第11話 おとぎ奉行

 おとぎの世界には、お伽噺おとぎばなしの住人達の不平や不満を訴える奉行所があります。


「金太郎とクマがケンカしています! 止めてください~」


「臼と、ハチに刺された傷が治りません。よい病院を紹介してくだサル?」


「かぐや姫の為に集めた、財宝を鬼に奪われました。財宝を取り戻してください」


 奉行所には、このような訴えが毎日のように飛び込んでくるのです。

 そして、その奉行所には【おとぎ奉行】と呼ばれる、情にはもろいが、悪い奴にはめっぽう厳しいお奉行様が赴任ふにんしていました。

 今日も、おとぎ奉行は、訴えを起こしたおとぎ世界の住人を、お白州しらすに呼んでおさばきをしています。


「両名の者……面を上げい~」


 チョットだけソプラノボイスのお奉行様がひと際高い公事場こうじばと呼ばれる座敷ざしきに座って声高に叫びました。

 お白洲の砂利の上には汚いゴザが敷かれています。そのゴザの上には老人と、若い娘が頭を下げてかしこまっていました。


「こんな顔でございますのぉ~」


 口の先が少し尖がった老人が顔を上げました。


「その方が、浦島太郎じゃな。そして、横にひかえておるのが……乙姫で相違ないな?」


 なかなか顔を上げない若い女性に向って声をかけました。


「お奉行様……私は、どうしてここに呼ばれたのでございましょう?」


 お白洲に呼ばれた理由が分からず、目に涙をいっぱい溜めて、美しい女性が顔を上げました。


「浦島太郎から訴えがあったのじゃ。『たった数日間、飲み食いをしただけで、何十歳も年を取らされるのは酷過ぎる』とな……」


「そんな、馬鹿な……」


 乙姫様は心外といった面持ちです。


「『こんなことなら、飲食代を払うから元に戻してくれ』と訴えておるのじゃ……浦島太郎の申すことに嘘偽りはあるか?」


 お奉行様は、起訴状に目を通しながら乙姫様に言いました。お奉行様の言葉に、頭を振る乙姫様です。


「私は、亀を助けてくれた『浦島太郎様』に精一杯のお礼の気持ちで接待をしたつもりでございます」


「確かに、料理もお酒も美味しかったし、鯛やヒラメの舞も優雅で……本当に楽しいひと時を過ごさせてもらったけんど……」

 

