第8話 ある意味……料理教室

 花柄やら、ミツバチ模様やら、はなやかなエプロンをこれ見よがしに着こなしている奥様達が、我先われさきにと先生のかたわらを陣取っている。


「みなさん! 今日はちょっと難しい肉料理に挑戦してみましょうか」


 一際艶ひときわあでやかで、フリルの付いたエプロンに身を包んだ料理教室の先生が、騒がしい生徒たちを見まわしながら言った。


「先生。その料理って美味しいんですか?」


 一番前に陣取っている、リーダー格の奥様が真っ先に口を開いた。


「そうですね。時間はかかるけど、その分、食べた時の感動は素晴らしいわよ」


「おー!」一同から歓声が上がった。


 秋が近づくと食欲が旺盛おうせいになるのは本能と言ってよい。

 先生は、冷蔵庫の中から細かく枝分かれした部位のひとつ、モモ肉のかたまりを取り出した。


「それでは……私が作りながら説明しますからね。分からない所があったら、ドンドン質問してください」


「先生! その部分は筋が多くてそのまま食べるには固いでしょ?」


 誰かが言った。


「あら、私は少々固くても平気ですよ」


 口が大きくて、あごがシャクれている奥さんが口をバクバクさせながら答えた。


「あなたのあごだったら、岩だって大丈夫でしょね」


 グルメ通の奥さんが突っ込んだ。


「あら、そういうあなただって『やっぱり肉は生が一番よね』って言ってたんじゃないの? 野生児よねぇ」


 あごがシャクれた奥さんがやり返した。


「それは……素材が良ければの話よ。あなたのサイフの中身では……ちょっとね」


 グルメ通の奥様も負けていない。笑いが起こった。


「はいはい! 漫才はその辺にして……先生の話を聞きましょう」


 リーダー格の奥様が二人をいましめた。


「止めて頂いてありがとう……マダム。それではこの固い肉を糸で縛ってフライパンで焼き目を付けます」


 料理教室の先生だけあって手際てぎわよく料理が進んで行く。


「次に、野菜と一緒にブイヨンの中でコトコト煮込んでいきます……」


「フン、フン……なるほど。香りづけの香草には? なるほど『タイムとローリエ』『オレガノ』も使うのね……」


 みんな、真剣な眼差しでメモを取りながら勉強をしている。


「先生! 他の部位も全部使えるんですか?」


 一番若い奥様が手を挙げてたずねた。


「まぁ、元気ですこと。確か……あなたは今度が初めての出産だったわね?」


 リーダー格の奥様が優しくたずねた。


「はい! この秋に初めて産みます。だから栄養がかたよらないよう勉強しに来たんです」


「ここの先生は、余すことなく全ての部位を使った料理を教えてくれるから大丈夫よ」


「ありがとうございます。本当は全部が同じ味だなんて……すぐに飽きてしまいそうで」


 肩をすくめるその姿を、他の奥様達も優しい眼差まなざしで見守った。


「美味しい料理をたくさん勉強して、元気な赤ちゃんを沢山産んでちょうだいな。これはプレゼントよ」


 五回目の出産を迎えるリーダー格の奥様は、若い奥様に、自分の過去のノートを渡しながら言った。


「それなら……これも参考にするといいわ」


 一番料理が上手な奥さんは、自分がアレンジした料理レシピの本を渡した。


「こら、こら! 先生の前で……」


 皆が一斉に突っ込んだ。笑いが起こった。


「この教室の皆さんはホント仲良しね。仲間を大切にする心は私たちの誇りね。未来に幸あれ!」


 料理教室の先生は、白衣の袖を肘まで捲りあげると、鋭く光る長い鎌を振り上げた。

 先生に呼応した奥様達も、一斉にカマを振りかざし――叫んだ。


「そりゃそうよ……私たちは、核戦争で滅んだおろかな人間達とは違うのよ!」


「オスなんかを、のさばらせるからよ!」


「オスなんて、用が済んだらさっさと食べちゃわないからよ!」


「私達……カマキリは永遠に不滅よ!」


 人類が滅んだ後、その鋭いカマで他の生き物を圧倒したカマキリは、この地球の支配者となった。彼女たちは強かった。地表を核の灰におおわれ食料がとぼしい中、カマキリだけは常に豊富な食料を常備する事が出来たからだ。

 カマキリのオスと呼ばれる食料を――。


「でもみなさん。いくら食料だからと言っても、オスには優しくしてあげてね」


 料理教室の先生は少し声のトーンを下げると、奥様連中を見まわしながら言った。


「どうしてですか?」


「それはね……オスにストレスを与えると味が不味くなるからなのよ」


「なるほど……」


「だから、人間が住んでいた廃墟はいきょから『料理レシピの本』がたくさん見つかるのね……」


 秋に産卵をひかえた一番若いカマキリの奥さんは、感心しながらノートにメモをしている。

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