散り犬養の鼻についた。
「ごめんね、わんちゃん。でも、それは無いでしょ?冗談きついわ。」
「俺も同じ反応だったよ。そんな映画やドラマの様な発想には懐疑的だった。だが、勤続30年のベテラン警官のカンが事故として処理させなかったんだ。」
犬養は鼻についた泡をブランド物のハンカチで拭き取った。
「そこで、とりあえず専門家に話を聞きに行くことにした。実際、車を遠隔操作する手立てがあるのかどうか。」
「そうね、まずはそこよね。」
「答えはイエスだった。被害者の車を改造する機会さえあればリモコン操作が出来るらしいんだ。」
「へー。そんなこと出来るんだ。凄い。」
千里は段々と興味が湧いてきた。推理小説好きなのだ。
「殺人の可能性があるなら調べない訳にはいかない。それで、仕方なく捜査を始めたんだ。何も出なけりゃ単なる事故として諦めるだろうと思ってな。」
犬養は何枚か写真を取り出した。そこには潰れた鉄の塊が写っていた。
「まずは車を調べてみた。これは直近の事故車だ。見ての通り車両の前半分の損傷が激しく、仕掛けがあったかどうか直ぐには判らなかった。専門家に頼んだところ、判別するにはかなり時間がかかると言われた。実際、残っていたのはこの事故車1台だけで他の車は既にスクラップ処理された後だったんだ。そこで、車のことは専門家に任せ、殺人事件の被害者として全員を一から洗い直す事にした。」
「何か出たのね。」
「ああ、被害者にいくつかの共通点があったんだ。一つ目は全員女性だった事。そして二つ目は…」
犬養は携帯電話を取り出しアプリケーションを開いて千里に見せた。
「この出会い系アプリを知ってるか?」
「ん?あぁ、結構有名なやつじゃない?アタシは使った事ないけど。」
千里は出会い系で痛い目にあった事を思い出した。メンヘラ女に付きまとわれ何度も引っ越しをする羽目になったのだ。
「被害者達にはこの出会い系アプリを利用していたと言う共通点があったんだ。確認できたのは12人中5人だったが、その5人全員がこの出会い系アプリを利用していた事が分かった。そして、彼女達はそこで売春行為を行っていたんだ。」
「出会い系で援助交際かぁ。良く聞く話ね。隠語を使ってやりとりするヤツでしょ?」
「そうだ。生活安全課の同僚によると、そのアプリは売春の温床になっているらしい。未成年を相手に買春した者の逮捕で大忙しだそうだ。」
「気持ち悪!未成年を狙うなんて底が知れた屑共ね。アタシは激しく軽蔑するわ。男ってホント何なの!」
千里は自分がレズビアンになったきっかけを重ねていた。
「そりゃ、売る方にも問題あるわよ。でもね、子供には身体を売ることで何を失うかなんて未来がはっきり分かるわけないじゃない!大人が止めないでどうするの?あー、気色悪い!男ってホントゲスな生き物!絶滅して!」
「落ち着け蛯名。注目を浴びすぎだ。」
気づくと店内の他の客や通行人の目が、鬼の形相の千里をとらえていた。
「蛯名の意見はもっともだと俺は思う。性の衝動に駆られた男は時に理性を失うのは事実だ。お前の言う通り男はゲスな生き物さ。」
「ごめん、アタシ今、理性を失っていたわ。男全員じゃなかったわね。わんちゃんは別。」
千里に笑顔が戻り犬養は安堵し、事件の続きを話し始めた。
「話しを戻すぞ。俺は1つ仮説を立てた。出会い系アプリで売春行為を行っていた被害者達は、同一の男とやりとりしているのではないかと。」
千里はお冷やを一気に飲み干し、オーバーヒートした心を冷ました。それから、事件の内容を思い返した。
「で、その推理は当たったの?」
「ああ。全員の端末に同じハンドルネームの男と売春に至るまでのやり取りの記録が残っていたんだ。ハンドルネームはハッピーマン。そこで、アプリ側に情報の開示を求め、ハッピーマンの電話番号を入手した。」
「ふんふん。電話番号から住所を割り出し任意同行に至った訳ね。」
「そうだ。売春行為の容疑で取り調べを行った。本名、阿蛭優一。33才独身、無職。パチンコで生計を立てているとの事だった。」
ふと、千里は不思議に思った。
犬養が直接取り調べを行い、阿蛭が犯人ならば既に解決しているはずなのだ。
何故ならば、犬養もまた超能力者であり、人の心が読める能力があるのだから!
