第5話 博士と助手 はじめての尾つかい

 雑然ざつぜんとしてガラクタが山積みにされている研究室に助手の大野君が駆け込んできた。


「博士やりましたよ。ついに完成しました」


「どうした大野君。また、しょうもない発明でガラクタを増やすんじゃないだろうな」


 研究所のクリーン月間において博士の研究室が最も汚いと指摘されたことを大野君のせいにしようとしている博士である。


「ガラクタの数でなら博士にはかないませんよ」


 博士の意図をいち早く読んだ大野君は的確に打ち返している。


「でっ……今回のガラクタ……いや、発明品はどんなガラクタだい?」


 このしつこい性格は科学者にとって必要な資質である。


「とにかくこれを見てください。これは、画期的ですよ」


 自信満々の大野君である。背中に背負っているリュックサックから、真っ白でモフモフした棒を取り出した。


「なんだ……それは? シッポみたいな?」


「そうです。シッポ型感情詮索機こころよんじゃうぞマシン『はじめての尾つかい』です」


「なんだか、失敗しても許してください……って魂胆こんたんが見え隠れしているな」


「そんなに捻くれないで。とにかくこれを博士に尻に着けてください」


 そういうと、モフモフシッポの先を博士の尻に近づけた。


《ワン!》鳴き声と同時に先から針のような突起物とっきぶつが飛び出すと、博士の尻に噛みついた。


「ワオッ! 何だが痛痒いたがゆい……変な感じ」


 奇妙な声を上げ喜ぶ博士を尻目に、大野君はリュックから数枚のパネルを取り出した。


「それでは、博士……これを見てください」


「……ワオッ! セクシーグラドルの写真じゃないか。くれるのか?」


 手を伸ばして、パネルを奪おうとする博士の手を叩きながら大野君が言った。


「手を出してもあげませんよ。それより、博士に着けたシッポを見てください」


 満足げに博士の尻に向けて指をさす大野君。

 そばから見たら危ない関係に見える事を知らないようだ。


「これは? シッポが動いている……いや……振っているのか!」


 博士のシッポは、御馳走ごちそうを前にした犬のように左右に振り回されている。


「まるで……犬の乱舞らんぶだな。」


 自分の尻先で起こっている不思議な光景から目が離せない博士である。


「じゃあ、博士、次にこれを見てください」


 ほうけた顔をしている博士に、大野君は次のパネル鼻先に押し付けた。


「そんなに近づけたら見えないだろう。老眼なんだから……あ! 私の奥さんの写真じゃないか?」


 一瞬、息を飲む博士。


「博士……シッポを見てください」


 さっきまで、元気に暴れていたシッポは、申し訳なさそうに垂れ下がり博士の股間にうずまりかけていた。


「これは……もしかしたら」


 博士がうなった。


「そうです! 装着した者の好き、嫌いを察知して表現する……感情詮索装置さっきいったです」


 自信満々に腹を突き出す大野君である。胸を張ってもデカすぎる腹が先に出てしまうのだ。


「大野君! 中々の発明じゃないか……私で試した事には悪意を感じるが……」


 復讐ふくしゅうの炎が瞬間、博士の瞳に宿った事に気づくほど大野君は敏感ではなかった。


「しかし……大野君。これは何に使うのだ?」


「これで、日本の少子化問題を一気に解決させるんですよ」


「少子化問題が……これで?」


「今の若者。特に男は消極的で女性を口説けないそうです。嫌われたらどうしようかと……ウジウジして。自信が無いんですね」


「君の場合は、独身でも……それが理由じゃないと思うぞ」


 大野君の太鼓腹たいこばらを直視しながら博士が言った。小さな仕返しである。その位は鼻から覚悟している大野君は話を続けた。


「この『はじめての尾つかい』を婚活パーティで使うんですよ」


「なるほど……だましたり、駆け引きをしなくても相手の気持ちが分かるって事だな」


 博士の恋愛事情が垣間かいま見えた。


「お互いが近づいただけで、自分をどう思っているか分かるんです」


「と、言うことは……金なしで恋愛ができるってことだよな……」


 更に博士の恋愛事情が垣間かいま見えた。

 博士と大野君は、早速【はじめての尾つかい】の大量生産をはじめた。

 数日後――大野君が、勢いよく研究室に入ってきた。


「博士! 大成功です。巷にシッポを着けたカップルが溢れています。これで日本は少子高齢化社会から脱却だっきゃくできますよ」


 大野君は自分の発明品に酔っている。

 そんな大野君の笑顔と裏腹に、博士は沈痛ちんつうな面持ちで彼の肩に手を置いて言った。


「実はな……大野君。それがそうでもないんだよ」


 面持ちと違って、博士の声は弾んでいる。シッポを着けたら間違いなく振り回しているはずである。


「何か問題でも?」


 不安が広がる大野君。


「実は……行政の命令で製造中止になったんだ。回収もしなさいって」


 やはり嬉しそうな博士である。


「え! どうして、そんな……日本を救う発明なのに?」


 大野君は博士の白衣にしがみついた。

 自分の夢も一緒に消える事におののいた。


「国が言ってきたんだから諦めないと」


「国が……どうして?」


「総理大臣が、二枚舌と揶揄ゆやされる政治家にクリーンなイメージを植え付けようと……」


「シッポを……つけさせたんですか? 何て事を……」


「そうしたら……国民にも、政策にもシッポを振らなくて……」


 博士の口角が上がった。


「お金にしか……シッポを振らなかった……」


「正解!」


 親指を立てる博士。

 確かにシッポが無かったら、博士も立派な政治家になれるんだろうと――大野君は焦点の定まらない瞳を泳がせながら思った。

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