 浦島太郎は、楽しいひと時を思い出したのか、子供の様な笑顔をしています。


「しかし、ジジィになってしまう『玉手箱』なんぞを土産に渡さんでもよかろうが……」


 笑顔が一変して、眉間に深いシワが寄せ、険しい表情のお爺さんに早変わりしました。顔の括約筋は若者のように活動的です。実は若者だからさもあらん。


「確かにその通りじゃ。その事への弁明はあるか乙姫? どうじゃ。正直に申せ……」


 おとぎ奉行は、若く美しい娘でも厳しく吟味ぎんみをします。

 その辺が、鼻の下の長い、その辺のオジサンと違うところなのです。

 乙姫様は、お奉行の目を見つめて言いました。


「浦島様は……竜宮城と、自分の住む世界では時の流れが違う事は御存じだったと思います」


「たしかに、竜宮城の時の流れは有名ではあるが……」


 乙姫様の言葉に深くうなずく、おとぎ奉行です。


「浦島様が元の世界に帰ったとします。でもそこは誰も知らない人ばかりです」


「それはそうじゃろう。四十年は違うだろうからの」


「その事を苦になさらないで生きていただければ良いのですが……どうしても耐えられなくなってしまったら……」


「『玉手箱』を使って、年齢本来の姿になれ……と、いう事か」


 乙姫様の言葉に又、深くうなずく、おとぎ奉行です。うなずく程の内容ではない気もします。

 自分だけ蚊帳の外に追い出されそうになった浦島太郎は慌てました。


「待ってくなんしょ……お奉行様」


「お前の方言は、そんな言葉だったか?」


「……乙姫はワシに『辛くなったら開けろ』と言うたじゃないですかい。ワシは、生活が苦しくなった時の金銀財宝じゃと勘違いしたがのぉ」


「それは! 浦島様の勝手な解釈でございます」


「それにしても、箱を開けたら……ジジィじゃあ、酷すぎますじゃろう~」


 浦島太郎の言い分にも一理あると、深くうなずく、おとぎ奉行です。

 もしかしたら名奉行じゃないかもしれません。


「違うのです……あの時、浦島様のお世話をするようにと、お供を一人着けたはずなのに……その者が何処にも見当たらないのです」


 乙姫様の声が涙声になっています。

 これには怒り心頭だった浦島太郎も心が――ほんの少し動かされました。

 うなずきながら二人の話を聞いていた、おとぎ奉行。

 おもむろに、手をパンパンと二度叩くと、右手を前に突出し、大見得おおみえを切った。


「例の証人をこちらに連れてまいれ!」


 お白洲には木戸きどが二か所あります。浦島太郎が入ってきた木戸とは反対側の木戸の扉が開きました。

 木戸の枠からはみ出しそうな長い首を左右に振りながら、黒、白、赤の羽毛に彩られ一羽のタンチョウ鶴が姿を現しました。


「お前は……鶴子じゃないですか。どこに居たのです? 浦島様のお供はどうなったのですか?」


 乙姫様が言っていた「お供」とは、タンチョウ鶴の事だったのです。


「申し訳ございません……決して乙姫様の命に背いた訳ではございません……ある御仁に命を救われたのでございます」


「……命の恩人という事ですか?」


 乙姫様が尋ねました。


「はい……その恩返しにと、その御仁の家で私の羽根を使って反物たんものを織っていたのでございます」


 美しい羽根を広げると、顔を覆いつくして涙を隠すタンチョウ鶴子です。長いくちばしは隠せていません。


「それが、いつの間にか乙姫様を困らせる事になってしまっていて。まさか、浦島様がこんなに早く『玉手箱』を開けるヘタレとは思いもよりませんでした」


タンチョウ鶴子は、乙姫様の足元に泣き崩れました。


「『鶴の恩返し』の鶴であったか。その鶴が浦島太郎と何の関係があるのか教えてくれぬか?」


 おとぎ奉行は、乙姫様に優しく問いかけました。


「はい。私はこの鶴子に……浦島様が玉手箱を開けそうになったら、その前に食べられるようにと……命令しました」


「ワシに食べられる? このタンチョウ鶴を、ワシに食べさそうようと? 何故?」


 思いもよらぬ乙姫様の言葉に、喉を詰まれせる浦島太郎でした。


「玉手箱には、本来なら毎年重ねるべき浦島様の『年齢』を封印してございます」


「年齢の……封印……」


 初めて玉手箱の秘密に触れた。お白洲にいた皆が固唾を飲みました。


「ただ封印したとはいえ、本人から遠く離してしまうと玉手箱の中で年齢が暴れてしてしまうので……浦島様の近くに置くしかありませんでした。ただ、人というのは弱いもの……傍に玉手箱があれば、いつか必ず中をのぞいてしまうだろうと……」


