第15話 AIドクター

 山深い村に革命的な出来事がおこった。

 何十年も、医者不足で悩んでいた村長の陳情ちんじょうが実ったのだ。

 国は、日本初の試みを、この小さな過疎村かそむらに託したのだ。

 候補に挙がる過疎化の町は沢山あった。

 それでも、この村が一番適していると判断されたのだ。


 それは――病んでいるのに、能天気のうてんきな年寄りが多い! という一点が他を圧倒した。

 今日も今日とて、村の小高い丘に建つ診療所には、新しい医者が来るのを待ち望む、陽気な年寄り達がたむろしていた。


「町長~よ~! 今日こそ本当に先生様は来るんじゃろな~」


「さっき、お上から連絡があったから間違いない。もうすぐ到着のはずじゃ」


「しかし……こっからなら、山のふもとまで見下ろせるが……何処を見ても車なんぞ見えんじゃないか?」


「おまんは……目が悪うて、十メートル先も見えんじゃろが……」


「あはは~。そうじゃった……そこに停めちょる、村長の軽トラから煙が出とるくらいしか見えなんだ~」


「ワシの車が燃えちょる? あ! こりゃ~。軽トラの荷台でたき火をすな! と、いつも言うちょろが~」


「寒かじゃけん……しゃ~なかろうが」


「なら……服を着んかい!」


 とんでもない村であり、とんでもない住民達である。

 国はここで何を試すのやら――。


 パラパラ! パラパラ! 輸送用の大型ヘリコプターが診療所の庭に着陸した。


「なんと……ヘリで来なさった。今度の先生様は、大物なんじゃな~」


 村の住民が、口をあんぐりと開けているうちに、ヘリから降り立ったスタッフが、あれよ、あれよ言う間に、大きな塔を組み立てた。

 そして、そのてっぺんに、これまた大きなパラボラアンテナを設置した。


「先生様はどこじゃ?」


「あの禿げた人じゃろかの?」


「あれは……ヘルメットを被っとんなら。あんひとはヘリの運転手さんじゃろ」


「じゃあ~……あん人かの?」


「あれは普通の人じゃ。お医者様は、メガネと、ちょび髭に、禿げ頭と決まっとろうが……」


「ほううじゃのぉ……」


 とんでもない村であり、とんでもない住民達である。

 住民達の期待をよそに、最後にヘリコプターから降りてきたのは、真っ白な体に、LEDでキラキラ光る指。

 信じられないくらい大きな目がキョロキョロと動く――ロボットだった。

 胸の二十インチの液晶画面には「AIドクター」の文字映っている。

 まるでSFバンクの「胡椒君」によく似ていた。と言うより、完全にパクッていた。


「村長……あれはなんなら? ロボットじゃなかか?」


「ワシにもなにが何だか……胸にドクターの文字……あれが、先生さまじゃろか?」


「ドクターはワシらにも分かるけんど。あの『AI』ってなんなら?」


「……?」


戸惑っている町長たちの許に、よっぽど医者らしく白衣を着た若者が近づいてきた。禿げて、ちょびひげで無いからと、医者だとは認識されなかったようだ。


「村長さんですか?」


 若者が右手を差し出して握手を求めてきた。


「はい……ワシが……村長です」


 町長は緊張して、左手を差し出してしまった。

 緊張した原因が、お上じゃなくて、久しぶりに見る若者だったことは、住民には分かっていた。


「皆さん……お待たせしました。この村の救世主『AIドクター 村宅そんたく君』です」


 両手を広げてロボットを紹介した若者。村人の誰からも、拍手がおきない。


「皆さん? 皆さんの救世主ですよ……そんたく君……」


 村人の無反応に戸惑う若者。

 村長が口を開いた。


「なんなら……それは? ワシらは医者が来ると思って期待してたんぞ……なんなら?」


「いや……みなさん。そんたく君は、万能医者なんです……」


「医者? それのどこが医者なら?」


「AIドクターは、皆さんと会話……問診によって……皆さんの病んでるところを的確に見つけて……薬を出してくれるんです」


「ほんなら、ロボットがワシらの病気を治してくれるんか? ほんまか~?」


「試しに……先ず……村長! あなたから、そんたく君の問診を受けてみてください」


 若者は、そんたく君を起動させた。


〈みなさん、こんにちは……僕はそんたく君。僕にかかれば皆さんの病気なんて、アッと言う間に治して見せます。僕はAIドクター。進化するロボットです〉


「おっ~~~!」


 流暢りゅうちょうにしゃべり始めたロボットに、村人は歓声をあげた。

 何でも、なんとなく、素直に受け入れてしまうのが村人の特徴といってよい。



 【そんたく君が、村にやって来て――半年が過ぎた】


 AIドクターの開発者でもある若者がヘリコプターで村に降り立った。


「村の人たちは元気になっているかな?」


 若者は、小高い丘の診療所から村を見下ろした。


「あれ? あちこちで……黒と白の横断幕が……あれは……葬式……じゃないか?」


 若者が目にした光景。


 それは――高級外車で乗り付け、オーダーメードのスーツに身を包んだ村人達が、金色に輝くローレックスの時計を、これ見よがしに自慢しながら葬式に参列している姿だった。

 一際ひときわ大きな黒塗りのロールスロイスから降りてきたのは村長だった。


「これはどうしたことだ? この村で何がおきたんだ?」


 若者は、丘を駆け下りると、村長を見つけて駆け寄った。


「村長~。これは! これは……何にがあったんですか? どうして葬式がこんなに? それに……あなた方のその恰好……」


「あはっは~! そんなに驚かんでもよかじゃろ。これも、全部……あの、そんたく先生のおかげじゃけんな……」


「AIドクターの?」


 若者は、きびすを返すと、丘に駆け上がり――診療所のドアを勢いよく開けた。

 そこには、AIドクターそんたく君が、禿げ頭のカツラをかぶり、マジックでちょび髭を書かれて座っていた。


「おまえ……どうして……何があって?」


 若者が、そんたく君に近づこうとすると、そんたく君は大きく手を広げて言った。


「ようこそ診療所に。診なくても分かっていますよ……やまいからです。まずは、あなたの人生を裕福にしましょう。はい……コレがあなたの『死亡通知書』です。これを持って保険会社に行きなさい。たっぷり生命保険を貰えますよ~」


 若者は後悔した――。


 村に馴染むよう【村宅そんたく君】と名前を付けたのに、まさか、人の欲望を【忖度そんたく】してしまうとは。


 まぁ、この物語を読んでいる人は、このオチに気づいた事だろうなぁ~。


 実は、それも【忖度】したんだけどね~。

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