第4話 博士と助手 タイムマシン

 雑然ざつぜんとしてガラクタが山積みにされている研究室に助手の大野君が駆け込んできた。


「博士やりましたよ。ついに完成しました」


「どうした? 普段からやる気のない大野君が、そんなに慌てたりして」


 殺意を覚えるようなセリフを、毒をまぶして吐く博士である。


「タイムマシンが出来たんです!」


「なんだって……あの、科学の究極の夢と言われている……タイムマシンを?」


 実際の話。科学者が、タイムマシンを作りたがっているなんて聞いた事は無い。


「そうです。人類の夢です!」


「しかし……実際に時間を旅するなんて無理だと思うけどな」


 いぶかしげに大野君をながめる博士は、完全に上から目線である。


「確かに、過ぎ去った過去に行くなんて無理なのは分かっています」


「だろう……科学者というのはもっと現実を見ないと」


 夢を追わない科学者として有名な博士である。だから大した発明品が無いのですよ――と、いう言葉を飲み込んだ大野君は話を先に進めた。


「僕の発明は、バナナみたいなマシンに乗って旅をしたり、体操服で過去や未来にタイムスリップする様なものじゃないんです」


 かなりかたよったイメージを持っているようだ。


「とにかくこのヘルメットをかぶってください」


 大野君は自転車用によく見る流線型のヘルメットを博士に差し出した。


「これを被るのか? 君の発明品はヘルメットを使うのが多いな」


 博士は、いぶかしげに大野君からヘルメットを受け取った。


「この天頂てっぺんの突起物はなんだ? メモリスティックのように見えるが……」


 頭の上に刺さっている黒い棒が気になる博士だった。


「正解です。そのスティックに過去の映像を記憶させるんです」


「記憶? ……ちゃんと、説明してくれ。連想ゲームじゃないんだからな」


「過去に行くんですよ。記憶を映像化するんですよ。昔が目の前に現れて……」


 興奮してますます意味不明になっている。しかし、長く寄り添ってきた博士には理解できるようだ。


「なるほど! 脳は二割程度しか働いていないから、残りの部分に……なるほど……ご先祖様が体験した記憶が隠されているに違いないと言うのだな」


「そうです。その記憶を辿たどれたら……」


「昔の風景が現実なって見える。つまり、タイムマシンで過去に行ったと同じ事だと」


 博士の解釈かいしゃくに、いちいち相槌あいづちを打つ大野君である。


「なるほど……中々のアイデアじゃないか。上手くいくと我が国と近隣諸国が抱えている『歴史認識の問題』が一気に解決するかもしれないぞ」


「僕が、この国の救世主になれますね」


「それは……無理だな」


「何故ですか?」


 憮然ぶぜんとする大野君である。


「君には貸しが一つあっただろう。それをこの機会に返してもらおうかと……」


「貸し……まさか、コンビニで小銭が足りなくてパンが買えなかったときに、十円を借りたことですか?」


「君は『恩に着ます。このお礼は必ず』と言ったじゃないか……」


「それと、この発明を交換しろと?」


 真顔の博士に困惑する大野君である。


「まぁ……それは一旦置いといて、早速試してみようじゃないか」


 冗談だよ――とも言わないで横に置いた博士である。


「僕も一緒に被りますから」


 大野君は自分用と合わせて二個のヘルメットを準備していた。


「それではスイッチを入れますよ。麻酔ますい無しで歯を抜かれるような痛みが走りますが……気にしないでください」


「なに……そんな事、聞いていないぞ! ちょっと待って……」


 ヘルメットを外そうと手をかけた途端、強烈な睡魔すいまに襲われた博士。


「痛みなんか……あるわけないでしょ」


 両手を挙げたまま眠ってしまった博士を冷ややかに見下ろしながら、大野君は自分のヘルメットのスイッチを入れた。

 数時間が過ぎた――。二人ほとんど同時に目を覚ました。お互いしばらく顔を見つめ合っていたが、軽く会釈あいさつをすると、大野君が口を開いた。


「博士……コレは表に出さない方が……」


「そうだな。画期的な発明品だが……封印した方が良いな」


 お互いうなづきながら、メモリスティックを抜き取るとポケットに仕舞い込んだ。


「大野君……呑みに行こうか?」


「そうですね。今夜は呑みたい気分ですね」


 大酒飲みの博士と、下戸の大野君が肩を組んで仲良く研究室を出て行った。

 この国は、ほんの数十年前――高度成長期を迎えるまでは決して裕福な国ではなかった。農業が主な産業だったこの国。先人達は朝から晩まで汗水流して働いた。

 質素な食事に文句も言わず、つぎはぎの衣服を工夫して身にまとい、世界からウサギ小屋と揶揄やゆされる小さな家屋に家族全員が住んでいた。

 博士と大野君が見たものは、ふしくれだって薄汚れた手でクワを握り、延々と畑を耕すご先祖様と、不便を絵に書いたような光景だった。

 この国の幸せは、累々るいるいと積み重なった先人達の血と汗の上にある事に気づかされた。


「今有る幸せに感謝しよう……大野君」


「そうですね。ご先祖様の苦労をさらしものには出来ませんよね」


 どことなく誇らしげな二人は、夕日を背に浴びながら飲み屋街に消えて行った。

 

 居酒屋の営業時間にはまだ早すぎる事も知らずに。

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