第22話 HOW ナビ(はなび)

 真っ暗な山道をどれくらい走っただろう。


「目的地まで……あと百メートルです」


 カーナビから流れる女性の声は同じ言葉を繰り返している。 


「いったいどうなっているのよ!」


 助手席の女が金切声をあげた。


「……そう言っても」


 暗闇の中、運転に集中している男にとって女の声は不快でしかなかった。


「百メートルの距離を、もう何十分も走っているのよ……馬鹿じゃない!」


 女は男に向かって毒づいた。


「そういっても、俺もこの山は初めてなんだから仕方ないだろう……」


 男は路肩に車を停めると周囲を見渡した。

 暗くて何も見えない。


「あんたが頼むからデートしてあげたのに。下見くらいしときなさいよ。早くしないと花火が始まっちゃうでしょ~」


 とんでもない女を誘ってしまったと今更に後悔する男である。

 職場のマドンナともてはやされていた女と夜を過ごせると、舞い上がっていた自分自身が腹立たしくなってきた。


「目的地まで……あと百メートルです」


 カーナビは同じ事を繰り返している。


「おかしいな……展望台は国道からも見えていたのに……」


 標高百メートルにも満たない小さな山の展望台に行く道中である。

 迷いようがなかった。


「だから、あんたとなんかと来たくなかったのよ!」


 女の毒気が強くなっている。


「この町の花火大会はお前も見たがっていたじゃないかよ!」


 男も女の毒気に感化された。


「『展望台から見る花火は最高だぜ』なんて言うからでしょう!」


「……それは、友達がこの町の出身だから……展望台が最高のスポットだって……」


「他人の言うことを何でも信じて自分で確かめようとしないから、いつまでも出世しないのよ。能無し!」


 女が切れた。


「お前だって、ちょっと綺麗だと言われたらその気になりやがって。どう見たって中の下のくせによ」


「なんですって!」


「なんだ!」


 車の狭い空間に殺意が充満していった。


「目的地周辺です。お疲れ様でした」


 さっきまで女性の声だったカーナビが、男の声に変わっている。

 いかれる二人はその事に気づいていない。


「え! ……着いていたのか……?」

「あら、本当ね……目の前に展望台があるじゃない……」


 車内から見上げる二人。

 暗闇の中、更に漆黒をまとった大きな建物が浮かび上がっていた。


「出てみようか……」

「そうね、丁度花火が始まる時間だもんね」


 車のドアが開いた事で、充満していた殺気が流れ出たのだろうか――普段の優しい男と、控えめな女に戻った。


「あら……始まったみたいよ。花火の音が聞こえるわ……」


 女は両手を耳に添えると、嬉しそうに声が弾んでいる。


「本当だ。ドンドン、パンパン……派手に打ち上げてるよ。急ごうか!」


 男は女の手を取ると足早に展望台に向かった。


「近くに来るとマジで大きい展望台だな……」


 暗闇にボンヤリと浮かぶ建物を見上げながら男が言った。


「ほんとね。でも……これ、どこから入るのかしら?」


 暗闇の中、何かを察した女は男の手を強く握り返した。


 ギッギギギッ~! ギッギギギッ~!


 突然、地の底から湧き昇って来るような不気味な音が辺り一帯に響き渡った。

 まるで分厚い木の門が、きしみながら開いていくような音が――。


「……なんの音だ……?」


 男が叫んだ。


 ドッドドド~! ウォ~! ウガ~!

 

 暗闇の中から恨みと殺気が混じり合った咆哮ほうこうが、恐怖に包まれた二人の姿をき消すように襲ってきた。


【その同時刻……山の麓】


 花火大会の会場ではテレビ局の女性アナウンサーが、町長にインタビューをしている。


「ちょっと時季外れの花火大会ですが、なにか意味でもあるんですか?」


「この後ろの山。この山を町の人は『宝光山ほうこうざん』と呼んで信仰の対象にしているんです……」


「それが、花火と何か関係でも?」


「戦国時代。この山には出城があって、勇猛果敢な武将がご家来衆と一緒にこの城を護っていたんです。ところがある日、隣国から数万の大軍がこの城に攻め入ってきて……彼らは援軍を信じて必死で抵抗したんですが、多勢に無勢……」


「そんな、歴史が……この町に……」


「最後は城に火をかけられ全員焼き殺されたんです。それが……今日であり、この時刻なんです……」


「そうだったんですか……」


「だからこうして大筒や鉄砲に見立てた花火を打ち上げて供養しているのです……表向きは……」


「……表向き?」


 意味深な町長の言葉に、身を乗り出すアナウンサー。


「実は、『宝光山』は『咆哮山ほうこうざん』と書くんです……」


 町長は、手帳を取り出すと、山の名前を書いてカメラにかざした。


咆哮ほうこう……山……叫ぶんですか? 山が?」


「実は……毎年この日、この時間になると、城跡から『もっと戦いたい。もっと首が欲しい』と焼き殺された武将たちの無念の魂が地響きのように聞こえてくるんです……」


「…………」


「だからその咆哮ほうこうをかき消す為に……花火を上げてる……それが真相なのです」


「…………」


 女性アナウンサーは顔が強張こわばって声が出ない。


「あはは、冗談ですよ……冗談!」


 町長が笑いながら言った。


「もう……そんなこと言って。観光客を増やそうとしていますね?」


 アナウンサーもつられて笑っている。

 

 ただ――町長の目は笑っていない事にカメラマンは気づいていた。

 

「来年も沢山のご来場をお待ちしております。特に城跡に建てた展望台は……この時間……秘密のデートにぴったりですよ!」


 焼き殺された武将から数えて十七代目の末裔である町長は、カメラに向かって深々と頭を下げた。

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