深夜の来訪者

 ホームセンターが開く時間になると、私はすぐに出かけた。今夜には台風がくる。あのビニール紐とガムテープの巣が持つはずがない。仕事は後まわしだ。


 一番近いホームセンターには、幸いなことにペットコーナーがあった。鳥籠や止まり木のあるコーナーを物色していると、ペット用に、半球の巣そのものが売っていたのでカゴに放り込む。


 さらに、壁に巣を固定するのに都合の良い物を探したが、売っているのは野鳥用の巣箱であったり、鳥籠、餌置きスタンドといった物ばかりだった。シンプルなT字型の木組みのような物を想像していたのだけれども、それはやはり特殊な用途なのだろう。私は、諦めて自分で木を切って作るしかないかな、と考え、木工品コーナーへと足を運んだ。


 すると、そこで思わぬ物を見つけた。木製のブックスタンドだ。L字型の木に板を張り付け、立てた本を挟んで固定するシンプルな物だったが、これを利用すれば、壁にL字型のアームを取り付け、その上に木を張り、巣を固定できそうだ。木板はネジ止め式らしく、ネジ釘も付属していたので都合が良い。私はそのブックスタンドと、壁にアームを張り付けるための基礎になる板1枚、それに、石壁にも利用できる壁材仮止め用のパテ状接着剤というのを見つけて購入した。


 はっきりいって、私は、壁に巣を設置するための大工仕事の知識をまったく持ってない。ゼロだ。でも、時間がない、とりあえず思いついた材料を集め、やってみるしかない。そうしないと、台風が来てしまう。


 材料を事務所に持ち帰った私は、さっそく工作を開始した。ブックスタンドのL字型アームを2本並べ、その2本のにくるように1枚の板をネジ釘で固定した。さらに、もう1枚の板を、アームを壁に張り付けられるように、に来るように固定する。こちらの板は、できるだけ接着する面積が広くなるように、大きめの物にした。


 組み上がった台をぐいぐいと手で押し、強度を確認する。いけそうだ。脚立を玄関前に立て、横一文字に塗りたくられている泥の一部を拭いた。接着面を確保するためだ。すぐ横では、また巣が危機に晒されると思ったのか、親鳥がピキュンピキュンと警戒音を立てて飛び回り始める。


 ごめんね。ちょっと我慢してねと謝りながら作業を続ける。アームに取り付けた板に仮止め用のパテ接着剤をたっぷりと着け、壁に貼り付ける。さらに、ガムテープで補強した。おそるおそる手を離してみたが、思ったよりもしっかりと接着されている。なんとかなりそうだ。


 30分ほど経過し、接着剤が乾いてきた頃に作業を再開した。ざるの巣に繋いだビニール紐をひさしからはがすと、いったん巣の残骸と雛に退いて貰って、買ってきた丸巣を入れる。その上に巣の残骸の泥や藁を乗せ、さらに雛を乗せる。

 そのざるを、接着した台の上に置き、台とざるを紐で縛って固定する。さらに、念のため、以前と同じように、庇へとビニール紐を張り付けた。これなら、多少の風に吹かれても、ぐらぐら揺れることも無いだろう。


 脚立から降りて、片づけると事務所へと入った。問題はここからだ。巣を設置しなおしたとしても、親鳥が怖がって近付いてくれなければ意味がない。親鳥は、作業中から必死になってピキュンピキュンと声を上げて飛び回っていたので、異常だと感じているのは間違いがない。もう、こればかりは祈るしかない。


 仕事を再開したものの、気が気ではなかった。警戒音はしなくなったものの、ツバメは窓から見える位置を不安そうにホバリングしていた。私の座っている位置からその姿が見えるということは、玄関の上まではまだ距離があると言うことだ。頑張れ。もう一度だけ信じて。


 固唾を飲んで見守っていたが、ツバメの姿は、玄関側へとふっと消えていった。そして、雛鳥のジジジジという声が聞こえてきた。やった。そうだよね。親だもんね。行くよね。ヒトの匂いとか接着剤の匂いとか、そんなの関係ないよね。私はちょっと涙ぐんでさえいた。


 そしてその日、私は割と安心して帰途についた。あれだけ補強しておけば、大丈夫だろう。そう考えていたのだが、甘かった。その夜に上陸した台風は、本当に半端じゃなく激しかった。雨もそうだが、風が強い。私はアパートの自室でハラハラしながら一夜を過ごした。


 次の日の朝、台風一過で嘘のように晴れた青空の中、私は急いで事務所へと向かった。どうか、巣が、ツバメ達が飛ばされていませんように。

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