ひよこなのに爺ちゃん

 ツバメの雛は、普通に「雛」と呼ぶが、鶏の雛は「ひよこ」と呼ぶ。おそらく、ひよこは「ひよひよ」と可愛らしく鳴くからだろう。ツバメの雛の渋い声とは違う。しかも、「ひよこ」が意味するのは、鶏の雛の名称だけにとどまらない。いわゆる「若手」や「初心者」の事もひよこと呼ぶ。「まだまだクチバシの黄色いめが」なんて憎まれ口もある。


 実をいうと、私の仕事は「ひよこ」に関係がある。私の仕事は、初心者に物を教える仕事。とはいえ、学校の先生というわけではない。雑誌や書籍にコンピュータ関係のアプリケーションの使い方などを紹介し、たまにセミナーの講師をしている。つまりは、相手の先生なのだ。


 記事を書いていると、時には、記事内で図やイラストが必要になる場合がある。こういった場合、専用のイラストレータさんに絵を頼む事はだ。図が必要であれば、自分で書くのが一番てっとりばやいし、なにより、迷惑が掛からない。

 そんな説明用イラストを描く機会があると、私は、人間を使ったイラストを描く代わりに、ひよこを使ったイラストを描いている。人間よりも描きやすく、なにより、かわいい。編集さんには、「『ひよこ相手の先生』である事を意識して記事を書くために、こうしています」などと適当な言い訳をして了承して貰っている。


 そして、いつの頃からか、イラストの中にひよこたちの先生役を作ろうと、眼鏡をかけ、白いひげを生やした、お爺さんひよこを登場させるようになった。私の中では、「ひよ爺」と呼んでいる。なかなかにお気に入りのキャラクターだ。


 ある時、6歳になる妹の子に、ひよ爺の載っている記事を見せた所、「なんでひよこなのにお爺さんなの? にわとりにならないの?」と言われた。さすが我が甥。世界一可愛いだけでなく、なかなかに賢い。


「普通、ひよこはニワトリになるんだけどね、ひよ爺は、ニワトリになるのを迷ってるうちに、お爺ちゃんになっちゃったんだよ。それで、他のひよこたちまで、そうなってしまわないように、先生をしているの」


 私がそう答えると、甥の圭太は、ふうん、と言って雑誌のページを捲った。


 このひよ爺は、私だ。私は初心者ひよこの皆に、アプリケーションの使い方やノウハウを教えるけれども、それだけだ。ひよこの皆は、そのノウハウを元に、自分のやりたい事や仕事に、それを応用して次のステップに進む。つまり、になる。応用するもののない空っぽの場合には、知識だけ持っていてもあまり意味はない。ひよこのままのくせに、知識だけは豊富なひよ爺になるだけだ。「先生」なんて言われる事も多い職業だけど、全然偉くない。そういう位置取りをきちんと忘れないためにも、私はひよ爺を描き続けている。


 ライターや講師の方と飲みに行ったとき、ある先輩がこう言っていた。「なんでもそうだけどね、一流の人は作りたがり、二流の人は教えたがるんだよ」と。私はこの言葉が凄く好きだ。確かに、私の知っている一流の人は、もの凄い数のトライ&エラーを繰り返している。時には躓いて落っこちるけれども、長い目で見ると、どんどんと高みに登っている。その姿は凄く素敵だ。私にはちょっと無理。


 でも、私は、一流にはなれないけれども二流にはなれる。頑張って、一人でも多くの一流の人を送り出せるような、二流になりたい。つまり、一流の二流になりたい。そんな風に考えて日々記事を書いている。


 それに、二流には二流の仕事がある。それは、一流の人の凄さを広める仕事だ。たぶん、どの世界でもそうだと思うのだけど、一流の人の凄さというのは、関心のない人にとっては伝わりにくい。その業界というか、空気を知らないとピンとこないのだ。関心の無い人に、その凄さを通訳して伝える役が必要なのだ。


 コンピュータ業界とはまったく関係のない音楽の世界で、こんなエピソードがある。ある高名な音楽家が若い頃、もう一人の音楽家にこんな誓いをしたそうだ。「君の音楽は世界に通じる。君は上に行け。僕は広める」と。そしてその音楽家は、クラッシック音楽を気軽に楽しめるコンサートを多数企画し、ファミリー向けの音楽番組の司会者にまでなったそうだ。私は、音楽の事は全然わからないのだけど、その音楽家を凄く尊敬している。


 ちなみに、一流・二流の話をしてくれた先輩は、その後に、「三流の人はやらないで文句ばっか言ってくるんだ」と付け加え、私は日ごろの愚痴を散々聞かされる羽目になった。


 そんな風にして、私は日々、ひよこ、つまりは鳥の雛についていろいろ考えはしていたのだ。しかし、それはあくまでも頭の中で概念をぐるぐるかき回していただけのこと。玄関の上の実際の雛はと言えば、日々必死に真剣に餌をねだり、親はひっきりなしに餌を運んでいる。


 私は、窓の外から聞こえる、ツバメのジジジジとピキュンピキュンというサウンドを聴きながら、あいつら、一流の雛やで。と、そんな風に思って仕事を続ける日々を送っていた。

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