第12話 虐げられた者達の告白

「こんばんは……今夜は、番組を変更して『緊急特番 モザイク証言! しいたげられた者達の告白』をお送りいたします」


 真っ白なワンピースに身を包んだ女性アナウンサーが満面の笑みでカメラに向かって頭を下げた。

 その姿にかぶるように、番組のMCが、華麗なステップを踏みながらカメラの前に現れた。


「今夜は、華やかな世界の裏で、しいたげられ、踏むにじられた者達にスポットを当てみたいと思います」


 若干、番組の趣旨しゅしからして違和感のあるMCは、不倫騒動で世間を何度も騒がしている男である。

 KYKY(空気読めない。懲りない奴)だから仕方ないと、プロデューサーは諦めている。


「それでは、早速……最初のゲストの方に登場してもらいましょう~」


 雑な作りの、真っ赤なカーテンが開くと、スリガラスで作ったパーテェーションが現れた。


「あなたの姿は、視聴者からは見えません。更に音声も変えていますから……あなたが誰なのかは分からないようにしています。安心して、不平不満をぶっちゃけてください~」


 軽いノリのMCにあおられて、最初のゲストが、か細い声で話し始めた。


「A……と言います。ひどい仕打ちを毎日受けています……体を鷲づかみにされると、そのまま力任せに投げつけられ……」


「暴力ですね……怖いですね~」


「その直後、木の棒で……力任せに殴打されるんです。固い地面に転がされた事もあります。狂ったように叫ぶ野獣のような人々の中に放り込まれるなんて、日常茶飯事です。何人もの屈強な奴らに、たらい回しにされ……挙句、傷ついたら……ごみ屑同然に捨てられるんです。そんな、仲間をどれだけ見て来たか……」


 そこから後は言葉にならなかった。MCも涙ぐんでいる。


「悲惨な目にあったのですね……分かりました。気持ちが落ち着く間で、休んでいてください」


 KYKYのMCが空気を読んで番組を進行させた。


「こんな残虐を許して言い訳がありません。それでは、次のゲストさん……どうぞ!」


「B……と言います。よろしくお願いいたします」


 すりガラスの向こうから、声が流れてきた。


「休みになると、オーナーは、私達数名を連れて草原や森林に遊びに連れて行ってくれるんです」


「優しい人じゃないですか……」


「そうなのです。その日は、いつも朝からご機嫌で……鼻歌交じりで車を運転しているオーナーを見ると我々も嬉しくて……」


「それが何故……悲惨な状況に?」


「いつも突然なんです……急に、私たちの仲間を、池に投げ込んだり、山の中に放り込んだり、砂に埋めたり……その時のオーナーは……鬼の形相そのものです……」


 声が震えている。


「まるで、ジキル博士とハイド氏ですね……」


 ちょっと古い形容をするMCである。


「一緒に出掛けた仲間は、帰る時には半分以下の減ってしまって……未だに全員行方不明なんです……」


「オーナーは、捜索しないのですか?」


「最後は、笑って……仕方ないか~って……」


「そんな奴には、法の裁きを受けさせなければなりませんね!」


 MCは拳を震わせている。しかし不倫は犯罪で無いからと、たかくくっているクズである。


「あなたの憔悴振りは、こちらにも伝わってきます。少しお休みください……それでは、次のゲストの方どうぞ!」


「C……と言います。よろしくお願いします」


 スリガラスには、やせ細った貧弱な影が映っていた。


「私は、毎日水攻めの拷問を受けています。暑い日も、雪の日も……水に沈められたり、引き上げられたり……何回も、何回も……苦しさのあまり気を失いそうになっても、また沈められる……失神すら出来ないんです」


