第18話 語り継ぎしもの

 二年前――母が逝った。


 そして二か月前。今日の結婚式を待たずに父が逝った。

 お互い、身寄りが一人もいない孤独な父と母だった。

 そんな二人が、同じ境遇で生きて来た相手と出会い、魅かれ、愛し合った事は必然だった。

 二人は、人生の空白を埋めるように結婚し、私が産れた。二人は、全ての愛情を私に注いでくれた。二人は、孤独を忘れ、寄り添える幸せと、一緒に育んでいける家族ができた。

 その事が、信じられないほど嬉しかった――。

 父が逝く前――私に語ってくれた。

 その二人に、今日の姿を見せてあげられない悲しみで、私の心は押し潰されそうだった。


「どんな事があっても君を守る。君の笑顔をまもってみせるから」


 純白のウエディングドレスに包まれた私を強く抱きしめ――彼は言ってくれた。

 私は、その言葉を胸にバージンロードを歩いた。


「私がエスコートしようか?」


 彼のお父様は優しかった。

 でも、この道は一人で歩こうと決めていた。

 父と母が、私をエスコートしてくれていると信じていた。


 教会での誓いが終わり、披露宴が始まった。


「新郎、新婦の入場です!」


 司会者の声が、ドア越しに聞こえた。

 目の前の真っ白なドアがゆっくり開き、まばゆいライトが私を照らした。


「お父さん……お母さん……見ていてね」


 ゆっくりと式場の中に溶け込んでいく私。歩きながら、式場の隅に目がいった。


「あの席に、父と母が居てくれたら……」


 本来なら父と母が座るべきテーブルを見つめた。


「新郎、新婦のご両親の喜びは、いくばく……」


 司会者の声が式場にこだましている。

 次の瞬間――何も耳に入らなくなった。


「お父さん? お母さん?」


 空席で用意していてくれたはずのテーブル。

 その席に二つの人影があった。

 私の手を握り、笑顔を振りまきながらエスコートしてくれる彼。でも私は、テーブルに座る二つの影から目が離せなかった。


「誰が……私の両親の席に?」


 スポットライトがまぶしくて、どんなに目を凝らしても、確かめる事は出来なかった。

 私が、花嫁の席に着いたとき、その影は消えていた。

 ケーキ入刀、お色直し――式はプログラム通り進んだ。

 しかし、あの時の影は、もう、あの席には現れなかった。


「どうしたんだい? 心ここに非ずって顔をしているよ……」


私の小さな変化に気づいた彼が、耳元でささやいた。


「何でもないの……幸せすぎて……夢でもみているのかしら」


 母が逝って、つくり笑顔が上手になった私。


「それでは、新郎新婦からご両親に花束の贈呈です」


 この瞬間が一番辛くなると覚悟していた。

 その時、彼が花束を抱えて歩き出した。

 ざわつく会場。

 彼はおくすることなく、満面の笑みを浮かべ、私の両親が座るはずだったテーブルに向かっている。

 その瞬間、さっき見た二つの影が現れた。彼には見えていない。誰にも見えていない。

 テーブルに着いた彼は、大きく頭を下げた。時が流れる。

 彼はいつまでも――頭を下げている。

 誰かにうながされるように頭を上げた彼。

 私には見えていた。父が彼のかたわらに寄り、彼の腕を抱えて――。


「もういいよ……君の気持は十分わかっているから。君ならあの子を幸せにしてくれる……ありがとう……そして、よろしくお願いします」


 父が、彼に言った。

 なぜだか、私には分かった。母が深く頭を下げ、ハンカチで涙をぬぐいながら「よろしくお願いね」と言った事も――。


「泣きたいときは……遠慮なんかしなで、泣いちゃいなさい」


 あふれる涙を隠しながら、目で彼を追いかけていた私に、彼のお母様がハンカチを渡してくれた。


「君も、その花束を持ってご両親の元に……」


 彼のお父様が、私の背中を優しく押してくれた。

 両親のテーブルから、私に手を差し伸べて、彼が待ってくれている。

 その後ろで、寄り添い、笑顔で私を迎えてくれる父と母――。

 今日、この幸せをどうやって私たちの子供に伝えようか――。

 どんな言葉で私たちの子供に語ってあげようか――。


 彼の手に辿り着いた時、私は――そう思った。

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