「ワシが玉手箱を覗いてしまう事と、この鶴と何の関係があるんじゃい!」


 自分の弱さを指摘されているようで、ちょっとすねた感のある浦島太郎でした。

 胸に迫るものを感じる乙姫は、深いため息をつきました。


「鶴は千年生きると申します……鶴子を食べれば、浦島殿が年老いた老人になっても、生き続けられると……そう思い、鶴子の命を差し出さす決心をしたのでございます」


 そこまで話すと、自分のした残酷な命令に従った鶴子を思い――泣き崩れる乙姫様でした。

 おとぎ奉行も、役人も、神官、僧侶、ご用達町人も、お白州にいる全員がうつむき涙ぐんでいます。


「浦島太郎……どうする? その鶴子なる鶴を食べて千年の命を貰い受けるか?」

 おとぎ奉行は、涙を拭い、かみしもを整えると、改めて浦島太郎に問いました。


「ワシは、竜宮城で本当に楽しい思い出を沢山もらいました。老いてもその思い出だけで充分じゃと思うちょります……鶴子殿を食べるなんて……滅相もござんせん」


「本当でございますか。ありがとうございます浦島様……なんとお礼を言ってよいか」


 乙姫様と、鶴子は浦島太郎の手をにぎり、何度も、何度も頭を下げました。


「その代わりと言っちゃ何じゃが……一つ、この老人の願いを聞いてくりゃせんか?」


「何でございます? 何なりとおっしゃって下さいませ。竜宮城総出で必ずかなえさせていただきます」


乙姫様の手を放すと、浦島太郎は改めて乙姫様の前に両手をついて言いました。


「ワシも、この年だで……もう一度だけ、竜宮城に招待してくれんじゃろか? もう一度あの食事や魚の舞を堪能したいのですじゃ」


 砂利砂に頭をこすり付けて頼む浦島太郎です。

 その肩に優しく手を添えて乙姫様が声を掛けようとした時でした――。

 おとぎ奉行が声高に叫びました。


「浦島太郎! 茶番劇は其処そこまでじゃ! 余の眼は節穴ではないぞ!」


「な……なんでございます? ワシが……何かしましたろか?」


 あまりの展開に、浦島太郎はついていけません。


「お主、先ほど鶴子を眺めながら舌なめずりしておったの。いかにも食いつきたそうにヨダレも出ておったぞ。そのお主が竜宮城じゃと?」


「そんな……誤解でございますじゃ……ただ、竜宮城に行きたいと心から……」


「何が、堪能じゃ! もう一回言ってみよ。ほら! 今すぐ言ってみよ」


 威圧的な強い口調で浦島太郎を追い込んで行きました。


「いや……ワシはただ、酒飲んで舞を観て、そして亀に逢いたくて……」


 おとぎ奉行は、手に持っていた扇子を自分の膝に《ピシッ》と打ち付けました。


「語るに落ちたのう。亀に逢いたいか? 浦島太郎……そうよなぁ『鶴は千年、亀は万年』じゃからのぉ」


「それが……それが……何でございます?」


「どうせ喰うなら、鶴より亀の方がよいと考えおったか。余に誤魔化しは利かんと知れ!」


 真意を見抜かれた浦島太郎は、その場にへたり込むと小さな声で言いました。


「恐れ入ってございます」


「これにて一件落着……浦島太郎を引ったてぃ!」


 歓声と拍手が鳴りやまないお白州です。


 今日のお裁きも、その場に居合わせたご用達町人がおとぎ界中に吹聴ふいちょうして回り、あっと言う間に広がることでしょう。

 今や、おとぎの世界は、おとぎ奉行のおさばきの話題で持ちきりです。


「おい! 知っているか知らんか――知らんが」


「何がじゃ?」


「おとぎ奉行は、あの両方の頬にコブを付けられた『こぶとりじいさん』の意地悪爺さんに『似た顔だから犬たちが直ぐに懐くだろう』と、ブルドックのブリーダの職を斡旋したらしいが……知っているか?」


「おとぎ愛犬家の間で、ブルドックがブームになって大儲けした爺さんだろう」


「そうそう。その爺さんのその後を知っているか?」


「その後が……あるのか?」


「儲けた金を元手に『コブを無痛で取ったり、くっつけたりする驚異の医療技術』を身に着けている鬼達を雇ったんだ」


「鬼達も、桃太郎に財産を奪われてからは、苦労していたからな……」


「その鬼をスタッフにして『こぶとり美容クリニック』を開業したんだ。脂肪吸引、豊胸手術が無痛で出来ると大人気らしいぞ」


「それで殿様のような豪邸で生活をしているのか~」


「『全てはおとぎ奉行様のおかげですじゃ』と、奉行所に向って毎日拝んでいるらしいぞ」


 あちらこちらで噂が広がり、おとぎ奉行の名声は上がる一方です。

 今日もまた、おとぎ奉行に裁いてもらおうと、おとぎ界の住人達で奉行所の前は長蛇の列になっています。


「一件落着~!」


 おとぎ奉行の叫ぶ声が聞えるたびに、奉行所の内外は大歓声に包まれます。


 このままでは、おとぎ世界は、私たちの「知らないお話」ばかりになっちゃいそうです。

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