第13話 抽選会の奇蹟
ある田舎町のスーパーマーケット。
年末恒例の抽選会が開催されていた。
「いらっしゃ~い! 年末の大抽選会はこちらでやっていますよ~!」
元気な店長が、サービスカウンターの横で山積みされた懸賞品の隙間から声を張り上げている。
「抽選器のガラポンをガラガラ回して、出た球の色で
よく通る声である。
「はい……ありがとうございます。今の場面は写真に撮りました。次は体験談を聞かせてください」
「分かりました……後は頼んだよ……」
地元新聞社の取材を受けていた店長は、抽選で並んでいるお客の対応を、副店長に任せると、新聞記者と一緒に事務所に入って行った。
「では……早速ですが……今まででに、感動した抽選会の秘話があったら教えてください」
「とっておきのがあります……あれは確か……去年の話なんですが……」
【店長の体験談】
抽選会場には
ガラポン抽選器の取っ手を掴み、勢いよく回すオバさん。
「そんなに、急いで回すと玉が出ませんよ」
「どうせ、当たりなんぞ入ってらへんのじゃろ。あんだけ買い物させといて、セコイ店じゃのぉ~」
力任せにグルグル回すオバさん。抽選券の七回分が終わっても、まだ回している。
「もう終了です。全部白球ですから……テッシュ七袋ですよ」
「ほら見た事か! 当たりを入れてないんなら、最初からそう言わんかい!」
とことん嫌味を投げるオバさん。苦笑いで誤魔化すしかないスタッフである。
「次の方……どうぞ」
スタッフが、黄色いワンピースを着た五歳くらいの女の子に声をかけた。
「一回できるよって……お母さんが……」
女の子は、嬉しそうに抽選券をスタッフに差し出した。大事にずっと握っていたのだろう、冬だというのに湿ってクシャクシャになっていた。
「いいものが当たると良いね……」
女性スタッフは、
「七回も引いても当たらんのに、一回で当たるわけなかろうが!」
さっきのオバさんは、立ち去りもせず女の子を見下ろしている。
その場の全員が「当たってくれ」と祈った。
女の子がゆっくり回すとピンクの球が転がり落ちた。
六等賞――パンが当たった。
「おめでとう! よかったね……パンが当たったよ。このワゴンの中……どれでも好きなの一個選んでね」
ほんの少し溜飲が下がったスタッフだった。
「まぁ~子供なら、パンくらいが丁度いいわい。ほら、アンパンでも持って帰れ!」
オバさんは、女の子が六等でも当たった事が気に入らないらしい。
「じゃあ……その食パンください」
女の子は食パンを指差して言った。
「え? 美味しい菓子パンもいっぱいあるわよ……このクリームパンなんか、お姉さん
女性スタッフがクリームパンを女の子に見せながら言った。
「ううん! うちはお父さんが居ないから……みんなで食べられる食パンが良いの。お母さんね……食パンを使ったお料理、凄く上手なんだよ」
女の子は笑顔で後ろを振り返ると、小さく手を振った。列の最後尾に、幼い男の子を抱っこした女性が笑顔で手を振り返していた。
「貧乏をひけらかすんじゃないよ。子供のくせに!」
オバさんの心無い言葉に、スタッフが注意をしようとした時。
「次、私の番なんだけど……三回引いて良いかしら?」
白髪を後ろに綺麗に束ねた、優しそうなお婆さんがスタッフに声をかけた。
「あ! すいません……どうぞ」
慌ててガラポンの前に戻った。
「お嬢ちゃん……あなた、運が良さそうだから、私の代わりに回してくれないかしら?」
お婆さんは、笑顔で女の子に声をかけた。
「ほんと! 回して言いの?」
「いいわよ……よろしく、お願いね」
女の子は、お婆さんの前に立つと、ガラポンを回し始めた。
周りから見ると、お婆さんに孫が抱きしめられながら回しているような光景だった。
一回、二回、白が続いた。スタッフ全員が「当たって!」と祈った。
三回目――カラン、カラン! 金色の球が転がり出てきた。
