第21話 二丁目の角にはタバコ屋があった

 親子が手を繋いで仲睦なかむつまじく、歩いている。


「お父さん! のどが渇いたね」

「そうだな……じゃあ、ジュースでも飲もうか」

 お父さんは、しょうくんの頭を優しく撫でた。


「やったね。あの角にコンビニがあるから行こうよ」

「自動販売機じゃないのか……」


 ジュース以外にも目的があるようだ。


「えへへ! 早く……早く」

 翔くんは、お父さんの手をグイグイと引っ張って行った。


「そうだな……お父さんも、タバコを切らしていたから買っとこうかな」


「お父さん……お母さんに『タバコをやめる』って約束してなかった?」


 まだ、小学一年生だけど、しっかり両親の話は聞いている翔くんである。


「まぁ……禁煙は、また今度って……事で」


「『お父さんは、もう十回禁煙しているから今度も駄目ね』って、お母さんが言っていたよ」

「そうだったかな~」


 横を向いて、とぼけるお父さん。


 仲睦まじい親子だ。


 コンビニのカウンター前で、両手いっぱいのお菓子を抱えている翔くん。


「翔にだまされた気分だなぁ~」


 タバコが沢山並んだ陳列ケースから、お目当てのタバコを捜しながらお父さんが言った。


「こんなに、沢山あったらお店の人も大変だね……」

 お父さんの指先を目で追いながら、翔くんがつぶやいた。


「昔は、種類が少なくて……おばあちゃんがタバコを売っていたんだよ」

「昔……って?」


「お父さんが、子供の頃さ。この場所……二丁目の角にはタバコ屋さんがあったんだよ」


 お父さんは、会計が終わると、翔くんと店内のイートインコーナーに座った。


 翔くんは、ジュースをそっちのけで、アニメキャラのお菓子の封を切っている。


「じゃあ……タバコ屋さんが、コンビニになったんだね?」

 翔くんは、昔の話が好きだった。


「そうだね。おばあちゃんのタバコ屋さんから、自動販売機のタバコ屋さんになって……それからコンビニかな」

 お父さんは頬杖ほうづえを突くと、思い出すように窓から外を眺めた。


「ふ~ん。僕……タバコ屋さんなんて見た事無いよ」

 翔くんが、お父さんの真似をして頬杖ほうづえを突いた。


「たぶん……タバコが、売れなくなったから、店を辞めちゃったんだろうね」

「どうして売れなくなったの?」


「タバコの煙は、自分だけでなく……周りの人の体も悪くするって……」


 今、タバコを買ったお父さん。


 翔くんの刺すような視線を感じて、あわてて口を閉ざした。


「お父さん……長生きしてね。僕も長生きしたいし……」


 翔くんから、キツイ一言を浴びせられた。


「煙って『便利と一緒に無くなって行くんだ!』って先生が言っていたけど……お父さんは不便なんだね……」


 翔くんが意味深な事を言った。


「先生が、そんな事を……どういう意味なんだろう?」

 お父さんは気になった。


「昔は、工場の煙突から煙が出て街を汚したけど、今は便利になって煙が出なくなったって……」


「なるほど……」

 感心するお父さん。


「車も電気で走るようになって煙が減ったし。お魚を焼いても煙が出なくなったって」

「……焼肉屋さんも無煙ロースターだし。薪でご飯なんか焚かないし……」

まきって……何?」

 翔くんはまきを見た事がない。


「確かに、丘の公園から街を見下ろすと、家から煙が上がる光景なんて映画でしか見ないもんな……」


 そんなに歳を取っていないお父さんが感慨深かんがいぶかげに言った。


 子供の頃、父親に連れられて散歩した情景を思い出したようだ。


「成る程……今の世の中で、煙を出している不便な物は……人間だけなんだなぁ~」

「そうだよ! お父さんも便利にならなくちゃあね……」


 翔くんは、お父さん手からタバコを奪い取ると、ごみ箱に駆け出し、捨ててしまった。


「翔……翔くん……もうちょっとだけ、不便を味わいたいんだけど……駄目?」


 首を振る翔くん。


 家に帰ると、十一回目の「禁煙宣言」をお母さんにするはめになった――お父さんだった。


 でも「便利」ばかり追い求めていると、心が「不便」になってしまうんじゃないだろうかと――少しだけ反論したい、お父さんである。

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