初めての来訪者

 6月の半ば頃だったと思う。いつものように事務所へと出勤すると、やけに玄関前が汚れていた。うちの事務所は片田舎の一軒家を借りたものだ。元々は町議会議員の選挙事務所として使っていた建物だそうで、20畳くらいの大部屋と、8畳くらいの小部屋の2部屋しかないが、そこそこ見かけは良い。玄関の前には、大理石のポーチまでしつらえてあった。


 その大理石のポーチの上に、泥や藁屑のような物が、横長にまんべんなく散らばっていた。おおう、と思ったが、叔父が畑仕事の帰りに泥だらけのまま寄ったのかしらん、くらいに考えて箒で履いて片付けると仕事を始めた。


 午前中の仕事を終え、お昼ご飯を買いに行こうと玄関を開けると、またしてもポーチに泥と藁が落ちていた。どういう事だろう? まるで降って来てるみたい、と思って何気なく玄関の扉の上を見上げてみると、白地の壁に長い横線となって泥が付着していた。な、な、なんじゃこりゃ! と訳もわからずに見ていると、犯人がやって来た。ツバメだ。泥と藁を咥えて、壁にぺたりと貼り付け、またどこかへ飛び去って行く。そして泥と藁はポトリと落ちる。


 どうやらツバメが巣作りを始めたようだった。事務所の外壁は、モルタルの上にデコボコになるように厚く塗材を拭きつけてある。ちょっと古い建物によくある、手で触るとザラっとする石膏っぽいあれだ。ツバメは、そのデコボコがくみしやすいと考えたのか、マイホームづくりの場所に決めたようだ。しかし、泥一文字を見るに、実際には手強かったのか、それとも彼がなのか、はたまた、ツバメ建築業界では、まずは下材として泥を塗りたくるところからスタートするのか、真相は彼にしか分からないが、少しずつ場所を替えつつチャレンジしているのを見ると、なかなかに苦戦中のようだ。ともあれ、泥の謎が解けた私は、ポーチを掃いてお昼を買いに出かけた。


 4~5日の間は、汚されては掃き、掃いては汚される事を繰り返していたが、泥の範囲はだんだんと1箇所に集中してきた。そして泥が落ちてこなくなったある日、玄関の上を見上げると、泥一文字の左端あたりに、半円状のお椀型のツバメの巣が出来上がっていた。


 その日の私は新築祝いとして、お昼ご飯の飲み物をいつもの野菜ジュースではなく甘いヨーグルトにした。当時の我が事務所の社員は、私と、そしてお掃除ロボットのルンバさんだけだったが、この日を持ってツバメ氏もその一員となった。同じ所属では無くシェアオフィスという形だったけれども、一人と一体にとって広すぎるこの事務所に仲間が増えるのは喜ばしい。こうして私とツバメ氏は、家賃・水道光熱費・通信費用・泥の使用権・藁屑の使用権・近隣の昆虫やみみず、などのリソースをシェアし、共に働く仲間となったのでした。

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