第28話 質ながれ……子ながれ

 ある日曜の昼下がり。

 一組の父子が楽しそうに手をつないで街並みを歩いている。


「健太……歩くのが早くなったなぁ」


 男同士の探検隊。

 こうして街を散策するのが日曜日の恒例になっていた。


「お父さん。今日はどこを探検しようか?」


「隊長の御命令どおりに。なんなりと」


「じゃあ、今日はハンバーガー屋さんの裏を探検しよう~」


 健太は、お父さんの手を握ると、ドンドン引っ張っていった。


「あはは。本当はハンバーガーが食べたいんだろ?」


 お父さんは笑いが止まらない。


「そうさ! 先ずは腹ごしらえ。探検はそれからさ。隊長命令だからね!」


「あはは~隊長さんには逆らえません」


 一人息子の健太がお父さんは可愛くて仕方がなかった。

 この子がいない人生なんか想像も出来ないと思っている。


「今日はどんな不思議が見つかるかな?」


 お腹いっぱいハンバーガーを食べた健太は、我先にお店を飛び出して行った。


「ここは初めてだね……お父さん!」


「ホントだ。こんな所に路地があったんだ」


 この町に引っ越して、もう三年になるのに、まだ知らない所があるものだと感心していた。


「なんだか……気味悪いね……お父さん」


「健太隊長。怖いなら引き返しましょうか?」


「行くに決まっているじゃんか!」


 誰に似たのか負けん気の強い健太である。


「あ! お父さん、おもちゃだ。怪獣のおもちゃがいっぱい!」


 大きな暖簾のれんが揺らめく店に向かって駆け出す健太。

 そこには、牙をいて、今にも火を吐きそうな怪獣たちがうごめくようにガラス越しに並べられていた。


「懐かしいな~。塩ビの怪獣フィギュアじゃないか」


 お父さんも一緒に覗き込んだ。


「なんか、頭が大きくて不細工な怪獣だね……」


「昔のおもちゃは、こんなもんさ」


「お店に入ってみようよ。もっと面白いものがあるかもよ」


 健太の目が輝いている。


「ちょっと待って。何屋さんか確かめないと……質舗? あっ! 質屋さんか~」


「何?……質屋さんって……」


「大切な物と交換にお金を貸してくれるところだよ」


 お父さんは、うなずきながら暖簾のれんの文字を確かめている。


「いらっしゃいませ! どうぞ中でゆっくり見てください」


 突然、質屋のドアが開き、恰幅かっぷくの良い中年のおじさんが顔を出してきた。

ガラス越しに商品をのぞく二人に気づいたようだ。


「すいません。冷やかしになるかもしれませんが……お言葉に甘えて」


 お父さんは、健太の手を引きながら暖簾をくぐった。

 お父さんのイメージと違って、明るい店内には、ブランドバックや香水、壺や掛け軸などがお洒落なショーケースに所狭ところせましと飾ってあった。


「凄いですね~! これが全部……質流れした商品なんですか?」


「うちは質草の価値を高く見積もるから、そのまま質流れになる商品が多いんですよ」


 人の良さそうなおじさんが嬉しそうに答えた。


「お父さん……見て! これお侍さんが持っているヤツだよね?」


 健太は、日本刀が飾ってあるケースの前ではしゃいでいる。


「坊ちゃん! その辺りは高価な商品が多いから気を付けてね」


 おじさんが笑顔で言った。


「本当だ。かっこいいな……ん! これは……?」


 お父さんは、隣のケースに飾ってあるブランドバックに目が留まった。


「これ……お母さんのバックによく似ているな……」


 お父さんが、お母さんの誕生日にプレゼントしたバックである。

 それを、友達の家に忘れたかも――と悩んでいた、お母さんを思い出した。


「すいません。これを見せてもらえませんか?」


 お父さんはおじさんを手招きした。


「これは中々の良品ですよ。質流れしたばかりですし。ただ……問題がひとつだけ……」


「問題……?」


「バックの底にイニシャルが彫ってあるんですよ……それでも良かったらお安くしときますよ」


 おじさんは更に満面の笑顔で答えた。


「イニシャルだって……!」


 お父さんは、おじさんからバックを奪い取ると、底を広げて確かめた。


「間違いない……お母さんのバックだ! どうして、こんなところに?」


「どうかしましたか?」


「これは、盗品じゃないんですか? いや……盗品ですよ! いったい誰が、ここに持ち込んだんですか?」


 興奮したお父さんは、おじさんに詰め寄った。

 おじさんは、その勢いに一瞬たじろいたが、大きく深呼吸をすると、気持ちを落ち着かせた。


「私だってこの道五十年! これが盗品か、持ってきた人が泥棒かくらい……分かるってもんですよ!」


「じゃあ、誰が……このバックを……?」


「持ってきたのは……あなたの……そう! あなたの身内の方じゃないんですか?」


 おじさんは健太の姿を見ながら言った。


「……どういうことですか?」


「ほら。その子……その坊ちゃんにそっくりな男の人でしたよ。うん、間違いない!」


「健太に……そっくり?」


「質入れしたのは、その子のお父さんだと思いますよ。私もこの道五十年! 人を見る目だけは誰にも負けません!」


 親が――子供を引き取りにこなかったら【子流れ】になってしまうのだろうか?

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