初めての巣作り

 目の前の巣の上にはとぐろを巻いた蛇。そして頭上には今まで見た事もない程の数のツバメが飛び交っている。


――何これ?


 それが私の感想だった。状況がうまく飲み込めずに突っ立っていると、ちょうど朝の畑仕事に来た叔父が軽トラに乗って到着し、異常な数のツバメに気づいて玄関へと様子を見に来た。


「なんだ。巣が落っこちでもしたのか?」

わたる叔父さん! 蛇が……!」

「蛇? あれまあ」


 私が巣を指さすと、叔父はそちらを確認して驚いた声を上げた。


「こりゃあ、全部食われちまうなあ。可哀想に」

「そんな事言ってないで。助けなきゃ!」


 叔父が来たことで、我を取り戻した私は、あわてて事務所の脇に置いてある掃除用のデッキブラシを手に、蛇を追い払おうとした。だが、私の背ではデッキブラシを使っても届かない。叔父でも無理な高さだ。それでも、なんとか蛇を追い払おうと、外壁を叩いて音を立てて蛇を威嚇する。


 大量のツバメに騒ぎ立てられても、悠々と巣の上に居座っていた蛇であったが、これには慌てたようだ。頭を巣からもたげると、ずるりと移動を始めた。その時だった。雛の重さに加えて、蛇の身体の重さに耐えきれなくなったのか、ツバメの巣がガラリと崩れ落ちた。


 あっと思う間もなく、ポーチの上には、2羽の雛と、不自然にお腹の2カ所がぷっくりと膨らんだ蛇が落ち、さらに大理石に叩きつけられてバラバラになった巣が散乱した。私が夢中で蛇を叩くと、蛇は不自然なお腹をくねらせて、素早くどこかに逃げていった。


 残ったのは、2羽の雛だけだった。上空では相変わらずツバメの大群が渦を巻いてピキュンピキュンと鳴いている。


「どうしよう。これ」


 私は雛を拾い上げようとすると、雛は、ひよこのような甲高い声で鳴いて、傘立ての陰によたよたと走って逃げた。それを捕まえて手に乗せる。真っ黒な羽毛に包まれ、もうちょっとで飛べそうな雛だ。あと一週間もすれば巣立ちできたのに。そう思うと可愛そうという気持ちと、悔しいという気持ちが押し寄せてくる。


「どうれ。ああ、こりゃまだ飛べにゃあな。可愛そうだけど、うっちゃって置くしかにゃあらに。こういうのは、自然に任せるしかにゃあでな」

「でも……」

「でももへったくれもあったもんじゃにゃあよ。巣が残ってりゃあ、返してやりゃあいいけんが、巣ごと落っこちまってるでなあ。残酷かもしらんが、人間があんまし関わるもんじゃにゃあよ」


 私は渋々頷いて、事務所の中に入り、叔父は畑に向かった。しかし、やはり気になる。せめてもと思い、書籍の梱包用の段ボールを手に外に出ると、巣の残骸の泥や藁をかき集め、傘立ての陰に隠れて丸くなっていた2羽の雛をその中に入れた。そして、叔父が作業用に起きっぱなしにしてある脚立があることを思い出すと、それを玄関の脇に建て、その上に段ボール箱を起き、ガムテープで固定した。ひょっとしたらこうしておけば、親鳥が雛をどこかへ運び、そこで子育ての続きをしてくれるかもしれない。頭の中では、あの大きさの雛を親鳥が運べるわけがないと解っていながらも、そんな奇跡が起きる事を祈って、室内へと戻った。


 顔を洗って着替え、メイクを済ませて仕事を始めたが、相変わらず外ではツバメがピキュンピキュンと飛び回っている。蛇がいたときよりは数は減っていたものの、3~4羽が玄関の周りを行ったり来たりしているのが窓から見えた。


 可哀想だけど、やってあげられるだけのことはした。叔父の言うように、自然に任せて仕事に集中しよう。そう思ってPCに向かったが、私がした事と言えば、ツバメの落ちた雛についての対処方法をWebで検索する事だった。


 いろいろなQ&Aサイトや、野鳥のひなのレスキュー方法をまとめたサイトを食い入るように見つめた。叔父の言う通り、雛が落ちることや、巣自体が落ちてしまう事は、珍しいことではないらしい。そして、巣が落ちてしまった場合、その雛を救うのは難しく、やはり自然に任せた方がいいという書き込みが多くあった。中には、いったん人の手で触ってしまい、ヒトの匂いが付いてしまうと、たとえ巣に戻したとしても、親鳥が警戒して子育てを放棄してしまう、という内容のものさえあった。