「……そんな……」


 あまりの悲惨さに、言葉が出ないMCである。これ以上は聞くに堪えられないとマイクのスイッチを切った。


「すいません。あなたも……控室で休んでいてください。次の方どうぞ……」


 最初の華麗なステップなど忘れたような、重い足取りだった。


「D……と言います。今までの方の話を聞くと……私はまだマシなのかもしれません」


 次のゲストが、スリガラスの向こうで、頭を下げながら言った。


「私もそう願いたいですね……」


 さすがに疲労感が顔に現れてきたMCが答えた。不倫会見の時でもこんなには憔悴しょうすいしていなかった。


「私の事じゃないんです……仲間たちが、不当な労働に駆り出されている話なんです……」


「不当な労働……と、言うのは?」


「自己の道徳心や、慈愛を根底から剥ぎ取られるような強制労働です」


「なんか……難しい表現ですね。もっと分かりやすく例えて貰えます?」


 MCはスリガラスのパーテェーションの角に腹をこすり付けながら言った。


「私たちの仕事は『人々の幸せの為に』と聞かされていたのに……実際は『目をおおう悲惨な所業』の片棒をかつがされているんです……」


「目をおおう悲惨な……どんな事です?」


「……殺人です!」


 消え入るような声だった。


「…………」


 スタジオ中を静寂が包んだ。いや――凍てついた――と表現した方が的確だった。


「これは、深く追求しない方が……あとは、当番組自慢の専門家の皆さんにバトンタッチしましょう……どうぞ~」


 今までの話をスタジオの隅で聞いていた、コメンテーター達の足取りは重かった。


「そ……そ……それでは、ゲストの皆さんに、もう一度集まってもらい……専門家の先生方と一緒に解決策を見つけましょう~」


 とんでもない番組の司会を請け負ってしまた――今更に後悔しているMCだった。

 スリガラスのパーテェーションがスタジオの中央に四つ並んで設置された。其々のゲストの影が映っている。


「それでは……ゲストの皆さん……順番に……できたら……職業だけでも、この場で告白してください……」


 MCは最後の力を振り絞るように言った。


「Aです……職業は『野球のボール』です」


「なるほど……だから、木の棒でたたかれるんですね。それでは解決策を……」


「野球評論家のスコアボードです」


「よろしくお願いいたします……」


「球場中が、あなた……ただ一個の、あなたの行く末を見守っているのですよ……子供も、大人たちも、老若男女全ての人が、あなたに夢と希望を乗せて……見守る。それって……幸せじゃないですか?」


「なんだか気持ちが晴れました。頑張ります」


 毎日に頭に衝撃を受けているせいで、正常な判断が出来ない野球ボールは納得したようだ。


「Bです……職業は『ゴルフのボール』です」


「なるほど……だから、OBでロストボール。行方不明になるんですね。それでは解決策を……」


「ゴルフ評論家の電動カートです」


「よろしくお願いいたします……」


「オーナーは……あなただけの行く末だけを見守って一喜一憂しているのですよ……夢と希望をあなたに乗せて……幸せじゃないですか?」


「なんだか気持ちが晴れました。頑張ります」


 ボキャブラリーの少ない、プロゴルファーの説得力の無い慰めに――涙ぐむゴルフボールである。ゴルフ評論家が、ロストボールを十個五百八十円で売っているのを知らないようだ。


「Cです……職業は『ボートのオール』です」


「なるほど……だから、水責めなんですね。ハラハラして損した気分です。それでは解決策を……」


「ボート評論家のメガホンです」

 

「よろしくお願いいたします……」


「ボートを漕いでいる人は……行く先を、あなたに託しているのです。もしあなたが居なくなったら、大海原を漂流してしまうのですよ。命を、あなたに預けていると言っても過言ではないのです……幸せじゃないですか?」


「なんだか気持ちが晴れました。頑張ります」


 一度も女性を乗せて、ボートに乗ったことのないボート評論家は、公園の池でいちゃつくカップルのボートを「沈んでしまえ!」といつも思っている。


「Dです……職業は『拳銃の弾』です」


「なるほど……確かに人々を守る、平和を守るだけでなく、欲望の為に目を覆う悲惨な犯罪にも使われたりしますね。それでは解決策を……」


「戦争評論家の防弾チョッキです」


「よろしくお願いいたします……」


「もし、あなたが居なくなれば……この世界に幸せが訪れるのでしょうか? それは無理だと思います……人間の欲望には限りが無いのです。もしも、素手で奪い合いになれば腕力が強い者……つまり男が支配する世界に戻ってしまいます。力の弱い女性や老人、子供達は幸せな時代だと言えるでしょうか? あなたに頼って、力を均等にしてバランスを保つ……それで得られる平和もあるのです。いつの日か、人々が、慈愛に満ちた精神に進化するまで、あなたは必要なのです……辛いでしょうけど……」


「なんだか気持ちが晴れました。頑張ります」


 戦争好きのコメントは大体こんなものである。

 正しいかどうか? と言えば――間違っているような気がする。


「本日の特別企画番組『虐げられた者達の告白』はいかがだったでしょうか? 次回作があるかどうか? ……それは! あなたからの視聴率次第です!」


 カメラに向けて伸ばしたMCの指からは結婚指輪が外されていた。

 そりゃそうだ! 指どころか腕もない――ダルマさんMCである。

 真っ白なワンピースを引掛けた、ハンガーの女性アナウンサーに大きな目を向けてウインクをした。


 アッチにフラフラ~! コッチにフラフラ~! 懲りないダルマである。

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