「一等賞です!」
女性スタッフから歓声が上がった。
男のスタッフは、店内に響き渡れとばかり力任せに鐘をならした。
「おめでとうございます。一等賞は……この町で一番おいしいと評判の『レストランまごころ』のお食事券五万円分です!」
「へ~! あのレストランで食事できるなんて羨ましいね」
周りのお客から溜息がもれた。
「本当に美味しいですから。是非ご家族と一緒に……どうぞ」
スタッフが、お婆さんに食事券を手渡した。
「ありがとう……」
食事券を受け取ったお婆さん。振り返ると、腰を曲げるて女の子のおでこに、自分のおでこをくっ付けた。
「じゃあ~私に幸運をもたらしてくれた可愛い天使ちゃんに……私から、コレをプレゼントしちゃいましょ~」
なんと、今受け取った食事券をそのまま、女の子に渡してしまった。
「え! これを……私に……くれるの?」
女の子の声が詰まった。
「あなたの、お母さんや弟さんを想う気持ちに感動したからプレゼントよ。誰かを大切にする気持ちを……これからも忘れないでね」
お婆さんは、さっきのオバさんを
オバさんはバツが悪そうに「チッ」と小さく舌打ちをすると――「良いものを見た」と感激しているお客の間を隠れるように立ち去った。
「こんな事をして頂くなんて……いくらなんでも……」
女の子の母親が、お婆さんに歩み寄り頭を下げながら言った。
「いいのよ。私には必要ないものだから気にしないでちょうだい」
「それでも……こんな高価な物を……」
「いつでも、お子様を連れて……食べにおいでなさいな。その時は、もっと素敵な幸運が舞い降りるかもよ」
お母さんの耳元で、小さく囁いたお婆さんは、女の子の頭を優しく撫でると――「バイバイ」手を振りながら、店内に消えて行った。
立ち去るお婆さんの後姿を目で追いながら、店長が会場に現れた。
「お客さんが拍手しているけど……どうかしたのか?」
「あ! 店長……今しがた一等賞が出たんですよ」
「それは、良かったね……で! 誰に当たったんだい?」
「それがですね……」今あった事をスタッフが報告した。
「白髪のお婆さんだったんだな? さっき、チラッと見た人かな……」
「たぶんそうだと思います。店長と行き違いでしたから……」
そこまで聞くと、店長は出入口に向かって足早に去って行った。
「あ! 居た、居た……女将さん。こんにちは~」
「あら! 店長さん。今日も沢山お客様に入って頂いて良かったですわね。従業員の皆さんのお蔭なんですから……感謝の気持ちを忘れないようにね」
相変わらず優しい笑顔である。
「このたびは『レストランまごころ』の食事券を、わざわざ作ってくださって……ありがとうございました」
店長が頭を下げた。
「いいのよ。うちのお店を『美味しい』と言ってくださる、町の人たちへの恩返しのつもりですから」
「その賞品の件なんですが……さっき……」
「シッ! そこから先は、まだ内緒にしていてちょうだいな。私は、あの親子に、どんな美味しいものをご馳走して驚かしてあげようか……今からワクワクしているんだからね……」
唇に中指を押し当てた女将さんが、茶目っ気たっぷりに
【スーパーの事務所】
「なるほど……抽選会の奇跡ですね……」
新聞記者は、店長の話をボイスレコーダーに録音しながら感動していた。
「実は、まだ奇跡が……あるんですよ……」
「え! 本当ですか?」
「その前に、ボイスレコーダーのスイッチを切ってください……」
新聞記者はスイッチを切ると身を乗り出してきた。
「実は、例の
「あ! あの憎々しげなオバさんですね……」
「今年も、開店と同時に来て抽選したんですけど……十二回全部……白球でした」
「あはは~! なるほど、それも奇跡ですね」
事務所に二人の笑い声が響いた。
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