早朝の来訪者
毎朝6時に事務所へと出勤すると、PCのスイッチだけ入れて再び外に出る。恰好はジャージにウォーキングシューズ、髪はバレッタで一つに止めて、日除け付きのキャップを被る。化粧もしていないので、パッと見は朝練に出かける高校生のようだ。
「それじゃあ、行ってきます」
玄関上のツバメ達に向かって声をかけ、朝の散歩に出発する。仕事柄、ほぼ一日中椅子に座っているので運動不足は確実だ。ただでさえひ弱な私にとって、散歩はダイエット目的と言うよりも、もはや健康のため。意識して運動する時間を取らないと体が危うい。夏場は特にそうで、汗を出す練習をしておかないと、ちょっと気温が上がっただけで、すぐにくらっとしてしまう。仕事にも影響が出るし、なにより、ご飯やお酒のおいしさに響く。
そういったわけで私は、毎朝30分ほどのウォーキングを続けていた。事務所は控えめにいって、「山の途中」にあるので、散歩コースも自然と起伏の多い道になる。1.5kmほど下って川沿いの養殖場まで行くと、帰りの1.5kmは、ちょっとした山登りだ。私は、その道をぜえはあ言いながら歩いていく。田舎道、というかほぼ山道なので、散歩の途中で様々な動物に遭遇する機会も多い。犬や猫はもちろん、タヌキやキジに遭遇して、お互いにびっくりする、なんて事も珍しくない。
散歩の折り返し地点としている養殖場。にじますを養殖しているその場所は、同級生の渡辺さんの実家だ。渡辺さんは、いわゆる幼なじみで、小学校・中学校・大学が一緒で、職場まで共にした仲だ。私が体調を崩して会社を辞め、実家に出戻ってからも、度々連絡を取り合っている。散歩中、たまに渡辺さんの家や、飼い猫の写真を撮って送る事がある。そうすると、「懐かしいなあ。渡辺家の人に会ったらよろしく言っといてね」なんて返事を貰ったりもする。
渡辺家。その言い方がちょっと可笑しかった。渡辺さんは結婚して、今は
私が結婚したら、父もあんな顔をするのかな。ふと、そう思った。うちの父も、長女の私には期待をかけていたようだ。小さい頃は、妹が我儘で迷惑かけ放題だった事もあり、お姉ちゃんは聞き訳が良くて偉いね、なんてよく言われたものだ。
私が勤めていた会社は、父と同じ業界だった。それが嬉しかったのか、以前の父は、頼みもしないのに、ちょくちょくアドバイスめいた事を連絡してきてくれた。しかし、今の仕事を始めてからは、さすがに勝手が違うようで、そういう事もすっかり無くなった。妹が結婚し、甥っ子の圭太が産まれてからは、孫にベタ惚れの好々爺になっている。
ねえねえ、やっぱり孫って可愛いの? と聞くと、一瞬困ったような顔した後にニッコリと笑い、ああ、たまらんぞ。と言っていた。理屈ではなく、たまらんそうだ。たまらんか。
でも、伯母の私ですらあんなに可愛いのだから、孫ともなると、やはりたまらんのだろうなあと、納得できた。しかし、妹が言うには、可愛いには可愛いけど、いろいろ無茶苦茶大変らしい。やはり親というのは大変なんだろうなあ。美味しい所だけ味あわせて貰ってすまんな、と、そんな事を考えながら山道を登り、事務所までぜえぜえ言いながら帰ってくると、ツバメの親たちも大変なことになっていた。
あんな風景は見たこと無かった。大量のツバメ達が玄関の周りをグルグルと飛び回り、さかんにピキュンピキュンと警戒音で鳴きまくっている。これは何かが起きたんだと感じ、巣のほうに目をやると、巣がこんもりと大きくなっていた。
どういうこと? と近づいて、私は息を飲んだ。どうやって這い上がったものか、巣の上では蛇がとぐろを巻き、頭を巣の中に突っ込んでいたのだ。
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