千里は自分が何のために呼ばれたのか分からなくなってきた。
「いや、この件には蛯名の能力が必要なんだ。」
「あ!今、断りも無しに頭の中を覗いたな!」
「すまない。反応がなかったからついな。悪かった。」
「もう!この変態覗き魔!」
「話を続けるぞ。阿蛭は取り調べで出会い系アプリについて正直に語った。買春目的で利用したと。だが、女達と会っていないから、金を払ってセックスしていないと言い出した。」
「直ぐバレる言い逃れね。」
「俺もそう思い、条件と金額、時間と場所まで事細かく残っていたやり取りの記録を見せ、阿蛭の心を読んでみた。」
「嘘だったのね。」
「いや、本当に会ってなかったんだ。」
「は?意味わかんない。だったら何故アプリで交渉してたの?」
「俺も同じ質問をした。すると、買春するつもりだったが途中で怖くなって会いに行かなかったと答えた。」
「で、心の方はなんて言ってたの?」
「阿婆擦れを殺すために決まっているだろ。」
千里は思わず鳥肌がたった。
「阿蛭が犯人だと分かった瞬間だった。そこで一旦席を外し、自供させる戦略を練った。今のところ使える証拠が何も無い。車の遠隔操作の線で証拠があるように見せかけ、心を読みながら揺さぶり、核心を突く手でいくことにした。」
「早く、それでどーなったの?」
「結果から言うと失敗した。」
「ええ!何でよ!何で先に結果言うのよ!」
「阿蛭は車や機械に弱かったんだ。仕掛けなんか出来るタイプじゃなかった。」
「じゃあ、一体どうやって殺害したのよ!」
犬養は一呼吸置き、囁くように言った。
「念力だ。」
千里の大きな目がより大きく見開いた。
「念力で車を操作し、事故に見せかけて殺害に至ったんだ。」
「まさか!嘘でしょ?」
「阿蛭は俺達と同じ超能力者だったんだよ。」
千里は唖然とした。まさか、こんな話になるとは思いもしなかったのだ。
「俺も事態を把握するのに時間がかかった。超能力者が殺人犯だなんて、こんなケースは初めてだったからな。もう一度、作戦を練り直す必要があった。」
「作戦って言っても、どうしようも無いんじゃない?超能力者の逮捕起訴なんて無理でしょ!」
「ああ。まず、超能力が科学で証明されていないから立証出来ない。例え、念力で車を操作し殺害したと自供が取れたとしても同じだ。今の法律では超能力者や呪術での殺人は不能犯として扱われ、事故や偶然で処理されてしまう。」
「ええ。知ってるわ。だからその後、阿蛭をどうしたのか聞いてるよ!」
千里は犯人が解っていて逮捕出来ないもどかしさに苛立った。
「証拠も自供も無い状態で阿蛭をこのままずっと拘束することは出来なかった。仕方なく一旦釈放し、第一容疑者として部下に張り込みをさせているところだ。その間は流石に阿蛭も殺人を止めるはずだろう。だが、その時間も限られてくる。今のところ、俺の勘だけで捜査に人員を割かせているのだからな。」
「カン?わんちゃんの能力の事、知らないの?」
「当たり前だ。署内で知るものは誰一人居ない。そんな事が露見すればバッジを取り上げられ精神科送りにされるのが落ちだ。だから、取り調べで犯人を落とす度、勘が冴えたと嘯いてきた。俺は署内ではかなり勘のいい刑事として位置付けされている。」
「ちょっと待ってよ。じゃ、犯人の真実を知ってて捜査しているのはわんちゃん一人だけなの?それってかなり不利じゃない!」
犬養は千里の手をとり、真っ直ぐ目を見つめた。
「だから、お前に協力を求めてるんだ蛯名。阿蛭はこの先も似たような手口で殺人を続けるだろう。このままだと殺人鬼を野放しにする事になってしまう。阿蛭を挙げるためにお前の力を貸してくれ!蛯名!」
千里は立ち上がり叫んだ。
「当たり前じゃない!アタシが必ず監獄送りにしてやるわ!」
千里は自分の中に眠っていた正義に少し驚きながらも、覚悟を決めた。
どんな手を使っても殺人を止めてやると。例えそれが自分の罪になろうとも。
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