いつもの来訪者

 ツバメが巣を作り終えてから数日後。暑さを扇風機で凌ぎつつ記事を書いていると、玄関から叔父の大きな声が聞こえてきた。


「おぅい真純ますみ、燕っコが玄関に巣ぅ作ってるぞ。わりゃ見たか」


 飲み物用の小さな冷蔵庫から麦茶を取り出し、コップに注いで叔父の元まで運ぶ。


「見た見た。ここ数日、泥だの藁だのまき散らしながら頑張ってたよ」

「ほうか。ああ、ありがとう。いやあ、よかったなあ、おい。燕が巣を作る家にゃあ、子供ができるっていうからな。真純もいよいよ結婚だな」


 叔父は野良着のまま玄関に腰かけ美味しそうに麦茶を飲み干す。呆れ顔をして黙って見ていると、視線に気づいたのか肩をすくめて白い歯を見せる。


「鋭意努力します。でも、あの巣、そのうち雛が産まれるのかなあ?」

「うまくいきゃあな。ほんでも、あの場所じゃあ下に支えん無いかんなあ。ひょっとしたら、落っこちまうかもしれにゃあな」


 叔父の「落っこちる」は「お」に力強いアクセントが付くので、本当にすぐに落っこちてしまいそうな妙な説得力がある。


「えー。そんな簡単に落ちちゃうの?」

「そりゃそうさや。この時分はんでるだけでも、その辺に燕の巣が落っこちてるぞ。ひなんできたらできたで、今度は雛が良く落っこちるしな。まあ、どうなるかだな」


 あの場所だと、しばらくフン掃除が大変そうだけんがなあと、付け加えると、叔父は呵々と笑って腰を上げた。


 叔父は父の兄で、この事務所の近くに畑を持っていた。ここが空いていると紹介してくれたのも、なにを隠そう叔父なのだ。勤めていた工具メーカーを定年退職し、今では悠々自適の生活を送っている。人好きのする憎めない人物ではあるものの、世話焼きの上に、時間があり、畑からの距離が近い。つまり、ちょっとめんどくさいポジションの要注意人物なのだ。


 私は玄関を出て、叔父に手を振って見送ると、ツバメがいるであろう巣を見上げて呟いた。


「あれがうちの叔父です。声がデカくてうるさいかもしれませんが、根はいい人なので、よろしくお願いします。ご迷惑をおかけします」


 聞こえたかな? そもそも、今いるのかな? と思ったけれども、他社の勤務シフトは知る由も無い。私も仕事をやらねばと思い出し、室内へと戻った。

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