第17話 時をかけるDNA

 無限の宇宙――。

 銀色の宇宙船が虚無の空間を光速で進んでいる。


「久しぶりに起きたのに……何の変哲もないなぁ……」


 男は、三回目の冷凍睡眠から目覚めると、窓に映る宇宙空間を眺めながら溜息ためいきをついた。


 数千光年先の目的地に着くまで、定期的に宇宙船の計器をチェックする為に起こされるのだ。


「やっぱり……こんな任務……断ればよかったなぁ」


 男は、はなからこの計画には乗り気でなかった。しかし、彼の妻がどうしてもこの計画に参加したいと言って聞かなかったのだ。


「人類の未来のためだと言っても、たった二人で未開の星に移住するなんて……」


 冷凍カプセルで眠る妻の顔を横目で眺めて、また深く溜息ためいきをついた。何度目の溜息ためいきだろう。妻の魂胆は分かっていた――。

 男の度重なる浮気が原因で、女たちから彼を引き離すためだった。


「だからと言って……何千光年も引き離さなくても……」


 男は、妻のカプセルをつま先で蹴った。


〈ブッーブッーブッー!〉


 突然、耳障みみざわりなアラームが鳴り響いた。一瞬男の体が膠着こうちゃくした。

 操縦席のランプが点滅を始めると、妻の冷凍カプセルから冷たい煙が噴き出し、ゆっくりとドアが開いた。妻の体は、みるみる精気を取り戻していった。


「おはよう……あなた……起きていたの?」


 忙しく、着陸の準備をしている男に妻が声をかけた。


「おはよう! ちょっと計算より早いけど、着いたみたいだよ……」


「あら……素敵な星じゃない。海もあるし。大気は私たちに適合しているかしら?」


「それは、着陸してから調べるけど……大丈夫だと思うよ。出発前に環境適応力を上げるDNAワクチンを注射しただろ」


 銀色の宇宙船は轟音ごうおんと共に、見渡す限り広がる大草原の、小さな丘の上に着陸した。


「良いじゃない! 私たちが住んでいた所に環境もそっくり。これなら……ここで、存分に二人の愛を育めるわね……」


 女は、男の首に手を回すといとしげに頬ずりをした。

 男は、遠く地平線を眺めて――今までで一番長い溜息ためいきをついた。


【あの日から数十万年がたった――】


 宇宙空間から、星を見下ろす銀色の宇宙船。


「隊長! この星ですよね?」


「間違いない……と、思うぞ。計算より早く着いたけど、コンピュターも『ここだ!』と言っているし……」


「我が母星に似て……綺麗な星ですね」


「そうだな。人類も沢山……繁殖しているみたいだし」


 宇宙船のメインデッキに設置されている大きなスクリーンに映し出されているのは、男と女の子孫が、その星で独自の文明を築き上げ、所狭ところせましとうごめいている光景だった。


「うまく育っているじゃないか……」


 隊長は、そんな人類を眺めながら満足そうにうなずいている。


「……飛行機や人工衛星も飛んでいるし。頭も悪くなさそうですね」


「彼らが到着して……この星の計算では、何年経った事になる?」


「……二十五万年です……充分な進化ですね」


「光速で移動している我々は、十年も経っていないのに……宇宙の神秘だな」


 相対性理論そうたいせいりろんが何チャラはよく知らないが、そういう事らしい。


「まぁ……これなら、兵隊として『宇宙戦争』の最前線に送っても大丈夫だろう」


「戦争している地域もあるし。好戦的な面もぴったりですね……」


 部下が、スクリーンのチャンネルを回しながら確かめている。


「ところで……この星に送った夫婦……誰だったかな?」


 隊長が尋ねた。


「確か……あれは……」

 

 部下は【惑星送り人別帳にんべつちょう】を本棚から引き出すと、パラパラとめくりだした。


「ありました! 男の名前は『アダム』……妻は『イブ』ですね。この星の名前は『地球』だそうです。ちなみに現在を、この星の西暦で表すと……2020年だそうです」


「アダム? なんか、聞いた事ある名前だな……」


「あれですよ……あいつ! 艦隊長官の奥様に手を出した……」


「あ! あいつか~」


「あいつですよ……懲りないアダムですよ!」


「しかし、そんな奴のDNAを受け継いでいる連中を最前線に送っても……大丈夫なのかな?」


「心置きなく使い捨てが出来ると……喜んでもらえるんじゃないですか?」


「確かに……そりゃ……そうだよな~」


 満足そうにうなずく隊長。


「しかし隊長……地球上に何十億もいる、アダムとイブの子孫たちを、私たち二人で服従させる事ができますかね?」


 宇宙船の着陸準備をしながら部下が尋ねた。


「その点は心配いらないだろう。我々の姿を見ただけで平伏ひれふ因子いんしも……DNAに仕込んでおいたから……」


 高笑いする隊長の背中には、真っ白い大きな羽根が生えていた。

 頭の上には天使のような輪っかも浮かんでいる。

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