 可哀想だけじゃ、どうにもならないのかな。そう思いながらも、検索を続けるのを止められなかった。中には、カップラーメンの空き容器と新聞紙で仮の巣を作り、そこに雛を入れて置いたらうまく巣立ったというような記述もあった。だが、あまりに楽観的過ぎて、信じていいのかという不安が先に立った。


 窓の外では、まだ親鳥がピキュンピキュンと警戒音を立てて飛び回っている。脚立と段ボールの箱では、怖いのだろう。近づけないのだろう。雛は見えているはずなのに。自分の子供なのに。しっかりしろよ! 私は祈りとも怒りともつかない気持ちで、もっと良い方法はないのか、もっと確実な方法はないのかと検索を続けた。


 見つけたのは、しかし、私の心をギュッと握りつぶすような記述だった。巣から落ちた雛は、餌を与えられずにいると体温の維持が難しく、外敵に襲われるまでもなく死んでしまうというのだ。その記事を見たら、もう駄目だった。いやだ。何もしないのはいやだ。せめて、せめて関わってしまった鳥くらいは助けたい。一刻も早く、巣が必要だ。形や確実性なんて二の次だ。時間が無い。雛が冷えずに、親が警戒しない巣が必要なのだ。


 私は、備え付けの流しに向かい、製氷皿から氷を受けるのに使っている小さなプラスチック製のざるを手に取った。そして、ビニール紐とガムテープを手にすると、急いで玄関に向かう。脚立を登り、段ボールを外して中を見る。背中からは、非難するような親鳥のピキュンピキュンという声が響き続ける。


 段ボールの中では、2羽の雛姉妹が身を寄せ合って丸くなっていた。1羽は、親鳥が来たと勘違いしたのか、黄色い口を懸命に開けて弱弱しくジジジ……と鳴いた。生きている。まだ大丈夫だ。私は、段ボールの中から、ざるへと巣の残骸を移し、即席の巣を作ると、その巣をビニール紐で玄関上のひさし部分から吊り下げるようにして止めた。落ちないように、見た目なんか気にせずに、何重にも何重にもガムテープを重ねた。最後に、ざるが揺れないように、底の部分にも一つビニール紐を通し、壁へと貼り付ける。玄関の庇から吊り下げられた、ざるの巣は、玄関の壁にもたれるようにして固定された。その中に、そっと2羽の雛を移した。


 頼む。私は祈るようにして室内へ入る。頼む。怖がらないで。目の前にいる雛だけを見て。大丈夫だから。親だろお前ら。助けろよ! 私はそう思いながら、仕事に戻った。手と頭は仕事を続けるが、耳は窓の外から聞こえる警戒音ばかり聞いている。


 その音を立てるのを止めて。大丈夫だから。私は心の中で悲鳴を上げながら仕事を続けていた。と、その時、ジジジジジと、雛の渋い声が聞こえて来た。席を立って窓から顔を出すと、親鳥が、ざるの前でホバリングし、中の雛に餌を与えていた。


 やった。これであの2羽は助かる。まだ怖いのか。それとも、ざるが安定しないのか、巣の中に入る事はしなかったが、近寄っても大丈夫な物と認識してくれたようだ。やがて、ピキュンピキュンという警戒音を発する事は少なくなり、昨日までと同じように、雛のジジジジという声が定期的に聞こえてくるようになった。


 私は心底、ほっとした。人騒がせな奴らめ。ああいう衝撃シーンは、ナショナルジオグラフィックの自然特集の中だけでいいんだから、と、軽口まで出るようになった。やれやれだ。10時になって、ホームセンターが開いたら、もっと良い巣の代わりになるような台を探してあげようかな。でも、ざるでもいけそうだから、そこまでしなくてもいいかな、なんて思いつつ、席に戻った。


 安心した私は、いつものように天気予報を見る事にした。今朝はツバメので、全然見ていない。そこで私が目にしたのは、信じられない予報だった。


――過去最大級の大型台風、今夜半に直撃


 蛇の次は台風。神様、ツバメたちに厳しすぎませんか。私はPCの画面を見たまま、しばらく動けなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る